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004

奇妙な金属音が背中から聞こえてきた。この、どこかで聞いた覚えのある音の正体が気になり、僕は再び、後ろを振り返った。振り替えざるを得なかった。

 だけど、その選択肢が行けなかった。

 既に僕は、彼女の相手をしてしまっただけでも、大きなミスを犯してしまっているのだが、全うな人生を送る(もしくは閉じる?)には、この選択肢をしてはいけなかった。

 彼女に嫌疑という興味を抱いてしまった時点で、僕は僕の人生を踏み外したのだ。

 なぜなら。

 僕が振り返った視線の先で、彼女は、カッターの刃物を首筋に当てていた。

 頸動脈に。

 少しでも引けば、皮膚が破れ、一瞬にしてコンクリートが血の海と化する。

「…………っ!?」

「あ、こっち見てくれた。朝生くん、なんだかんだ言って、私のこと気にかけてくれるんだね」

 幸せそうに、安心したように微笑んでいる。

 微笑んでいるけれど、僕にはその笑みが狂気として目に映った。

 思わず顔が引き攣る。

「な、なに、なにやって」

 状況が飲み込めない――その言葉しか浮かんで来なかった。この状況は一体なんなんだ?

 だって、僕は、屋上から飛び降り自殺をしようとしていたんだぞ?

 それなのに、なんで、正体不明の女子生徒が、頸動脈に刃物を当てて、こちらを向いて微笑んでいるんだ?

 知らない。僕はそんな非日常を知らない。

 動揺は時間が経つにつれて、加速していく。

「あのね、よーく聞いてね」

 と、穏やかな表情で、榛名若葉は言う。

「私はね、朝生くんしか居ないの。朝生くんが私の全てなの。大好きで大嫌いで愛しくて憎たらしくて堪らないの。だからね、朝生くんが生きてくれなきゃ困るの。死なれたら私も死ぬしかないの。そこから飛び降りるなら、私はこのカッターで自分の首を来るわ。ああ、大丈夫。私にはもう朝生くんしかいないから、朝生くんが本当に死にたいのなら、私は止めないよ。どうせなら、私と一緒に生きて欲しいなって思っているだけだもの。あ、もしかして私が朝生くんを自殺させようとしているとか思ってない? そんなことは一切ないから安心してよ。脅しでもなんでもないんだから。朝生くんが死んだら私も死ぬ。これは本当だよ。証拠は……見せられないけど。だって、私が先に死んじゃったら、朝生くんが生き続けるかもしれないじゃない。別々の世界で生きることになるじゃない。そんなのは駄目、私たちは同じ世界で生きる事に意味があるんだから。たとえ、朝生くんが私のことを嫌いでも構わないよ、それでは私は、朝生くんに私の愛をあげるから。ううん、愛だけじゃない。私の全てを朝生くんにあげる。それが私の、朝生くんに対する忠誠の証なの。だから――」

 べらべらと、饒舌に語る。

だけど、突然、彼女は口を閉ざした。

 当然だ。

 だって、僕がこの瞬間に、飛び降りたのだから。

 きみの事なんて知ったことじゃない。

 彼女と向き合い、はっきりと告げてから、ゆっくりと、身体を傾けた。

 極力痛いのは避けたかったから、背中から落ちることにしたのだ。

そのあとは、真っ逆さまに、落ちていくだけだった。

 下に居た生徒が僕の存在に気付いたのだろう、背中から悲鳴を聞こえてきた。

 耳を劈くような高い声に、両手で塞ぎたくなった。

 けれど、そんな事をやっても今更遅い。

 僕はこれから、天国に行くのだから。

 上を見上げると、榛名若葉がこちら見ていた。

信じられないとでも言いたげな表情を浮かべている。

待って欲しい、まだ言っていない言葉がある。

彼女の口の動きた、そう言っているように見えた。

 だけど今更引き止めても、手遅れなのだ。

 榛名若葉の手は、僕の手に届かない。

 ざまあみろ。

 ぱっと出のきみが僕の人生を邪魔出来るわけがないんだよ。

 最後に吐き捨ててやりたかったけど、残念ながらそれは不可能となった。

 すでに僕の身体は地面に叩きつけられ、意識を失ったのだから。


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