第5話 被撃墜!
前回の加速っぷりの反動か、ずいぶんと遅いタイミングになってしまいました。
それと今回はゲーム回…の筈なんですが、その要素は前半にちょっとしかないです。
ゲーム回に期待している方、申し訳ないです。
あ、今回から20時投稿ではなく、適当な時間帯に更新することになります。
「交戦」
前方のYakを見つける。同時に向こうも俺を狙い始めるようで、お互いが機種を向けあうことになる。
ヘッドオンか。
まだ距離は開いているから、ヘッドオンの定石であるオフセット・ヘッドオン・パスを始めるにはまだ早い。
そう油断したか、敵機の機首から何かが飛んでくるような気がして―――
機体から放たれる物体なんて、弾丸以外にあり得ない。そんな単純なことに気付くのに時間がかかった俺は、反応もせずに直進してしまった。
『パリン』
「ぐあっ!」
当然の結果だったのか、弾丸が前方のガラスを突き破り、俺の頭を撃ち抜いた。
一瞬だけ見えた弾丸は、その先端を真っすぐと俺の目に向けていた。
〈撃破〉
一方、相変わらずのトンボはを落としてった。
2対2での交戦だったが、ヘッドオンでお互い一機失い、1対1になる。
俺の頭を撃ち抜いたYakは、トンボに気付いているのかそうでないのか、今度は距離を取るようにして真っすぐと飛んで行った。
あの動きは逃げの姿勢に見える、そのまま逃げていくのだろうか?
〈戻ってくるかな?〉
俺の予想に反し、そうテキストで予想を述べる相棒。
その予言をしてしばらく経ったか、敵は下向きのインメンマルターンでこちらに向き、またヘッドオンの態勢となる。
まさに相棒の言う通りだ。
あのまま一定の距離にまで近づくと、お互い同時に射撃を始めて…。
「…うわあ」
視力がいいお陰だろうか、それともさっきの経験で補正がかかったのか。
Yakのコックピットに血が飛び散ったのが見えた。
対してトンボは、余裕をもって弾丸を躱していた。
〈おー、パイロットキルにパイロットキルで返せたみたい?〉
「ああ…うん。見事にヘッドショットだ」
その身を動かす事が出来なくなったパイロットは、当然の事ながら機体も動かす事が出来ない。
しかしパイロットは、被弾した拍子に仰け反ったのだろう。
握られた操縦桿は思いっきり手前に引かれ、Yakもその操作に従うことになる。
結果、アイツの機体はループを始めた。
その時、天から眺めていた俺は、上を向いた敵機と目線があってしまった。
そして、コックピットの中で居座る屍と目線があった…気がした。
ちょっとだけ、グロい所を見てしまった。
〈ゼロの機体はピカピカみたいだね、中身以外は〉
「…いずれ着陸して機体がぶっ壊れるじゃないか」
〈そしたら着陸って言わないよー〉
「…ああ、そうだった」
〈?〉
軽い相槌を打つと、向こうがハテナを送り返してきた。
「どうした」
〈いや、いつものノリになってくれないなって〉
「いつもの…ああ、そっか」
納得して、頷く。
気付かなかった。
〈今日は調子悪いんじゃないの?〉
「そうは思えないが」
〈それにしたって良い戦果は出せなさそうだけど〉
「……」
言い返せず、押し黙る。
〈はいそこ。何時もなら「何時ものことじゃないか」って返すトコだよ〉
「…ああ、うん」
…確かに、今日は調子悪いな。
集中できない、そんな感じだ。何時もなら、敵の射撃になにか反応できたはずだったのに、俺は見過ごした。
トンボとのあの変なやり取りもできない。
「…これじゃあマトモにやれないな」
まだ帰宅した直後、WWSを起動してそう時間がたってないのだが、何か気晴らしをしたほうがいい気がした。
このまま駄目な状態でWWSを続けていたら、トンボに修理費を貰うだけの…そう、ヒモになってしまう。
少しぐらい戦果を挙げられるような調子でやったほうがいいだろう。
〈どうする?〉
「…気晴らしに外出する。適当に」
何も行く当ては考えてないが、それが良いだろう。
目的がないほうが、かえって楽だと思う
「悪いけど、俺は一緒にできない。ごめん」
…〈気にしないで〉
ずいぶんと長い間を開けて返ってきたテキストを見て、俺はVR装置を外して操縦席を立った。
机に置いてあった携帯の充電コードを外し、携帯と一緒に財布を持って玄関へ向かう。
玄関で靴を履いている最中だったか、携帯に通知が入る。
…またトラだ。
Tiger_103:〈今日は部活の定休日、暇だから一緒にWWSやろう〉
これを見てすぐ、タイミングが悪いもんだと思った。
それか向こうが不運だったか、どっちかだな。
Mayfry:〈今日はWWSのやる気がない。悪いけど断る〉
Tiger_103:〈それじゃあ私の話し相手に〉
Mayfly:〈それも遠慮してくれ〉
Tiger_103:〈そう〉
あらゆる誘いに断りを入れ、追加の誘いが来ないのを確認すると玄関を出た。
…こうやって、買い物や学校以外で外出するのは久しぶりだったかな。
さあ、どこへ行こうか。
「有難うございました」
「はい」
見かけた小さなお店で、たい焼きを買った。
こういうのは最近食べてなかった気がする、中学の修学旅行以来だったかな。
…うん、やはり目的を持って移動するときと、目的を持たずにうろうろするというのはかなり違う。
また何か面白そうなお店を見つけ、品物を眺める。
時に公園を見つければ、そこで騒がしく遊んでいる子供たちを眺める。
そしてまた小腹が空けば、適当に興味の湧いたものでも買い食いしてみる。
…こうやって何もない時間を過ごすのもいいのかもしれない。
なんというか、気分転換? リフレッシュ? まあどっちも似たようなものか。
とにかく、こうやって楽にするのも必要かもしれない。この一週間の疲れをいやすには少々足りないのだが。
購入した唐揚げの最後を食べ終えると、ここらへんに来るのは二回目だったことに気付いた。
見覚えのあるところ、さっきのたい焼きを買った所だったか。
気付けば日も浅く、雲が赤い光を受けて鮮やかとなっている。
しかし太陽は、建物によって遮られていた。
しかし俺は、もっと見たいと感じた。
いや、求めたのだろうか。
そうすると記憶と土地勘を働かせ、検討のついた所へ行く。
そこに留まる太陽を、広い所から見たい。邪魔の無い所で見たい。
そう、広い所、空、雲の上。
しかしそれは叶わない。
だが、少しだけ抗うことはできる。
目的地の公園を見つけると、子供の騒ぎが去っていったことに気付く。
そうか、門限といった所か。
ともかく、ここからでも太陽はよく見える。
でも、もう少し見晴らしのいい所がある。
…ジャングルジムだ。
あれより高い所はないだろう。
そう思って、ジャングルジムを登り始めた。
ゆっくりと、足と手に意識を集中させて、馬鹿らしく落ちるのを防ぐ。
いや、子供みたいなことをする高校生のほうが馬鹿らしいか。
しかしそんな事を気にせずに、あの上にまでもう少し。
足で身を支え、手で持ち上げる。
それを繰り返して、俺はジャングルジムの一番上にたどり着いた。
「…っ」
顔を上げると、綺麗な景色が視界一杯に広がった。
ひたすらに空が広がり、太陽を中心に赤が滲む。
今ここに沈もうとしているのに、その光は未だに強い。
…ああ、ゲームとは全く違う。比較するなんて愚かだと思えてくるほどだ。
この景色を説明するだなんて面倒な事はせず、ただ、じっと、ここからの空を見つめている。
「……」
ああ、綺麗だ。
・
・
・
ふと、ポケットが揺れるのに気づく。
携帯に通知が入ったか?
通知という言葉からトラの事が直ぐに連想され、俺はまた彼女の送信かと予想する。
開けば、本当にトラからの通信だった。
Tiger_103:〈私タイガー。今あなたの後ろにいるの〉
「…?」
「や」
「…はあ」
折角疲れを癒したというのに、これじゃあまた疲労をためてしまう。
そんな嘆きを心の中にとどめる。
この程度のことを口に出しては社会人になり得ない。
「奇遇。あと、珍しい」
「珍しい?」
俺が珍獣扱いされるいわれは無いはずなんだが。それよりトラの方が珍獣じゃないか?
「学校とご飯以外はずっとゲームだと思ってた」
「…へえ」
「顔も知らない人と共闘する、変じゃないの?」
そういうことを言われたのは初めてだ。
オンラインゲームはもともとそういうもので、顔の知らない人を恐れていてはネット上では生きていけない。
そもそもそういう人間はネットにかかわらないだろうが。
「そんな事、あまり気にしていなかったが」
そう言って、心に違和感を浮かばせる。
そして思った。
なぜ俺は、顔も知らない人間を相棒と呼んでいるのだろう。
俺が見ているのは、ネット上の顔…いや、仮面というべきか。
幾らでも変えられる顔で、在りもしない顔を見て仲良くなっていたのかもしれない。
ネット上に在る仮面を相棒と呼んでいるのかもしれない。
「そこで、私は思ったの。オフ会をするべきだって」
「はあ?」
堪らずに、不良のような感じで疑問の声を上げてしまった。
オフ会、それはネット上の仲間が現実で出会うこと。
オンライン会ならぬ、オフライン会だ。
「そうでしょう? ネット上の顔を信頼できないなら、現実で面識を持ったほうが手っ取り早い」
「…相手の予定とかの都合が」
「あれだけゲームをやってる人が予定やら都合やらあるの?」
…なるほど。
たしかにそうだ、たまに席を外すことはあるが、俺とトンボはログイン時間がほぼ一致している。
平日、俺たちは3時から0時前辺りまで、遅くて午前1時までやっていたりする。
すごい日は、休日で朝から夜まで飛んでいたりする。
相変わらず、見返せば見返すほど体に悪い生活だとつくづく思う。
しかし、それはトンボも同じだ。
「…本当はPZ4のチャットで教えるつもりだったけど、都合がいいからここで教える」
「なんだ?」
「私の方のフレンドでオフ会をする。で、あなたを誘うつもり」
「…この数日でそんなにフレンドが出来るか?」
虚栄でも張ってないか?
それか、オフ会の名を被った誘拐でもされるのではないだろうか。
そこまではないと思うが…ゲームの購入につき合わされた時のような事態になるかもしれない。
「戦車ガール。いや、中古戦車ガールの輪に入ることに成功して、友達が増えた」
なんで言い直したのかと気になると、険しい色の混ざった目を見て納得した。
友人作りの犠牲に、新品戦車ガールのプライドを捨ててしまったのだろう。
「会いたくなさそうに思えるが」
「友達付き合いは大事、分かる?」
「…なるほど」
微妙に見当違いなのか、適切な理由だったのか、なんだか判断が付きずらい。
しかしまあ、社会人になってくるのを想像すると、それが大事になるのは確かなんだが。
「俺が行く理由は?」
「不運にも戦車ガールの中に男子が一人混ざっていたから―――」
「それどう考えてもおかしい」
「…戦車ガールの一人の彼氏」
思わずツッコミを入れると、正当な理由が戻ってきた。
ツッコミが空振りになってしまって、なんだか恥をかいてしまった気分だ。
「と言うことで、寂しくないようにカゲローも呼ぶ」
「…でもな」
俺にはトンボが居る、そう言おうとするが――
「もしもし?」
って、普通人との会話中に電話を始めるか?!
「うん、貴方の彼氏さんが寂しくないように男性陣を一人手配した」
「まだ許可もイエスも言ってないぞ…!」
「ううん、どういたしまして。ボッチの気分はよくわかるの」
何気に地味に重い発言を放つと、二言三言交わした後、通話を切って携帯を懐にしまった。
「はい、貴方の逃げ道は戦車で埋まった。 ちなみに戦場からの逃亡は許されない」
「……っはあ」
……散々な奴だ。
どれだけ暴れまわれば済むんだ…?
「場所はあの駅…たしか私WWSを買った所」
「曖昧だな…!」
「大丈夫、問題ない」
定番のセリフを吐いた後、彼女はベンチに置いてあった鞄を持ち上げる。
「日付は土曜日。時間は午後の1時。細かい集合場所は…まあ、適当に」
「…」
「大丈夫、問題ない」
天丼だ。
俺はそう心で口にして、僅かな反抗をするしかなかった。
・
・
・
Mayfry:〈ただいま〉
Dragonfry:〈ん、お帰り〉
PZ4を再度起動し、座りなれた操縦席に腰を下げる。
そこらのソファーよりも、こっちの方が座り心地がいいかもしれないな。
Mayfry:〈気晴らしのつもりだったんだけど、最後にトラに遭遇してプラマイゼロだったよ…〉
Dragonfry:〈え、トラ?〉
Mayfry:〈あいや、動物園に行ってたわけじゃないぞ。トラはユーザーネームだ〉
Dragonfry:〈ああ、なるほど〉
不用意に名を広げるのはややマナー違反だが、まあこの人なら大丈夫かもしれない。
…俺が見ている『トンボ』が現実の方とかけ離れていなければだが。
Mayfry:〈その関係で、土曜日の正午辺りから予定が出来た。悪いけどそのときは一緒にできない〉
Dragonfry:〈土曜日?〉
Mayfry:〈ん、間違ってない〉
Dragonfry:〈正午って、午後の一時?〉
「…いや、え?」
なんだろう、頭の中がざわつくというか、なんだか思考回路がフルで働いているような…。そう、パズルゲームの謎が解けそうな時と煮る感覚。
Dragonfry:〈もしかして、新美って人に言われた?〉
「新美?」
だんだか聞いたことある名前だが、それが誰の名だかが出てこない。
それ以前に、大量の疑問に対する答えを求める思考で頭の容量が削られている。そのせいで、記憶の中に埋まったあの名前の主を掘り出すのに手間がかかっているのだ。
頭をめぐる疑問と言えば、トンボとトラの関係だとか、トラの怪しい所だったりとか、彼女が俺の用事の時間帯を言い当てたことだとか。
大半がトラに関わっているような気がして、俺はハッとした。
あのトラの名前、たしか新美だったか?
ああ、なんだか頭の中でピースが嵌った気がする。パズルゲームの謎が解けた瞬間だ。
Mayfly:〈ああ、トラに言われた〉
Dragonfly:〈ちょっ、え~?!〉
同時に、俺ら二人の思考が七割ぐらいシンクロした気配がした。
さすがの相棒同士だと、自画自賛する―――ぐらいの余裕はなかった。
今の状況を理解し、それに驚いているので精いっぱいだ。
Mayfry:〈なんの奇縁か、同じオフ会に誘われたみたいだな〉
Dragonfry:〈全部新美のせいか!〉
シンクロの影響か、彼女の思うことが俺に予想できた。
というか、同じことを考えている。
トラは俺とトンボを誘いだし、二人をオフ会で対面させようと目論んでいる。
これが答えで、真実で、この事件の真相だ。
それ以外の答えは求めていない。
Dragonfry:〈あの新美、そろそろ勇気を出して顔を合わせたらどう? とか私に言ったから、もしかして!〉
そういわれて、更に合点が行った。
その言葉は、おそらくあの時…英文学の所へ誘拐された時の後、盗み聞きしたアレと一致する。
「なるほど…!」
Mayfry:〈…俺らの考えてること、同じな気がするな〉
Dragonfry:〈なんかそれ、私もそんな気がする〉
なんだか、相棒らしいことが始めてできているおかげか、俺は画面の前で薄ら笑いを浮かべていた。
多分だが、この顔を写真でとれば、そいつをトレースするだけで悪役の顔を作れるんじゃないだろうか、というほどだった。
Mayfry:〈トラになんかやり返す〉
Dragonfry:〈新美になんかやり返す!〉
ともかく、俺らは一致団結となるのだろう。
そう言えば、なんか忘れている気がするのだが…まあいいか。
こんなのでゲーム回を終わらせるのは、私個人としても納得いきません。
なので、第5話Exの形で、マトモな航空戦闘回を割り込ませようと思っています。 何時か。
あ、今回の用語はこちらです。
オフセット・ヘッドオン・パス…第3話で主人公が披露した、あの技です。 まる。
……なんかごめんなさい。
せめて付け足すと、ヘッドオンの状態になったとき、フェイントを交えてドッグファイトに持ち込む空戦機動です。
こういうのはゼロみたいな機体によく似合う戦術だと思います。