第8話 三角形!
ずいぶんと間が空きました。申しわけないです。
今回は学生パートです。
あの米製震電の真っ赤なお鼻が洗い流された後、作戦は終了。
〈good game〉
〈gg〉
〈gg〉
〈gg〉
…
お互い、試合が終了したことによる『お疲れさま』を掛け合う。
野良マッチではあまり見かけない光景だが、こういった所では普通なんだろう。
因みに、結果は相手チーム側の勝利だ。
悔しいが、まあ楽しかった…かもしれない。
しかしそのあと、その試合を共にしていたキツネが奇妙な行動を始めた。
Mayfly:〈【おい】〉
Fox_1993:〈【なんぞ?】〉
ペタペタと、赤いペンキを横に置き、芸術家もビックリの塗装を始めたのだ。
Fox_1993:〈【俺は機体の塗装に集中したいんだが】〉
それなんだが…、あのな?
その米製震電の鼻っ面に赤い塗料を塗ったくるのを止めてくれ。
人身事故を起こした車みたいなスタイルが気に入ったのか?
その赤い鼻のトナカイもビックリのスタイルで?
Mayfly:〈【お前……ああもういいや】〉
…そこまで言って、何を言っても変わらないと悟った。
他人の機体をどうこうする権利もないし…。
というか、なんか疲れた。
Mayfly:〈【俺は休む】〉
この疲れを癒すには、寝たりしたほうがいいだろう。
…しかし、その前にやることがある。
・
・
・
Dragonfly:〈帰還しましたー〉
Mayfly:〈お帰り。どうだった?〉
トンボが格納庫に入場しながら、会話をする。
運ばれる隼の主翼に座っている様子は、なんだか強者っぽい雰囲気が漂う。
なんというか、このまま『靴を舐めなさい』と言う様子が連想されるのだ。
まあ、本人はそんな性格ではなさそうだが。
閑話休題、とにかく寝る前に偵察の報告してもらおう。
そうしないと、結果報告の内容が気になって眠れない。という事で報告してもらう。
Dragonfly:〈うん、カゲローに教えてもらった注意点だけど〉
Dragonfly:〈友達は以前より増えてたね。カゲローが言ってた戦車ガールで良いんだよね?〉
Mayfly:〈戦車ガールだな。WWSの戦車の話ばかりしてたし〉
Dragonfly:〈じゃあ合ってるね!〉
ということで、心配事は一つ解消された。
考え得る一つの可能性、トラがオフ会へと招待した人間は俺ら二人だけだった。
という可能性だ。
しかしトラに友達が居るのなら、二人ボッチのオフ会になる可能性は少なくなる。
その可能性がなくなったことで安心。さあ、次はどうしようかと考える。
しかし、トンボは考える俺を無視して発言を続ける。
Dragonfly:〈ところで思ったんだけどさ〉
Mayfly:〈うん?〉
Dragonfly:〈仕返しの詳しい内容、特に考えてないよね〉
Mayfly:〈あー、まだ考えてないね〉
ああ、そういえばそうだったな。仕返しって事だけに集中していた。
なんというか、裏で俺とトンボの出会いを図ろうとしているのが癪で、なにかしら仕返しするとしか考えていない。
言われるまで気付かなかったが…そうか、改めて考えると仕返しの内容をマトモに考えていなかったな。
ということで、改めて仕返しの内容を考えてみる。
考える。
考え……ううむ。
決まらない。
Mayfly:〈どうすればいいんだろうな?〉
Dragonfly:〈うん、それ〉
トンボも同じだったようだ。
改めて考えても、あんまり仕返しの内容が定まらないのだ。
なんというか…迷う。選択肢が妙に多いのだ。
考えれば考えるほど選択肢が増える。
そこらのラノベの如く、俺とトンボの人格が入れ替わった…ふりをする。
潜伏して、後ろから二人で同時に驚かす。
既に知り合った様に振る舞う。
上の派生として、カップルの様に振る舞うのもいいか。
それか、二人で変装して、不審者のふりをしてトラを追いかけまわすとか。
あとは俺ら二人の服装をお揃いにしてみたり…これは普通だな。
そうだな、ペアのコスプレも良いかもしれない。
そうそう、二人でゾンビになったふりも良いかも…って。
うん、もうやめだ! やめやめ!
なんか方向性がねじれ始めてるし!
もうこれ以上考えるのはやめよう、決まるのに時間がかかってしまう。
Mayfly:〈じゃあ、明日は偵察を止めて、仕返しの内容を考えてくる?〉
Dragonfly:〈うん、それが良い〉
金曜日の作戦は決まりだ。
なんだか、文化祭のテーマを考えるという宿題を課せられたのに似たものがある。
中学校の頃はテーマなんてどうでも良いって思ってたな…。
いや、今でも同じか。
Mayfly:〈じゃあ決まりだな〉
Dragonfly:〈じゃあ最後に一ッ飛び、いきますか!〉
Mayfly:〈トンボが一緒なら!百人力!〉
Dragonfly:〈出っ発!〉
うむ、先ほど休むとか言ってたけど、そんな些細な事を気にせずゼロ戦を呼び戻す。
それじゃあ空へ一ッ飛びいきましょう!
・
・
・
「ぐう…」
この様である。
渾身の一撃を食らわされたボクサーの如くぶっ倒れている。
「おーおー、眠そうだな?」
ああ、そりゃもう、かなり眠い。
今にでも意識が失われそうなほどだ。授業どころじゃ無いレベルだ。
…なんでこんなに眠いか。
理由は簡単。昨日は2時半まで起きていたのだ。
それでは何故そこまで起きていたのか?
何度か試合を続ける度に、切り上げるタイミングが遠のいてしまったのだ。
ああ、それと約3時間のトンボ離れが原因でもあるかもしれない。
…ああいや、これは冗談だ、多分。
「ものすごく…無防備。隙だらけ」
「流石に手を出すのは見逃せないぞ」
「大丈夫、脱がすだけ」
「なら良いか!」
それからして、お前らは何を言ってるんだ。
脱がすだけでも俺が許さないに決まっているだろう。
…でも抵抗するだけの力がない気がする。
確かに無防備だ。くやしい。
「よし…それじゃあ当ててやろうか」
「当てるって…殴るの? 許さない」
「コエーよ!。寝た時間を当てるってーの!」
「……ふっ。予想するまでもないわ」
…駄目だ、ツッコミをする気力も無い。もういっその事寝てしまおうか?
そう思って、机に頭を乗っけてしまう。
すると、机に精神力が吸われているかの様に、意識が薄くなり始める。
「2時半よ!」
ええ…なんで合ってるんだよ…。
「どう?」
「…はあ」
無言を貫く…いや、ため息が一つ口から出た。
それでも喋りたくない、これ以上声を出す気力もない。
…いやほんと眠いんだよ。
「無言は肯定と見なす」
勝手に決めるな。
いや合ってるけども。
「…ったく」
仕方なく予備電力から力を引っ張り出すことにする。
すると眠気の海に沈んでいた意識が戻ってきて、上半身が起き上がる。
それはさながら、ゾンビが起き上がるシーンに近いだろう。
「ああ、正解だ」
トラが正解を当てたのが癪だが、応えることにする。
無言でいると眠ってしまいそうだし、それより眠い。
「うむ」
ああ、憎たらしいほどに満足気な返事だ。
このままでは増悪と眠気で染まってしまう。何か気がまぎれる事を…。
「一応聞くが、何でそんな寝るの遅いんだよ?」
おお、珍しくナイスだ、友一。
しかし、そうだな。寝るのが遅くなるという理由だったら…。
「WWS」
「だろうな」
そりゃあそうだ。
夜更かしする理由なんてコレ以外にありえない様なものだ。
ああいや、今回は微妙に違うか。
何たって、約4時間のトンボ離れが影響したと自己診断で解っている。しばらく会えなかった分を、夜更かしの分で補っていたのだ。
…いや冗談だぞ?
「よくそこまで起きてられるぜ…俺だったら飛行中に寝るぜ」
それ味方に迷惑だからやめようか。
「うん? 飛行機にも乗ってたの?」
「んあ、俺のプロフィール見てねえの? 陸空海と、全体的にやってるんだぜ」
ああ、そういえばそんな事を聞いていたな。
友一は陸空海と、全ての戦場で活動していると言う。
それに対し、俺は基本的に空でしかやっていないから、陸上と海上の事はよく知らない。
攻撃対象か、防衛対象ぐらいにしか思っていない。
ただ、対空砲を積んだ車両や軍艦には一目置くようにしている。
航空機を落とせる敵は、航空機だけではないのだ。
いやホントにだ。ゼロ戦がボロボロになる6割の原因が対空砲からの被弾だぞ?
対空砲なんて爆発すればいいのに。
「そうなのね、珍しい」
「そうかー?」
「いや、どれか一つしかやらない人しか知らなかったから、意外に身近な所にこんな人が居るとは思わなかった」
「まー…そりゃそうかもな。全体的にやってる知り合い、俺の方じゃ一人しかいねえし…」
へえ、他にもいたのか。
「まあそいつは置いといて、話に戻ろう。徹三は改善する気ねえの?」
「…寝る時間の事か」
「それ以外にないだろ」
改善、ねえ。
眠気に浸りかけている脳を動かして、その方法を考えてみる。
「……一日を26時間にしよう」
…んん、何言ってるんだ俺。
「逆にできたらすげえわ!」
「ああ、そうだな。ふああ…」
大きくあくびをした後、ふと思う。
眠気が強すぎて、判断力が妙な感じになっているんじゃないかと。
そうすると、これ以上起きていても良い事は起きない気がする。
そう結論付けると、なんだか諦めがついたような気がして…。
もう、寝るか。
「ぐう…」
「あ」
目を閉じて、眠りにつくことにした。
「カゲローが死んだ!この人でなし!」
「なんで?!」
・
・
・
ところで、『寝耳に水』と言う言葉があるのは知っているだろうか。
突然の出来事に驚く事を言う言葉なのだが…。
『ドガッ』
「アヴァッ」
…この場合、『寝首に手刀』と言うべき場面となるのだろうか。
どちらかと言うと、寝ている所を攻撃する、いわば暗殺に近い行為だろう。
「シャキっと起きなさい!」
「おーおー、一発で起きた」
斬首されても尚お起き上がるゾンビの様に、なんとか上半身を起こす。
「痛い…」
「寝て点を落とす方が痛いわよ、さあ起きなさい!」
いや、痛いの種類が違うから。
ていうか痛い。
ああもう…。
目が覚めたから良かったのかもしれないが。
これが夜中で天敵に襲われる草食動物の気分なのだろうか。
…ああ、だいぶ的確な気がする。
「我が部の新入部員なんだからしゃんとするの。ほらこれ読みなさい、翻訳して」
寝ている間に配られていたであろうプリントを見せられ、読むべき部分を指さす。
「俺に振られても…」
友一とかに振ってくれ。その方が今後の成長のためになるんじゃないか?
と、そんなことを先生に伝えてもどうにもならない。
素直に読むことにする。
「…またペンギンの話ですか」
「良いじゃない、ペンギン」
「あー…なるほど」
かわいいから仕方ないな…!
ってなわけあるか。
それになんだこれ、妙に物語っぽい文章になってないか?
いや、見た感じ童話レベルの物語なんだが。
「…南極に位置する氷の大陸で、とあるペンギン達が―――」
未だ残る眠気からの所為か、微妙に思考がねじれながらも読み上げていく。
どうにも、起きたばかりの時は眠気は覚めても頭が回らない…。
…3行ぐらい読んだところで、なんかの話し声が聞こえることに気付く。
そう遠くない席で、二人の女性がひそひそと話しているみたいだ。
「あの人、たしか英文学部…だっけ?」
「そうみたい」
ああ、その話はもう伝わってたのか。噂は早いものだ。
まあ千里先とか言うし、この教室ぐらいなら一瞬だろうな。
「なんか、英文学部に留学生のイケメンが居るって…」
どうにも、噂の主役は俺ではなく、あの金髪先輩らしい。
確かに隠しているわけじゃないし、留学生なんてレアな存在だから目立つだろう。
と言うか、俺が読み上げているのに雑談って如何なものか。
「ほら、ミツゾー君が読んでる最中よ!」
流石に読んでいる最中はアウトだったようで、お叱りの言葉を向こう側に放つ。
あと、俺はミツゾーじゃないからな?
「―――で、ペン子とギン太郎は結ばれました。終わり。 あと俺は徹三です」
「はい、よくできました。 喋ってた二人は、この一か月間英語の授業中は英語しか喋れない縛りね」
「えー」
「えー」
なんだその微妙な罰。
いや、苦手な人にとっては喋れないも同然だろうけど。
「…」
何時になったらミツゾーと呼ばれなくなるんだろう……ああ、もう座ろ。
・
・
・
「それで、密造君!」
「…」
チャイムが鳴って十秒もしないうちに、声を掛けられる。
さっき俺が変な読み聞かせをしている間、雑談をして先生に罰を与えられた女性だ。
彼女が訊きたいのは、英文学部の先輩について。
金髪先輩だ。
っていうか、また名前を間違えてる。
いつも思うが、何故名前を密造と間違えるんだ?
「だから俺は――」
「英文学部に留学生が居るってホント?!」
「……はあ」
自分の言葉を遮ってまで押し付けられた質問だったが、その内容が予想通りすぎた。
呆れのため息の後、答えを言う。
「居るぞ」
「やっぱり! 部活の見学行ってもいいのかな?」
…きゃぴきゃぴと騒ぐな。と、そんな苦情を口にしても仕方ないが…まあ。
気配に気づいて扉を見れば、トラが獲物を狩る目でこちらを見ている。
トラとは言っても、人なんだが。
「…昼休みも活動してるからな、昼休みか放課後に言われれば案内する」
金髪先輩が妙な悪戯をしなければだが。…部室が消えてたらどうしようか。
「じゃあ昼休み、よろしくね!」
「…」
昼休み、ね。
・
・
・
そうして昼休みの時間、御握り三兄弟を食べ終えた後、案内を始めた。
4階の端っこ、人気のない廊下まで行く。
「本当にここで合ってるの…?」
「合ってる」
ちょっと長いし、疑問を持つことはおかしくない。
部屋の名札が掛かってないと、迷うこと間違いなしだ。
「ほら、ここ」
英文学部の字に、英文のルビが振られた名札を見つける。
「おおっ、ここに金髪蒼眼が…!」
「眼は緑色だったが」
どうでも良い点を訂正したところで、女子がドアを開く。
すると俺にとっては見るのが3回目の内装が現れる。沢山の本が入った棚と、何時もの机と椅子が、地味ながらも迫力のある部屋を演出していた。
「お?」
「あ」
「ぬ」
そして、その中から先輩たちの視線が集まる。
それから数秒して、彼らは予想がついたのか、目に光が入り始める。
「新入部員?!」
「新入部員だネ!」
「へ?」
ああ、やっぱりこうなるか。
席を立ちあがって女性に言い寄る先輩たちは、新興宗教の勧誘に近い雰囲気を纏っていた。
危ない人なもんだ…。
「本物…?」
「おっと、自己紹介しないトね。 ボクはピーター、留学生の3年生」
「私は界子。同じく3年生よ」
「ピーター…外国人…金髪蒼眼…」
「…緑色じゃ――」
「ホンモノよー! キャーッ! えっと、サインしてください!」
「ええっ?」
ああ、金髪先輩が突然迫る女性に驚いてるじゃないか。
あんまり騒がしくされたら困る、特に俺の鼓膜が。
芸能人でもアイドルでもないのに、なぜかサインをしようと試行錯誤をする金髪先輩を見ると、女性の方の先輩に話しかける。
「あの様なので界子さんに言っておきますけど、今日は見学という事で一人連れてきました」
「あー、うん。そうみたいね」
一応連れてきた理由だけは伝えて置き、それだけすると自分は椅子に座る。
「…」
「キャーッ! 本物のサイン!」
金髪先輩が微妙な笑顔をしながら、はしゃぐ女性を見つめる。
呆れなのか、驚きなのか、その両方が混ざった新種の感情だろうか。それが表情に出ているのが容易に分かった。
サインが書かれた紙だろうか、それをじっと見つめては声を上げて、この静かな部屋を騒がしくしている。
「あ、あと、私は実成と言います!」
「うん、ぼくはピーター。よろしくネ」
二人を見て、思う。実際に有名人を見つけたときの反応は、こういうもんなのかなと。
興奮して、サインを求めて、しばらくして礼儀を思い出す。
そういう感じなんだろうか?
「徹三くん?」
「あ、はい」
「…いや、何でもない」
若干怒りがこもった声だった気がするが…むう、迷惑だったか?
こっちとしては、頼まれて連れてきたという弁明がある。怒るならあの女子に怒ってくれないだろうか。
「今日は見学? と言っても、本を読むダケだけど」
「えっと、英文学部って何をやるんですか?」
女子がそう質問すると、一考して言葉を選ぶような仕草をする。
それほど難しいのだろうかと思っていると、界子先輩が助け舟を出す。
「英語の本を読んで、英語のスキルを高めようって所」
「へぇー、そうですか…。部員は…ここの三人なんですか?」
「Yes、テツゾー君は最近入ってきたから、それまで二人だったんダけどね」
改めて聞くと、そんな崖っぷちの状態で成り立っている同好会だったんだな。
「あれ、三人以上じゃないと同好会は作れないんじゃ?」
「校長先生が融通を利かせてくれたの」
界子先輩が口を挟み、しゃべり始める。
「ちゃんとした目標もあるし、ここに来てくれた留学生って事だったからね。色々と助けてくれたよ」
「今でも目標を達成できてないカラ、かなり申しわけ無いヨ」
苦笑いしながら語る。
確かに、優遇してもらったというのに部員が集まらないのは気まずいものだ。
俺だったら申し訳なさで心が潰れてしまうだろう。以前、俺が入部を断ろうとしたときの様に。
「へえー、そうだったんですね」
興味深そうに頷く女子生徒、確か名前は実成と言ったか。
それは兎も角、話が脱線している感じがする。このままだと関係ない話にまで発展しそうな気がして、一声かけることにする。
「話を戻しましょう」
「あ、そうだった! それでサ、実成ちゃん」
「は、ハイ!」
――その時の一瞬、時間が引き延ばされるような感覚が彼女を襲った。
金髪蒼眼(彼女視点)から名前で呼ばれ、更にその手を握手の為に彼女へ差し出す。
その動作が、彼の身に直接触れるチャンスだと直ぐに理解した。
「コッチに入らない?」
「入りマス!」
にっこりと金髪先輩が微笑むと同時に、鳥に飛びつく猫の如く、彼女は金髪先輩の握手に食らいついた。
…確か、実成とかいった名前だったっけ。彼女なら部活動のモチベーションに関しては問題なさそうだな。
なんたって、英語を教えてもらうという面目で会話できるかもしれないんだから。
俺だって恋心は解らないわけではない。
意中の相手に勉強を教えてもらう、なんて事だけでも心拍数は増加するのだ。
「…」
ただちょっと気がかりなのが、界子先輩の視線だろうか。
なんだか猫っぽい感じで睨んでいる…ような雰囲気をが見受けられる。あの目線にこもった意思は流石に読み取れない。
「…あー」
思考を読むことはできないものの、予想だけはできる。
長い間二人ボッチの部で活動していたんだ。二人だけの時間が長ければ、もしかしたら恋心は持ってもおかしくないだろう。
なんだか面倒な事になったな…。
実成と言う油を注いだのは俺だというのに、無責任にそう思った。
そうだな、先日もらったおすすめのアレ、続きを読むことにしよう。
面白いかは解らないが、英語に慣れる為と考えればかなり有意義だ。
「…よいしょ」
という事で俺は椅子に座りなおすと、本を読み始めた。
三人の不穏な雰囲気は、俺には無関係だと言わんばかりに…。
・
・
・
昼休みが終わる予鈴が鳴る数分前ぐらいか、そこまで無言で本を読んでいた俺だが、その平穏を乱す感覚が懐で発生する。
ポケットの携帯が通知を発したのだ。
本にしおりを挟んでから取り出してみれば、その通知はトンボからのチャットなのだとわかった。
殆ど英語で埋まりかけている俺の頭には、その日本語がやけに懐かしく感じた。
Dragonfly:〈仕返しのアレ、良い感じの思いついた!〉
Dragonfly:〈放課後、早速話し合おう!〉
良い感じ…?
なるほど、決まったのか。
Mayfly:〈おっけー、期待しておくよ〉
するとウィンクの絵文字が帰ってきた。
なんだか俺が案を考えるまでもなかった気がする。そこで諦めちゃうと彼女に頼りっきりになってしまうだろうけど。
携帯を閉じる際、それに記された時計の数字が目に付く。
そろそろ戻ろうかと、席から立ち上がる。そういえば新しい部員はどうなっているだろうか?
「コレはね…」
「うんうん…」
なるほど、順調だ。二つの意味で。
界子さんはと言うと、いつも通り本を読んでいる。いつも通り。
ちょっと目があった気がしなくもないが、俺は目が合っていないと思う。
「…それでは、また来週の月曜日に」
部屋を出る際、一声かけることにした。
返事、手を振る、無言と、三者三様の返答が帰ってきた。
俺は扉を閉め、自分の教室へと歩いて行った…が、直ぐにまた扉が開かれる。
「私もそろそろ戻るね」
そう言って、界子先輩も付いていくようにして退室してった。
扉を閉めた後の目線は、俺へ一直線に向けられていた。何か言いたいことがあるのだろうと察する。
正直聞きたくない。
「徹三くん」
「はい」
「…(女を連れてきた罪は重いぞ)…」
…先ほど、目線から思考を読み取れないとか思っていたが、撤回だ。
俺は目線から”思考を押し付けられた”。そう表現するのが正しいだろう。
そう、目だけで言葉を発していたのだ。確かに言葉として聞きたくないとは言ったけれども、目線で聞かせるのはどうなんだ。
あと目が怖い。
「…気を付けます」
界子先輩ってこういう人だったのか。…帰るときは背中に気を付けないと。
因みに私はヤンデレが好きです。
報告・書きたいものが他にできたので、こちらのシリーズでの連載はほぼ停止に近い状態になりそうです。