二人の狩人
「どういう意味ですか!?」
いじめを容認するかのような発言に青太郎は、小泉を問い詰めた。いきなり大きな声を出したので、廊下を歩いていた他の教員や生徒のほとんどが青太郎たちを見た。
「だってそうでしょう?今の世の中を見て下さいよ。強い人間が弱い人間を支配しているではないですか。寺子屋だってそれは一緒です。息子さんが弱いからいじめられるんです。息子さんがいじめられて可哀相だと思うのであれば、もっと息子さんを鍛えて強くしてあげたらどうですか?」
ほくそ笑んだ顔をしながら話す小泉に対し、青太郎は嫌悪感を抱きながらも
「しかし、教師ならいじめを無くそうとは思わないんですか?それでは『弱い奴をいじめても良い』と、言っているようなものじゃないですか。」
と、落ち着いた口調で言った。しかし、小泉はブレる事無くスパッと回答した。
「思わないです。私は、別に慈善事業をやっているわけではないので。」
その後、小泉は面倒臭そうに溜息を吐くと、時計を見てわざとらしく
「おっと、そろそろ会議が始まりますので、失礼します。」
と、言い放って職員室の方へと歩いて行った。青太郎は正直、小泉を一発思いっきりぶん殴りたい位憤りを感じていたが、破岩流の当主という立場もあって感情を押し殺すしかなかった。
「・・・くそっ」
ぶつけようのない怒りを抱えながら、青太郎は寺子屋を後にした。
寺子屋でそんなやり取りが行われてた時、金助は二人の大人に立ち向かおうとしていた。しかし、相手は猟銃を持っている。縦笛だけでどうにかなる相手ではない。金助は、どうしようかと作戦を考えていると、二人の男は獲物を見つけた。
「おっ、雉発見!!撃ち落として、サンドバッグみてえに殴った後で今晩のおかずにでもするか。」
太った男が木に止まった雉に銃を向けた。その隣では、痩せている・・・というより、痩せすぎている男が首をぐりんぐりん動かしながら地面を見ていた。うさぎの巣穴でも探しているのだろうか。金助は、まだこれといって良い作戦を考えられていなかったが雉が危ないので、太った男の銃に向けて、その辺に転がっていた石ころを手に取って投げつけた。
「えい!!」
石ころは太った男の手の甲に当たった。
「イテッ!!・・・何だあ・・・?」
太った男は、石ころが飛んで来た方向を睨みつけ、怒鳴った。
「そこに誰かいるのか?出て来い!!」
太った男の怒鳴り声でびくっとした金助だが、正面から行って勝てる相手ではない事を理解していたので、すぐに隣の茂みにかがんだ状態で移動した。その間、中々出て来ない事に痺れを切らした太った男は、痩せすぎた男に『石ころが飛んで来た方の茂みを見てこい』と言うように顔を動かした。痩せすぎた男は、『え?俺が?』と言いたげに人差し指を自分に向けると、『仕方ないなあ~』という感じに渋々茂みを見に行った。しかし、そこにはもう金助はいなかった。
「・・・誰もいないッスよ。」
「そんな筈ないだろ?もっときちんと探せ。石が自分の意志で飛んでくるわけが無いだろ。」
「おほっ、洒落ッスかぁ~?今のは『石』と『意志』を掛けたんスねぇ~。」
「下らねえ事言ってないで、もう一回探せ!!」
太った男は痩せすぎた男に怒鳴ると、もう一度雉に標準を合わせようと銃を構えた。
「・・・チッ、色々邪魔が入ったせいでおかずがいなくなっちまった・・・。」
どうやら、石ころの騒ぎでどこかへ飛んで行ったようだ。太った男は、今晩のおかずを獲り損ねて悔しそうな顔をした。ここで、痩せすぎた男が太った男に何を見つけたのか、にやにやしながら呼びに来た。
「何だ?」
「へへへ・・・石ころの犯人じゃあないんスけど、良いモン見つけましたぜ。」
「良いモン?」
痩せすぎた男に導かれるまま、太った男は後に続いて歩いた。
「おっ!こいつは・・・」
そこには、野ウサギの巣があった。痩せすぎた男は、巣の中を覗いて中にまだうさぎがいる事を伝えた。
「ナイス。もしかしたら、この巣はさっき殺した奴のものかもな。」
「さっきの?」
痩せすぎた男は、何の事か分からないような感じで言った。
「バッカ、お前。まだまだ野生動物が一杯いるからってんで、食用とか毛皮の事を考えずに本能のままさっきうさぎを殺したろ。あいつの事だよ。」
「ああ、あのうさぎのね。」
納得したのか、痩せすぎた男は手をポンと叩いた。近くの茂みに隠れていた金助は、今の二人の会話を聞いて、さっきの死骸が脳内に鮮明に映し出された。金助は、無残にも殺される瞬間を目の当たりにするのかと思うと、怖くて仕方が無かった。
「や・・・やっぱり、あの二人の仕業だった・・・どうしよう、このままでは巣の中にいるうさぎまであんな目に遭ってしまう・・・。」
どうすればいいのか分からなくなった金助は、とにかく二人を巣から遠ざけようとその辺の石ころを何個か持って、二人に向けて投げつけた。
「やめろぉ!!」
必死に石を投げる金助。しかし、一つも当たらなかった。
「おわッ!?何だ、このガキ!?」
「さては、さっきの石ころもてめえの仕業だなぁ!?ガキだからって容赦しねえぞ、クソが・・・ッ!!」
太った男は、巣の中に向けてた銃口を金助に向けた。さすがに人間に発砲するのはまずいと思ったのか、痩せすぎた男はぎょっとして、太った男を止めた。
「ちょ・・・落ち着いてくだせぇよ、兄貴ィ!!相手はただのガキッスよ?」
痩せすぎた男の制止を振りほどいて、太った男は再び銃口を向けながら言った。
「ええい、邪魔をするな!!ガキだろうが誰だろうが俺の邪魔をする者は潰す!!それにこういうふざけたガキは、小せぇ頃から痛い目に遭わせねぇと、将来ろくな大人になんねぇんだよ!!俺がやってるのは、『教育』だぜ!?『教育』!!」
「だからって銃で撃つのはまずいッス!!役人に知られたら俺達銃を没収されて、今後狩猟者として食っていけなくなるッスよ!!」
「・・・・・・チッ、分かったよ。」
必死の説得により、太った男は渋々銃を下ろした。それを見た痩せすぎた男は、ほっとした表情をした後、にっこりしながら金助に近づいた。金助は、持っていた石を全て投げてしまったのもあって、再び縦笛を構えた。
「僕がここの動物たちを護る!!食べる為に殺すならまだしも、鬱憤を晴らす為に殺すなんて・・・絶対に許さない!!」
「おほぉ~、カッコいいッスねぇ~。・・・でも、どんなに酷い殺し方をしても最終的には胃袋ン中に収まるんだから一緒だろ?」
自分のお腹をポンポンとかるく叩く動作をして、痩せすぎた男はへへっと笑った。
「じゃあ、さっきのあのうさぎは何だ!?死骸をそのまま捨てていたじゃないかッ!!」
金助のセリフに痩せすぎた男は、『うっ』と言葉に詰まると、
「ええい、五月蠅いガキんちょッスねぇ~!!大人のやり方にいちいち口出しするんじゃあねえよ!!ここの森の生き物はみんなの物で、お前一人の物じゃねぇんスよ!!」
「お前らの物でもないッ!!」
金助は、手に持った縦笛を竹刀のように構え、痩せすぎた男の頭の上に大きく振り下ろした。
「えええええええいッ!!」
しかし、痩せすぎた男は金助の縦笛をあっさりと白刃取りして、そのまま縦笛を無理矢理ちぎるように金助からブン取った。そして、がら空きになった金助の腹に思いっきり蹴りを入れた。
「うぐぇッ!!」
金助はそのまま飛ばされ、後ろの大木にぶち当たった。痩せすぎた男は、奪い取った縦笛で金助を馬鹿にするかのように適当に音を出した。
「こ・・・この・・・」
ダメージが大きいのか、金助は立ち上がれずに二人の男を睨んだ。一方、二人の男は金助が立ち上がれないのを見て、笑いながらうさぎの巣に銃を向けた。痩せすぎた男はその状態のままで金助に言った。
「もう、立てないのか?弱いねぇ~。確か『僕がみんなを護る』的な事を抜かしてたが、そんな事を言う割りには実力が伴ってなかったようだな。」
「・・・いや、待て。」
巣の中に向けて撃とうとした痩せすぎた男に太った男が止めた。
「兄貴!!何で止めるんですか?」
「このまま撃って殺すより、もっと良い殺し方を思いついた。」
そう言うと、太った男は一旦痩せすぎた男を下がらせ、何の迷いも無く巣穴に右手を突っ込んだ。そして、うさぎの耳を掴んだ状態でカブを引っこ抜くように巣穴から引き釣り出した。
「ふう・・・このガキの目の前でこのうさぎをぐっちょぐちょに・・・夢に出て来そうな位に惨たらしく殺す!!自分が何も出来ずにあっけなくこのうさぎが死んでいく様子を見せつけるのさ!!」
「おおっ、さすが兄貴!!」
太った男はポケットから小型のナイフを取り出して、うさぎの首元に突き立てた。
「や・・・やめろぉぉぉぉぉぉ!!」
金助は力一杯に叫んだ。すると、痩せすぎた男が近づいて来て金助の体を起こした。
「ほらほら、何騒いでんスかぁ?しっかり体を起こして、脳内に刻み付けるように見るんだよ。ほらほら。」
「嫌だ・・・やめろ・・・やめろぉぉぉぉぉぉッ!!」
「うるせぇんだよ!!こんガキャァ!!」
痩せすぎた男は、思いっきり金助をぶん殴った。そして、金助の体を押さえつけ、目を閉じれないように無理矢理瞼を開かせた。その様子を見ていた太った男は、金助に向かって言った。
「しっかり、見ろよぉ!!これが『生き物を殺す』って事だ。」
太った男は、そのまま思いっきりうさぎの喉を切り裂いた。ドパッと飛び出た血は、太った男の服や周辺の木にべったりとついた。切り裂かれたうさぎは、既に魂が肉体から離れた事が分かるように『命あるもの』ではなく、最早『ただの物体』と化していた。
「あ・・・ああ・・・」
残酷なうさぎの殺害を目の当たりにした金助の目からは、涙がぼろぼろと出ていた。そして、心の中で弱い自分を責めた。
「(僕が・・・僕が・・・もっと強かったら・・・こんな・・・こんな事にはッ!!)」
二人の男が憎い。二人の男以上に弱い自分が憎い。そんな感情が金助の頭だけではなく、体全体を蝕んでいった。そして、金助が気付いた時には体が勝手に動いていた。
「!!・・・何だこの力!?」
痩せすぎた男は、さっきまで完全に押さえつけられていた金助が立ち上がろうとしている事に気付くと、全力でもう一度押さえつけようと力をこめた。しかし、さっきまで押さえつけられていたのが嘘のように金助は、痩せすぎた男を振り払って立ち上がった。
「あ・・・兄貴ィ!!こ・・・こいつ、何かやべぇーッスよ!!さっきまでの奴とは別人みてぇーだ!!」
必死に相方に助けを求める男に太った男は、面倒臭そうに死骸をその辺に投げ捨てると金助に向かって銃を構えた。
「やれやれ・・・やっぱり銃で撃たれねえと分からねえようだな。人に向けて撃った事が役人にバレたとしても、そのガキが獲物との間に急に割り込んで来たと言えば納得するだろう。」
引き金を引こうとした瞬間、金助は自分にしがみついている痩せすぎた男を太った男に向かってぶん投げた。
「なっ・・・このガキィッ!!」
太った男は、ぶつかる前に銃を投げ捨てた。そして、痩せすぎた男を受け止めると、そのまま地面に倒れていった。
「いってぇ~・・・」
「でも、痩せている俺で良かったッスね。兄貴みたいなのが飛んで来たら、痛いじゃ済まなかったッス。」
「うるせぇ!!」
痩せすぎた男はへらへらした顔で言うと、太った男に拳骨を喰らった。そして、目の前の光景を見てぎょっとした。
「あ・・・兄貴・・・あれ!!」
「んん?」
そこには、金助が操り人形のようにぐったりと立っていたのだが、これが何とも不気味な光景だった。そして、それに合わせるかのように森の様子が徐々におかしくなっていった。いつもはただの強い風の音が今は不協和音のようなものに聞こえるし、真夜中のように森全体が暗くなっていった。雲で太陽が隠れたり、もうそういう時間という訳では無い。更に奇妙な事をもう一つ挙げるのであれば、金助を金色の煙のようなものが包み込むようにずっと舞っている事だ。
「何だぁ?あの煙みてぇなもんは・・・」
太った男がじっと金助を見つめていると、急に金助が顔を上げてにやりと笑った。その笑顔には感情というものが無いかのような無機質なものだった。
「!!?」
「・・・フフフ・・・ハハハハハハ・・・」
金助は声に出して笑ったがその声も無機質なものだった。