死顔を描いていると
床にあったスプレー缶でした。何気に手に取っていました。懐かしかったからです。何分、高校の選択科目が、美術だったもので油絵に使ったのを思い出していたのです。それは絵の表面を保護するワニスでした。ただ、何か放ったらかしにされているみたいでつい感慨を伴ったのです。
そんな折、手にあったスプレー缶をマットに落としてしまいました。というか肢体全体が麻痺した状況となったのです。思えばハーブティーを口に含んだとき、ありえない刺激が走りましたが、一方、すぐに心地よさを覚えました。むしろ魅せられた感じでした。だからそれを求め更に注いでもらいました。
「如何しました。少し刺戟が強いものだったもので。何だったら此処で休まれては。」
やはり身体の状態を試したのでしょうか。彼女は造作なく私をベットへと押し倒しました。ただこういった感にある中、横臥しているとかえって恍惚となり、むらのある塗装が施された天井を眺める次第となりました。気づけば彼女は蝋燭を灯していました。そして、部屋の灯り全てを消したのでした。煌々と燃える蝋燭に浮かび上がる彼女の顔は幻想的でした。もちろん、見とれてた訳ではありませんが、体がままならないばかりについそうなってしまいました。
彼女は徐ろに蝋燭をベットの脇にある作業台に置きました。それはそれは優美でした。称えられるべき気品がそこにはありました。でも今から思えばかなり脳天気な話です。これほど身に危険が差し迫っていたのに。彼女は続いて作業台からロープ取り出し、たくみに私の首にまきつけたのです。ただ、私の体は完全に弛緩しきっていたために朦朧となり、何一つ言葉が発せられない状態となりました。
「死顔は美しいものです。」
すなわち、それを、そう私のそれを見ようと言っているのです。何と呼ぶ結びというのでしょうか。彼女の右手はロープを握っていました。そうしつつマットに腰掛けていました。ロープを単に引くだけで首が締め付けられる様になっているのだと思いました。
「いつしか人の死に興味をいだく様になったのです。でも、いつからそう思うようになったかを意識して曖昧なままにしようと思うようにも。それからというものは死顔を描く様になりました。ただ、想像でそうすることに飽きたらなくなり、体験したものをと考え出したのです。だけど実践して感じたのは実に美しいということです。涅槃です。死によって浄化される、それを体感しました。」
「キョゼツ」
何とかこの言葉だけ口にできました。かすかな声で。聞き取れるか取れないぐらいの。
「拒絶!そうです。あなたの死顔を見たくなった所以となりました。もっともそれは腹いせではありません。私の誘いを断ったことへの。むしろ、高潔さを感じてしまったからでしょうか。」
彼女はそう述べ、作業台の蝋燭を手に取っていました。