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002

完全に扉を開けると、その先には綺麗な夕空が広がった。いや、青空と夕空の中間と言ったところだろうか? 虹にも見えるその空は、僕の瞳に美しく映った。惚れ惚れする――そう思った。

 死に場所として選んだ場所としては、幾分、欲深すぎなのではないだろうか? そう頭を悩ませたけれど、それでも僕は、後ろめたい気持ちがあったとしても、いかなる時でも周囲を最優先出来る人間ではなかった。

つまるところ。

僕はここで、この屋上を出るという選択肢を取らなかった。

先程にも言ったと思うが、別に僕が遠慮する必要なんてないじゃないのだ。例え自殺を図った所で、屋上が今度こそ完璧に封鎖されようと、僕には無関係なのだ。

なぜなら、その頃には、とっくに僕はこの世に存在していないのだから。

この僕、伏見朝生ふしみともきの死が原因で屋上が犠牲になったとして。周りは憤りを表すかもしれないし、嘆くのかもしれないし、もっと違う感情を抱く人だっているだろう。だけど、それはやっぱり僕からすれば無関係でしかなかった。既に終わってしまった事実に構っている暇ではないのだ。

それを聞いた人が「非道な奴だ」と非難してきても、僕はその人に一切言い返さない。反論もしなければ反省もしない。

そこに深い意味なんてない、あるのは『僕がそういう人間だから』という、極めて単純な答えだけだ。

「…………」

 さて。こんな所で自分の事についてオサライするのはもう止めよう。元より、こんな事をするために、ここへ来たわけではない。

 僕はまっすぐ、フェンスへ足を進めた。足取りは案外軽い。この世界からさよならできることに、喜んでいるのかもしれない。心の底から。

 戌亥高校の屋上に設置されたフェンスは、それほど高くない。その気になれば乗り上げることが可能だ。ひょい、と身軽に落下防止用のフェンスを飛び越した。

 意味のない一呼吸をしてから、下の様子を覗いてみる。予想は付いていたが、もう五時を回っているにも関わらず、校舎から何人もの生徒が出入りをしていた。そのまま家へ帰宅する生徒、お互いに肩を組みながらどこで寄り道をするか相談している生徒、外周を終えて疲れたもう歩きたくないなどと文句を垂れながら校門をくぐる生徒、どこへ目を配っても、楽しそうな雰囲気が伝わってきた。僕も、高揚してきた。

 この穏やかな日常に、飛び降り自殺という非日常を起こし、生徒たちに混乱させるのが楽しい――と言いたいわけではない。何の変哲もない日常からお別れが出来る、僕という存在そのものに、幸福を覚えているのだ。愉悦といってもいい。思わず口が緩みそうになるのを、ぐっと堪える。今から死体になろうとしている者が、決して笑ってはいけない。本当に死にたくて堪らない人に失礼じゃないか。

 あと一歩踏み出せば、真っ逆さまに落下。

そして数秒後にはぐしゃり。

何かが潰れる音と、いくつもの悲鳴が日常を塗り上げる。

そんな一歩前までやって来た。未だに、僕が屋上にいることに誰も気付かない。別段、悲しいとは思わなかった。だって、屋上には誰もいない事が当たり前になっているのだから。

「……ま、目立ちたかったわけじゃないし」

 自分に言い聞かせるように声に出した。やがて言葉は、虚しく消えていく。

 そろそろ自分の人生にピリオドを打とう。

 自嘲するように薄く笑みを浮かべる。

 僕は、身体の重心を踵から爪先へと、徐々に移行させて行き、飛び降――


「――――待って!」




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