前哨戦と書いてドッジボールと読む
「うぃーっす。朝早くからご苦労だ少年少女どもー」
早朝のグラウンドに整列した『能学』第一期生24名。皆個性派揃いの生物兵器である。
そんな彼らに頭を下げさせられる存在がいるとするならば、それはこの人ぐらいしかいないだろう。
列の前に立つ上下芋ジャージの女性。彼女は俺たちの担任で、名を白内五美菜という。
「そんなわけで今日も朝練だぁ気張ってけー」
いつも通りのセリフの後、彼女が缶コーヒーを飲み干したならそれがそのままマラソン開始の合図となる。
本来はそんな手筈なのだが、今日ばかりは様子が違った。
「あーそうだ、違った。ハイ今日は走んないぞー。そこクラウチングすなー?」
普段走り込み程度しか指示しない白内先生が呼び止めるとは、
九割方嫌な予感しかしない。
「諸君も知っての通り? 明日は定期試験なわけ。だが? もし自分の実力が分からない、なんて輩が万が一にでもいたらそれは由々しき事態だ。具体的には私の給与ダウンに繋がりうる」
この不自然さ溢れる口ぶりにはおぼろげながら覚えがある。
たしか、そう。あれは能学に入学したばかりの、最初の授業がちょうど体育で――――
俺が事態を察するのにそう時間はかからなかった。
白内先生は声高らかに、
「今ここに! 第二回チキチキドッジボールの開催を宣言する!」
嗚呼、そうだった。そう言ってからコーヒーを一気すること、その不敵な笑みを俺は以前にも見たことがあるのだ。ちゃんと覚えていたじゃないか。
「さ、気ィ張れ少年少女ども?」
◇
こうして始まりを告げたドッジボール大会。
本来ならば何の変哲もない、学生にとっての消化試合のはずである。
少なくとも3ヶ月前の俺はそう思っていた。
しかし場所が場所である。グラウンドをフルに使うこと、クラス全員参加なこと以上の変則性がここにはあるのだ。
間も無く、白線上に立った先生から開始の合図が下る。
「ルールは前ん時と同じ。男女混合、偶数番VS奇数番の30分。能力アリの殺しナシ。勝った方にゃちびっとだけ成績くれてやる。いいか?――――――――――――――そんじゃ、はじめだ」
※尚ここから先は色々異次元である。
何とも軽々しいスタートと同時、早速俺は驚かされることになった。
俺にとっての相手方、つまり偶数サイドが揃いも揃って雄叫びを上げだしたのである。
よく見れば前衛のメンバーが叫ぶ間に後衛が息を整えているのが見えた。
指示を出したのはおそらく学級委員長、【水域接続】の二つ名を持つ及川久留美だろうが、こちらの談合を防ぐつもりだろうか?
――――――――いや、違う。奇数サイドに何か理由が……。
少しでも考えてしまえば分かることだった。
――――――――字だ!
そうだった。能力が有効なこの試合において相手が特段警戒すべきは彼女だ。
当の本人はのほほんとした顔でボールを待ち構えているが、あの絶叫が途絶えた時点で【実行者】の猛威を振るうと相場が決まっている。
とその時、俺の体に異変が起こった。
何かが輝いて見えたかと思えば急激に体の芯に圧力が加わった気がした。
その不可思議な感覚はいつしか実感へ。確かな重力の枷が奇数サイドの面々を地に縛り付ける。
流石の俺でもこの事態には察しが付いていた。何せこの能力は持ち主含め著名なのだから。
―――――神無月 三鶴~能力名【神の代行】―――――
小さな粒とも、或いは波ともされる光に重さを与えるという途方も無く壮大な彼(もしくは彼女)の能力。
宇宙最速の物質、陽の光は宛ら雨の如き密度をもって俺達の体を貫いている。
かつてない重力に晒される。
試合開始よりこの間僅か20秒足らず。
それだけで俺の思考は目まぐるしく移ろい、それでいて今は何一つ出来ずにただ狩られるのを待つばかり。
センターラインの向こうにはボールを携えた三鶴の白く中性的な姿がある。
その手には無数の光子が宿り、生じた圧力故に黒点すら見え始めている。
虚しさすら感じる間も無く、光の束となったボールが放たれた――――――