異世界転生者
魔王とは。
魔族を束ねる長、人間にとっての宿敵。
魔族のなかには人間を食らう者がいる。人間より優れた身体能力を有している。
いくつか理由はあるが人間は魔族を快くは思わない。それを束ねる長なのだから魔王もよくは思われない。
だから、そんな魔王を殺した者は人間にとっては英雄となり、華やかな一生を約束される。
そんなわけで名誉と華やかな暮らしを夢見て魔王城に突撃をかける命知らずのバカは存外多い。
目の前のヘラヘラと笑っている奴もその一人。
最初はそう思っていたけれど、どうやらそういうわけでもないらしい。
「……転生者?」
「そーですそーです。自分、この世界の人間じゃないんですよね。色々あって神様にこの世界に来させてもらったんですけど」
人畜無害とでも言えば良いのか。
そいつは初めから敵意なんてものは一切持ち合わせていなかった。
ニコニコヘラヘラ散歩でもするみたいにのんびり自分のペースであるいて扉を開けて俺の部屋に入ってきた。
そして、身ぶり手振りを交えて気づけばそんな話を聞かされていた。
『不思議な人間じゃな……』
「うーん……」
「ん? なんですかなんですか? そんなじっと見られるとちょっと照れるんですけど。へへへ」
悪意はない。それは間違いない。
けど、だからといって警戒を解いて良いわけではない。
ある意味これまでここを訪れた誰よりも不気味だ。
でも、「え~、なんですか~? あんま見ないでくださいよ~」なんて手をパタパタ振っている奴を見るとどうにも警戒しづらい。
「……何のためにここに来た?」
どーせこのままじゃらちがあかない。
どう転ぶかは分からないが、このままよく分からない奴を野放しにしておくよりはましだ。
「あー、実はですね。お願いしたいことがありまして……」
こちらの様子を伺うようにチラリと視線を向ける自称転生者。
続けろと言うように目で促す。
「……あの、当分の間でいいんで匿ってもらえないですかね……?」
「……は?」
両掌を合わせ片目だけでこちらをじっと見つめながら自称転生者はそう続けた。
「……」
詳しく話を聞くこと十分。
ヘラヘラはどうにも人に追われているらしい。
「いやぁ、転生するのはこれで五回目なんですけどこんな経験は初めてですね。はははっ」
『なんというか……危機感がないのぉ……』
「……」
赤ん坊で生まれてくるわけではなく、初めから世界に居たようにしてこの世界にこいつは現れた。
そして、これまでに他の世界で繰り返したらしい転生の経験を頼りにまずは職を探そうとしたのだとか。
そこで一人の女に出会った。
「初め見たときは作り物の人形か何かなんじゃないかって思っちゃいましたからね!」
ヘラヘラはそう語る。
絹のように繊細で白い髪、宝石のように魅惑的に光輝く赤い瞳。その他体型やら雰囲気やら諸々。
聞いてもいないのにヘラヘラ野郎は俺の制止の言葉も無視して語り尽くした。
「自分、その時は自分のことを高く雇ってくれる人を探そうと思ってこれまでに培った色んな力を路上で披露してたんです。小銭稼ぎにもなるので一石二鳥ですね。そしたら、その人が自分のことを「便利な魔法ね。あの人に渡したら喜んでくれるかも」って物凄い評価してくれて若干引くくらいの値段で買ってくれたんですよ。……そこまでは良かったんすけどね。美人のご主人様に大金で雇ってもらえて万々歳って感じでしたよ」
身ぶり手振りを交えてニコニコヘラヘラ楽しそうに語っていた。
が、そこまで言うと急にガックリと肩を落とし声のトーンが下がった。
「……これ、見えますか?」
「……なんだそれ。首輪……?」
首に巻いたマフラーをずらすとそれ以外に形容のしようがない、ペットにつける首輪のような首輪がそこにはあった。
マジ首輪。あれは絶対オシャレアイテムとかそんなんじゃない。
「そーです。自分、知らなかったんですけどね、美人さんは凄い高名な魔導師さんらしいんすよ。それでこれはその魔導師さんが作ったものらしくて、首輪をつけた相手を隷属させるものとかなんとか。何回も人生やり直してるおかげか着けられただけじゃ身も心も隷属させられるって感じにはならなかったんですけど、今もあの美人さんのところに帰りたくて仕方ないんです。それもどんどん気持ちが強くなってて……このままじゃほんとマズイんですよ!」
「……なんか、嫌な予感が」
叫ぶヘラヘラ。
俺はそれどころじゃない。
というか薄々気がついてたけどその首輪着けた奴って……
「――見つけた」
「ひぃぃっ!?」
あぁ、やっぱりこいつだった!
「お利口さんね。私に言われなくてもちゃんとこの人のところに行くなんて」
「あ、あれぇ? もしかして自分、選択ミスりましたか?」
「……らしいな」
流石に首輪つけっぱなしはどうかと思うので外させて魔王城で雇うことになった。
なんか魔王城の住人が一人増えた。