第五話:「鏡、鏡」
第五話:
「鏡、鏡」
部屋の中にあったものは有名なミュージシャンのポスターなどだった。
「カケ日本のポスターだね」
鏡介はそれらを見て納得する。
「そういえばよく曲とか聞いていたっけ?」
カケ日本とはライブ中にぼろぼろに破壊されているドラムやエレキギターその他もろもろの楽器を直していくというすばらしい特技を持っているのである。
「……いないか……次、行くわよ」
それだけ残して少女絶無は窓を開けて飛び降りる。その姿を見てため息をひとつついて階下にいる絶無へと声を投げかける。
「無理だよ、そんな高さ」
「何言っているのよ、別に今のあなたに出来ないことじゃないわ」
さっさと降りてこいとそういう。どうやら降りてこないようならずっとここで待っているという仕草までしていた。
「私は足に根っこが生えました」
「いや、それって仕草じゃないと思うから」
「そう?」
今度は穴を掘ってその中に埋まる。
「じゃ、これは?」
「わかったよ、飛び降りればいいんでしょ?」
目をつぶってそのまま飛び降りる。
「あれ?」
思った以上に衝撃など強くなく、衝撃的には階段のひとつ分を飛び降りたぐらいでもちろん、怪我とかそういったものはしていなかった。
「何で?」
「さぁ?けど鏡の外でそんなことすると死ぬわよ」
それだけいって歩き始める。気がつけば少女絶無が掘っていた穴はすでに閉じられていていたのだった。
「あのさ、ベッドの下とかに隠れているって考えられないのかな?」
少女絶無のあの適当な探し方。扉を開けて中を確認しただけ。タンスの中やクローゼットの中に机の下に引き出しを確認しようともしなかったのだ。
「探す気あるの?」
「時間の無駄。大体、考えることの出来ない操り人形が意図して隠れようとすることなんてないし、物音を敏感に察知する連中が隠れるようなことをするわけない」
そういって歩を進める。次に向かった場所は鏡介の家だった。
「何で僕の家?」
「焔、真帆はあなたの友達なんでしょ?それなら来ている可能性もあるし、これからはあの二人に仲がいい友達の家を探して当たっていく」
「…僕の家、入るのいやなんだけど……」
鏡写しとなっている自宅はやはり、自分の家のようなのだがどこか落ち着かないような家であってみているだけで気分が悪くなってくるようだった。いまだにあの場所に自分の鏡であるあのパペットが転がっていると思うとさらに気分が悪くなった。
顔にそんな文字でも書かれていたのか少女絶無は前を向いたまましゃべる。
「埋めといた」
「え?」
「鏡鏡介はお墓に埋めたから」
それだけいって勝手に自宅の扉を開ける。そこに鍵なんてものは存在しないのかあっさりと開けられて防犯上よろしくないことこの上ないだろう。
「あのさ、本当に埋めてくれたの?」
「ええ、そりゃ、死んでいるんだしもう見たくないでしょ?」
「まぁ……その、ありがとう」
「……」
まさか少女絶無は礼を述べられるなんて思っていなかったのでこういったときにどうすればいいのかわからずそっぽを向いたまま階段を上っていた………と、その歩をとめる。
「いる」
すでにその手には拳銃が握られていた。鏡介もあわてて拳銃を握り締める。
「ころしちゃ駄目」
「わかってるよ」
静かに二人で上って辺りをうかがう。トイレのほうからどうやら音がしているようでそちらのほうへ動き、鏡介が扉に手をかけ少女絶無はうなずいた。
「……」
無言でもう一度確認しあってから鏡介は扉を開けて少女絶無はその相手が探しているうちの一人であることを確認すると両足と両肩を打ち抜いていた。
「……!」
相手は気がついていたようだが、急に身体がしびれてきたのか動かなくなって目だけを二人のほうに動かしていた。
「真帆……だね」
「鏡真帆……確保」
「それよりさ、大丈夫なの?」
動けなくなっている鏡真帆を心配そうに鏡介は見ていた。けんかをしていたといってもやはりこれまで一緒にいた幼馴染なのでこういった姿はあまり見たくなかった。たとえそれが心を持っていないものだったとしても。
「さ、急いで本人にぶつけるわよ」
「へ?」
乱暴に真帆の足をつかんだ所為でスカートがめくれ清楚なパンツがあらわになる。鏡介はそれを見ないようにしてから少女絶無にたずねた。
「えっと、何で?」
「さぁ?私にそれを教えてくれたやつはどっかいっちゃったけどとりあえずそうすればその人は助かるわ」
「でも、それなら何で僕の担任のときは……」
「あいつは別よ!」
まるではき捨てるようにしてそういう。
「あいつは鏡鏡介を殺したわ。戻る資格なんてないから」
「……」
「これ以上放置していたら鏡真帆を撃つことになるのはあなたの仕事よ。私が本人に言ったこと覚えてる?」
『謝りたくないのならいい、けどもうこの機会を逃したら貴女たちは鏡介に謝れないし……二度と、鏡介には出会えないかも』そういった少女絶無とその隣にいた自分の姿をよく思い出せた……さらに、鏡に映らない四人の姿。
「こいつをやれば本人はいずれ駄目になるわよ」
「……そうだね」
まだ真帆は鏡介にあやまることが出来るチャンスを与えてくれているのだと鏡介は気づいたのでそのまま黙って自分の家を後にする。
玄関から出たところで少女絶無は辺りを見渡す。
「……いい?これからすることは単純だけど大変なこと」
「うん、それで?」
「まずは真帆本人がいる場所を特定する………ってところなんだけど私とは絶対に離れちゃ駄目よ」
離れるつもりは毛頭なく、こんな今だよくわからない世界で一人ぼっちはいやだったが、一応聞いたほうがいいだろうと思ってたずねる。
「なんで?」
「一人になると鏡介は襲われる可能性があるわ」
「誰に?」
「鏡焔に」
二人のうちの一人は身柄を確保し、まだ、これからこの真帆を無事に本人に返す?作業が残っているのだ。
「相手は手加減しないし、私は鏡介に友人を撃たせるようなまねはさせたくない」
苦々しそうにそういって再び真帆を引きずり始める。引きずられている真帆の目はどこか遠くを見ているようだった。
学校まで戻ってきて近くの鏡に二人で顔を突っ込む。
「うおっ!?」
近くを歩いていた生徒が気がついたようで驚いていた。そりゃそうだろう、鏡介は恥ずかしい思いをしながら周りをぐるっと見たのだがそこに探している人物は見つけることが出来なかった。
「いないね」
「次、行くわよ」
首を突っ込んだところを見てそれまで二人のいきなりの登場に驚いていた男子生徒は鏡を触ってみたがそれは単なる鏡で自分に動きを合わせる自分しかそこには映っていなかった。
―――――――
結局、鏡介はそれ以降顔を鏡に突っ込まなくなった。今、すべての女子トイレを探しているところであり、男子である鏡介が首を突っ込んだときに目の前に女子の顔があったらいろいろと問題が浮上しそうなのである。
鏡に首を突っ込んでいるのはほんの一分程度の時間なのだがそれでも何かあったら大変なので今は手持ち無沙汰に誰もいない鏡の中の女子トイレを眺めていた。男子トイレの鏡写しで違うところはすべて個室になっていてタイルの色がピンクというところだろうか?
「……」
無造作に転がされている真帆はずっと鏡介を見ていて見られている鏡介としては気分が優れなかった。
無表情の相手に見られるのは非常に気持ち悪いものであり、まるで死んでいるようにも見えたのだが鏡介が真帆に近づくと彼女は身をよじって反応する。一言で言うとかなり怖い。
「いないわ、次」
再び真帆の右足をつかんで引きずる。彼女より遅く歩くと引きずられている真帆の視線が鏡介を射抜くのでもちろん少女絶無の隣を歩く。
「あ、そういえば真帆って今生徒会長を目指してるから選挙会場になる体育館で演説してるかも」
「そうだったわね」
忘れていたとばかりに少女絶無は舌を出す。
「って、何で絶無が知ってるの?」
「そりゃ、鏡の中でいつも見てるから。基本、鏡とか窓がある場所に私は映るでしょう?」
「うん」
ああ、だから知っているのかと考えて首をかしげる。
「じゃあ、鏡に映っていないときはこっちの姿が映らないの?」
「そりゃまぁ、そうね。鏡の中のほかの連中のことは知らないけど基本私は私がしたいことを鏡の中でしてるわ」
「たとえば?」
たずねてみるが答えは返ってこない。なんだかその顔は真っ赤に染まっていた。どうやら人に言えない何かしらの事情が込み入ったことをしているのだろう。
「まぁ、いいけどね……」
「……ついたわ」
ばつ悪そうにそういって体育館内へと入り込む。そこはがらんとしていて当然ながら誰一人としていなかった。鏡は近くになく、窓の中はいろんな人がうごめいているのがわかるのだがそれが誰なのかまでは特定できない。特定できていればいちいち鏡に首を突っ込むような真似はしなくていいのだから。
体育館のステージのそでの部分には鏡がおいてあり、そこからどうやら覗くことが出来るようだ。
真帆を引きずりながら階段をそのまま上る。鏡介の後ろからはあちらこちらをぶつけている音が聞こえてきていた。
「……さ、覗くわ」
「どうぞ」
どう見ても二人で覗き込むには無理がありそうな幅だった。
「ほら、そんなこといわないの……」
無理やり覗き込まされて二人の頬が当たった状態で変に意識してしまう。意外とぼろ布のような服は見ためほど厚いような服ではないようで肌のぬくもりを確認できてしまっていて徐々に身体が火照ってくるのが実感できた。
頭の中が真っ白になっていた鏡介のすぐ近くで少女絶無の声が聞こえる。
「見つけた」
そこには演説途中の真帆の姿があり、少女絶無は鏡の中の真帆を真帆に向けて投げつける……すると、彼女はいきなり倒れて動かなくなった。




