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第十話:「彼は鏡に映らない」

今回で最終回となりました。感想などいただけると非常にありがたいです。

第十話:

「彼は鏡に映らない」

 向けられた拳銃を鏡介がつかんでいた。

「ちょっと、やめなって!」

「はなしてよぉっ!あいつがいる限り私は迷い続けるの!」

 じたばた動く彼女を一生懸命抑える鏡介に笑いかけながら成長した絶無が背を向ける。

「…………明日のこの時間、私はもう一度ここに来るわ」

「嘘よっ!!そういって鏡介を消すつもりなんでしょう?」

「なぜ?そうする必要なんて私にはないから」

 親の敵を見るような目で少女絶無はその背中に鋭い視線を投げかけ続けていた。

「これまで幾度となく私が追い詰めても逃げ続けてきたあなたが素直に私に捕まるとは思えない!」

「そう?私にとってはもうどうでもよくなったわ……だって……」

 そこで立ち止まって振り返る。その表情は心の底から楽しそうな顔をしていたのだった。

「あなたたちがどんな行動をとっても私は面白いから」

「何それ……」

「明日、この場所で待ってるわ」

 そういって一陣の風が吹いて成長した絶無は今度こそ二人の前から姿を消したのだった。

――――――

「……」

 少女絶無は一切しゃべらずに鏡の中に引きこもったまま。

「ねぇ、絶無……」

 そして鏡介はここでようやく口を開けた。外はすでに真っ暗で時計の針は深夜三時をさしていた。

「何?」

「はなしてほしいんだ」

「何を?」

「絶無の過去のこと」

「……いったでしょ、私を選べばなんでも教えてあげるわ」

「………」

 選ぶ、それがどういう意味なのか鏡介にはわからない。

「なんでもじゃなくていいから絶無のことだけでいい」

 お願いしますとその場で土下座をした鏡介をどう思ったか、ひとつため息をついて絶無は鏡の中から鏡介に言った。

「……小さいころ……そうね、小学六年生ぐらい。ある日、鏡の中の私は私に話しかけてきた」

「?」

「当時、友達がいなかった私にそれは恐ろしいものでもあったが同時に始めてできた友達だったの………鏡を見ながらしゃべっている私を見て両親は気味悪がった……まぁ、当然だけどね」

「……」

「ある日、そうね、あれは中学三年生、いや、中学二年生のとき鏡の中の私は私にこんな提案をしてきたわ」

「どんな?」

「『ちょっと遊びに来ない?』ってやつね。私は恐ろしかったが唯一の友達を失ってしまうのではないかと思って自分自身の誘惑に負けたのよ」

「それで?」

「鏡の中に手を突っ込んだ瞬間、一気に引きずり込まれて気がつけば私と同じ背丈のあいつが笑っていたわ……鏡の中、手を伸ばせばすぐに触れるぐらいのところで」

「……」

「そして言った……『これから鬼ごっこをしよう?それを嫌がって今、あなたがここから出れば近いうちに頭がおかしくなってそこまでだ……ルール無用、これ、あなたのために用意したハンデよ』こんな感じにね。だから私の手元にはこの拳銃があるのよ」

「なるほど、だから絶無はずっと鏡の中にいたのか……けどさ、たまに外に出てきたりしてたよね?」

「まぁ、ね…それは一応外に出ることができる時間があるのよ……一日に三十分ぐらいなら大丈夫みたいだけど、それを超えちゃうと私は……狂ってしまう」

 はき捨てるようにそういって鏡介に笑いかける。

「…けど、完全に鏡の中の自分を失ってしまった鏡介の鏡になってしまえば私は狂うことがないし、鏡介も狂わない……だからさ、私たちは今のままでいいのよ……あいつを捕まえちゃうのは簡単だけどそうしたら鏡介がおかしくなっちゃうからね」

「……そうだね。僕も狂っちゃうのはいやだよ。それに絶無と一緒にいたい」

 鏡介は少女絶無のほうを見ることなくそうつぶやく。

「そうよね、誰もが狂っちゃうのはいやだから……それを聞いて安心した。じゃ、おやすみ」

 少女絶無はもう一度だけ、笑ってから鏡の中のベッドの中にもぐりこむ。

「……僕は狂いたくないよ、絶無」

 そういって鏡介も静かにベッドの中に入り込む。

――――――

 少女絶無が眠っているのを確認するために鏡介は鏡の中に入って彼女に対してさまざまないたずらを実行してみる。

「……ぐぅ…」

「うん、寝てる寝てる」

 青白く、すべすべしたその肌に一瞬だけよからぬ想像をしてしまったが、その妄想を頭を振って消して鏡介は鏡の中の自室を出て、玄関を出たのだった。

 玄関を出る前にトイレのほうから西洋の鎧を来たあの騎士が出てきて鏡介を見て一瞬立ち止まる。

「ああ、そんな身構えないで。君、こっちでこの家に住んでいる人だよね?」

「……」

 相手は何もしゃべらなかったが首だけを縦に動かす。

「ごめんね、こっちじゃ僕が不法侵入者になるんだろうけどさ……すぐに出て行く。それと……もしも僕の家族がこの家の鏡に映ったら今までありがとうって言っといて」

「……」

 相手は不思議そうに首をかしげているようだったがそれを無視して鏡介は玄関から出るのだった。

 普段は絶対に晴れているはずなのに暗闇が広がっている。

「さてっと」

 一人が寂しいのは身にしみてわかる鏡介だったが、急いで校庭へと走り始めたのだった。その手には手鏡が握られている……

――――――

「ん?」

 ふと、階下で何か音がしたので絶無は目を覚ました。鏡に映っているはずの鏡介の姿はなく、ベッドはもぬけの殻だった。

「トイレか?」

 首を傾げて待ったのだがぜんぜん戻ってこない。

「まさか……ね」

 あの弱気な少年が、自分と一緒にいたいといってくれた少年のことを信じて待つことにする。だが、それから一時間経っても彼は帰ってこない。

「……」

 急いで鏡の中の鏡介の部屋の扉を開ける……と、隣の部屋の鏡介の妹の部屋から西洋の鎧を来た騎士が出てきた。

「お前か?鏡介をさらったのはっ!」

「?」

 不思議そうに絶無を見る。お互いに初対面だからだろう。

 西洋の騎士は玄関のほうを指差す。

「……違うのか?」

「……」

 しゃべることなく相手はうなずき、いまだ突っ立っていた。

「……勘違いしてわるかったわね」

 それだけ残して急いで玄関へと向かう。

「まさか……ね」

―――――――

「あらら、お一人?」

「まぁ、ね」

 校庭には成長した絶無が立っていた。

「来るとは思っていたけどまさか一人なんて」

「絶無は寝てればいいんだよ……ああ、こっちの小さいほうね」

 そういって鏡介は拳銃を取り出した。

「へぇ、それを私に向けるの?仮にも絶無よ」

「仮じゃないよ、君も本物の絶無だ」

「じゃ、あんたは絶無にその銃、向けることができるの?」

「もちろん」

 躊躇なくトリガーを引く鏡介だったがそれは相手に当たらずに校舎の窓を突き破った。

「へたくそ」

「なにぶん、まだ素人なんでね……」

「でもいいの?あんたが私をあの子に戻すとあんた、絶無と一緒にいれなくなるよ?」

「別に、かまわないさ」

 そういってもう一度トリガーを引く。今度はきちんと成長した絶無の右太ももに当たる。相手の顔が苦悶にゆがみ、その場にひざを着く。

「……いったいわねぇ!」

「そりゃそうだろうね……だけどさ、悪いけど僕はもう迷わない。僕はわがままで、ひどい人間さ。平気で人に嘘をつくことができる……」

 鏡介なりに精一杯悪そうな笑顔をうかべてみたのだが、変な顔にしかならなかった。

「……最低な人間さ」

 立て続けに発砲し、相手はいつか絶無がしたように四肢を動かせないような状態になっていた。

「……これから動けない私に何する気?」

「さてね、いいことさ……僕が君をあの子に戻してあげる……」

「や、やめなさいよ!あんた、自分がどうなるかわかってるの?」

「………僕、考えたんだ」

 それだけ言って動けない成長した絶無を担ぐ。そして、再び自宅へと歩いて帰り始めた。

「……あっちじゃ狂うけどこっちじゃ僕は狂わない……」

「……」

「図星かな?」

「さ、さぁね?もっとひどいことになるかもしれないわよ?」

 顔がかなり近い場所にあり、鏡介はひとつため息をついた。

「はぁっ、僕って何でこんな難儀なことに巻き込まれたんだろう?」

「知らないわ……」

「そうだよね」

「鏡介っ!!」

「絶無……」

 進行方向に少女絶無が荒い息をしながらたっていた。

「あんた、何を……」

「別に、何も……それとね、ごめん絶無」

 急いで走りよって担いでいた鏡絶無をぶつける。

「ちょ、ちょっとっ!!」

「あ〜あ、まさかイレギュラーに捕まえられるなんて思ってなかった……」

 そういって鏡介に最後は笑いかけて鏡絶無は消えた。

「きょ、鏡介……私と一緒にいたいんじゃなかったの?」

 それを無視して鏡介は手鏡を取り出す。絶無のほうはまだ動けないのか口だけ動かしていた。

「……じゃ、ばいばい、絶無」

「ちょっと!無視しないで!」

 徐々に足から手鏡によって消えていく絶無を見ながら鏡介は涙を流していた。

「……鏡介、何でこんなことを……」

「僕はずっとこっちにいるからさ……あのさ、もしも生まれ変わりがあったならまた僕に会いたい?」

「え?それは……もちろんよ!」

「……そうなんだ、でもね、僕は君に会いたくないよ……また、こんな風に困らせてしまいそうだから」

「きょ……」

 それだけ言って絶無はその姿を完全に消してしまったのだった。鏡介の心の中には何かとても大切なものを失ったという感情しか残っていない。

「……僕はきちんと女の子を助けられたんだからそれで、いいよね」

 誰に言うでもなく、そういってあたりを見渡す。

「……」

 そこには鏡があり、気がつけば遊園地のアトラクションのひとつであるパニックルームのような場所に迷い込んでいた。

「……ゴールは……あるのかな?」

 鏡介は静かにゴールを目指して歩き出したのだ。

 こうして、加々美鏡介は三日後に行方不明として警察に出されたのだった。

―――――――

 三年前から行方不明となっていた大絶 睦月という少女が発見されて地方新聞で少しだけ話題となった。

「睦月ぃ、たまにつぶやくキョウスケって誰?」

「え?あ〜……」

「もしかして、睦月の男?」

「そ、それは……えっと、私と一緒にいたいって言った男かなぁ」

「おおっ、やりますなぁ、大統領!!」

「……」

―――――――

「いけどもいけども自分が映らない鏡かぁ……はぁ」

 時間がたっているのかよくわからないが上を見ても下を見ても右を見ても左を見ても鏡があるだけで、しかも鏡介の姿は映らない。

「鏡に映らないのはヴァンパイアだけで十分だろうにねぇ……」

 一人でぶつぶつ言いながら鏡介はそれでも歩くのだった。ゴールにつけるかわからない、この道をひたすら進む。

「……」

 まれに鏡に知り合いの女の子が映ったりするのだがその顔が笑っているというのを確認することによって鏡介はここまで歩いてくることができた。

 その歩がとまることない。

「あ〜あ、絶無って絶対に偽名だよね、本名聞いておけばよかった……」


 そうして、また彼は歩き出したのだった。


〜終〜



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