親切はよく考えて
鼻血などの表現があります。
通勤帰りの夕方、5時を過ぎたばかりの電車は立っている人もいるが、比較的すいている。そんな時間に帰れた私は、ちょっとウキウキしていた。つり革につかまり、ふと前を見ると、なんということでしょう。目の前に座っている青年が鼻血を出しているではないですか。
若気の何とかではない。少し腫れたほほ、涙目、鼻水混じりの鼻血、これはけんかかトラブルに巻き込まれ(やはり若気の至りか)たのに違いない。それはいい。いやよくないが、問題なのは、どうやらその人はハンカチやティッシュを持っていないらしく、手で押さえている。ああ、床に血が……
私は急いでカバンを探した。タオルハンカチ……だめだ、これ渡したらたぶん遠慮するし、相手が気疲れしちゃう。けしてシワシワだからとかお気に入りだからではない。アレだ、もらったティッシュ、あった!ピリッとな。取りやすいように1枚出してと。
「あの、コレ、よかったら……」
小さい声で渡した。
「あ、ありがとうございます」
青年はティッシュをありがたく受け取ってくれた。よかった、少しは役にたったかな。
その瞬間だった。私は目を疑った。空を飛ぶティッシュの嵐!青年めがけて、電車のあちこちから善意のティッシュが飛んできたのだ。いや、手渡ししようよ、投げないでさ。
私は邪魔にならないよう、さり気なく横にずれていった。けして他人のフリをしたわけではない。他人だけれども。青年は、誰にともなく
「ありがとうございます」
と頭を下げてティッシュを拾い、顔を拭き、床まで拭いていた。いい子だ。
と、次の駅に電車が止まった。プシュー。
「具合の悪い方はどちらですかー」
駅員さんが2人、車椅子を押してやってきた。ほう、具合の悪い人ね。どこだろう。私はキョロキョロした。男の人が元気に近づいてきた。
「この人です。さっきから鼻血を出していて」
青年の事かい!いや、ケガして鼻血出てるだけだと思うんだけどな……
「ええ?いや、オレ別に、次の駅で下りる予定で、大丈夫ですから」
「いやいや何かあると大変ですから。どうぞ」
「いや、あの」
「念のためですから」
「……はい」
青年は車椅子にのせられると、うつむいてドナドナされて行った。駅員を呼んだ男の人は、ひと仕事したという充実感に満ちあふれていた。電車内もホッとした空気に包まれている。
私はひたすら下を向き、
「ごめん、ごめんよ、見ないふりしてあげればよかったね」
と心の中で青年に謝るのであった。
親切は、よく考えて行っても親切にならないこともあるのだ。ホントにごめん。




