第六話:「鏡の中の……」
第六話:
「鏡の中の……」
動かなくなった真帆を見て聴衆、先生、そして鏡介が声を出し始める。
「な、何で動かないの?」
「騒ぎになるわ」
それだけいって再び鏡の中に引きずり込まれる。鏡の中は外とは違って静かであり、ただ鏡に映っている何かがうごめいているだけのように見えた。
「無理やりあんなことをすれば誰だってああなるわ。別に死んだわけじゃない」
「ほ、本当?」
「信じられないならあの子の元へいけばいいわ。私たちに残されてる時間はどのくらいか、そういったことさえわからない」
その言葉がいまだ行方の知れていない鏡の中の焔だということを鏡介は思い出した。
「そ、そうだったね」
「別にあの子の隣にいたいのならいてあげればいいわ」
それだけ残して、彼女は歩き出す。鏡介は未練など残さずに少女絶無の隣へと向かう。
「それで、今度は焔の家に行けばいいの?」
「別に、そういうわけじゃないけどね。何か思い出に残るような場所にいる可能性が高いだけ。だから、闇雲に動いてもかまわないけどあの焔って子がもしも海外とかに行って思い出なんてつくっていたときはもう手遅れかもね」
首をすくめてそんなことを言う。
「親友だったかしら?言葉だけならなんとでも言えるかもね」
その言葉を信じることが出来るなら鏡介と焔は親友に当たる。正直いて焔のことを親友とは思えていない鏡介だったのだがひとつだけ思い出したことがあった。
「……そういえばさ、ここから少し離れていた中学に僕らは通っていたんだけどさ……そのとき焔にあったんだ」
「理由なんてどうでもいいわ、簡潔に」
すでに早歩きとなっていて鏡介もそれに合わせていた。
「……そこの屋上。僕と焔があった場所は」
「そう、それなら向かってみましょう。どうせあのこのことなんて私にはわからないのだから」
それをいうなら僕も同じだと言葉には出さずに走り出す。その隣には少女絶無が無表情で同じく走っていた。
――――――
久々に中学校にやってきた焔は校門前で一言つぶやいた。
「かわらないな」
それを自分に向けての言葉だと思ったのか少女絶無はため息混じりにいった。
「私にそんなことを言われてもわからないわ」
「……ごめん」
なんだか理不尽な気持ちに陥りながらも走り出す。
「いたわね」
「……本当だ」
屋上には焔がたたずんでいるのが確認できた。どこにも行く気がないのかなんだかずっと遠くのほうを眺めているようだ。
「……誰かを待っているようね」
「誰を?」
「さぁ?私にはどうでもいいこと。あなたにとってもそれは同じでしょ?私たちの目的はあの子が待っている人を探すことじゃなくて本人を狂わせないように努力するだけ。違う?」
「違わないと思う」
しかし、なぜ少女絶無が焔を誰かが待っているなんて思ったのだろうかと疑問を覚えた。疑問をぶつけてみようかと思ったのだが今は焔を捕まえるのが最優先だろう。
飛べば一発で屋上へとつくことが出来るのにそういったことはせずに四階分の階段を踏破し始める少女絶無と付き従う鏡介。
「あ、あのさぁ、何で飛ばないの?」
そんなに体力には自信のない鏡介なのですぐに階段のぼりを後悔し始める。ぜぇぜぇという声が聞こえているのはわかっているのだろうが、少女絶無は一切無視して息切れせずにテンポよく登っていく。
「ぜ、絶無ぅ……」
情けない言葉を無視したまま、少女絶無の後姿はあっという間に消えてしまっていた。階段半ばでどんどんとスピードが落ちていき、何とか屋上前に着くがもう倒れてしまいそうだった。
「……ぜぇ……ぜぇ」
「さ、行くわよ」
この状態でもしもあの鏡焔が襲ってきたらやられてしまうと直感する。
「ちょ、ちょっとまって」
「……十秒待ってあげるわ」
「一分」
「駄目」
急いで多量の酸素を吸い始める。
「ごほごほっ!」
「何してるのよ」
背中をさすられながら何とか息を整える。
「………そうね、中学の焔はどういうやつだった?」
「げほっ、えっと……」
中学時代の焔は荒れていた。よく根暗であるようなやつをけっていて教師と対立していたこともあったのだ。中学最後の日、鏡介はまるで見せしめといった感じで呼び出されたのだが……鏡介はそれを返り討ちにした。倒れふす焔の頬に絆創膏を張ってあげたのはもう一年以上前のことだがまだよく思い出せた。
気がつけば一緒に高校に通っていてかなり性格がよくなったといっていいだろう……そして、もう一度リベンジをしたいとかそういったことを言っていた。
「待っているのは……僕のこと?」
ふと、そんなことばが口から出ていた。
「さぁ、どうだか」
それだけいって少女絶無は屋上の重いはずの扉をあっさりと開け放つ。そこには鏡介しか見えていないといった焔が姿を現す。
しかし、違っていたのはその姿が屋上で待っているはずの男子制服ではなく女子の制服だったということだった。
「……え?」
当然、困惑する鏡介だったがその迷いを隙ととったのか焔は待ってくれなかった。短いスカートを翻しながら早速まわし蹴りをし始めたりする。
「ぜ、絶無!」
「……」
腕を組んで、銃を構えている。
「そのまま戦って」
急いで銃を取り出すがその銃は絶無に落とされて屋上の端っこへと転がっていった。
「つぅっ!!何するんだよ!」
鋭い蹴りが鏡介の顔のすぐ隣を通過。すさまじいまでの風が顔を凪ぐ。
「……」
ただ、絶無は黙ったままで何もしゃべらない。鏡介が急いで銃を拾ったところで再び落とす……絶無はそんなことを考えているのではないか、理由はわからないのだが、と鏡介は考えた。
「くっそう!!」
あげられた右足を左手で受け止める。ちらりと見えるそのパンツが黒、しかも女性ものだったことに驚いてなぜか後ずさってしまう。
「……なんで女装なんてしているんだ!?ふざけてるのか?」
相手は何も答えない。そのまま距離をつめて鋭い一撃が鏡介の右肩にあたる。
「がっ!」
鋭い痛みを覚えたのだが焔のセーラー服の胸倉をつかんで投げる。触ったときのやわらかさに驚いて投げが甘くなり、あまり意味のないものになってしまっていた。
「胸の中にまで何か入れてるし……」
やけにリアルな感触に鏡介は驚く。
まさか、焔に女装の趣味があるなんて思っていなかった。しかも、元から中世的な顔立ちだったのであとはかつらさえつけていれば確実にばれないだろうと本人が聞いたらマジ切れしそうなことを鏡介は考えていた。
「下着までつけてるんだろうな……」
パンツもそうだったしと考える。その間、少女絶無は黙って二人を見ていた。
相手はもう待ってくれないようで再び距離をつめてくる。その足をくじくふりをしてそのままみぞおちへと蹴りを繰り出す。
これはどうやら相手にばれなかったようで直撃する。動きが止まったところでひじ、裏拳、正拳突きをみぞおち、首、そして再びみぞおちへと食らわせる。
どうやら決定打となったようでそのまま倒れ、動かなくなった。
「……はぁ……はぁ」
少女絶無が倒れふす焔の足をつかむ。そして、鏡焔を引きずりながら鏡介の前へとやってくると手を差し出す。
「………これ」
その手に乗っているものは拳銃だった。落としたことに対して文句を言おうとしたが少女絶無のほうが口を開くのが早かった。
「操り人形にしては珍しく意識、持ってるわ」
「え?」
倒れてむせている焔を覗き込む。
「ぶざまねぇ……まったく、あのころとあたしは変わってないわぁ…」
いつもと違う少し低めの声ではなく高い声ではなかった。女の子の声だと鏡介は思ったのだ。
「え?焔…だよね?」
「そうよ、焔よ」
「……女?」
股の下にあった鏡焔の右足は勢いよく天に登ろうとして途中で鏡介の股間に阻まれる。
「ぐがっ!」
「失礼ね、こんなにかわいい女の子をぼこぼこにしておいてどの口がいってるのよ?」
「……失礼しました」
股間を押さえながら鏡介は倒れこむ。
「ふふっ、やったわ、ついにあの鏡介をあたしの前にひざまづかせてやったわ」
本当にうれしそうに、これまであった鏡の中の人物の中で一番人間のような表情を見せていた……まぁ、実際の焔より少し、いや、結構暴力的ではあるのだが。
「といっても、こっちはもう動けない。さっきのあれは条件反射よ」
「……そうなんだ」
「あたしのやりたいことはもうやった。どうぞ本人に返してくれて結構よ」
「何で、こんなことを?」
気がつけば鏡介はそんなことをたずねていた。
「……鏡介、あたしのこと親友って思ってる?」
逆に相手はそんなことを尋ねてきていた。
「……それは……」
「否定ね、それは」
「……」
事実なので黙り込む。いや、親友がどういったものなのかさえ鏡介の中では定理ができていなかったりする。
「がっかりだなぁ、あたしは親友だって思ってたんだけど」
「……ごめん」
なんとなく、謝る。
「いいよ、別に。けどさ、親友じゃないけど、友達……だよね?」
かなり心細い声が聞こえてくる。目の前の友人がいつもの焔にかぶって見えて仕方がなかった。
「……うん」
「そっか、それなら親友にはいつかなれるよね?」
「そりゃまぁ……けど、僕はその、あまり話すの苦手だから」
なぜかここでは話せているのだが鏡の外ではしゃべるのが苦手なのである。
「別に話してくれなくてもいい。それに、コミュニケーションのとり方っていろいろあるでしょ?」
「そうかも…」
あまり考えないでそんなことを言う。
「じゃ、あたしもうそろそろ帰るわ。ああ、最後に……」
一人で立ち上がった鏡焔を少女絶無は再び捕まえるようなことはしなかった。いや、元からそうするつもりはなかったようにも恭介には見えていた。
「あたしたちを解放してくれた連中は多分、強いよ。あったら気をつけて、襲ってくるかはわからないけどね」
それだけいって校舎内へと戻る。
「追わなくていいの?」
「あの性格じゃ嘘はつかないわよ」
なんだかわかっているような顔をしてそれだけいう。
「それより、あの焔が言っていた言葉……」
「うん、そうだね」
少女絶無も消えた鏡焔を追うように校舎内へと入り込む。
「……真帆、焔両者の糸を切ったのは複数の人間でどうやらあたしたちに敵対しているような連中みたいね」
「何で?」
「焔がいっていたこと、そのままを言い換えただけ」
少女絶無は手をたたく。
「とりあえず、もう鏡介は帰ったほうがいいんじゃない?思ったより行方不明の期間も一週間ですんだみたいだし」
「え?」
こうして、鏡介は友人を二人助けることができたわけなのだが、そのときはまだ今後どういったことに巻き込まれてしまっているのかを理解できていなかった。




