22.戻れない日々
あの夜に、王都ユリウス一匹の殺人悪鬼が現れた。
名門のアナロッゼ家が一夜にして廃墟になり、屋敷に残されたのは残骸だけだ。貴族達は声を殺して警戒し、噂が一時に王都に盛んで、鉄騎隊まで動き始めた。
伝説の殺人悪鬼が願望を成し遂げた後、唯月に向かって沈黙する。
「初めて人を殺して、どんな気分だい?」
農夫が実った果実を収穫する季節に近付く頃のような期待している表情を表して、魔女が聞いた。
少年が彼女に身を転じて、無表情に答えた:
「思うような喜びはなかった。逆におかしいと思った。」
「おかしい?」魔女が初めて吃驚した。
「帰るとき、屋敷に戻ってくる使用人の娘がいた。彼女がある死体を抱えて泣いた。あの時は何故だか心が刺された気がした。」
少年は自分の感覚が失いづつある心を触って言った。
魔女が一瞬止まって、そして表情がもっと複雑になった。
彼女が何かを思い出したように、目を逸らしている。
いろんなことが魔女の瞳の奥にぶつかって、滅びて、絡み合って、そして深い哀れになった。「多分もうすぐ、君がそれすら感じなくなるぞ。悪霊は君の心を食い尽くすから、君は喜びも、悲しみも、全部なくなっていく。」
魔女が彼に背いて、数歩歩いて又止まった。「後悔するかい?」
少年は虚ろの目で瞬く:「しないと思ったが、何処かで切なく思っている。」
魔女が瞼を半閉じして、言えないものが眼中にぶつかり、綻び、そして散っていく。
「そうか……ならば意識がある内に、我が名を覚えておけ……」
「以上をもって、少年が復讐の序幕を開けた。同時に彼の人生の曲がり角でもある。」
ペトラがお茶を啜って、言う。
「お茶会はすぐにエピローグに入るよ。物語の結末はよく知っているはずだけどね。」
イシェルがペトラの向こうに座って、自分がどんな表情を出すべきのか、どんな表情になっているのか、分からなくて。
そう、この物語の結末はあまりにも詳しく知っている。
しかし当事者はかえって事態を見通しがたいので、何かあったのか、イシェルにはよく分からなかった。
例えば、魔女は何故インフェルドを何の取り柄もない少年によこしたのか。
魔女はその後どこへいって、今は何をしているのか。
そして一番大事なのは、何故結局はこうなったのか。
イシェルが自分の右手を握って、そこからは今でも魔剣の力を感じる。
自分の知らないところで、何があったのか。
イシェルが目の前のペトラを見つめて、ゆっくりと聞いた:
「次のお茶会は最後になるか?」
ペトラが微笑んで、何も言わない。
「もしかして、問題の答えを知りたいなら、鉄騎隊を統率してくださいって言うつもりなのか?」
「いいえ、」ペトラは頭を振った。「私はただ、その答えが君を仲間にしてくれると信じてるわ。」
ペトラが立ち上がって、ゆっくりと段階から降りていく。
「いこう、五月祭がまだ終わっていないうちに。」
「いこうって、どこへ?」
イシェルが訳が分からないままペトラについて、店から出て行った。五月広場の方尖塔が焔光の下に赤みがかかったミカン色になって、ときめく心の色だと思われる。
人波の中に、若い男女が篝火を囲んで情熱のダンスを踊っている。この雰囲気に勇気が付けられて、恋する人に告白しにいくものが少なくないんだろう。
このようなユリウスの光景を見て、寂しさも遠ざかっていくようだ。
「綺麗でしょ?イシェル。」ペトラが振り返って、腰を「く」にして彼ににこっと笑った。
「サービスとしてヒントをあげよう。君が求めている答えが、ここにあるよ。」
「ここって?」イシェルが行き交う人々を見つめて、心は温かく感じたが、答えは出なかった。
「分からないならいいわ。ついて来なさい、祭りが終わっていないうちに。」
「だからどこへ?」
「例のとこだよ。気まぐれで行きたくなったの。」ペトラが先に歩いて、灯火が輝く街を通る。
ペトラの髪とドレスが風の中にひらひらになる姿を見て、イシェルが懐かしく思った。
イシェルの親父が健在していたごろ、イシェルはある五月祭にペトラとルイスを家からこっそり連れ出して、この人込みの中に混じてはしゃいでいた。
息子と娘の姿を見つからない公爵殿と国王陛下は慌てて老男爵に助を求め、男爵はやむを得ず鉄騎隊の精鋭を連れて平民と仮装して彼らを探していた。
捕まりたくない三人は人海を援護にして、大人たちとかくれんぼうした。最後はコリン大教会について、一緒に教会の鐘楼の頂上に登った。
お互いがはぐれないために、三人の手はずっと繋いでいた。
あの夜に、彼らが灯火で輝く美しいユリウスを鐘楼の頂上に一覧した。
しかし三人はその後、それぞれが違う道に進んでいて、イシェルもこの時間を忘れるところだった。
覚えだしても、みんなの辛さを深めるだけだと思った。
だけど今のペトラは温かく笑っている。その笑顔に偽りはないと感じられる。
イシェルがまだペトラの言う答えを理解していないが、今の彼女の気持ちがわかる気がする。
愛する国を守りたい、今の温かさを維持したい、そして――
大切な人と一緒に居たい。
この一点だけで、イシェルが剣を強く握る理由に十分だ。