解かれた封印
時は遡る事五年前。金助があの祠で『森の神』と名乗る何かと出会った日の事。森の中にある湖でたまたま金助を見かけた銀次郎は、その後をつけて行っていた。
やがて、金助が立ち入り禁止区域の洞窟の中に進むと、銀次郎は洞窟の中には入らず近くの茂みに身を潜めた。
「(こんな如何にも何か出そうな所まで来て、何をする気だ?雑魚の考える事はよく分からんな。)」
フッと鼻で笑う銀次郎。やがて金助が洞窟に入って少し経つと、話し声が聞こえて来た。
「んん?」
銀次郎は耳を澄ました。洞窟の奥から聞こえてくる声は金助の声と知らないおっさんの声の二つだった。それにかなり奥の方で話をしているのか、声自体は聞こえても何を話しているのかまでは分からない。
「一体誰と話をしてんだ?」
金助と知らないおっさんの会話が気になったのか、銀次郎は茂みから出て洞窟の入り口の前で聞き耳を立てた。すると、急に洞窟の奥の方から金助の叫び声が聞こえ、こっちに向かって走って来る音が聞こえた。
「おっと!!」
銀次郎は咄嗟に近くの茂みに隠れた。
そして、それから間もなく洞窟から一人の少年が走って出て来た。金助である。洞窟から出て来た金助は、何かから必死になって逃げるような感じだった。
銀次郎は金助の姿が見えなくなったのを確認すると、興味本位で洞窟の中に入っていった。
「(この中にいる誰かと揉めてるみてえだったが・・・一体誰がいるんだ?)」
銀次郎は、金助と話していた人物が気になったので、どんどん奥に進んでいく。今の銀次郎に恐怖なんてものはない。それに例え何かあったとしても腰につけてある竹刀でどうにかなると思っていた。
そうこうしている内に、銀次郎は森の神が封印されてある祠に辿り着いた。お札が何枚も貼られてある祠は、気味の悪いものだったが銀次郎が真っ先に思ったのは、人が誰もいないという事だった。見渡す限り、そこら辺に隠れている様子も無い。
「何だあ?誰もいないじゃあないか。」
銀次郎のこの言葉に祠に封印されている森の神が反応した。
「・・・誰だ?」
「!!」
人がいないのに急に声を掛けられた銀次郎は、咄嗟に竹刀を構えた。
「お前こそ誰だ!!どこに隠れてやがるッ!?」
「そう身構えることはない。封印された私は祠の中にいるからな。この状態じゃあどうにも出来ん・・・・・・ああ、そうか・・・君が誰なのか分かった。金助のライバルの銀次郎・・・だね?」
森の神はずっとこの場に封印されていたにも関わらず、金助だけではなく銀次郎の事も分かっているようだった。 しかし、森の神にそう言われた銀次郎は、あまり気分が良くなかった。理由は、正体不明の封印された奴が自分の事を分かっていたからという事ではなく、『金助のライバル』という言葉が気に入らなかったのだ。
「おい、訂正しろよ。俺様があんな落ちこぼれのライバルだと?ふざけんな!!実力はこの俺様の方が何倍も上だぞ。あんな奴、眼中に無いね。」
銀次郎がキレ気味に抗議すると、森の神は『フフフ・・・』と、笑ってこう言った。
「そんな事を言っていられるのも今の内だぞ。何せ、あいつの中にはまだ未知の力が眠っているからな・・・お前程度の実力じゃあすぐに追い抜かれるぞ。」
森の神の言葉に銀次郎の眉がピクッと動く。
「・・・ハッ、いつからそこにいるのかは知らないが・・・戦ってもいねえのに俺様の真の実力が分かる訳ねえだろ!!」
銀次郎の怒鳴り声が洞窟内に響き渡る。だが、森の神はその程度の怒声では動じなかった。
「分かるさ。確かに君は天才気質でセンスもある。修行を真面目にこなせば、行けるとこまでは行けるだろう。・・・しかし、あの金助が生まれながらにして持っている力には遠く及ばない。あの力は特別なんだ。大昔、外国人がこの国を『黄金の国』と呼んだ所以でもある。今でこそ、伝説上の物となっている上に実際に自由自在に力を扱える者はいないがな・・・」
金助の内に秘めている力の事を聞いた銀次郎は、最初こそ驚いた表情を見せたが最後の『実際に自由自在に力を扱える者はいない』という事を聞いて、いつもの表情に戻った。
「ハッ、何だ。確かにあんたの言う通り、あいつには凄い力が眠っているのかもしれない・・・だが、眠っているだけじゃあその凄い力は使えない。使おうにもあいつにはそれを引き出せるだけのセンスが無い。教えて貰おうにも今のこの国にはその力を使う奴はいない。そうなると、一生眠ったまんまだ。やはり、俺様の足元にも及ばないね。」
『やれやれ』と首を振る銀次郎。そんな彼に森の神が忠告した。
「フ、甘いな。センスや教えてくれる人間がいなくても、日常生活のちょっとした事で簡単に目覚めるものだ。そうなる『きっかけ』はどこにでもあるからな。現に金助も無意識だが力を使った事がある。もしかしたら、追い抜かれる日はそう遠くないのかもしれないな。」
「ヘッ、勝手に言ってろ。俺様はあんなカスに負けたりしねえよ。」
銀次郎はすっかり金助を舐めきっていたので、追い抜かれる事は絶対に無いと既に高を括っていた。
しかし、森の神は見逃さなかった。『追い抜かれる日はそう遠くない』と言った時、銀次郎が少し・・・誰にも気付かれない程度に動揺した事を。銀次郎はその動揺を隠す為か、祠に背を向けて出口まで歩き始めた。
「何だ、もう帰るのか?」
森の神の言葉に銀次郎は振り向いて言った。
「ああ、ここにいても仕方無いしな。お前はあの落ちこぼれを気に入っているのか、奴の話題ばっかだし。」
「別に気に入ってはいない。・・・ただ、私にとって危険な人物だと認識しているだけさ。」
「ハッ、あんなのが危険人物とか・・・理解出来ねえな。」
銀次郎の言葉に再び、『フフフ・・・』と笑う森の神。
「今は理解出来なくても、いずれは嫌でも理解する羽目になる。何だったら、私が力を貸そうか?私とお前・・・二つの力なら金助を確実に始末出来るぞ。この封印さえ、解いてくれればな。」
森の神は金助の時と同じく、力を貸そうと言って封印を解いて貰おうと試みた。しかし、今の銀次郎には他人の力など必要としておらず、そもそも落ちこぼれの金助を倒すのに他人から力を借りるまでも無いと思っているので、
「いらねえよ。あんな奴、一撃で倒せる。俺様じゃあなくて、もっと他の奴に力を貸すんだな。」
と、言って洞窟から出て行った。
しかし、この時の彼の後ろ姿を見て、森の神は予感した。
「(こいつ、またここに来るな・・・。)」
と。
そして、五年後。剣術大会で金助と銀次郎が戦った日の晩に予感は的中する。
何者かが祠に向かって、洞窟内をすごい勢いで走ってくるのが分かった森の神は、その人間が誰なのか気配で察した。
「(フ、来たか・・・銀次郎。)」
それは、金助との試合に勝った銀次郎だった。しかし、今の彼の顔はとても勝者の顔には見えない。無様な負け犬のそれに似ている。そんな銀次郎の様子を見て、森の神は何があったのか一瞬で察することが出来た。
「フフフ・・・その顔、その無様な姿・・・さては落ちこぼれの金助に負けたな?」
「うるせえ!!勝負は俺の・・・俺様の勝ちだ!!」
「ほう・・・」
てっきり金助に負けたものだとばかり思っていた森の神は、銀次郎が吐いたセリフに驚いた。
「勝った・・・?では何故、そんな負け犬のような無様な姿になっているんだ?お前が勝ったのであれば何の問題も無いだろう?」
森の神の問いに銀次郎は、自分の髪をむしゃくしゃに掻き毟りながらイラついた口調で言った。
「確かに勝ったけどよぉ~・・・何かスッキリしねえんだよ!!何て言やあいいのか分からねえが・・・大便が出ても腹の中にまだ残っているようなこの感じ・・・今まで味わったことのねえ気分だ・・・。クソがッ!!」
銀次郎は近くに落ちてた石ころを蹴り飛ばした。『勝負には勝ったのにどこか負けたような感覚』に振り回されている銀次郎を見た森の神は、試合中に何があったのか察した。
「もしかして・・・試合中に金助が『あの力』を使ったのか?」
「知らねえよ、そんな事ッ!!とにかくッ!!今日の奴はいつもと違っていた。それだけは言える。」
イライラが収まらない銀次郎は、今度は地面を何度も力強く踏みつけている。
「クソが・・・この俺様があんな・・・あんな雑魚でカスでどうしようもない落ちこぼれに押されるとは・・・ッ!!」
「まあ、落ち着き給え。君がここに来たという事は私に用があって来たのだろう?」
このままでは話が本題に進まないと思った森の神は、一旦銀次郎を落ち着かせた。それから少しして、落ち着きを取り戻した銀次郎は森の神に言った。
「ああ、そうだ。愚痴りに来たんじゃあない。あんたの封印を解きに来たんだよ。」
「!!」
銀次郎の言葉に森の神の目の色が変わった。
「あんた五年前言ってただろ?封印を解いたら力を貸すってよ・・・貸せよ・・・この俺様によお・・・」
藁にも縋る思いで森の神に力を要求する銀次郎。彼の周りからは『邪気』と呼ばれるものが放出されていた。封印を解いてほしい森の神にとっては、願ってもいない展開に思わず笑いだした。
「フフフフフ・・・ハハハハハハ!!分かった、良いだろう。お前に力を貸そう!!さあ、祠に貼ってあるこの忌々しい札を剥がして戸を開けるんだ!!」
銀次郎はその言葉を聞くや否や、乱暴に札を剥がして祠の中の戸を開けた。
すると、中からとんでもない量の暗黒な煙が放出された。あまりの煙の量に銀次郎は腕で口を塞いで、顔を逸らした。やがて、暗黒な煙が消えると祠の中から人の形をした影のような煙みたいな生命体が姿を現した。銀次郎は、その生命体を見て言った。
「・・・へえ、それがあんたの姿か。思ったより、弱そうだな。」
森の神の予想外の姿に銀次郎は、馬鹿にしたような感じに言った。封印を解かれた森の神は、そんな銀次郎に手の部分をグーパーしながら言った。
「いやいや、残念ながらこれは私の真の姿じゃあない。どうやら、私を封印した奴の力が強すぎて、まだその影響が残っているようだ・・・この感じだと本来の力の10%も使えないな。」
森の神の言葉に銀次郎は慌て始めた。
「おい、ちょっと待てよ。本来の力の10%すら使えないなら、力を貰ってもたかが知れてるじゃねえか。期待して損したぜ・・・。」
銀次郎はでかく溜息を吐くと、方向転換して帰ろうとした。
「フフフ、話は最後まで聞くものだよ銀次郎。確かに今の私にはかつてのような力は無いが・・・私が君の体に憑りつけば、私の持っている技を使う事が出来る。天才気質の君の事だ。ちょっと練習すれば、私の持っている全ての技を習得出来るだろう。」
「・・・本当なんだろうな・・・それ・・・」
銀次郎の足が止まり、森の神の方を向いた。
「ああ、本当さ。何なら今からでも試してみると良い。」
森の神はそう言うと、銀次郎の背中から体の中に入った。その瞬間、銀次郎は体の奥底から力がみなぎって来る感覚を覚えた。
「!!・・・これは・・・」
銀次郎は、ニヤリと口角を上げた。
そして、現在。森の神の力であるドス黒い妖気のようなものを纏った刀を金助に向けて言った。
「この前の剣術大会の時・・・俺はお前如きに手こずった。『神童』と言われたこの俺がだ。『もしかしたら、負けてしまうのかもしれない』とほんのちょいとでも思ったね。・・・だがッ!!この力さえあれば・・・俺は誰にも負ける事は無いッ!!もう『負けるかもしれない』という恐怖を抱えなくてよくなったのだ!!」
「そんな得体の知れない邪悪な力・・・人間が使って良いものじゃあない!!目を覚ませ、銀次郎!!」
邪悪な力を使う銀次郎に対し、説得を試みる金助。しかし、今の銀次郎に金助の言葉が届くはずもなく、
「うるせえッ!!」
と、一言で一蹴された。
「お前は目障りだ。ここで死んでもらう。」
「銀次・・・」
金助が言い終わる前に銀次郎は、その邪悪な刀で金助の体を上から振り下ろしてドンッと斬りつけた。
「ろ・・・う・・・」
金助はそのまま意識を失い、血を流しながらその場に倒れた。