15.その夜の涙
「イーシェールー!未だ寝ている~?早く起きて~今から出かけるの!」代わりにレイタスが部屋に入った。
「どこへ?」イシェルが頑張って「モード」を切り替えた。
「う~み~今日はなんか暑苦しいから、行きたいの!」
イシェルが元々こうするつもりだったのを思い出して、疲労の体を動かして、レイタスと一緒にユリウスの半分を越えて紅月の内海に着いた。
港の衛兵の目を盗んで、レイタスが海の中に飛び込んだ。
イシェルは唯木の下で寛いでレイタスを見守る。なるべく悪夢のことを考えないようにする。
初めてレイタスと出会ったのは何時だっけ?
あの雨の夜だろう。
冥王の府の後、心が死んだイシェルがユリウスに帰った。
鬼門から戻れた二人は英雄になり、しかし一部の民衆からは罵声が絶えない。
その理由は、
二人以外誰も生きていない。
軍を失った王国の双璧は名しか残っていない。
イシェルがそれから意気消沈して、政治に関わらなくなった。
ルイスが逆により昂ぶって、野心が隠さずに一層大きくなった。
そしてイシェルが自分と同じ捨てられた境地に居る彼女と出会った。
あの時、レイタスの体には傷跡だらけだった。
あれは「滄月の刀」という兵器から作った傷跡だ。
水の抗力を軽減し、水の流れを利用できる利点があって、水中に一番使いやすい兵器として人魚族のお得意の兵器だ。
つまり、その傷跡は同族からのものだ。
恐らく彼女が魔女の血を流れているからだろう。
水の精霊に親しむ海の眷属として、人魚族は人間以上に暗黒魔法を使う魔女を敵視している。
人魚の身で魔女の血筋を受け継ぐ、人魚なのに魔女しかなれないのが彼女である。
誰も彼女のことを受け入れない。
しかしイシェルは猶予なく彼女を助けた。傷を治してあげる。食べ物を送ってあげる。本を読んであげる。文字を教えてあげる。
無表情だった彼女が段々甘えるようになった。彼女が元気をつけて、自分のガキの頃のようによく無茶してはしゃぐことに、イシェルは嬉しいと思った。
しかしある夜から、レイタスが何も言わずに姿を消し、そして何事もないように翌日の朝に戻ってくるのが始まった。
イシェルが心配するあまりに彼女を見て、ようやく彼女の行方が分かった。
月明りの夜に、金髪の少女が澄み切った海に精一杯泳ぐ、潮には唯漣が立つ。
色が薄暗くなった世界に、少女が煌いている。
しかし、彼女は泣いている。
そう、一番輝くのが彼女の涙の粒だった。溢れ出す涙が彼女の控えきれない寂しさと悲しみ、そして彼に心配させたくない優しさでもある。彼女の心が今このさいに、やっと大いなる海に訴えて、何もかも遠慮なく吐き出すことが許された。
イシェルが考えもせずに飛び出した。
草地を越え、砂浜を越え、群青の海原にあるレイタスを懐に抱きしめた。
又自分の鈍さを痛感した。何故レイタスの心に隠した孤独を気付いてあげなかっただろう。
世界に捨てられた孤独と痛み、自分はよっく味わっていたのに。
レイタスがイシェルの懐にくっついて、声を出して泣いた。
レイタスの「お家出」それきりだった。
今はこのように日光を浴びて楽しく泳いでいる。身軽くて、スムーズな動きはまるで海原に吹き通す微風のようだ。
あの時の涙は、レイタスの救いなのか、自分の救いなのか。
イシェルが分かる。あの日のレイタスのことを絶対に忘れたりはしない。
「イシェル~寝ていないで、こっちに来てよ~」レイタスが遠くから手を振っている。
「バーカ!こんないい天気に寝る以上ありがたいことはあるもんか!」
イシェルはあえて彼女を無視した。
「イシェルのバカ!ほらー!」レイタスが海から上がって、イシェルの前まで突き込んで海水を蹴り弾けた。
しかしイシェルが容易くそれを避けた。弾ける海水がそのまま彼の後ろへ飛んで、赤い髪の少女を当てた。少女が頭を下げて、怒りの炎が燃え上がる。
「ッペ……貴様、今度は殺してやる!」
太刀の切っ先が鞘から出て、イシェルも同時に抜剣した。
二つの剣光が瞬くと、レイタスの後ろからついてくる魔物が倒された。
「海獣!こいつら何故陸上に上がった?」
二体の魔物が巨大の蛇の体にしているが、口からハサミの形の牙がはみ出して、鰐より短くて黒い爪が生えている。
「『海魔蛟』か、この海域にはいないはずだが。それに……」
「数は半端ないぞ。」緋が海原に向かって言った。そこから黒い浪が押し寄せてくる。
王都ユリウスが紅月の内海の海岸線に位置づける、偶には海中の魔物が現れる、例えば鮫人――人魚族の遠縁に当たって、外見はもっと頑丈に見える。
イシェルと緋だけでは対応しきれないほどの数があるので、王家直属の海軍――港衛隊の増援が来るまでは凌ぐしかない。
幸いここは港衛隊の巡邏路線に近い、彼らはもうすぐ事態を気付くのだろう。
しかし一方的に防衛するだけで、奴等を放任すれば後片付けが面倒だ。
何とか港衛兵に大きな被害を防ぎたい。
「俺が先頭を取るから、援護を頼む。」イシェルが剣をあげて、漆黒の剣気が空に突っ込む。