第九話:「鏡に心は映らない」
第九話:
「鏡に心は映らない」
とかく、物語の主人公というものは非日常的なものによく会いがちである。それがどうったものかまでの断定は避けさせていただくが、加々美鏡介もそういった非日常的なものに会うことになる。
気がつけば生徒会長に真帆がなっており、さらに言うなら副生徒会長になっていたのが焔だったという言葉を聞いて、結局のところ鏡介のことを根暗だ〜とかそういうこともうやむやのままで鏡介は生徒会室に呼び出されたのである。まぁ、これは日常的におこりそうだがあまりない光景でもあるのだが。
「……」
問題はそれからで、生徒会室の扉を開けたところで鏡介の動きが止まった。
「あ」
「え?」
今、鏡介が見ている光景はあまり見ることがない……というより、ほとんど見るようなことがないものだった。
鏡介が見ている光景、それは
青木焔が麻保良真帆を押し倒している。
以上のように鏡介の目には映っていたが、誰しも、この光景をみたら固まるだろうし、ああ、どうやらお邪魔しちゃったんだなぁと思うのが世の常であり、こういった場面に立ち会った鏡介は『これが真帆が提案していた生徒改革かぁ』と一瞬思った後に急いで
「ごめん、邪魔した」
とだけ残してからすぐさま扉を閉めて走り去ったのである。
―――――――
「うぅん?焔って女のこのはずなんだけどなぁ」
なんだか脳内にフラッシュバックする真帆のパンチラを急いで消してからそんなことをつぶやいてみる。もちろん、そんな鏡介の話し相手となるのは少女絶無以外いなかった……というよりはこのような話を誰も見ていなかったやつに話してもいろいろと問題があるだろう。
「鏡介、安心しなさい……私はきちんと証拠品として記憶媒体装置にとどめておいたわ」
そういって鏡介のノート型パソコンでちゃっかり放映会とかをしていた。
「まさかあの二人がそこまで仲良しだったなんて知らなかったよ……」
鏡介がそういったところで携帯が鳴り出す。
彼の耳に聞こえてくるのは日曜日の最後を締めくくるような感じがするあの番組の局だった。
「……」
そして、ディスプレイには『麻保良真帆』という文字が浮かんでいたりする。
「……とったほうがいいかな?」
「…とったら間違いなく怒鳴られるわ。あれは誤解よ!とかその類。誰しもそういった方面の趣味とかは青いときに見られたくはないと思うから」
なんだかわかっているような口ぶりでそんなことを少女絶無がいったんので鏡介は真に受けてうなずいた。
「そうだよね、あまりああいったところを見られるのっていやだよね」
「そうそう」
「じゃあ、無視するのもあれだから一応返事はしておかないと……ね?どういったらいいかな?」
そうねぇとつぶやいてから少女絶無は考え込んで、すぐさま手をたたく。
「やっぱり、見てないとか言っておいたほうがいいんじゃない?信じてもらえないだろうけど僕は何も見ていない」
真帆のパンツが黒だったということしか見てないからなぁと鏡介は思ってからうなずいた。
「うん、確かにじっくり見てないから大丈夫だよね」
「だいじょう……V」
「……」
鏡介はうるさくなり続ける着信音を消すために通話ボタンを押す。
「あ、もしもし?真帆?大丈夫、何も見てないし、僕は真帆がその、そういった人でも友達だから……」
『は、はぁ?あんた何か勘違いしてるんじゃない?』
「……鏡介、ここで心の大きさを見せてあげておくべきよ」
「うん、わかった……」
隣から少女絶無がそんなことを言ったので鏡介は俄然やる気を出して心の底から言ったのだった。
「僕たち、友達だろ?」
そして、電話の向こうから焔の『あれ?鏡介出たの?』という言葉を聞いてから確信する。
「……真帆、今もしてたんだね……ごめん、邪魔して……ばいばい!」
『あ、ちょっとまちな……』
すでにそこで鏡介は電話を切ってさらには電源まで切ったのだった。
「人ってこうやって大人になっていくんだね」
「そうそう」
スポーツ飲料をがぶ飲みしながらそんなことをいう少女絶無が実にまぶしく見えた加々美鏡介だった。
次の日
意味ありげな視線で鏡介は真帆と焔に挨拶をする。
「……おはよう、二人とも」
「あ、鏡介……あ、き、昨日のあれは……」
真帆がそういってくるが両手で制してから微笑む。もはやその表情はどんなに心を閉ざしている人間でさえも、どんなに他人を疑りぶかいにんげんだったとしても、ああ、この人はなんて心が綺麗なんだと思わせるようなものであった。
「いいんだ、別に君たちがそういった関係で、夜な夜なさまざまなことをしていたとしても僕はうらやましくもなんともないから……うん、友人が大人の階段を駆け上がったとしたら僕は君たちの友人代表として祝わせてほしいんだ……」
「え〜っとね、鏡介……あれは大きな誤解だから」
焔がそういう。そして、鏡介もなぜかうなずき、あれ?と真帆と焔が首をかしげる。
「大丈夫、僕を呼び出したことを忘れていたんだよね?大きな誤解はそこにあるってことだよね?実際のところはなんとなく呼び出していたから誤解しちゃったんだって……あれは本当は真帆が押し倒していたんだけど転がっちゃって焔君が上に乗っていた……それが大きな誤解だよね?」
「「……」」
「あぁ、今日もいい朝だなぁ……あ、そういえば僕今日日直なんだ。じゃ、これで失礼するよ」
にこやかに笑って鏡介は走り去る。
「涙?」
走る去る鏡介は涙を流していたのだった。
―――――――
「うわぁぁぁぁぁぁんっ!!絶無ぅ!僕……僕よりも先に焔君が大人の階段上がっちゃうなんておもってなかったよぉ!!!」
「おいおい、落ち着きなさいって」
鏡の世界の中で鏡介は少女絶無の胸に顔をうずめてないていたのであった。
「本当にあいつは親友かよぉ!親友だったら何か言ってくれてもよくない?」
「よぉく、考えてみなさいって。これからやりますとか普通いわないでしょ?」
「……やったことないからわかんないよぉ!!馬鹿」
馬鹿といわれてカチンと来たが、なんだか鏡介がかなりかわいそうに見えたのでそのまま頭をなでることにする少女絶無。
「あ〜ほら、まぁ、あれじゃない?突発的に押し倒したとか」
「……突発的?急にむらむらって来て押し倒したってこと?それ、犯罪だよね?」
顔を真っ青にしてから鏡介はつぶやく。
「いや、事故で」
「……事故でも押し倒したことには変わりないと思うけど?電車内で間違えて女性の胸とか尻とか触っただけで今は痴漢でおじゃんだもん」
「……」
かなり精神不安定なのか鏡介は立ち上がると鏡内の校舎窓ガラスを壊して飛び降りる。
「……はぁ…困ったものね」
――――――
「ちっくしょぉぉ」
校庭を走っている鏡介が異変に気づく。
「え?」
先ほどまで澄み渡る晴天だったのに気がつけば闇が広がっている世界。
「……」
辺りをきょろきょろと見渡すとそこには見知った少女、絶無が立っていた。
「絶無!ここ、ここなんだ!僕が体験した世界って言うのは!」
「鏡介……」
「ぜ……あれ?」
急いで近づこうとしたが足を止める。その絶無は少女、というよりは成長しているものだったし、声だって少し澄んでいた。
「誰?」
「私?私は絶無。いつもあなたの隣であなたを見てるじゃない」
「……そうだっけ?」
ああ、まぁ、絶無のことなんてまじまじと眺めたことなんてほとんどないからなぁ、それと、暗いからか?と思って鏡介は相手に近づこうとする。
「まった」
うしろからそんな声が聞こえてくる。
「?」
後ろにも少女絶無が立っていた。
「え?」
前には大人絶無が、後ろには少女絶無が立っていた。
「やっと見つけた…」
「見つけられちゃった」
「あなたの仕業だったのね、これは……鏡介、急いでこっちに来て」
「だまされないで、そっちが偽者よ」
どう見ても見た目だったら大人絶無が偽者だよねという状況で鏡介はそういわれる。
「えっと……」
「早く!」
「こっちに!」
「ええっと……」
「「きなさいっ!」」
「ひいっ!?」
結局、少女絶無のほうによっていく。
「まったく、鏡介がそんな小さな子が好きだったとは思わなかったわ」
大人絶無に言われて鏡介はかちんと来る。
「べ、べつにそんなんじゃあないぞ!」
「じゃあ、何でこっちにこないの?」
「だって、どう見てもあんたはこれまで僕が見ていた絶無じゃないはずだ。絶無の背はそんなに高くないし胸はほとんどないんだぞ!あいたっ!」
「………こほん」
一撃、鏡介に食らわせた後に少女絶無は目の前に立っている絶無に言った。
「私はもう後悔してない」
「本当?」
なぜか少女絶無を見ることはなく、鏡介のほうを見ている。彼は頭をさすりながら首をかしげていたのだった。
「鏡介がいるからあなたは私を捕まえることができない。違う?」
「……」
「どういうこと?」
鏡介は少女絶無にたずねるが彼の問いに対して答えたのは目の前の成長した絶無。
「……鏡の中の自分を殺されて現実じゃあその人はおかしくなってしまう……これは知ってるよね?」
「まぁ、それは聞いたよ」
ああ、懐かしいなぁとふと思ったが思えばそんなに永い時が経ったわけじゃない。
「だからさ、君は絶無がいないと狂っちゃうんだよ」
「……」
それも聞いたことがあると鏡介は考える。
「絶無がこっちにいる理由は私という鏡の中の自分を捕まえるため、そして現実世界できちんと生活するためなの、わかる?」
「……」
「こんな世界、いたくないでしょあなたも」
そりゃそうだ。こっちの世界じゃほとんど誰にも会うことができないし寂しいに違いない。
「……絶無」
「何?」
「君じゃない、こっちの絶無」
「そう」
そういって少女絶無を見る。
「……ごめん」
「謝らなくていい、私が望んだことだから」
「嘘」
「本当っ!!」
相手を怒鳴りつけてから鏡介のほうをしっかりと見る。その目に迷いはなかった。
「私はもう、鏡介の鏡として生きる。そうしないと鏡介、あなたがここを出たらすぐに狂ってしまうから」
「……」
「だから私はっ!!」
懐に手を忍び込ませて拳銃を取り出して鏡絶無にそれを向ける。
「あいつを殺すっ!!」
相対する二人の絶無に一人の鏡介……思いを決めた絶無だったが、鏡介の瞳には迷いが映る。




