破岩家の失敗作
1800年8月1日 破岩金助は、地元でも有名な剣豪の息子として生を授かった。周りの人間は金助の誕生を聞き、【 神童の誕生 】とまだ目も開いていない赤ん坊のことを称した。父親・破岩青太郎は、それはさすがに気が早いと周りの反応に少々呆れ気味だったが、母親・破岩朱美はまるで自分が言われているかのように終始満足気な表情を浮かべていた。こうして、金助は周りから期待されながらすくすくと成長していき、やがて幼稚園にあがる位の年齢になると父の道場で刀の稽古をするようになった。初めは竹刀に戸惑っていた金助だったが、稽古をしていく内にどんどん上達していく・・・・・はずだった。
ところが何年経っても金助は一向に上達せず、月日はどんどん流れていった。中々成長しない金助に周囲は次第に「期待外れ」等と言い始めた。そればかりか中には、「破岩家の失敗作」と言う人間も出てきた。母・朱美は、そんな事を言われている息子がとても情けなく、仕舞いには「何でこんな子が産まれてきたのだろうか」と思う始末である。
そんな母や周囲の反応とは裏腹に父・青太郎は息子に対して、まだ剣の道に足を踏み入れたばかりの幼かった自分を重ねながら長い目で見ていた。周囲からはそんな青太郎の姿を見て、「自分の子供を甘やかしている」としか捉えなかったが、青太郎自身稽古が全てではない事を知っていたし、もし本当に剣の才が息子には無くても息子である事には変わりがないので、それならそれで良いと思っていた。
1810年 ある夏の日、破岩家の近所に「空城」という苗字の家族が引っ越してきた。空城家は母、父、息子の三人で子供の銀次郎は金助と同い年かつ誕生日も一緒だった。違うところといえば、金助が大人しく弱々しいのに対し、銀次郎は自分に常に自信を持ち、自分より格下だと思ったら年上相手でも見下すような態度を取るクソ生意気なガキであることだ。銀次郎の両親曰く、「年を取ってようやく出来た子供故に甘やかして育ててしまった」とか。農業で生計を立てている両親は、銀次郎に跡を継いで欲しいようだが本人にその気は全く無い。そんな銀次郎は、侍になることを目標にしており、それならという事で破岩流の道場に入門した。しかし、これが周りから失敗作と言われ続けてきた金助を更に苦しめる事になる。
空城銀次郎は、入門して早々周囲の注目の的となった。それは、新入生特有のフレッシュでおニューなオーラを放っていたからではなく、10歳の子供とは思えない程の実力を持っていたからだ。竹刀を持つ構えだけで相当な威圧感があり、模擬戦では相手の二手、三手先を予測して戦っているその様は本当の侍のようだった。
「おお・・・」
「悔しいけど、オレより凄いぞ・・・」
「神童だ・・・」
道場の門下生達は口々に銀次郎を称賛した。金助も素直に凄いと思ったので拍手をしたが、隣の母の顔を見て拍手をやめた。母は、銀次郎の凄さを目の当たりにして金助を睨み付け、「チッ」と舌打ちしたのだ。その瞬間金助は、この後に起こるであろう地獄を予感して青ざめた。
そしてその日の夕食時、朱美は手に持った茶碗を強くちゃぶ台に叩きつけ、金助にねちねちとこう言った。
「全く両親共に侍とは関係のない仕事をしているのにどうしてああも才能のある子が産まれてくるのかしら?うちは剣豪とよばれた男と伝統ある破岩流剣術の跡取り娘の私との間に産まれたのにちっとも上達しない。どこの誰に似たんだか・・・あんた本当は私たちの息子じゃないんじゃないの?」
「もういいだろ。飯の時までそんな事言うもんじゃない。」
小言をねちねち言われ続けられた金助は、すっかり固まってしまっている。
「貴方がそうやって甘やかすから・・・」
「厳しければいいってもんでもないだろ。それに自分の息子に向かって『息子じゃない』とか言うもんでもないし、銀次郎君は銀次郎君、金助は金助だ。」
青太郎の助け舟もあってか、今日はそれ以上言われなかったが、朱美はキッと金助を睨んだまま終始不機嫌だった。
ご飯の後、金助は庭へ出ていた。特に何をするというわけでもなく、ただただじっと、星を眺めていた。そして、夕食の時に母親から言われたことを思い出し、悔し涙を流した。
「どうして僕にはあの子のような才能が無いんだ!!僕なんか小さい時からやってるのに・・・何で・・・どうして・・・強くなれないんだよ・・・」
金助は周りから『失敗作』と言われ続けている自分自身が情けなくなった。どうして自分はここの家の子に産まれてきたんだろうか。他の家の子に産まれていればこんな情けない気持ちになったりはしなかったのに。そんな考えがぐるぐると頭の中で回り続けていた時、後ろから声がした。
「金助!!」
父である。
「父さん・・・?」
慌てた様子の父の姿にきょとんとする金助。
「どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃあない!馬鹿な事はやめろ!!戻って来い!!」
馬鹿な事とは?父の言っている事がいまいち理解出来ない金助はふと足元を見た。その瞬間、背筋がゾクッとし、青ざめた。さっきまで庭にいたのに、何故か森の・・・それも湖のに腿まで浸かっているではないか。金助はなんだか怖くなって父の元へ戻った。何で自分はこんな所まで来たのだろうか。そんな疑問は父の言葉で吹き飛んだ。
「馬鹿者ッ!!自分から命を捨てる奴があるかッ!!」
今までにない父の怒り。しかし、金助は父の怒りの中に悲しみや寂しさを感じ取った。
「違うよ父さん・・・これは・・・」
気づいたらここにいたんだと続ける前に青太郎は金助を強く抱きしめた。
「・・・父さん?」
「辛かったよな・・・周りの人間に散々言われて・・・でも今みたいな事はこれっきりにしてくれ・・・お前がどうであれ、俺の大切な息子だからな。」
父の抱擁はがっしりとしていて、温もりがあった。金助はその温もりに触れ、大粒の涙を流した。
「・・・うん、ごめんなさい」
ある夏の日の夜。眩いばかりの星空の下で父と子は強い絆で結ばれた。