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ツきゆく君との日常編。  作者: はなうた
閑話:三時と四時のはざま。
9/15

第四話



 ババアが裾から取り出したもの。それは、少し鼻につくようなクセのある匂いをまとった……。


「ま……マタタビ……!」


 猫を恍惚(こうこつ)とたらしめるアイテム『マタタビ』……その枝だった。


「ぐ……ぐぬぬ。こ、これはマズいわ涼介……」


 こぶしを握りしめてぷるぷると震えだすめいり。

 この一瞬ですでに効果が出てしまっているようだ。

 今のめいりは姿こそ人間だが、こういう本能的な部分ではまだ少し猫が残っているらしい。


「め、めいり! 鼻だ! 鼻をつまめ!」


 涼介の声に反応してめいりは咄嗟に鼻をつまむ。そのせいで興奮で赤らんでいた顔が余計に赤く染まったが、身体の震えは少し落ち着いた。


「ふん! そんな気安めみたいなことで耐えられるもんかい! ほぉ~れ、ほれ~」


「ふ、ふぉぉぉ~……!」


 ババアが枝をゆらゆらと揺らす。同時にめいりの顔が左右に揺らぐ。

 鼻をしっかりつまんだ手も今にも離れてしまいそうだ。


「が、頑張れ! 耐えろ! めいり!」


「ちょ、ちょっと……厳しい……にゃん」


「……」



 ――にゃん……だと?



 マズい……。

 これはマズいぞ……。

 不覚にもちょっと萌えてしまった自分が、ではない。

 マタタビの予想以上の効果が、だ。


 めいりの中の“猫”が、マタタビの魅力によって覚醒しつつある。

 これは早くなんとかしないと……二人ともババアの餌食になってしまう!


「くそっ!」


 瞬間、涼介はババアに向かって駆け出した。

 幸いババアは今、めいりの動きを止めることに神経を向かわせている。ならその隙を突いてタックルのひとつでも喰らわせ、ババアの動きを封じ、そのあいだにめいりに攻撃してもらう……。

 ある種賭けに近いが、このままヤラれるよりはマシだと判断しての行動だった。


「おら!」


「ぐぇっ!」


 涼介の肘がババアの腹部にめり込む。不意打ちに、ババアは目を見開きながら苦悶の声をあげた。

 その声に若干良心を揺さぶられた涼介だった……が、相手は怪異だ。そんなこと気にしてる場合じゃない。


「めいり! 今のうちにレーザービームだ!」


「ぐぉぉ……このガキぃぃ……!」


 タックルの体勢のままババアの腰を両腕で締め、涼介はめいりに向かって叫ぶ。

 めいりは頭をふるふると振って、脳を切り替えようと努める。そして二人の絡まる様を視界に捉えた。

 これで形勢逆転……。


「……でもねぇ、坊や。ワシの両手を封じなかったのは、失敗だったね……」


「あ……」


 ……そうだ。

 涼介はただ必死でくらいついたものの、向こうが攻撃してくるという可能性を失念してしまっていた。

 それに、ババアを捕らえたからといって、マタタビ自体の効果が薄らぐわけもない。


「う……ちょっと考えなさすぎた……」


 なんといっても、涼介はただの高校生。

 こういう戦闘事に関して心得などあるはずもない。気が動転していては尚更だった。


「まずは……アイツからだ!」


「!」


「ほれぃ、取ってこ~い!」


 そうしてババアは、振り上げた右手を涼介……ではなく、彼の頭上で振った。

 一向に衝撃がないことを不思議に思い、見上げると、遠くに見えるはマタタビの描く放物線。

 ババアはマタタビを遠く、廊下の方へとぶん投げたのだった。


「ふにゃにゃぁぁー!」


「ちょ、めいりっ!?」


 それをまっしぐらに追いかけていくめいり。

 四足歩行で廊下を駆けていくその姿にもはや人間らしさはなく、まさに猫そのものだ――。


「――て、ちょっと待てめいり! それ以上行ったら――」


「ふにゃにゃぁぁ…………ふぎゃんっ!!」


 静止虚しく、めいりは“壁”にぶち当たってしまう。

 涼介を依り代としたことで生じた、涼介とそれ以上離れられないことを意味する、目に見えない壁……。

 結界ともいえるその場所に突進しためいりは、そのまま仰向けにひっくり返り、


「きゅぅ……」


「め、めいり――――!」


 目をぐるぐる回してノビてしまった。


「はははは! 幽霊っつっても所詮は猫だ! 人間の知恵には勝てないのさ!」


 高笑いしながら、ババアは涼介の両腕を外しにかかる。そしていとも簡単に剥がされる。

 たかが人間一人の力では、都市伝説にもなる怪異をどうにかするのは無理があったようで……。

 そのまま、トイレに備え付けのホースで上半身をグルグル巻きにされてしまった。

 両端を蛇口と個室の取っ手でしっかり留められ、涼介はあっという間に身動きがとれない状態に陥る。


「く、くそっ! はなせ!」


「ふひひひ。そんな暴れなくてもすぐはなしてやるさ……。たっぷり精をいただいてからねぇ!」


 トイレのホースごときで、これほどキツく縛れるとは思わなかった。

 涼介は全力でもがくも、辛うじて動くのはホースの絡まない膝上から腰までの範囲だけだった。


 ガチャガチャと、ベルトを外される金属音が耳に響く。

 このまま全部ずり下ろされるのか……。

 全部ずり下ろさせて、そのまま吸い取れるのか……。

 想像しただけで吐き気がしてきた。


 あっけなくズボンを脱がされた。残すはただパンツ一枚のみ。

 涼介は羞恥と屈辱で顔を真っ赤にしながら目を閉じる。


「ひひひ……、すぐ楽にしてやるからね、それまで大人しく――」


「――ちょいと待ちな! このクソババア!」


「「――っ!?」」


 ふいに、誰かの叫び声がした。

 それは今の涼介にとって、天使の声にさえ聞こえた。


「誰だいっ!? 誰がクソババアだい!」


 覚悟を決めて閉じていた目を、おそるおそる開く。

 それにしても、いったい誰だろうか。

 めいりはまだ床でノビているし、でも、さっきのは女性の声だった。


 それも、少し歳を召した……。


 ……あれ?


「やっぱりお前かい……ワシのことをそんな呼び方するなんざ、一人しかいやしないねぇ……」


 少しぼやけた視界に映ったのは……。



 ――なんと……三時ババアだった。



 いや……。

 三時ババアは今も、自分のすぐ隣にたしかにいる。


 なら、目の前にいるのは、三時ババアと瓜二つの……でも別のババアだった。


「もうお前の出る時間かい! 四時ババア!」


「よ、四時ババアだって……っ!?」


 三時ババアの口から発せられる、信じられない叫び。

 その一言で、涼介の心はさらにどん底へと突き落とされた気分になった。


 ……ババアって、一人だけじゃなかったのか。

 廊下の時計に目をやると、ちょうど午後四時を回ったところだ。

『三時三十三分に現れる三時ババア』に、『四時に現れる四時ババア』……。一致しているようでちょっとズレがあるような。……よーわからん。

 涼介は面倒臭くなって考えるのをやめた。

 それより今は、この状況からどう脱却するか、そっちの方が重要だ。


「はん! アンタだけ二回も続けて手柄取ろうなんざ許されないよ! 今日の獲物はアタシによこしなっ! クソババア!」


「へん! やなこった! 欲しけりゃ自分で奪い返してみな! このクソババア!」


 繰り広げられる“クソババア!”の応酬。

 とっても醜い、ババア同士の言い争いだ。

 これからこのどちらかに危害を加えられる。……そう思うと萎えすぎて、吐き気を催す気さえ起きない。


 でも現状は、ホースにぐるぐる巻かれて放置状態。

 どうにか外そうともがくも、ホースは少しも緩まない。そのうち体力が奪われすっかり疲れてしまった。

 さらには、ババアたちの口論が子守唄のようにさえ聞こえてきて……。



 涼介はついそのまま目を閉じてしまい、意識を闇に手放すのだった――。



 * * *



「……涼介、涼介」


「ん……んあ?」


 慣れ親しんだ声に呼ばれ、目を開けると、すぐ目の前にめいりの顔があった。

 いつのまにか眠ってしまっていたようだ。


「めいり……?」


 意識が覚醒していくたびに、背中に温かい感触を覚える。今はどうやら、めいりに膝枕されているらしい。


 ……少しずつ記憶が甦ってくる。


 今日は日曜日。

 陽菜先生の依頼で学校を調べていた。


 そして、トイレの前でババアと出会い……。


「あ、そうだ! ……って、あのババアたちは?」


 とたん上体を起こして見渡すも、そこにいるのはめいりただ一人。

 そこにババアたちの罵声もなく、ただ遠くから、吹奏楽器の不規則な音色や生徒たちの話す声が流れてきた。


「ババアは、わたしが起きた時にはもういなかったわ」


「そ、そうなのか……」


 気づけば、さっきまでグルグルに巻きついていたホースも解かれていた。それに、ズボンもパンツもしっかりと身につけている。

 とくに違和感もない……。

 どうやら、ババアたちからの被害は免れたらしい。


「……でも、結局どうなったんだろう」


「わからない。でも、涼介……命拾いしたわね?」


「うん、その台詞だと悪役の台詞っぽいけどな……」


 軽くツッコむも、めいりも自分も無事だったことの安心が(まさ)ったのか。

 ふぅと一息つくと、涼介は再びめいりの膝に頭を乗せて目を閉じた。






 ――結局。


 ババア二人組の正体……それは、一階渡り廊下隅に浮かぶ染みだと推測された。


 例によって笑海からの情報ではあるのだが、もうひとつ……。

 ババアたちが忽然と消えたのと同時刻、ちょうど用務員の男性があの染み部分をペンキで補修していたらしいのだ。


 笑海曰く『あの染みが別次元とこの次元を結びつけるゲートのような役割を担っており、そのゲートが閉じたことで、ババアたちもこちらの世界にいられなくなった』……のだとか。


 とはいえ、今となっては真相は闇の中だ。



 こちら(・・・)あちら(・・・)を結ぶゲート。

 三次元と四次元を結ぶ出入口。


 それはもしかすると、この世界の身近なところ……至るところにあるのかもしれない。



 ……そう思わせる、とある日曜日の出来事だった。






 おわり。





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