燃える道場
いつも行く団子屋の家族が殺されたという事を金助が知ったのは、翌日の昼前だった。昨日まであんなに元気に話していたのに急にこんな事になってしまい、金助は戸惑いを隠せなかった。家族全員殺された事によって、金助がいつも行っていた美味しいみたらし団子のお店はそのまま空き家になってしまった。事件はそれだけではない。隣町の道場が何者かの手によって火事になったのだ。関連性は不明だが、犯人の手掛かりになるような物はどの事件現場にも一切残っていない。事件発生が深夜だった事もあり、目撃者も一人もいない。身近に起こった事件なので町民は、『明日は我が身』と、次に狙われるのは自分ではないかと不安になった。
金助は自主練そっちのけで川に来ていた。いつも来ている川には綺麗な花が一面とまではいかないが、ちらほらと咲いてあるのを何度か見た事があった。それで金助は、弥生たち団子屋への手向けとして、何本かあの事件現場となった団子屋の前に供えようと思い、川に来たのだ。しかし、こういう時に限って中々見つからない。
「おかしいな・・・いつもならその辺に黄色やピンクの花が咲いているのに・・・」
あまり花探しに時間を使っていると、朱美に何を言われ、されるか分かったもんじゃない。金助は少し焦った。二日連続で長時間の説教は、誰だって聞きたくないものなのである。
金助がようやく花を見つけた時には、探し始めて三十分は経過していた。一本だけでは寂しいので、なんとか三本見つけて団子屋の前まで走って行った。そこには、沢山の花が置かれていた。金助はその沢山ある花の上に自分の持って来た花を置き、手を合わせた。
その頃、金助の家では朱美が頭を押さえながら、家計簿のような物を書いていた。今日は気分があまり優れないようだ。溜息を吐きながら、朱美は言った。
「はぁ~あ・・・全く、いつになったらあの子は、破岩流の息子になるのかしら。」
どうやら、金助の剣の腕が上達しない内は破岩流の息子として見ていないようだ。まあ、これに関しては今に始まった事ではないのだが。朱美は家計簿を閉じると、そのまま机に突っ伏した。突っ伏してすぐ、何か焦げたような匂いがした。
「(・・・どこかの家が魚でも焼いているのかしら・・・。)」
舌打ちをしながら、もう一度伏せ直す朱美。それからいつの間にかすやすやと眠りについた。
一方、花を供えた金助は、そのまま道場の方に向かって歩いていた。
「まさかこんな事になるなんて・・・もっと話したかったな・・・。」
立ち止まり、後ろを向いて金助は言った。しかし、いつまでもその気持ちでいてはいけないと自分の顔を両手でパンパンとはたくと、
「よし、あの人の応援に応えられるように頑張ろう。次こそ、一回戦突破だ!!」
と、言って走り出した。ここで、金助の進行方向から近所のおばさんが血相を変えて走ってきた。おばさんは金助を見つけると、焦っているのか早口で言った。
「金助君!!こんな所にいたのかい。とんでもない事になっちまったよ!!」
走ってきたおばさんが何をそんなに焦っているのか分からない金助は、
「どうしたんですか?」
と、聞いた。すると、おばさんの口から信じられない言葉が出てきた。
「どうもこうもないよ!!あんたの・・・あんたの家が燃えているんだよ!!」
「何だって!?」
おばさんの言葉を聞き、家の方角を見る金助。そこには煙のようなものがモクモクと出ていた。
「あの場所は・・・そんな・・・」
「昨日、隣町の道場が誰かに火を付けられて火事になったみたいだけど・・・もしかしたら、その犯人が今度はあんたんとこの道場を標的にしたのかもしれない。」
「母さんは・・・母さんは無事なんですか?」
金助は朱美のことが心配になり、おばさんに聞いた。しかし、おばさんは首を振ってこう答えた。
「分からない・・・何度呼びかけても反応が無いし、避難している感じも無い・・・考えたくはないけど、まだ燃えている道場の中に・・・」
おばさんの言葉を最後まで聞かないまま、金助は道場に向かって走りだした。
「あっ!!ちょっと・・・」
おばさんは金助を止めようとしたが、その時には既に走って行く金助の姿が小さくなっていた。
煙の臭いで目が覚めた朱美は、辺りを見回して自分の家が火事になっていることに気が付いた。
「何で・・・何でうちがこんな事に・・・」
突然の火事で混乱した朱美だったが、縁側から外に出て避難しようと行動を起こした。しかし、そこに現れた何者かに通せんぼされてしまった。
「あなた・・・何で・・・」
朱美は信じられないようなものを見る目で言うと、目の前の人間に気絶させられた。朱美はその場に倒れ、気絶させた人間は持っていた縄で朱美を逃げられないように縛り上げた。そして、その周りに油を撒いて、マッチに火をつけた。