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風俗画廊  作者: 南清璽
3/10

ギャラリーの絵

「いいえ、涅槃です。まさにその刹那を描いているのです。」

当初、単なる修辞だと受け止めました。言い得て妙だとも。店主の言葉のとおり、彼女の描く人物像が殆どが眠れる姿であり、その境地にある趣きだったのです。でも、そのときは何気に聞き流しましたが、この刹那という言葉に、その涅槃なる言葉と矛盾があったのでした。

「如何でした?どれかお気に召すものありまして?」

丁度、一通り壁に掛けられた絵を見終えたところでした。高い物で五万円。多くは二万円までというお手頃な価格が付いていました。

「こちらは男性を画いたものですか?」

値札には15,000円とありました。また、私の持ち合わせもその程度でした。

「左様でございます。」

ただ、気になったのは平面的な絵画であったことです。構図といい色彩といい。いうなれば幾何学的な形状で背景の山並や月が描き、男性は草の上にうつ伏せになったまま顔を90度に向けていました。そのシンプルさ故に想像をかきたてもしました。いや、それがコンセプトなのでしょうか?それを彼女に尋ねました。

「この絵から物語を創って下されば嬉しゅうございます。」

もっとも、私には物語を創る才などありません。だから、物事を創作するアーティストとして彼女に一応は敬意を示したつもりでした。ふと見れば彼女は柔和な笑みで佇んでいました。確かにそのときの私はどことなく物憂げであったのは確かです。それというのも創作ではなく鑑賞者とならざる得ない自身の境遇を感じない訳にはいかなかったからです。そういう私の心情を察してくれているのでしょうか。

私はこの絵を所望することにしました。普通であれば、ラッピングを施し、代金を支払うのみなのですが、ここは更に副次的なサービスが提供されるシステムになっていたのです。

「ハーブティーでも如何ですか。」

そうして供してくれたのです。但し、間仕切壁を隔てたアトリエに移りはしましたが。見ればステンレスの作業台と業務用の巨大な冷凍庫があったのです。どうやら以前は厨房だった様で、あまり造作を施さずにそのまま使っていました。その作業台には絵具と絵筆とそれに制作途中のキャンパスが無造作に置かれてたのです。でもこうしたマテリアルな空間はかえって気を落ち着かせました。彼女はハーブティーが注がれたカップとマドレーヌをサイドテーブルに置いたのです。そうして誘われました。促されベッドに列んで腰掛けたのですから。もちろん、制作に没頭するときは此処に泊まるのでしょうが、使い道はそれに尽きるものでも無いようです。

「あの絵で十分です。他に何も求めません。」

「私のこと、お気に召さなくて?」

もし、妖艶さだけしか感じなかったなら、何も迷うことなく其処を発ったでしょう。でも、先ほどと同じ笑みをたたえていました。私は感じたのです。母性を。そう、醸し出されるそれを。まるで、思わず年長の女性に甘えてみたくなる様なそんな感じでした。一方で彼女は私の肩にしなだれ、頬を寄せていました。ところが全く作為的なもの無かったのです。それどころか自身も呼応し同じく頬を寄せる次第にとなっていました。まさに浸りきっておりました。不思議でした。時間が停まった様な感覚に陥りました。

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