二年後の金助
金助が雛鳥を助けてから二年後の1812年の夏。あの一件以来、毎日のように森へ行くようになった金助は、すっかり森の動物たちと仲良くなっていた。
「ようし、じゃあ今日はこの笛で音楽を演奏するから静かに聞いててね。」
金助は鞄から縦笛を取り出して一曲演奏した。あまりにも音色が心地良いので、小動物は皆うとうとしており、中にはすやすやと寝ている奴もいた。熊や鹿は、その場に座り込み、くつろいでいる。一曲演奏し終えると、動物たちは各々が表現出来る仕草で金助を称えた。
「えへへ、どうもどうも・・・じゃあ、みんなにもう一曲吹いてあげるよ。」
しかし、嬉しそうな金助に鬼の怒号が襲う!!
「金助ぇッ!!」
母・朱美である。
「一体どこで遊んでいるのよあの子はッ!?こんな所で遊ぶ位ならそ時間を稽古に使おうとは思わないのかしらッ!?銀次郎君なんか大会で二連覇してるというのにもうッ!!」
母の姿はまだ見えないが、声は近くにいる位はっきりと聞こえた。金助は怯えたが、まずは動物たちの避難が先と思い、
「みんな、鬼の襲撃だ!!散って!!さもないと捕まって殺されるかもしれないぞ!!」
決して冗談で言ってるわけではなく、本気で殺しそうな勢いだったので、金助はつい口に出してしまった。こうして、この五分後に金助は母親に捕まり、ねちねちかつガミガミと説教を受ける羽目になった。
時は流れ、その日の晩。
「金助・・・」
青太郎が金助の部屋に来て言った。
「稽古さぼったら駄目だろう。そらお母さんも怒るよ。」
父の言葉に何一つ反応しない金助。
「ん?どうした金助・・・」
そして、何を決意したのかキリッとした表情でこう言った。
「父さん、一つお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
違和感のある言葉遣いに青太郎は戸惑いながらも答えた。
「急に改まってどうした?」
「僕、破岩流の跡継がない事にします。」
さらっと言ったがすごい発言である。しかし、青太郎はその言葉に何一つ動じず、
「ほう・・・何か他になりたい職でも出来たのか?」
と、聞き返した。その表情はどこか嬉しそうにも見えた。金助は父親の反応に安心したのか、やや興奮気味に語り続けた。
「僕、動物や自然と触れ合うのが好きなんだ。だからそれに関係した仕事がしたい。例えば動物学者!!世界中の動物の生態を研究してレポートを書いて提出するんだ。もしかしたら名誉ある賞を取っちゃうかもしれないでしょ?稽古は嫌だけど、勉強するのは嫌いじゃないから頑張れると思う!!」
目を輝かせながら食い気味に語る金助に青太郎は、苦笑しつつこう言った。
「ま・・・まあ、夢が出来るのは良いことだが・・・その話、お母さんにはするなよ?とんでもない事になるぞ。」
確かに朱美に聞かれたら色々と厄介だ。ただでさえ、同じ道場かつ同じ寺子屋の銀次郎が大会で二連覇したことで金助に対する風当たりが強いのに、そんなことをポロッと言ってしまったらガミガミねちねちどころでは済まされない。
「とりあえず、稽古はさぼらないようにするよ・・・母さん怖いし。」
姿が見えぬ母に怯える金助。そんな姿を青太郎は心配そうに見つめていた。
翌日、金助はいつもより早く起床して朝練をした。本当はもう少し寝たかったが昨日のこともあるので、やっておいた方が無難だと判断したらしい。とりあえず、金助はその辺をぐるっと一周することにした。夏とはいえ早朝は結構涼しいので、そこまで苦にはならないが、汗はだらだらと流れていた。とはいえ、風呂に入る時間は無いので、金助はそのまま寺子屋へ行くことになった。
「うわっ汗臭ッ!!」
金助が教室へ入って来るや否やクラスメイトは数人で金助の周りを取り囲むと、鼻を指でつまみ、もう片方の手でシッシッと手を振りながら言った。
「朝練していたからね。まあ時季が時季だし、仕方無いよ。」
「だからってそのまま来んなよ。帰れ!!鼻が曲がる。」
クラスメイトは集団で金助の背中を押して教室の外へ追いやると、
「身を清めてから出直して来るんだな。」
と言い放ち、教室の中へ入っていった。こうして金助は半ば強引に追い出された。金助は少ししょげる感じで
「だって風呂に入る時間無かったし・・・」
と、ボソボソ言いながら寺子屋を後にした。金助が去った教室では同級生たちがこぞって金助の悪口を言っていた。
「勉強することしか取り柄がねえ癖に朝練とか。」
「僕ちんのママが言っていたけど、あいつよく森の方へ行くの見かけるんだって。昆虫採集とかしてんのかな?つーかさ、その時間をもっと有効的に使えよって思うよね。僕ちんだったら必死で稽古するよ。ママの為にもね。」
「森で闇練してんじゃあねえの?」
「昼なのに闇?よう分からんな。」
「いやいや、森の中心は昼でも案外暗いと思うんだけど・・・」
「いや闇練って暗がりで練習するっつー意味じゃねえから!!」
クラスメイトがひそひそと話している中、ドンッという音がした。それは、銀次郎が金助の机を蹴った音だった。シーンとした教室の中で銀次郎は低い声で口を開いた。
「あんなカスを話題に上げんな。奴の名前を聞くだけでイライラするんだよこっちは。それに朝練だろうが何だろうが奴が雑魚なのは変わらない。どうせ、この俺に瞬殺されるのがオチだからな。」
静まりかえった教室に「オオォーーーッ!!」という歓声が広がる。銀次郎は気分を良くしたのか更にこう続けた。
「俺こそ破岩流の後継者に相応しいッ!!破岩家の出来損ないのあのカスよりもな。ま、このまま優勝し続けていれば自動的に俺が次期当主だがなぁ~・・・ハハハハハハハハ!!」
高笑いをしながら話す銀次郎にクラスメイトの一人がおずおずと質問した。
「でも、ああいうのは息子が選ばれるものじゃないの?」
銀次郎は、キッとそのクラスメイトを睨みつけ、胸ぐらを掴んで言った。
「ほう・・・あんな基礎すらおぼつかないクソ雑魚の方が俺より上と言いたいのか?ああん?あの雑魚に継がそうもんなら破岩流もいよいよ末期だぜ。後継者というのはな、誰よりもその流儀を極めた人間がなるんだよ・・・この俺のように!!」
再び教室が静まる。見るからに調子に乗っている銀次郎だが、天から与えられたセンスと築き上げてきた実力は本物なので、クラスメイトは逆らえず、ただじっと担任が来るのを静かに待っていた。