剣術大会、当日
『剣術大会』!!我々の世界でいったところの『剣道』の大会と思っている人もいるかもしれないが、似て非なるものである。剣術大会は、決められたステージ上で戦い、ステージ場外に出るか、三秒間地面に倒れたら敗北となる。(ステージは大会によって違い、決められた面積はこれといって無い。)パンチやラリアット等の腕を使った格闘技は反則負けになるので注意。ただし、刀同士のぶつかり合いの際、相手を一旦引き離す為に足で蹴りを入れるのは有りである。一部の大会を除いて、防具の着用や飛び道具の使用も禁止。剣道では、一本取った時にガッツポーズをすると反則になるがこの剣術大会ではそれは無い。ただし、倒れた相手に対して、三秒の間に立たせまいとボコボコにする行為は反則である。
剣術大会といえど、安全の為に本物の刀や剣は使わない。大会によって、全員大会専用の竹刀か木刀のいずれかになる。基本は専用の竹刀だが、各地の強者が集まるような防具の着用有りの大会では、必ず木刀になる。こんなの竹刀を使ったただの力の大会じゃないかと思う方もいるが、剣術大会で良い成績を残して侍として地位と名誉を確かな物にした者も多いのだ。過去に幕府から直接召集がかかった者も何人かいる。剣術大会とはッ!!侍を目指す者や地位の低い侍にとって、自分の強さをアピールする場でもあるのだ。
とはいえ、今回金助たちが出るこの剣術大会は、この町の人間が対象の小さいものなので、スカウトとかは最初から期待しない方が良いだろう。それでも、金助は一回戦だけでも勝ち抜こうと闘志を燃やしていた。一回戦敗退では、朱美に何を言われるか分かったものじゃないし、少しでも『失敗作』と言ってきた奴を見返したいのだ。
「ここが大会の会場か・・・」
金助は一人で剣術大会が行われる場所へ行った。そこは、昔自分が通っていた寺子屋のグラウンドぐらいに広い空き地だった。大会が始まるまでまだ時間があるというのに、もう数多い観戦者がブルーシート等を敷いて大会が始まるのを待っていた。今の時代、剣術大会は老若男女問わず人気なのである。
「やっぱり、剣術大会は人気なんだなあ・・・」
金助は観戦者を見て呟きながら、出場者専用の受付に行った。そこで自分の名前を言うと、大会で使う竹刀を渡された。そして、ここでようやく組み合わせ表を見る事が出来た。相手は勿論、負け知らずの銀次郎だった。
「ええ・・・」
金助はがっくりと肩を落とした。今年こそは一回戦突破出来ると思っていたのに、相手が銀次郎では絶対に無理だと思ったからだ。金助はこの時点で、家に帰って朱美にグチグチ言われるのを覚悟した。しかし、いくら相手が負け知らずだからといって、試合を放棄するような金助ではない。この五年間、肌身離さずに持っていた青太郎が残した巻き物を出して、
「父さん・・・俺、頑張るよ。・・・勝つのは無理でも出来る事は全てやってみせる。」
と、言って再び巻き物をしまった。
その頃観戦ゾーンでは、寺子屋で金助たちと同じ教室だった天パー西田達が一回戦が始まるのを話しながら待っていた。西田達も組み合わせ表を見たのか、話の内容は金助と銀次郎についてだった。
「それにしても、俺達の知っている奴が一回戦でいきなり戦う事になるとは・・・おい、賭けしようぜ。あの雑魚か、銀次郎か・・・俺は銀次郎に三色団子を賭ける。」
西田が他のメンバーに向かって賭けを提案した。
「こんなの賭けになんねえだろ。どうせ全員、銀次郎に賭けるんだからよ。」
「そうそう、誰もあんな進歩しない奴に賭ける奴はいないって。」
「それもそうだな。」
西田達が笑っていると、後ろから誰かが話しかけて来た。
「では、私は金助君に賭けましょう。」
「え?」
西田達は笑うのをやめ、声がした方に首を動かした。そこには、あの団子屋のお嬢さんが座っていた。
「あんた、誰?」
西田が言うと、お嬢さんはにっこり笑って答えた。
「私、金助君がよく行く団子屋の娘、弥生といいます。」
「これはご丁寧に・・・西田だ。」
「・・・南田だ。」
「僕ちん、東田。」
一通り自己紹介を終えると、西田達は弥生が何故金助に賭けるのか聞いてみた。
「ところで、何であんな弱いのに賭けるんだ?もしかしてあんた、あいつの事知らねえの?別名『破岩流の失敗作』。そりゃあ、店のお得意さんを贔屓したいのは分かるがよ・・・」
「はい、知ってます。だからこそ・・・です。」
西田達は『世の中には、物好きがいるなあ』という目で弥生を見た。
「まあ、判官贔屓は結構だが・・・でも賭ける以上、あんたが負けたら俺達に何をしてくれるんだ?」
「さっき、三色団子がどうのって言ってたでしょ?一人、一本ずつタダで差し上げますわ。」
弥生は、持って来た風呂敷を広げて、三色団子が入っている包みを取り出した。そして、包みを西田達の目の前で広げて中身を見せた。三色団子を見た西田は、残りのメンバーの同意を聞かないまま、こう提案した。
「よし、それじゃあ俺達が負けたらその三色団子の料金を一人、一本ずつ払おう。・・・これでどうだ?」
「おま・・・勝手に・・・」
「まあまあ、南田君。良いじゃないか。どうせ銀次郎君が勝つに決まっているんだからさあ。」
西田の提案に南田は、『勝手に決めるな』と言おうとしたが、東田に止められた。弥生はにっこり笑って承諾した。
「はい。良いですよ。」
西田達の会話は前にいる人間にも聞こえていた。そして、その中には破岩流の門下生もいた。その内の一人、紺野忠義は隣の黄野昇にこう言った。
「相変わらず、金助の評価は低いな。」
「まあ、剣の腕が進歩してませんからね。仕方ないですよ。」
黄野は苦笑いをしながら言った。
「今まで酷い目に遭って来たんだ・・・俺は金助に勝ってほしいよ。」
「紺野さん、結構金助を気にしてますよね。」
「そりゃお前・・・あんなの見たら・・・なあ・・・」
急に紺野の顔が曇り出した。黄野は金助の何を見たのか気になり、
「?・・・何を見たんですか?」
と、紺野に聞いた。
「ああ、お前は見た事が無いのか。朱美さんと金助の二人っきりの稽古を・・・」
「二人っきりの?」
紺野が頷く。そして、自分がかつて見たものを黄野に語り出した。
「あれは青太郎さんがいなくなって、数週間経った頃だ。俺が道場に忘れ物をして、同期の奴と一緒に取りに戻った時、道場で金助が朱美さんにしごかれていたんだ。」
「え?それはいつもの事じゃないですか。」
朱美が金助に厳しいのはいつもの事なので、黄野はどこがおかしいのか分からなかった。
「話は最後まで聞け。朱美さんな、何で金助を殴ってたと思う?」
「え?何でっていうか・・・手じゃないの?」
紺野は黄野の答えを聞いて首を振った。
「木製のバット。」
「え・・・」
答えを聞いた瞬間、黄野は青ざめた。そんな黄野を見て、紺野は再び話し出した。
「まあ、さすがに頭はまずいと思ったのか、殴っていたのは体だけだったけどな。それでも、防具無しな上に思いっきり振るからかなりのダメージが入る。あの時の金助の悲鳴は聞くに耐えんかった。初めてだったよ、親が子供を痛めつけているのを見たのは。あれは教育とかそんなもんじゃあなかった。あれは・・・誰が見ても虐待のレベルだった。」
「虐待・・・」
金助がバットで殴られている光景を思い出したのか、紺野の手がブルブルと震えだした。紺野は震えている自分の手を見ながら語りだした。
「俺はその光景を見て、どうする事も出来なかった。完全にビビっちまってよ・・・そしたら、一緒にいた同期の奴が道場に入って、朱美さんを止めたんだ。『いくらなんでもやり過ぎだ。』ってな。そして、その日に破門になった。」
紺野から衝撃的な事実を聞かされ、黄野は怖い話を聞いた時の様な寒気に襲われた。そんな寒気を打ち消すかのように剣術大会の始まりを告げるアナウンスが流れた。
今回の戦いの場となるフィールドは、分かりやすい物で例えるなら高さの無いプロレスのリングのようなもので、面積もそれと一緒位だった。勿論、すぐに場外に出せるように柵などは張っていない。大会の司会者がステージに上がり、大きな声で言った。
「さあ、今年も始まりました!!みなさん、準備は良いですか?」
司会者が問いかけると、観戦者は全員、
「イエーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
と、叫んだ。問いかけが返ってきたので、司会者は満足した顔になって頷いた。
「うんうん、いいねえ~。ではでは、主催者の佐々田幸光様より大会の開幕宣言をー・・・」
司会者が大会の主催者の男・佐々田に代わろうとした時、観戦者が一斉に騒ぎ始めた。
「うるせえ!!そんなもんいいから、とっとと始めろ!!こっちは早く試合が見たくてたまんねえんだよ!!」
「そうだ、そうだ!!」
「開幕宣言とか言ってるけど、どうせ八割方自分語りなんだろ?寺子屋の偉い教師とかがそれだったからなあ!!」
司会者に向けて、大量のごみが各方角から飛んで来た。
「ひい~!!で・・・ですが大会の決まりが・・・」
飛んでくるゴミをかわしながら、司会者は佐々田の顔を見た。佐々田は『開幕宣言はもういいから、試合をやれ』と言うように顔で司会者に合図した。司会者は佐々田の合図で、いきなり試合をする事にした。
「え・・・え~とですね・・・それでは第一回戦第一試合の準備をしますので、少々お待ちください!!」
司会者はそう言うと、慌ててステージから出て、運営のテントに戻って行った。そして、数分後に一回戦第一試合をする者が歩いてステージ上に上がった。ステージ上で両者が向かい合うと、観戦者はさっきまで騒いでいたのが嘘のように静まった。
数々の出場者が鎬を削り、大体の出場者が勝者と敗者に分かれた時、ついに金助と銀次郎の試合が回って来た。金助は緊張して心臓がバクバク音を立てていた。一方、銀次郎はまだ試合をやってすらいないのに既に勝った気でいた。銀次郎は金助に近づいて嫌味ったらしく言った。
「いや~、運が悪かったな。この俺と初っ端から戦う羽目になるなんてよ。同情するぜ。・・・せいぜい、秒殺されないように頑張るんだな。」
しかし、緊張でそれどころじゃない金助は、とりあえず
「心配してくれて、どうも有り難う。」
と、言って返した。まさかお礼の言葉を言われると思ってなかった銀次郎は、舌打ちをして思った。
「(こいつ・・・試合が始まったら、すぐにステージから突き落としてやる・・・)」