中編 紫髪のヴィクティム
一部の方が不快に感じられる表現・描写が含まれている可能性があります。ご理解の上お読みください。
「おじさんは役人なんだよね。私のお父さんとおんなじだ。
私のお父さんも魔法使いだったから、私の家は最初首都にあったの。でも、帝国と戦いが始まった時この近くの町に引っ越してきた。
お父さん、無鉄砲に戦ったらダメだって言ったらクビにされちゃったんだって。父さんがもっと我慢強ければこんなところに引っ越さなくてよかったのにって、ずっと言ってた。
私はその時もっと小さかったし、よくわかんなかったけど。
戦いが始まったらお父さんは兵隊になって、お兄ちゃんも一年したら働き出した──お父さんが死んじゃったすぐ後にね。三つ隣の町に軍の工場があったの。ここ、帝国に近いでしょ? 攻め込まれた時すぐに追い返せないと。
でも暮らしてるうちにここにも慣れてきて、友達もできたよ。学校で教えられることは国の偉い人が考えたことで間違ってたし、食べる物も少なくて毎日お腹が空いてたけど、それでも結構ちゃんとした生活は送れてた。
──いつもとなんにも変わらない日だったよ……半年前の、あの日も。
しばらく雨の日が続いた後で、すごくいい天気だった。
学校が休みだったから、友だちと二人で川に遊びに行ってたんだ。よく覚えてるよ……昼過ぎに魚を捕まえようとして転んで、水に飛び込んだ時だった。急に周りが眩しくなって、ものすごい音がして、大波が起きて飛ばされたの。
頭をぶつけたからしばらく痛くて起き上がれなかった。友だちに助け起こされた時は目の前のことが信じられなかったよ……町の建物がみんなぺしゃんこになってるの。
それからは、本当に怖かった。とにかく家に帰ろうとして、友だちと別れて必死に走ったの。
道端ですれ違うのは、爆発と瘴気で体中がボロボロになった人達。壊れた家に押し潰された人達の苦しそうな声も、ひっきりなしに聞こえてくる。
家の近くまでくると、あちこちで火事が起き始めた。昼時だったから、火を焚いてる家が多かったんだよ。
川で遊んでた時は青かった空は、煙で真っ黒に染まってた。
『家は大丈夫。工場もきっと大丈夫。お母さんもお兄ちゃんも生きてる』
何も考えないで、ブツブツ言いながら走り続けた。人生で一番長く走ってたはずなのに、疲れたなんて全然感じなかった。
でも、本当はわかってたの──他の家がこんなになってるのに、古い私の家が大丈夫なはずないって。私が着いた時には、もう家には火がついちゃってた。二つ隣の家から燃え移ってきてて。
お母さんは絶対その下敷きになってたはずだった。私は頑張って家の破片をかき分けて、お母さんを探した……手が傷だらけになるのだって、熱くて痛い火の粉が降ってきてるのだって、全然気にならなかったよ。
それで瓦礫の隙間からお母さんの血だらけの腕が伸びてるのを見つけた時、頭が真っ白になった。それでもお母さんはまだ生きてるって信じて、死に物狂いで助け出そうとしたけど、私の力で外に出せたのは胸から上だけだった……。
どうしても、お母さんを押さえつける柱が動かせない。見つけた時にはもう虫の息だったお母さんは、私がどんなに呼びかけても、どんなに泣き叫んでも目を開けなかった……。
その後は……覚えてない。気付いたら私はお母さんのネックレスを持って、河原に座って、流れていくゾンビみたいな死んだ人達をぼーっと見てた。誰かが火のないところまで連れてきてくれたのかな……それも覚えてない。
もう夕方だった。雲ひとつなかった空には黒い雲が広がって、ところどころくすぶった火が赤く光ってるだけの町には、頭が痛くなる家が焼けた臭いと鼻が痛くなる死んだ人の臭いと体が痛くなる瘴気の臭いでいっぱいだった。
黒こげになった私の家に行くと、帰ってたお兄ちゃんがちょうどお母さんのお墓を作りおわったところだった。
お兄ちゃんは『お前だけでも生きててよかった』って言って抱きしめてくれた。私もお兄ちゃんが生きててくれたのは本当に嬉しかった。
でも、お母さんが死んじゃったことはずっと頭から離れなかった。
それから何日かは、家の破片を組み合わせた家でお兄ちゃんと二人きり。木の実とかを食べてたよ。瘴気の染みこんだ木の実はすごく渋くてまずかったけど、子供二人だけじゃ他に食べるものもなかったし、それに気味の悪い紫色になった木の実なんか食べる人は他に誰もいなかったから。
でも、それがお兄ちゃんを殺しちゃうことになった。呪砲が落ちて一週間だったよ──お兄ちゃんが死んじゃったのは。
木の実を食べ始めて三日もすると、金色だった私達の髪が紫になり出したの。嫌だったけど、ほら……他に食べるものがないでしょ。一週間もすると、目の色も紫になった。
それで、川に水浴びに行った時……姿は見てないけど、誰かが話してるのが聞こえてきたの。
『時々、髪が紫色の奴がいるだろ? あれは、実は帝国の回し者なんだ。生き残ったトホルーエ人を殺すために送り込まれてきた……隣町では何人も殺されてるって話だ。仲間を殺さないように、目印として髪の毛を染めているんだってよ』
『聞いた聞いた。うちの町でも、最近朝になるとぱったり死んでる人が多いからな。きっと紛れ込んでいるに違いない』
『そこで、ほら。紫髪の兄妹がいるだろう。あいつらもきっと、子供だからって油断させて俺達の寝首を掻くつもりなんだよ。自警団が今から捕まえに行くらしい』
『そうか。これでこの町もちょっとは安全になるといいんだがな』
──目の前が真っ暗になった。みんなが私達を殺そうとしてる?
どうして? 私達は何もしてないのに。食べるものに困っただけで、帝国の手先なんかじゃないのに。みんなと同じトホルーエ人なのに。
急いで家に帰ってお兄ちゃんにそのことを言った時、もう自警団が私達のところに来た。お兄ちゃんは私を焦げ臭い柱の後ろに隠すと、出て行った。
すぐにお兄ちゃんが自警団にめちゃくちゃに殴られたのが、音でわかった。それから縛られて連れていかれてくのも。
『本当は、僕たちが帝国の回し者なんかじゃないってわかってるんだろう? 呪われた木の実を食べたって、知ってるんだろう? 死んだ人達だって、本当は瘴気の呪いで死んだってわかってるんだろう? こんなことしたって何にもならないって、わかるだろう? あなた達は安心したいんだ。誰かを傷つけて、悪者にして、どこにもやれない恨みを晴らす相手を作りたいんだ。紫の髪はわかりやすいから、話をでっち上げたんだろう。こんなことしたって、何にもならないんだよ。目を覚ませ!』
よく覚えてる……最後に聞いた、お兄ちゃんの声。
次にお兄ちゃんを見たのは二日後だった。
呪砲を撃たれてから、死んだ人なんていうのは数え切れないほど見てきたけど、広場に落ちてた首を見た時はすぐにわかったよ。家族だもの。
その時は、私は箱に入れられて運ばれてる途中だった。
──自警団に捕まったんじゃないよ。柱の後ろでずっとじっとしてた私を見つけたのは、隣の家に住んでたおじいさんとおばあさんだった。戦争が終わってからは近くの町──そう、この町だよ──の親戚の家で暮らしてて、家の様子を見に来てたんだって。
その後は、おじいさんとおばあさんの親戚の家で暮らしてた。家は立派だったよ。帝国の軍の関係者だったんだって。
でも、ただでさえおじいさんとおばあさんが居候してたのに知らないトホルーエ人の子供の面倒なんて見たくないに決まってるよね。家の人達は何かにつけて私にひどいことを言ったり、意地悪なことをしたり、叩いたりした。おじいさん達は私を庇ってくれようとしたけど、二人もその家の人達に助けてもらってたから……。
お母さんの形見のネックレスは、売られちゃった。人の世話になってるのにそんな高そうな物って言って、家の人が私の寝てる間に。
はまってた石に魔力があったから高く売れたって、嬉しそうに言われた。
この家を作ったのもその時。おじいさんが気を使ってくれて、私が一人でも暮らせるようにって手伝ってくれた。おじいさんは作ってる途中で瘴気の病気が悪くなっちゃって死んじゃったけど。
私は家を追い出されちゃって、それでここに住み始めたのが先月。
──私の話は、これで終わり。それからは靴磨きをしたりとか、家を作る人のお手伝いをしたりとか、たまに来る帝国の人とか軍の人にその……色々して、お金をもらったりしてる。
でも最近はおじいさんとおんなじで、瘴気のせいで体が動かなくて、痛くなってきちゃって……お金が無いからあんまり食べられてないんだ」
お読みいただきありがとうございました。後編の更新をどうぞお楽しみに。