A-9
おとエセです。
お手柔らかに、宜しくお願いします。
アトラスが使う盾は鉄製で、指先から肩までが直径の円形で、ドーム状の膨らみを持つ。
またアトラスは、ベルトで腕を固定されることを大いに嫌い、中心部に持ち手がある初心者向けの造りをしていた。
『おいおい、アイツ勇者メンバーの癖に、ショッボい鉄盾なんか使ってさ!!』
ルーネリアとアトラスがパーティーを組始めた当初、こんな皮肉めいた声がちらほらと、所々で上がってはいたものの……
馬鹿にするなかれ。
鉱山から取れる鉄とは違い、背面に鱗状の鉄板を持つ、体長が三メートルからなる巨大アルマジロ『アイアングリプト』。
その、良質な鱗甲獣の硬い甲羅から造られる盾を、アトラスは愛用しているのだ。
一般の鉄盾をランクで表すのなら、最低評価のE~D。
だが、アイアングリプト素材の鉄盾のランクはA。
硬さ、軽さ、性能、質をと、どれをとっても高評価である。
鉄は鉄でも、質に雲泥の差があったのだ。
◆◇◆
「……小癪な!!」
魔人の拳を防いでは剣を振り下ろし、蹴りを防いでは突くといった、盾を主体とした戦闘スタイルをアトラスは取り続けていた。
だが、先ほどのアモウとの闘いに比べれば、魔人にとってアトラスの闘い方は小賢しく、物足りなさを感じた魔人は大きく口を開くと、
「カチン!!」
「ぐあっ!?」
アイアングリプトの鉄盾を、魔人は容赦なく食いちぎった。
更に、魔人の口の開閉は続き、肉を食い漁る獣の群れの様に、アイアングリプトの盾を次々と襲いかかっては、元の大きさからバックラーほどの小ささまで食いちぎっていった。
「ぐっ!? ……こ、これを食うか!?」
左手が痺れている。
魔人の猛攻による全ての衝撃が、盾を通してグリップを持つ左手に伝わっていたのだ。
また、アトラスは小さくなった盾を見るや、ぞっと寒気に襲われては、全身に伝う汗が冷えるのを感じた。
「……最悪だな」
更に、左手首を痛めるという最悪な結果。
不利な状況に、アトラスは顔をしかめるしかない。
「ちっ!! どうす──」
「つまらぬな」
「るよ……は!? つまらぬ!?」
「そう、お主は盾に隠れる臆病者よ。それでも本当に剣士と呼べるのか?」
「……あのな!! 何で盾が存在するか知ってるか!?」
「我は弱者ではないゆえ、分かるはずもなかろう!?」
「お前!! 片手剣の基本は──」
「御託はよい」
「っ!?」
魔人は右腕を高らかに上げ、魔力を練り始めた。
無だった魔力はやがて性質を変え、バチバチと放電し始めた。
「か、雷!?」
火、水、土、風の四属性をメインに、技と名付けられた無属性。
それ以外は、オリジナルかレアと呼ばれる属性。
雷属性はゼロではないにしろ、使用者が少ないことからレア属性であった。
魔力が引き起こす磁気により、アトラスの持つ剣と盾が反応し、魔人の魔力に強く引っ張られる。
「ぐっ!? 奪うつもりか!?」
「お主は……もはや、つまらぬ男よ」
やがて、バラバラに放たれていた電は収まり、魔人の手を魔力が丸く包み込む。
やがて、魔力は魔人の手から後方の大地へと、ジグザグな線を描き伸びていった。
「なっ!?」
アトラスが目にしたのは、魔人の後方で浮き上がる黒い何か。
更に、魔人が引っ張る動作を見せると、浮いていた物が回りだし魔人へと引き寄せられていく。
それを魔人が手に収めたことで、飛んできた物の全貌が明らかになった。
魔人の身長ほどの大きさに、四本の歯を持ち、黒く光るそれは、
「フォーク!?」
そう、農作物に使用するピッチフォークであった。
アトラスに疑問が残るまま、魔人が先に動く。
だが、魔人が下から斜め上にフォークを振り切ろうとする動作は、無手の動きと比べ余りにも遅かった。
だから、アトラスは思わず釣られてしまう。
魔人のフォークの動きに合わせ、アトラスも盾を動かす。
そして、魔人の攻めの力と、アトラスの守る力がぶつかった瞬間、せめぎ合いの場を設けることなく、軍配はあっさりと魔人の方に上がった。
「ぐっ!!」
力比べで勝った魔人のフォークが、アトラスの盾を難なく潰し始める。
衝撃でアトラスの指を全て砕き、取っ手の鉄まで潰し指を絡める。
そして、勢いは止まらず、絡めた指をちぎり出すと、盾もろとも上空へ吹き飛ばした。
「ぐぁああああっ!!」
指を失った痛みが、徐々にアトラスに迫ってくる。
「お主も終いか?」
「…ば…す…よ」
「ん?」
「俺たちを馬鹿にするなああああ!!」
アトラスが短剣で横に一線、縦に一線と続けて斬る。
「ぐっ!?」
渾身のアトラスの斬撃は波を生み、走り出した波は、魔人の体の通り抜け際に傷を深く残していった。
至近距離から放たれた斬撃波に、腹は十字に裂かれ、傷口から鮮血が吹き出し、魔人がよろけ始める。
「ぐふっ!!」
フォークを地に刺し、体を支えようと踏ん張るも、耐えきれなかった魔人は吐血をしながら崩れ、片膝を地に着き項垂れた。
「っ!? お、お前は!!」
アトラスが、魔人に短剣を突きつける。
「何者なんだ!?」
見下ろすアトラスからは、魔人の腹が少しずつ修復されていく様子がハッキリと映る。
アモウの攻撃を食らい、自分の攻撃をもろに受けても、目の前の魔人は一向に死んでくれない。
「お前は!! お前は!!」
魔人の存在が、全てを麻痺らせる。
興奮と焦りが、指の欠損による痛みを消した。
「……脅威だ」
アトラスが、短剣を顔の正面に掲げ、刃を見つめ魔力を込める。
短剣の刃に、無から風に性質を形を変えた魔力が覆った。
アモウは火を得意としたが、アトラスは風を得意とする。
風属性は、威力と切れ味を増幅させ、質量はそのまま魔力の分だけ、刃の大きさと長さを変化させる。
風属性は、剣士とは相性が抜群な属性であった。
緑に色づく短剣を握りしめ、一歩を踏み出す。
だが、やはり全てが麻痺していた。
冷静さを欠いたアトラスは視野が狭く、真っ直ぐ、項垂れる魔人の姿がしか映っていない。
一瞬、アトラスが目を離した隙に魔人が投げたフォークが、半円を描き回転しながら飛んで来ていることに、アトラスは気づくどころか見えてさえいなかったのである。
誤字・脱字が御座いましたら、指摘のほど宜しくお願い致します。