太郎の憂鬱
お待たせいたしました。(-_-;)
ここは東京湾に浮かぶ人工島―――――対敵能力者養成学園、通称「能学」の朝は早い。
あと15分。6時半には学生寮のメンバーがこの校庭に揃い踏み、誰も望まぬマラソンが始まるはずだ。
見渡した土色のトラックを一足先に走ってはいるものの、クラスメイト達はいっこうに現れない。
「皆余裕ってことか......?」
この俺、芽指太郎がプラスアルファで走る理由。
それは明日に控える期末試験、という名の学園最強トーナメントを耐え抜ける体を作るためである。
勝ち抜くためではなく、最低限死なないことが目的の大前提なワケで。
残念ながら俺の能力【身体強化】は単純故に強力! ということでもなく、単に「クセが少ない」程度が強みである。悲しいかな、この世は上位互換に溢れている。
加えてこの「能学」は「異能力の応用と制御」を売りにしているらしい。
それが何を意味するか。つまりは、この学園は「俺TUEEEEEE!!!」及びその予備群の魔窟と化しているのだ。
右も左もチートが居並ぶ状況で、果たして走り込み程度の努力で生き残れるのだろうか?
未だに悩む自分がいる。
「そもそも論、ぶっ壊れ過ぎなんだよなぁ。特に字なんて何だアレ」
「呼んだー?」
「ッ!!?」
突然の声、体は咄嗟に動いてくれたらしい。振り返ると頬っぺたをムニュってされていた。
目の前にいた体操着の少女はそれはそれは満足気だったそうな......。
◇
「走り込みー?」
「そ。いやホラ、明日あんじゃん?」
「あ、そっかぁー。エライねー」
俺の苦労話に何とも素直なリアクションをしてくれるこの少女。
彼女の名は「要字」と書いて「カナメ・アギナ」と言う。今まで読みづらかっただろう。「字」を「アギナ」と読むらしい。
ちなみに容姿は「①白髪②出ている所は出ている」とだけ記録しておく。
「あれ? もしかしてアギナ――――」
「うん! 忘れてたかもだおー?」
相も変らぬ国語力で話す彼女だが―――――――実際のところクラス最強の一角だと俺は思っている。
彼女の能力【実行者】は「可能な限り自分の命令を相手に行わせる」というもの。
早い話、相手に一言「死ね」というだけで戦いが終わる。
現に彼女は拡声機片手に戦場を駆け回り、数多の侵略者の歩兵師団を自害させてきたという実績を誇る。
確かにそれだけの強さがあれば明日の試験など予定の内にも入らないのかもしれない。
「めー君ってば頑張り屋さんだもんねー? なんとかーなるなるーなるなるぅー」
「やめて、変なおまじないとかマジ勘弁」
お気付きになられたかもしれないが俺とアギナは旧知の仲、いわゆる幼馴染である。
だからこそ俺は彼女の強さを知っている。
例え本人に自覚が無かろうと運命が勝手に廻っていく、そんな天武の才が昔から俺の目の前で輝いていた。
アギナだけでは無い。この学校には似たような連中が集う。
そんな中で、俺は今も取り残されまいと抗っているのだ。
「めー君? めー君ー?」
「どうかした?」
「なんか今、ぼやぁーってしてたよー?」
「......いや、眠くてさぁ」
「......シャドーボクシング?」
「何でそうなるんだか」
正直なところ、俺はアギナに嫉妬しているところがある。
お門違いだと分かってはいるが、ずっと傍にいたからこそ自分の中途半端さに何度も気付かされるのだ。
それも自分らしさだと解ったつもりではいる。
けれどこれまで努力以外の答えを出せた試しが無い。
◇
少しの休憩のつもりが思ったより盛り上がってしまった。
薄暗い校庭には続々と気怠そうなクラスメイト達が集まり始めている。
「ゴメンっ! 長くなっちゃったねー」
「えっと、その――――ありがとな? 何つーか、元気出たわ」
「......ねぇ、めー君?」
皆と合流しようとした俺をアギナは呼び止めた。
彼女の眼差しには先程までの朗らかさとは違う、慈しみに似た温かさが感じられた。
「私ね? よく分かんないけどめー君はすっごく頑張ってると思うの。だからね? なんて言えばいいかよく分かんないけど―――――いっぱい頑張ろう?」
「うおおぉぉおお尾おお御おおおォおおォ雄おお緒おおオオおオオ於ォおお小尾オ男オおお嗚おオぉおお小お嗚おオ麻おおオオオ大オォ多お嗚おオ緒おぉおオォォぉオお小おオ嗚おオおオおオオ大お牡おおオ緒おおオオぉオォォオ応オおおオ王おォォ―――――――――!!!!!?」
「うひゃあ!? どッ、どうしたのー?」
「いや君の能力! 今『頑張ろう?』って!」
「あっ......」
全く、アバウトな命令が絶叫に変換されるとは恐ろしいにも程があるだろう。
やはり俺は彼女の能力を好きになれそうにない。
呼気を荒げながらも、俺はアギナと共にグラウンドを駆けていった。
次話投稿、いつになることやら......。