幼女との会話(脳内)
その日私は昼からの出勤で、電車の7人がけのシートに2人しか座らないような悠々とした状況を満喫していた。
そこに親子連れが乗ってきた。20代だろう、ほっそりとしたおしゃれなお母さんと、2歳くらいのかわいらしい女の子だ。2人は私の隣に程よく距離をあけて座った。
スマホを見るお母さんの横で、女の子はご機嫌に座っている。真新しい靴が嬉しいのだろう、足をブラブラさせて楽しそうだ。そこに、
「あれー、〇〇ちゃん、ぐうぜーん」
と、お母さんの友だちらしき人が乗ってきた。ほう、偶然ってあるものだな、よいよいと隣でふむふむしていると、
「あ、さやちゃん、元気ー?」
と隣の幼女に話しかけた。知りあいだから、幼女も嬉しそうだ。ところが、
「ごめんねー、さやねー、今日機嫌が悪くてー」
とお母さんが言った。え? こんなに御機嫌なのに? 思わず隣を見たら、さやちゃんと目が合った。
私ゴキゲンだよ、おばちゃん。
うん、わかるよ。新しい靴うれしいよね。
そう。
さやちゃんはまた靴をぶらぶらさせて見せてくれた。
「この子車で行きたかったみたいでー、電車じゃ嫌なんだって機嫌が悪いのよー」
え、そうなの?
違うよ、おばちゃん。だって電車だと新しいお靴でたくさんあるけるもん。
そうだよね、楽しそうだよね。
うん。
「だからちっともしゃべらなくてて、ごめんねー」
「いいよー、そんなこともあるよね、さやちゃん。あ、そうそう、これあげる!」
友だちはそう言うとイチゴ牛乳の200mmのブリックパックを取り出してさやちゃんに渡した。さやちゃんは微妙な顔で受け取った。
電車じゃ飲みもの飲んじゃダメだし、まだお腹空いてない。
そうね、後で飲んだら?
うん。おばちゃん。
「さやったら、もうー、ありがとうはー?」
「ありがと」
「ホントは大好きなのにー、機嫌が悪くて飲まないみたいー」
え?いやあんた。私はお母さんに突っ込んだ。心の中で。
2歳児だよ?ブリックパック200ミリだよ?いちご牛乳だよ?ストロー入れたら、まずプシュっとこぼすでしょ?子どもは角を持たないから。あと飲みきれないでしょ?今甘い物飲んだらお昼食べられないでしょ?
さやちゃんはいちご牛乳を持って足をぶらぶらさせている。いちご牛乳が巨大に見える。くっ、かわいいな。
「さや、ほら、ストロー入れてあげる」
だめだ!やめろ!
さやちゃんは嫌な顔をしていちご牛乳を抱え込んだ。
セーフ。
「もー、じゃあ、後でね」
「今日はお出かけなの?」
「そう、〇〇モールへ」
「あー、イイよね」
「そう、昨日は車で行ったんだけどね、今日は車がなくて」
昨日も行ったんかい。今日も行く必要ある?
少なくとも、2歳児を連れてのお出かけは大変だ。さやちゃんみたいに静かな子でも、買い物はスグあきるし、疲れるし、お昼寝もあるし、それを二日連続……
いいんだよ。
さやちゃんが言った。
お母さんね、買い物好きだから。さやはね、今日はお靴新しいからいいの。
そうか。お母さん楽しいからいいんだね。
うん。
「さあ、さや、もう降りるよ。機嫌直して」
さやちゃんは、しょうがないなあという顔をした。
おばちゃん、ばいばい。
楽しんできてね。
心の中で手を振った。2人は手をつないで仲良く降りていった。
分かり合えてないなあと思う親子はよく見かける。時に子どもは大人より達観しているような気がする。どうして子どもの言うことをわかろうとしないんだろう。
でも、好きって言う気持ちは伝わってくる。分かり合えてなくても、温かい気持ちがそこにはあった。
さやちゃん、がんばれ。おばちゃんは仕事をがんばろう。優しい親子連れに幸いあれ。とある春の日であった。