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10.死者の灯火

「レイタスの方は平気ですか?」


「何でもないって、行くぞ。」

 ルイスがドアを閉め、イシェルと一緒に長い坂を登っていく。

 日差しが頭上の枝と葉の隙間から零れて、真夏の気持ちが溢れ出す。


「平和でいい日だな。」


「昔のまんまですね。君が公爵家に誘ってきて、一緒に天極剣道場に通います。」

 ルイスが目を細めて、10数年前の日々を見たような。

 あの時、二人の少年は憂慮知らずにこの長い坂を登って、毎日のようにイシェル家の道場に剣を学んでいた。

 血の気が多い分でよく顔まであちこち青黒く腫れて、互いの様子を笑って、必死に争って、何時も助け合って。


 この記憶は今でも「イシェル」の心に暖かく光っている。そう、「谷崎」にとって「アジア杯」の記憶のように。あの恋ちゃん、神田、葉子と一緒に朝から夜まで必死に訓練していた日々のように、掛け替えないものだ。そう考えると、彼はちょっとづつ「イシェル」のことを納得した気がする。


 しかし二度と戻らない過去のように、今二人が歩んでいる道は同じでありながら、同じではない。


「天極剣道場を継ぐ気はありませんか?私は大歓迎だと思ってますよ。前の後継者はあまりにも役立たずので、一層追い払いました。今の道場は休業中です。」


 イシェルが頭を振って言う:

「それは結構だ。俺は真面目じゃないし、頑張りたくもない。」


「君さー、若いのにじじになってますよ。」ルイスが無力につっこんだ。


「言っただろう?俺はだらだらと暮らすのが似合ってるよ。」

 イシェルも相変わらずのことを言って、二人が進む方向を曲がって、コリン大教会への道に進んだ。


「ええ。これも予想済みだろう?あっちの意図があからさまだし。」「イシェル」は少しづつこの世界とこの体のことがわかってきた。この体、あるいはのこ魂はまだ彼の行動に影響している。自分の意識をぼうっとしても、体が「外」に反応し、他人の質問に答える。そしてこの内乱にどっちの味方になるのも「元イシェル」の意思に従っていた。今はこの世界本来の軌跡に乗って、彼がすべくことは、肝心の所に違う選択を取って事情の発展方向を変えるのだ。


「そう言われても、君が鉄騎隊の総長になってしまえばこちらは不利すぎるので、不安ですよ。」ルイスが眉を顰めた。


「いや、それはないぞ。仮に俺が鉄騎隊の総長になっても鉄騎隊全員をだらだらにしてしまうだろう。そしたらお前の不戦勝になるじゃん?」


「ンプっ、ハハハハ~」ルイスが珍しく朗らかに笑った。豪快の笑い声が街に漂う。

 ルイスの笑い声に、二人の注目を引き寄せた。

 イシェルがビックリした。そのうちの一人がペトラだったから。

 もう一人は緋色短髪の少女。白い上着に緋色プリーツ・スカートの服装から見れば、遥かなる東からの旅者のようだ。


「あら、奇遇ですね。ルイス卿にイシェル卿。」ペトラがにこりと笑った。


「姫様はなにゆえここまでいらっしゃったんでしょうか?」


「緋に天極剣道場見せたくてね、緋なら次の当主になれるかも。」


「おう?」ルイスが眉を上げて、興味深く緋色少女のことを観察する。

「ええ。イシェル卿は道場を継ぐ気がなくて、ルイス卿も公務から身を引くわけがない以上、次世帯の士官達を育つ役目は誰かに引き取っていただかないとね。彼らが王国の未来ですもの。」


「閣下がイシェル卿だな。お言葉だが、閣下の剣術は閣下一人のものではない。伝承してきた剣道を容易く放棄するなんてご先祖様にも申し訳なかろう?」


 緋という名の少女が細い眉を剣のように釣り上げて、真っ直ぐな気持ちが迫ってくる。


「話ではそうなんだけど、君のように一杯背負うつもりないからさ。のんびりと暮らしていきたいだけだ。誰も損にならないだろう?」イシェルが肩をすくめて無責任に言う。


「お前!」


 緋の刀から刹那に山も崩れそうな威圧を放ち、彼女が抜刀しようとするんだ。


「っう!何時の間に?!」


 しかしその瞬間に柄を握っている右手が押されて、動きが続けなくなった。


「峰で叩くつもりだろうが、いきなり抜刀するんじゃないぞ。天剣の極めに至るには止水の心境が必要だ。君では未だ未だだね。」


 イシェルが力を放て、そのまま緋の刀を鞘に完全に納めてあげた後、何も言わずにその場から離れた。

 ルイスも姫に一礼してから彼に追っていく。




「先のあれ、『八極拳(はっきょくけん』の『滑歩かっぽう』ですね。剣術に拳法とは、さすがですよ。」


 ルイスの褒め言葉に、イシェルは特に反応はない。

 彼は唯静かに空を仰ぎ見る。

「前の世代に、東方の人が戦乱から逃げるためにエリオンスに流れてきた。彼らは今もこの国の人に区別されている。あの子はそれに焦っているのだろう。」


「彼女から見れば、東方至高武術の一種を引き継いでいるのに、何もしない君が憎たらしいですね。その反応も仕方がありません。」


 教会に辿れる階段を登りながら、二人の顔が段々深刻になる。

「俺は否定しないのは、どの時代もそのような人がいる。誰よりも遠く見つめていて、誰よりも心が広い。そこに立って手を振ったら、無数の信者がついて来る。ああいう人がみんなを連れて歴史を作っていく。しかし俺はそのような人ではない。それに……」


「それに?」

「それに俺は希望を英雄と所謂人に託したくない。人々は自分の責任を取るべきだ。出なけれゃ最悪の旧時代を終わらせたって、新しい悲劇の始まりになるさ。」


 二人がゆっくりと教会の後ろにある陵園へ向かっていく。

 白い墓石が緑の草地に整然と並んで、規律正しい軍隊のように。

 白い墓石の海の真ん中に、一つ格別な巨大墓石が静かに立っている。菱形の方尖石ほうせんせきは冥王の府の戦闘に犠牲した軍人たちの慰霊碑。

 方尖石はエリオンスに白い灯火を意味する。生者に祝福を、死者に希望を、進むべき方向を照す。

 イシェルは今も死後に未来があるかどうかは知らないが。

 彼が片足を跪いて、事前に用意した百合花を方尖碑の前におく。右手で石碑の文字を軽く触って、何も言わない。


「生き残ったことに、後悔しますか、イシェルよ。」


 ルイスの声は軽くて遠く聞こえるが、如何にもはっきりに届いてくる。

「いいえ。」イシェルが頭を振った:

「生き残ることに後悔しないよ。唯助けてあげられなかったのは遺憾となった。」

「生きることに何もかも背負う必要はいらない、自分の足手纏いになるぐらいなら尚更って、先のお嬢ちゃんに教えてあげたばかりではないか?」

「人間ってこんなもんじゃん?言うのが簡単だが、やるなら別の話だ。」


 イシェルが自嘲しながら笑って立ち上がった。

「魔剣と契約を結んだら何か対価を払わなければなりませんようだが、君の身にも果たしましたか?」ルイスが聞いた。

 イシェルがそれを聞いて、自分の右手を慎重に見つめて、まるでそこから又黒い魔力が湧いてくるようだ。

 そして彼が唯静かに微笑んだ。


「この世にはただで食われる飯はないからな。何かを手に入れるために、何かを失うのも当然だ。」


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