椅子の町
イスの国
一人目の客はおしとやかなお嬢様だった。
「とびっきり豪華に飾り付けたいの。」
彼女は、両手で抱えきれないほどの硝子のアクセサリーを買っていった。
二人目の客は、太った商人だった。
「とびっきり柔らかいクッションを見せてくれないか。」
彼は色鮮やかに染められた遠い国のクッションを買っていった。
三人目の客は、痩せぎすの娘だった。
「小さな木片を一つ、これで買えませんか?」
彼女は沢山の材木の切れ端からこれは、というものを選ぶとそれを小さな硬貨で買っていった。
品物を売り切った旅の商人は、店仕舞いをしながらこの町の様子を振り返る。
この町は家具の町だ。土の眷属らしく加工技術に優れた町の住民達は、その腕を潤沢に振るい美しい家具を作る。
その中でも、とある職人の作る椅子は土の国随一と言われるほどで遠い国の王族も愛用するほどだと言うから驚きだ。
なんでも、今日はその椅子職人のお嫁さん選びのお祭りがあるらしく。
彼の持参した椅子に一等似合う装飾を施した者がお嫁さんになるらしい。
身分を問わない嫁探しに、親も娘も大張りきりで、あちらこちらがお祭り騒ぎ。
おかげで特別早く品物を捌けたものの……キャラバンの集合時間には、ちと早い。
どうしようかと、悩んでいると路辺に座り込み頭を抱える男を見つけた。
どうしたんだと声をかけると男は恨めしげな声で言う。
「どうしたもこうもあるものか。見ろ、この騒ぎを。誰も彼もが浮かれ喚いて見苦しい。とうの本人の気持ちも知らずに勝手ばかり勝手ばかりっ!」
商人が、屋台で買った飲み物を進めながら話を聞くとなんと、この男。椅子職人、本人らしい。
「今日は一日家に引き込もっていようと思っていたのに、まず家を訪ねてきた押し売りの少年とやたら整った容姿の少女に家から引摺りだされ、めでたい日だからとクラッカーを売り付けられた。」
「次にクラッカーを持っているなら手伝ってくれと、エルフの女と眼鏡の男の怪しげな占いに巻き込まれ」
「這々の体で逃げ出せば、いつの間にかポケットに紙切れが捩じ込まれていた。」
紙を見ると『初心に戻るべし』と、 インチキ臭い言葉が書かれている。
確かに、これを見たら脱力も頭を抱えたくもなるだろう。
商人は心の底から椅子職人へ同情した。
勧めた飲み物に酒精が混じっていたのか、椅子職人の口はだんだん滑らかになっていく。
「そもそも、おれは、別に椅子を作りたい訳じゃない。おれは、椅子のからくりが作りたくて、椅子を彫ってスキルの練習をしてた、だけなのに。誰もこいつも椅子を椅子をイスを!イス目当ての嫁なんざだれがいるか!」
絶妙なタイミングで、飲み物のお代わりを出しながら商人は相槌をうつ。
「車輪のついた、椅子を知ってるか?文字も通じないほど遠い国の本の挿し絵でおれは見たんだ。台車のようで、椅子のような。あれがあれば、おれのばぁちゃんは一人で死なずにすんだのに。あれがあれば、おれの幼なじみは、けがをきにせずどこへでも行けるだろうに……。おれが、おれのせいの、けが、なんか…………。」
落ち込む椅子職人の背を叩きながら
それは、こんな絵か?と、商人が地面に絵を書いて見せる。
「あぁ、そうだ。……へぇ、クルマイスか、そのまんまの名前なんだな。なるほど、だが、それだと、何度試しても軸が折れるんだ。……大きさ?いや、前のめりになりすぎるのは……折り畳み式の足止め?!…………確かに、確かに、これなら。」
椅子職人は、血走った眼で地面に書かれた絵と文字を凝視します。
「作れる。作れるぞ!今なら!俺なら!!」
未だに酔いが回っているのか、男はふらつきながら立上がります。
大きな声で自分を鼓舞しながら、去っていく男を見て一人の幽霊が呟きました。
『良いことすると、気持ちが良いね。』
嫁選びの当日。
太陽が天頂高く昇った頃、椅子職人が持ってきた椅子を見て、多くの観客が首を傾げました。
持ち手があり、車輪のついている椅子なんて誰も見たことがありません。
それでも、果敢に嫁に立候補した娘たちは挑戦していきます。
一人目はおしとやかなお嬢様。
彼女は、両手で抱えきれないほどの硝子のアクセサリーで椅子を華麗に飾り付けるも、椅子職人が車椅子を動かした途端、車輪にアクセサリーが絡み付いて殆どの硝子が割れてしまいました。
二人目の客は、太った商人の娘。
彼女は色鮮やかに染められた遠い国のクッションを椅子に置くも、椅子には既に柔らかなクッションが縫い付けられていました。彼女は八つ当たりに自分の父のお腹をぽよぽよと叩きます。
三人目の客は、痩せぎすの娘。
小さな木片をきれいに磨き、椅子の足と地面との隙間の修正をしようと持ってきました。
ですが車椅子には足がありません。
車輪の回りをぐるぐると回ったあと、何も出来ずに帰っていきました。
何人も何人も、職人と車椅子の前に現れます。
ですが、その全員がさっぱりその椅子の引き立てかたが分からないのです。
日が沈み、辺りが暗闇に包まれ始めた頃。
こつ、こつ、と。
杖の音を響かせながら、一人の青年が現れました。
足が悪いのかゆっくりと、舞台の階段を登り、椅子の前に立つとゆっくりと、その椅子に腰かけました。そうして、何度か居心地を確かめるように体を揺すると緊張した面持ちの椅子職人を見上げ笑いかけます。
「良い椅子だね。」
「……勿論、俺が作った椅子だからな。」
椅子職人は、車椅子を動かす幼なじみを見て漸く赦された気持ちになれました。
自分自身を少しだけ赦せました。
そうして、ぼろぼろと幼なじみが怪我をしたときのように泣きじゃくる彼の背を幼なじみは何度も何度も宥めるように叩きます。
その二人の姿は、武骨な車椅子にぴったりでした。
それから、その町では変わった椅子が売られるようなりました。車輪のついた椅子。それは、使い始めるととっても便利で町のあちらこちらで見かけます。
それを作るのは二人の職人。
彼等は今日も楽しく仕事をしています。
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