A-5
おとエセです。
お手柔らかに、宜しくお願いします。
5/16 名を語るを名を知るに修正しました。
「メイプル!!」
起き始めた魔人に向かって、アモウは駆ける。
「フルブースト」
術士の主な役割は補助にある。
メイプルが術士として、賢者と名高い理由の一つ。
それは、推測から判断、そして実行に移すまでに所要する時間の短さにあった。
「ぬっ!?」
と、声をあげたのは魔人ではない。アモウだ。
体を起こしながら、アモウの姿を捉えていた魔人は、自身の体内に魔力を巡らせ始めた。
これは、自己修復の促進と、能力が上昇したアモウ対策として、自身の能力増幅を行ったもの。
意図も簡単に、回復と補助を同時に行う魔人に、アモウは驚きの声を上げるが、
「問題ない!!」
迷わず駆けた。
術による、能力増幅の値は五分五分。
そう踏んでいた魔人だったが、予想を大きく裏切り、アモウの姿を完全に見失うことになる。
やがて、
「ぐはっ!?」
鳩尾に激痛が走り、魔人の体が『く』の字に曲がる。
「突頂肘!!」
右肘を曲げ、胸の前で構える。
右手は拳を作り、左手はそれを掌で添えて押し出す。
能力上昇によりスピードが乗ったアモウの肘打ちは、一撃必殺とも呼べる大技であった。
更に、
「浮雲!!」
アモウはその場で後転を開始。
そして大地を背に、両足がくの字に曲がった魔人の胸部に差し掛かった時、弾き飛ばすように両足で強く蹴り上げ、魔人を宙に浮かせる蹴り技へと繋げた。
魔人の体が宙を浮き、大地と平行の形を作る。
これぞ正に、空に浮ぶ雲の如し。
後転しきったアモウは立ち上がると、大地を見下ろす形で宙を漂う魔人に、更なる追い撃ちを掛けるべく跳び上がった。
近づいてくるアモウに、腕を伸ばし捕らえようと魔人は抵抗を見せるも、蓄積されたダメージの影響で、体を思うように動かせないでいる。
「噛挟牙!!」
歯を食い縛る形を連想させることから名付けられ、膝蹴りと肘打ちで頭を挟む破壊技。
「ぶふ!?」
魔人の顔にアモウの右膝がめり込み、同時にアモウの右肘が魔人の後頭部を破壊する。
そして、アモウは膝と肘を離した後、魔人の髪と肩を掴むと体をひっくり返し向きを変えた。
やがて、魔人はピクリとは動くものの、アモウになされるがままに落下が始まったのである。
魔人が大地と平行で落ちるなか、アモウは魔人を足場に軽く跳ぶと両膝を抱え、宙で前回りを始める。
やがて回転は勢いを増し、落下が魔人に追いつくと、アモウはその勢いのまま、魔人の腹にかかとを打ち下ろした。
「旋風踵落!!」
技を食らった魔人は呻き声さえ上げる暇もなく、体をくの字にしながら、一瞬にして大地に叩きつけられた。
先ほど陥没した大地は、魔人の落下の衝撃で更に陥没が進むことになる。
砂塵が舞う最中、連撃を終えたアモウが遅れて大地に降り立つ。
肩で息をしながら、魔人が落下した場所から距離を空け、周囲に気を配り始めた。
「……はあ、はあ、悪く思うな、魔人。コーネリア殿の名を知る貴様は、恐らく我ら人種にとって大いに脅威な存在となりうる」
魔人からの返答はないものの、アモウは一つ気掛かりなことがあった。
周囲の様子は未だ砂塵で分からないが、魔人との戦闘において自身の体の所々に謎の黒い泡が付着し、それが消えていないこと。
「……まさか」
「最悪」
「メイプル!?」
「生きてる」
「…………」
アモウから『承知』の言葉が消えた。
代わりに出てきたのは『絶句』の二文字。
急に震えだした自身の手を見て、今まで体験したことのない感覚が、アモウを一気に襲う。
「怯え!? まさか我が……このアモウが恐れているとでもいうのか!?」
先ほどの連撃には手応えがあった。
何せ、メイプルの補助があっての連撃である。
倒せないのもおかしいが、倒れない方がもっと異常なのだ。
何故なら、術士メイプルが賢者と名高い理由のもう一つ。
それは──
「な……七種……み……三重……とは」
「くっ!?」
一般のブーストの効果が、基礎能力を二倍に増幅させるのに対し、メイプルのブーストは基礎能力を三倍に上昇させる。
だが、メイプルの凄さはそれだけでは終わらない。
『フルブースト』は、発案者であるメイプルにしか未だ使えない程の高難度な術である。
『フル』とは、言葉通り『全て』を意味する。
よって、体力と魔力の二つ。
攻撃力と防御力と、更に魔法攻撃力と魔法防御力を合わせて四つ。
最後に、素早さの一つを合わせての全七種。
メイプルは、この七種類のブーストを一つの術として発動させていたのだ。
アモウに、重ねに重ねて。
そんな過剰とも取れる援護を受け、何度も立ち上がり倒せずにいる魔人に、アモウから完全に焦りの色が見えて取れた。
「な、ならば!!」
アモウが、両方の掌を力強く合わせる。
「裏に入るまで!! 変裏!!」
そして、合わせた掌をゆっくりと剥がすと同時に、掌と掌の間から青い炎生まれた。
やがてその炎は、掌を剥がすにつれ次第に大きくなり、剥がし終わった時には、すでにアモウの両手を青く包んでいた。
正拳を象徴する拳骨が表なら、裏は邪拳を象徴した貫手。
拳の形を例えるなら『表をグー、裏はパー』。
邪と名が付く通り、これからアモウが繰り出そうとする技の一つ一つは殺人技である。
「アモウ!?」
「アトラス、待たれよ!! これで全てを終わらす!!」
アモウは、青く包まれた両手を前に突き出すと、上下へと少し広げる。
そして、両方の人差し指と中指だけを残し、後は全ての指を曲げ型を完成させた。
青い炎が大きく揺れ、アモウの手の周りで形を造り出す。
「我が最大の技を食らうがいい!! ムムタイ流裏奥義!! 青龍砲牙!!」
龍を宿し青き炎の牙が、魔人を滅さんと、今まさに放たれようとしていた。
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