16.心の剣
「レイタス、俺の後ろについて身を隠すんだ。」
「いや、」緋がイシェルの前に立った。左足が前、右手が刀を持って引く、攻撃の体勢を構えた。
「拙者に先頭を任せろ。閣下に援護を頼む。猪突猛進は神代流の得意分野だ、力を十二分まで発揮して見せる。それにに天道鏡心流は対軍の方が向いているのでは?」
イシェルが頷いて同意した。同時に少し緋のことを見直した。
緋が足に力を入れ、放った矢の如きに海獣の群れに突き込む。太刀を振舞って獅子のように海獣たちを撲殺する。
イシェルが彼女に続く、想像を超える速度で剣を振舞う。
彼から放つ無数の剣気が狂風の如き戦場を蹂躙する。
「凄まじいな、天道鏡心流の皆伝とは。だが惜しい……」
緋が修羅のように海獣の首を次々と刎ねながら呟く。
「何か惜しい?」
イシェルが足で一匹の海獣を蹴り飛ばして、剣の嵐を放って目の前の目標をまとめて仕留めた。
「剣は手に持たずとも、心にあるべき。手に剣を持っても心になければ、『技』の限界に囚われる。心にあれば手に持たずとも『道』に近づいてる。」
イシェルが又返す言葉がなくなった。
天道鏡心流の最奥の一剣――夜明けの暁を持ちながら、彼が冥王の府から戻ってから今まで、その限界まで二度と達したことはない。
「同じ剣道に励むものとして、その境地に達するまでどれほど辛抱だったのか理解しているつもりだ。故に心の剣を見失って全部台無しになったのを惜しむ。」少女がとても惜しそうに言って、再び上がってくる海獣の群れに付き込んだ。
「……又格好をつけやがって、命は惜しまないのか?」イシェルが嘆ながら、頭を回して策を練る。
このままでは増援が来るまで持たない。
「こいつらをあっちの崖のほうへ引きよせて、残りは俺に任せろ!」
イシェルが崖のほうを指して言った。
緋は頷いて了承した。そして行動バターンを変えて、指示通り動き始めた。
イシェルも先に予想の位置に着け、力を蓄え始める。
援護がなく、一人の赤色がすぐに海獣の群れに飲まれそうだった。唯群れの動向から彼女が確実に任務を果たしているのが分かる。
「チャンスは一回きり……」
イシェルが港衛隊の拠点の方へ眺めて、増援が着くまで未だ結構の距離がある。
しかし緋もそう長く持たない。
「避けろ!」
警告を受けた緋が一気に群れの囲みから脱げ出して、横へ逃げる。
「天道鏡心流……」
イシェルが腰をかがめ、左手が鞘を固定し、右手が柄を握り、居合いの構えを取った。
「淵龍!」
彼が一喝と共に、殺意の稲妻が大気中に渡り、
剣気が深淵より舞い上がる龍神の如き、鞘の縛りから抜け出し、崖を打ち砕けた。
そして山崩れによる無数の落石が海獣群れの大半を埋葬し、砂浜の一角を海獣たちの墓場となった。
「さすが『淵龍』、まるで滄海の龍吟に聞こえた。」緋が感心しているうち、巨大な黒影がイシェルへ襲っていく!
「っく!」
イシェルは気付いたが、かわし避ける余裕はなかった。まっ正面から剣で受け止めるつもりだが、強い衝撃にぶっ飛ばされて、剣も手放した。
「超大型海魔蛟……こいつがこの群れの王か。くっそ!」
イシェルが地面に数回転がり回ってようやく衝撃を消化したが、左腕はそのせいで骨折した。
「逃げてイシェル!もう戦わないで!しんちゃうよ!」
レイタスがいきなり飛び出して、イシェルを連れ戻そうとする。超大型海魔蛟が彼女の動きに注意を引いて、頭がそっちへ向った。
「ばか!来るな!」
イシェルの目は血が滲みるほど開きながら叫び出した。
――イシェルよ、身につく武技がいくらあっても、心に保つ剣一本に敵わないぞ。
――心に剣を持てば、「道」に近づいてる。
イシェルが滑歩で超大型海魔蛟へ突き込んで、右手が拳を握り、山でも押し潰してやる勢いで叩き込んだ。
するとイシェルの体格の十倍以上の大きさを持つ超大型海魔蛟が筋肉まとめてぶち壊された上で、飛ばされた。
「『寸力』……そなたはやはり東方の拳法も使いこなせるな。」
既に疲れきった緋が呟いた。
超大型海魔蛟が倒され、残存の海獣が集まって又襲い掛かってくる。
「ち!」
イシェルが自分の剣を拾って、迎撃しようとしたら、
後ろから剣風が放たれ、真っ先に来る海獣の一匹を殺した。
「天道鏡心流……ペトラか?」
増援の港衛隊がようやく辿りついた。