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高校航空隊!  作者: 馬汁
5/9

第4話 英文学!

今回はのほほんとした学校パートです。

え? 大幅に投稿ペースが落ちるはずだって?

………


あ、今回は少しながら長いです。ほんの少し。

 トラにWWSの案内をした日から二日後。

 水曜日の朝だ。


「それは…いわゆる恋ってやつさ!」

「…」


 俺のすぐ横で、天に指を突き刺しながら大声で言う。

 勢いあまって天井に指が刺さってしまうんじゃないかと言う程だ。


「興味のない異性に対して追いかけまわす事なんて事はないだろ?」

「ストーカー」

「別に変わんねえし!」

「…なるほど」


 口先で理解したと装いながら、思考を破棄する。

 友一が考えるストーカーの意味と、俺の思うストーカーの意味は違うのだろうか。


「トラっちも見た目悪くないだろー?」

「ゼロには劣る」

「まーたまたそんなこと言っちゃってー…。ってマジで言ってないよな?!」


 どっちにしろ、トラの奇行は手に余る。

 昨日の朝から大変だったのだ。


 登校への道中に何故か出会った、それはまだ良い。


 朝のHR前、授業間の休み時間、昼休み、放課後、全てのタイミングでこの教室に訪れてくる。

 お陰でこのクラスには俺とアイツの関係に関しての話題が持ちきりだ。


 …一体何時からこの運命が決まっていたのか


「…はあ」

「ゼロより醜いとは聞き捨てならない」

「おん? トラっちか!」

「私は新美よ」


 嫌がるようにして訂正を求めるトラ。

 俺の方はトラと呼んでいたが、その時は一切気にしていなかったのが記憶にある。


「トラの名は、私が許した相手にだけ呼ぶのが許される」


 そう言って俺を直視する。



 …なるほど、頭が痛い。

 特に体調が悪い訳でもないのに、なんだかそう感じた。


「ねえ、カゲロー」

「…」


 今度は胃痛が俺を襲った、…気がした。


「…そろそろ時間だ」

「まだ時間はある」


 チャイムの鳴る5分前。

 それなのに席に戻らないとは、5分前行動を重んじる日本人の恥と言える。


 そう、心の中でだけでも罵倒を浴びせる事しかできない。

 口にすれば面倒なことになるのは、なんとなく解っている。


 はあ、憂鬱な学校生活が更にレベルアップしてしまった…。


「そういえばフレンド機能って言うの、PZ4にはあったのね」

「ああ、それがどうした」

「カゲローにフレンド申請を送ったの」

「そうだったのか」

「まだ承諾されてないみたいなのだけど」


 ・・・・・・俺は黙って、PZ4のアシスタントアプリで申請を認める程度の抵抗しかできなかった。

 いや、これは抵抗じゃない。

 諦めだ。





 ・

 ・

 ・


 ・・・あの月曜からガラリと変わってしまった。

 主な原因は、あのトラ。


 お互い初めて出会ったのは月曜であり、その放課後から付きまとってくる。


 よく考えれば、これらの一連の流れは妙だとは思わないだろうか。

 仮に彼女が俺に好意を持っているとして、それは何時からだ?


 俺と関わり始めたのは月曜日、それまでの土曜と日曜では一切外に出ることは無かった。

 何故かと言えば、朝から晩まで空の旅をしていたからだ。


 …我ながら酷い生活だ。


「さあ最近変な噂を漂わせてるミツゾウくん! この英文は読めるね?」

「はい」


 まあ…。

 ともかく、俺に興味を持つタイミングが無いのだ。


 可能性のある場面とすれば…月曜日の朝のタイミングか?

 それこそありえないかもしれない。

 一目惚れ、なんて事じゃない限り。


「ペンギンは空を飛べない、だけど彼らは海を泳いで、魚を捕まえる」

「完璧! なんだ、私の話を聞くまでもなく理解できるじゃない」


 答えを述べてから席を座ったとき、とある考えが頭をよぎる。


 もしかしたら、彼女と言う面目で奢りまくって貰うという目論見なのかもしれない。

 最終的に用済みになった俺を捨てる、と言う算段だ。


 そういう事だってあるかもしれない。


 …どっちにしろ、この疑いは自分の中だけに留めておこう。

 彼奴は悪いやつだって言い広めるほど無情ではない。


 それに、随分前から興味を持たれていた、という可能性もあるかもしれない。

 そうすれば、その奇妙なタイミングも筋が通る。


「どうよ、英文学同好会の体験入部しない?」

「ああ、はい」


 少し、探ってみようか?


 彼女からすれば、俺は好意を向ける対象である、少なくとも表面上では。

 俺からのちょっとした疑問なら答えてくれるだろう。


 随分前から興味を持っていた、なんて結論が降りても別に良い。

 ちょっとした疑問を解消する為に訊くだけだ。


「よし、部員ゲット!」

「…?」


 とりあえず、今は2時間目だ。

 次の10分休みに訊いてみればいいだろう。




 ・

 ・

 ・



『キーン、コーン―――』


「・・・よし――」

「ミツゾウ君!」

「な…徹三です」


 チャイムが鳴り、挨拶を終えてすぐに英語の先生が俺を呼んだ。

 ミツゾウ君…警察の何処かでそんなマスコットキャラクターが居た気がするが、何時の記憶だっただろうか。


「なんですか?」

「昼休み、来るのよ…!」

「…はい…?」

「よし、待ってるわ!」


 そんなわけのわからない事を言い残すと、長い金髪を揺らしながら去っていった。

 …補修だろうか?

 確かに授業中は意識が違う所に向いていたが、それほどか?


「…あの先生、熟女美人だよなあ。イギリスのハーフだって話だぜ」

「ああ、そうか」


 まあいい、昼休みには元々予定は無い。

 どんな補修も難なく終わらせよう。


 と、早速か? 先生が去っていった方から気配がやってきた。

 きっとトラだろう。


 彼女が来れば、直ぐに尋問の時間となる。


 さあ、どうやって問い詰めようか。

 ストレートに訊くのも良いのだが…それで逆に怪しまれたりすれば危険かもしれない。


 『ガララ』とドアが開く音、来たか。

 よし、まずは何時から俺の事を知ったのかを訊かなければ。


「ケモノを狩る時の顔だぜ、ミツゾー」

「…」

「虫か!」

「ん、蚊でも居たか?」

「無視だって…もういいか」


 …?


 …まあ、別に友一の事だからいいか。

 どんな風にして訊こうか迷っていたのだが、やはりストレートに訊いてしまおう。


「テツゾー」

「…」

「これを教えて欲しいんだけど」


 来た。

 毎回の事だが、勉強を教えるという面目でだ。

 しばらくすると、そんな事を忘れて無駄話をしだすのだが…そんなことはどうでもいい。


 …よし、尋問だ。


「なあ、気になったんだが」

「…どうした?」


 …あ、突然すぎた所為で相手が戸惑っている。

 しょっぱなから失敗してしまった…、駄目だな。


 しかし引くわけには行かない。


「何時から俺を知ったんだ?」

「…日曜日」


 ちょっと驚いた様子になりながらも、少しすれば気にしなくなったかのようにして説明を始める。

 しかし…日曜?


「日曜か?」

「…うん、先週の日曜日。その時に」


 ああ、なるほど、あの月曜日の直前ではなく、先週の日曜日か。

 先週の日曜、確かに俺は外出していた記憶がある。


 …自惚れるつもりは無いが、その時にでも俺を見つけ、興味を持たれたのだろう。


「そうか」

「そして二回目の出会い…。戦車ガールの輪を見つけて、話に混ざろうとして教室に入った。その時にカゲローを見つけて、この学校の生徒だって初めて気付いたの」

「…なるほど」


 ……そういう形か、まあ筋は通るな。

 尋問にしては甘すぎる詰め方だと思うだろうが、俺だって弁護士や刑事でなく、傍聴席に座ったことも無い一般人だ。

 それに、これは嘘を交えた返事ではないだろう。

 もし嘘だとしても、これ以上問い詰めても面倒なことが起きる可能性がある。


 ちょっと突いた結果がそれなら、このままにしておこう。

 明らかに不審な言動でもされたら、俺も人を疑う事になるだろう。

 俺だって人を疑うのは嫌だ、これ以上の質問や深追いはしないことにしよう。


「おおっ、恋バナか?!」

「は、バナナ?」

「お前わざとだろ!」


 まあ、この人は別に嫌われても良いか。

 随分なリア充なんだし。


「で…今回は数学か。まだ中学でもやったことある奴の筈なんだが」

「解らない」

「…ああ、そうか」


 しかし…疑いが晴れたとしても、面倒なのは変わりないな。


「…そいつは簡単だな」

「最初にそう言う時は大体理解できない」

「じゃあ説明は要らないな」

「それだと解らないままになる」

「っっ…」


 本当に面倒くさい…。


 ・

 ・

 ・

 ・




「…」


『キーン、コ――』


「はあ・・・」

「昼休み早々の言葉がそれか?」


 昼休みのチャイムと同時、授業から解放された感覚を味わう。

 しかし少し考えると、これからしばらくしない内に、俺を拘束する者が現れるのだろう。


「溜息はストレスを吐き出すのに丁度良いんだ、だから構うな」


 そうだ、またアイツが来るんだろう。

 ちょっと耳を澄ましてみればバタバタと足音が聞こえてくる、今回はやけに荒い歩調だ。


 ……いや、待て、なんか違う!


「さあミツゾー君! 来なさい!来るのよ!」

「な、センセッグハァ!」


 襟の後ろを捕まれ、引っ張られる俺。

 それはさながら、釣られた魚のように引かれていった。


「おほー、イギリスハーフってすげえ」

「ゆ…う」

「心配すんな、トラには伝えとくぜ」


 違う、全く違う。

 嗚呼、持つべきはマトモな友人だったのか。それこそ俺を助けてくれるような――。


 トンボ・・・。



 そうして。


 俺の意識は。


 先生の手によって。


 刈り取られたのである―――。






 ・

 ・

 ・




「脱出!」


 風防を開け、背中に収納されているパラシュートの存在を確認してから、そこから飛び出す。


「はぁっ…!」


 紐を思いっきり引くとパラシュートが展開され、落下速度が大きく落ちる。

 ゆっくりと降下していく中、周囲の空中戦の状況がよく見える事に気付く。


 ああ、トンボが向こう側で敵機とドッグファイトしている。

 あの隼ならば落としてくれるだろうと、安心しきった表情で眺める。


「・・・」


 俺はあの戦闘を眺めていた、それが災いしたのだろうか、近くまで聞こえるエンジン音が聞こえなかった。



「………っ近い!」


 ようやく近づいてくるエンジン音を聞き取ると、俺は忙しなく首を動かし、周囲の状況を確認する。


「・・・こっち」


 こっちから来ている、爆撃機が俺の所に来ている。


「やめろ・・・やめろ・・・!」


 来る。


 来る、怖い。


 来る、怖い、助けて。


 すぐ目の前まで来る。

 目の前にあるのは、回転するプロペラ部分。

 耳のすぐ近くで鳴るエンジンの轟音とその羽音は、俺の正常心を大きく揺さぶった。


 ―――バラバラになる。


「うわああああっ!」


 ヴァっ―――




 ―――「ヴァっ!」

『ゴッ』

「がっ」


 何かに押されるか、引かれるようにして上半身を持ち上げると、何かに額をぶつけてしまった。


「いっつ・・・」

「お、起きた?」


「ヴァ?! ヴァ……ハッハハwwww」


 俺の奇声に反応したのか、大きく笑い始める金髪の男性と、対して俺を心配そうに見つめる女性。


 その光景を見て、今まで見たものが夢だと解った。

 そうと解ると、安心した表情でまた横になる。


 ああもう、こりゃ誰かが作為的に見せた悪夢に違いない。

 そう思って、横になった体制のまま周囲を見渡す。


「……」

『ガタガタガタ』


 擬音にするならば、このような字にするのが適切だろう。

 俺のすぐ近くで羽を回す扇風機が、この耳元で鳴っていたのだ。


 ちょっと間違えれば、何かのエンジン音と間違えてしまいそうだった。

 …あの悪夢は絶対にコイツの所為だ。


 それに、俺が頭をぶつけたのもコイツの様だ。


 おのれ扇風機…と言うか古すぎだろう。

 その内故障しないだろうか?


「ごめん、暑そうだったから扇風機を置いたんだけど…」

「暑そう…?」

「ヴァァッッwwwwッハッハァァァ……ヒーッ、ヒーッ」


 大きく笑い声を上げ、ついには笑う為の空気までも失った人間を意識的に視界から外す。

 外すために顔を左に向けると、その勢いで汗が小さく飛んで行った。


 汗をかいていたのか、いや、頭だけじゃなくて全身から汗が流れている。

 これは…あの忌まわしき悪夢による冷や汗だろう。


「十分涼しい、それどころか肝が冷えた。だから扇風機を止めてくれ」

「あ、うん」

「HE SAID ”ヴァ!” ハッハッハァァァ・・・」


 ・・・・・・はあ。

 何故か知らないが、学校に居るというのに俺は寝てしまったらしい。


 最後の記憶は…あの先生に首を絞められたんだった。

 ああ、なるほど、昼寝するわけだ。


「…あの顧問、アメリカでも十分生き抜けそうだ」

「あ、うちの顧問が気絶させちゃったんだよね。ごめん」

「いや、気にしてない。 しかし…」


 アメリカ。そう、アメリカ。

 向こうで延々と笑い続ける、見るからに外国人の男性を見る。


 この学校に外国人が居るという噂は聞いたが、それは本当だったみたいだ。

 鼻は妙に高く、ガタイも良い。

 そして極めつけの金髪、多分地毛。


 …それこそ外国人、外国人と言ったらコレ、と言うような容姿だった。

 そんな人間から意識して視界から外し、ほかの疑問を投げつけることにする。


「…そうだ、ここは?」

「ここ? 英文学の部室」

「へえ…」


 見渡せば、色々な本が並べられた本棚を見つける。

 それらすべての表紙は英語表記だった。


 英文学同好会、入学式早々に開催された部活動紹介で出ていた部活…いや、同好会と言うべきか。

 海外の小説、翻訳前の原作を読んだりする活動をしていると聞いた。


 …まあ、簡単に言えば英語版の読書部だったか。

 よくそんな事までを憶えてるな、記憶の残りが良い俺をほめたいところだ。


「校舎の最上階の、あんまり人が通らない所にあるの」

「なるほど」

「フヒュー…ヒュー…」


 道理で存在感が薄い訳だ。

 何か服のような物で敷かれた床から立ち上がり、近くの椅子に座り直した。


 そうしてから目線を女性の方に合わせる。

 散々息を荒げた後、隙間風の様な息を吐く外国人を横目に。


「…あ、先輩だったんですか」

「うん? ああ、そうだったね」


 俺が付けている方の校章は青。

 あの女性が付けているのは赤。


 この学校は校章の色で学年が分かるようになっている。

 だから彼女は少なくとも俺とは違う学年で、俺は1年生だから必然的に彼女は先輩となる。


「俺は徹三と言います」

「徹三…?」

「そうですけど、どうしました?」

「あ、いや。ゼロ戦のあのエースと名前同じなのね」

「そうですね。よく言われます」


 …確かこのセリフ、顔が似ていると言われた時に言うんじゃなかっただろうか。

 まあ、別にいいんだが。


「私は界子」

「カイコさんですか」

「字にすると変な名前だって、よく言われるのよ」

「そうですか」


 そう言われても、字面で会話しているわけじゃないから解らない。

 カイコ、と言われて思い浮かぶのは…解雇? ああいや、絶対ありえない。


「それで…あの笑ってる方は?明らかに外国人ですけど」

「あの人はね、留学生のピーターくん」

「なるほど」

「一応部長なんだ。あんな様だけど」

「…なるほど」


 あんな様と言えば


「…ヒュー…ヒュー…」


 あの様だろう。

 どんな笑いのツボを押したって、ここまで笑う事はそんなに無いんじゃなかろうか。


「【ほら、ピーター。そろそろシッカリして】」

「【ああうん…わかった…ックク】 シツレイしました」


 2人が少し英語で会話すると、金髪の方が謝ってくる。


「【気にせず】」

「おお?」


 簡単な英語で返してみると、2人が大げさに驚く。

 まあ、日本人は総じて英語が下手だっていうし。


「【英語が喋れるのかい?】」

「【ええ、WWS上で少しばかり外国人のフレンドが居てですね。たまに話しています】」


 その2人は未だ付き合いが続いている。

 通称、フォックスとレーザーの2人である。


 2人ともよくできた性格で、両方ともエンジョイ勢と呼ばれる立ち位置となるだろう。


「【なるほどなるほど! いやあ、母国語で話せる相手が増えると嬉しいな!】」

「【そうでしょうか…】」


 そういう物だろうか。

 俺には海外に滞在した経験など無いからわからない。


「【2年生のころに同好会を立てたんだけど、これがなかなか部員が集まらなくって!】」

「2年間、ずっと私たちだけだったの」

「2年間…?」


 2年間、微妙に凄いことだ。

 しかしそれは、逆に寂しい事でもある。


 ずっとこの部活動は二人っきりだったのだ、という事は、この空間はこの二人が2年間過ごした所になっているのだろう。

 2人はお互いをどう思っているかは知らぬが、これじゃあお互い恋心が芽生えても変じゃないだろう。


「元々英語が出来る日本人を増やそう!って意気込んでたんダヨね」

「おお」


 金髪先輩が普通に日本語を話し始めて、驚きの歓声を上げてしまった。

 なるほど、確かに俺は英語を喋る。

 外国人が日本語をしゃべり始めたところで、何もおかしくない。


「ハハ! さっきのボクと同じ反応だね!」

「やられました。なんか自然ですね」

「もう二年も過ごしてるからね。赤ちゃんが普通に喋り出しても可笑しくないサ!」

「ピーターは留学する前から日本語を勉強してたのよ」


 なるほど、日本人の俺からすれば嬉しいことだ。

 俺にも少なからず愛国心と言うものがあるのだろうか、やっぱり日本に対してそういう姿勢をされると、なんだか俺も嬉しくなってくる。


「すごいです」


 この二人は本当に凄いと、口と心でそう言うと二人は嬉しそうに笑いかける。


「なんだか、後輩と関わる機会がなかったから新鮮ね」

「そっか、後輩かあ! さっきまで意識してなかったケド、ボク達にも遂に後輩が!」


 そう言われて、今度は心に何かが乗っかるのを感じた。

 …あ、乗っかってるの、罪悪感だ。


「えっと…ですね」

「ん、どうしたんだい? コーハイ君!」


 なんだか最近、マトモに名前で呼ばれた記憶が無い気がしてきた。

 テツ、カゲロー、コーハイ、偶にボロ飛行士と呼ばれる。


 今更ながら、あだ名のバリエーションが多すぎはしないだろうか?


「申し訳ないんですが、放課後は毎日予定が詰まって…るんです……が」


 最後の一文字が、遅れて出てきた。

 それも無理はない。


 2人の表情が固まった気配がしたのだ。

 次の瞬間、更なる罪悪感が心に乗っかってしまい、挙句に軋み始めた。


 あ…あー、とりあえずフォローをしないと。


「でも…昼休みなら余裕がありますし。特に委員会とかにも入ってないので……」

「おお、そっかあ! 昼休みねえ!」

「良いんですか?」


 まるで大きな波に晒されるヨットの様に、感情の浮き沈みが激しい。


 それに良いも何も、君たちがそんな顔をするから断れないんじゃないか。

 ああもう、この良心が邪魔で仕方ない。


「…はい。 なんだかんだ英語はそれなりに使ってますけど、英語の本を読んだことはありませんし。 ちょっと興味があるんですよ」

「それは良かった! Thank you!」

「あー… you're welcome」


 英語の本に興味がある…それはあながち嘘じゃない。

 そういう本を読む機会はなかったし、何よりも静かな場所だという事が大きい。


 

 あの友一とトラの奇行に巻き込まれずに昼休みを過ごせるのなら、それはそれで嬉しい変化だ。


「じゃ、ヨロシク! コーハイ君!」

「よろしくね、テツゾウ君」

「…よろしくお願いします」


 ……まあ、これで良かったか。


 なんだかんだ言って、入部する流れになってしまった。

 それは良い変化をもたらしてくれるだろうと、このときはそう思っていた。


「…ああ、そういえば」


 思い出すようにして携帯を取り出すと、今の時間を確認する。

 予鈴まであと十分。

 余裕があるようで、余裕を持って行動ができない程度の残り時間だ。


「…そういえば飯食べてないですね、俺」

「え?」

「あー。確かに昼休みになった直後に運ばれたカラね」

「ご、ごめん。私たちもう全部食べちゃったんだけど」


 いや、残ったとしても貰うわけには行かないだろ。

 食事は教室のカバンにあるし、食べるのにそれ程時間はかからないからまだ間に合う。


「いえ、大丈夫です。けど、もう俺戻らないと」

「ああ…ごめんねえ。テツゾウ君…」

「なんでそんな残念がるんですか。別に飯抜きなんてしませんよ」

「そうだよカイコ。 一食ぐらい大丈夫だヨ」


 そうだ、別に一食食べられなくとも生きて……って、別に飯を抜いたりしないと言ったはずなんだが…!


「…まあ、そういう訳で俺はすぐに戻ります。 入部届は放課後、先生にでも渡しておきます。それでは!」


 そう言って、そそくさと扉を通って行った。

 割と急ぎ足で。


 これ以上引き留められると面倒なことになると、俺のセンサーが反応するのだ。




「……コーハイ、出来たね」

「私、卒業までずっと二人だと思ってた」

「ボクもなんとなく予想してたけど…まあ、良かったと思うヨ? 三人になって、ちょっとにぎやかになった。 これも良いんじゃナイ?」

「…だね」





 ・

 ・

 ・





 早歩きの歩調は、人気の少ない廊下に足音を響かせる。

 一人分しか無い筈の足音は、僅かながら反響して、小さな二人目の足音を作り出す。


 …やけに静かだな。

 確かにここは人気の少ない所だとは聞いていたが、それにしては少なすぎる。


 その所為か、お化け屋敷に似た感じを受ける。

 うん、お化けが出てくるなら今出てきてほしいものだ。



 早歩きを続けていると、階段に辿り着く。


 意外と移動に時間がかかり、食事する余裕が無い気がしてきた。

 …それだと言うのに、俺は足を止めた。



「―――カゲ―は」


 声が、した。

 不意に声が聞こえたものだから、ビックリしてしまったのだ。


「…」


 誰も居ない所、それなのに響く話し声。

 俺は驚きながらも、その話し声を聞き始める。


「…うん、今はちょっと、補修に行ってるんだって」


 今度は耳を澄ませているせいか、話し声が良く聞こえる。

 それに、声の方向も解ってきた。


 この階段の上の方。

 多分、屋上と此処の間にある踊り場だろう。


 そして、あの声に何か聞き覚えがあるのを感じる。


「カゲローにはいつも教えてもらってるから……うん、驚いた」


 …やはり、トラだ。

 それに俺の事を話題にしているみたいだった。


 影の噂話か?

 しかし話し声は一人分、相手は電話の向こう側に居るのだろう。


「…でも、貴方と話すときの様な口調では話してくれない」


 …『貴方』と話すときの『口調』?

 どういうことだ?

 疑問が頭をよぎるが、聞き逃さない為にまた耳の感覚を集中させる。


「……確かに、その違いのお陰で勝手が違ってくるのは解ってる。けど羨ましい。 ………うん、確かにその通り」


 …なんだか、怪しい話をしている。

 俺にはそう感じた。


 そもそも、電話する為にこんな人気のない場所までくるんだ。

 聞かれては不味い話なのだろう。


「………でも、いずれトンボちゃんと同じように話してくれると、嬉しいなって」


 ……トンボ?


「…ふふ。 でも、うん、頑張る。」


 待て、今…トンボ…って。


「貴方もそろそろ勇気を出した方が良いよ。 それじゃあ私時間無いから。じゃあね」

『…コツン…コツン』


 っ…マズい、近づいてくる。


 俺は咄嗟に階段を離れ、彼女の視界に入る事を避けた。

 今見つかれば、確実に嫌な予感がする。


 俺は足音を立てないよう、あの階段から離れていった。


 ――――




「…カゲロー、ちゃんと聞いてたよね?」


 名指しで告げられている筈の声は、行く当ても無く廊下を反響していった。

次回:カゲロウ、被撃墜!


自分のペースが自分でもわかってないので、次回はいつ投稿する! とかははっきり言うことはできません。


改訂・一部、英語を間違ってたので修正しました。

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