第1話 航空戦!
操縦稈を引き、傾く機体をラダーで何とか安定させる。
銃声がコックピット越しに耳に届けられる。後ろから20mm弾が前方の視界に現れる度に、これ以上の被弾は墜落を誘うと直感した。
後ろに付くYak-3は運動性能がそこそこ良い、しかし俺のゼロ戦二一型と踊るとなればほぼ互角だ。
しかしこちらはやや失速気味、調子に乗って高度を上げすぎた。
「やばいやばいやばい!」
旋回戦を続ければこちらの失速は続き、ストールしないよう必死に機体を操るしかない。
また銃声が聞こえる。
被弾してしまわない様、ひたすら祈るのみだ。
左翼から漏れ出す燃料が怖い。しかも翼が少しばかり欠けている、奇跡ともいうべきか操縦の腕によるものか、なんとか制御を失わずに済んでいる。
さっきから援護は呼んでいる。返事は来たが……
『ガシュウン!』
音を立て、翼に着弾したことによる衝撃で、機体が軋むような音が伝う。
薄い鉄板を団扇のように振る音を、多少重くしたような音…なんとも、聞き慣れてしまった音だ。
もうダメかもしれない、機体を操る腕は良くても、それが敵の技量に追いつけなければ不利なのは変わりないのだから。
迫る銃声は途切れさせることは無く、だんだんと距離の接近を知らされるようになる。
耐え切れずに後ろを見ると、丁度オーバーシュートしたところだった。
「チャンスか!」
速度が合わず、ついに俺を追い抜いてしまったのだ。
なんともドジな奴だ。追いすぎればリスクを背負うというのに。と、さっきまでピンチだった俺が言う事ではないか…。
旋回の為に傾いていた機体を整え、あの敵に照準を合わせる。
7mmを撃つか20mmを撃つか、どっちにしろこの損傷だ。戦闘を終えればどうせ修理に戻る、両方撃とう。
目の前に出るYak、射線は合わせた、後は撃つだけ。
『ダダダダ―――』
中央に2丁の7mm機銃と、,両翼に1丁づつ入ってる20mmが、物騒な協奏曲を奏でる。
そんな感じで思いついた何とも言えない文が頭に浮かび、それを鼻で笑おうとしたとき…。
「よし…、燃えた!」
なんとか敵の翼から炎と煙を引きずり出した。これで余程運が悪くなければ落ちてくれるはずだった。
……しかし、気付くのが遅かった。
空に響くエンジン音が、自分の耳に3機分届いていることに。
一つ目は俺のゼロ戦、二つ目はたった今炎を噴いた前方のYak。そして…
「っっ、上か!」
4割は音の方向と、6割は勘だったかもしれない。ボロボロの機体を回し、相手の攻撃を受けまいと回避機動を始める。
敵の方向と計器に表示される方位を重ね合わせ、具体的な位置関係を予測する。
「8時!」
左足のラダーを踏み、操縦桿も同じ方へと倒して機体を回す。
そしてラダーを戻すと、今度は思いっきり操縦桿を引き上げる。
上から迫る敵機の下に、マイナスG方向に潜り込むようにして動く、これが今できる精一杯の機動だ。
迫る敵機の銃声が聞こえ、一度身構えた時。
銃声以外の、何か大きな音が響いた。
次の瞬間、目の前を通り過ぎたのは銃弾ではなく…。
「ぎゃあ?!」
翼が大きく欠けさせ、機体から盛大な火を上げて墜落している敵機だった。
〈大丈夫? 機体は制御できる?〉
「あ…ああ、まだ動ける。出撃したときはピカピカのゼロ戦だった筈なんだが…」
笑いながら、自虐的に言い放つ。
無線機からの聞き慣れた言葉、聞き慣れた口調。
…はは、期待しておいてなんだが、また相棒に助けられてしまったな。
あの後は何とか機体を制御し、着陸時にほんの少しだけ翼の端を地面に擦らせてしまったが、取り敢えず生還することができた。
道中、突然エンジンが黒煙噴きだしてどうなるかと思った。
しかしまぁ、エンジンが止まることなく済んでよかった。
この長ーい空の道をわたるには、健康的なエンジンが必要不可欠だ。
格納庫に運ばれると、待機していた人間が機体の修理に取り掛かる。
コックピットの外から改めてみると、ひどい損傷具合だった事を再確認した。
流石、ボロ飛行士の称号を貰うだけのことがある。
この名は何時もボロボロの機体と一緒に帰ってくるのが由来だ、整備員に申し訳ないのだが。
さて、と…もうぐったりとしていたいが…いいやこの油臭い格納庫で横になろう。
ここはもう家みたいなもんだ。強いて言えば、このゼロちゃんの家だろうか。
「しかし…作戦中に再出撃はできそうにないな」
機体の傷を眺めてそう言う。何時もの事だが、修理中に作戦が終了するのはよく在る事だ。
スペアはあるが、それは本当に緊急の時用だ。
はあ…戦線はどんな状況なんだろうか。
TABキーを押し、バトルログを開く…その表の上には、見慣れた名前が乗っていた。
『Dragonfry』の名、堂々の一位だ。
あの名前は先ほど助けてもらった友人だな。やっぱりと言うか、いつも通りだ。
その友人の功績は…撃墜数は5機、その内共同撃墜は2機。
今回は戦闘機同士で8対8であるが、あの友人は一回の出撃で敵戦闘機の7割ぐらいを撃墜したことになる、一体何者なんだか。
因みに俺の成績は、と。
自分の名前を探せば…あった、『Mayfry』がチーム内で12人中4位、記録では一度撃墜したっきりだ。
うんむ、少ない。
いや、何もできずに落ちていったりしなかったりする仲間の事を考えると、高望みなんだろう。当然だ。
「は~あ」
…ちなみに。
俺のプレイヤーとしてのネームは『Mayfry』…寿命がかなり短いと言われる、あのカゲロウの英名だ。
対して友人の方はトンボの英名である。
なぜ英語なのかと言うと…これ、海外が運営のゲームだからだ。
日本語対応だけど、名前は英語に限定される。
まあ仕方ない。
アメリカもイギリスもドイツもインドも中国もやってる、世界の空軍好き、特に二次大戦中の機体を好む者の為のヴァーチャルゲームだからだ。
その名も、World War Simulator。略してWWS。
タイトルにシミュレーターと言う単語を抱えて世界的人気を勝ち取ったゲームと言えば、このゲームとヤギゲーぐらいだろうな。
〈ただいまー〉
「おかえり」
気付けば、何時の間にか近くまで運ばれてきた一式戦闘機から女の子が降りてきた。
あのアバターの裏にどんな顔が居るのかは知らないが、どっちにしろネット上でも信頼できる友人だ。
少なくとも、俺と同じ学生らしいしな。
彼女が乗るあれは、軽量化の頂点とも言うべきあの隼だ。そしてその分脆い、すごく脆い。
だが正面に二丁の20mmの機関砲が並んでるから狙いやすいし、機関砲自体の精度も良いからかなり使いやすい。
とはいえ片方150発の合計300発だ。ゼロ戦の20mmと違ってレートも高いものだから、下手に撃ってりゃ直ぐ無くなってしまう。
…歴史上では実用化されていなかったらしいのだが、まあそこはゲームという事だ。
それにしてもよく安心して乗れるなと思う。
ヴァーチャルとは言え…、いやヴァーチャルだからこそ、墜落した時の恐怖感は大変なものなのだから。
まあ脱出してパラシュート開けばいいんだが。
そんなことを言ってたら
〈ゼロ戦も同じじゃない?〉
「トンボ様のおっしゃる通りで」
確かに俺の愛機は軽い女だし、20mm弾数隼よりも少ない。
そんなこと言ったら怒りそうなんだが…、いや戦闘機は喋りも怒りもしないが。
「っていうか帰ってくるの早くないか?」
〈道中から君のエンジンが黒煙噴き始める瞬間をこの目で見てたんだよなー〉
げ、っていう事は。
〈あの後、弾が無くなったから一緒に帰ってた。君の死角で〉
「全然気づかなかった!」
大してガッカリしてないが、取り敢えずガッカリした感じの動きを演じてみる。
こう、ぐらっとしてひょろっと……ああ、演劇部の才能はなさそうだ、残念。
「じゃ、後は爆撃機の出番しか無いみたいだし、乗り換えてくるねー」
「え? …あ、本当だ、敵の戦闘機もう居ないじゃん。でも迎撃機にでも乗るのか? 昇る間は暇だぞ」
一応戦闘機は居なくても爆撃機は自衛できるし、あいつ等が居る高度まで登るとなると気が遠くなる。
しかし想定してた返事は来ず、気の抜けた言葉だけ帰ってきた。
〈別に長続きしないし?〉
ああ・・・まあそうだろうな、この状況じゃあ降伏するかで投票してるんだろうし。
〈それに、どうせ降伏するじゃん?〉
「ああ、俺もそう思ってた」
そのような会話をした直後か、狙ったのかは知らないが、丁度白旗が昇るのが見えた。
UI上でだが
〈勝ちだね〉
「ああ」
そうすると強制的に画面が切り替わり……ロビー画面へと移行した。
ヘッドマウントディスプレイを頭から取って、テレビと対面するソファーから立ち上がり腰を曲げたりして筋肉を解す。
やはりゲームとは言え、長時間座っているのは流石にあれだ。
〈じゃ、また明日ね〉
ん、そうだな。今日ももう遅い時間だ。
前方の机からキーボードを取ると、短い文章、と言うよりは単語と言うべきそれを書き上げる。
〈またなー〉
そして慣れた動作によってゲームを閉じ、フライトフルコントローラを邪魔にならない所に置くと、近くのベッドへと座り込む。
…日曜日が終わってしまった。
そしてやってくる月曜…。
バタリとうつ伏せになって寝る俺の姿は、それはもう無様なものだっただろう。
なんか専門用語みたいなヤツが出てきたので、ちょっと紹介します。
マイナスG方向・・・機体にとって下の方向を指す、航空機の構造上、下方向を見る事は難しい。それは時代が経っても変わらぬ弱点である。
ついでに、機体の首を下に向けさせる動作は航空機にも人体にも好ましくなく、大抵は上に首を向けさせる動きが主になってる。
それとそれと、あまりマイナスG方向への動作を急激にすると、レッドアウトという現象が操縦手を襲い、視界が赤く染まる等の症状が起きるのだ。
この説明でどこか間違ってる点がある可能性があります。ご了承ください。
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追記・もしかしたら大幅に改訂するかもしれません。
追記・ちまちまと不自然な部分を直しました。