表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツきゆく君との日常編。  作者: はなうた
閑話:一番弟子の奮闘。
3/15

第一話

※今回は真殊サイドのお話です。



 星凪(ほしなぎ)市内唯一の公立高校“星凪高校”から南方へ。

 大きいとも小さいとも言い難い、なんとも中途半端な規模の川を跨ぐと、星凪のベッドタウン的な町……出笛町(でてきちょう)に入る。


 そのさらに進んだ場所。もう数十メートル進めば隣町“入笛町(はいってきちょう)”になろうかというところにある住宅街、その一角に、三階建てのRC造アパート――“出笛荘(でてきそう)”がポツンと佇んでいる。


 十一月も半ばを過ぎ、秋の終わりを告げる冷風が町全体を撫でていく夜。

 そのアパート二階部分の一室201号室から、ほくほくと温かい香りが漂い出していた。


「お待たせしましたー」


「お、おお……!」


「涼介……! 早く……! 早くいただきますの合図を……じゅるり」


 現在この部屋の住人で星凪高校二年生である少年、柳瀬涼介。

 そして、ひょんなことから彼にとり憑いている幽霊少女、めいり。

 彼らは一瞬にして、目の前の座卓に置かれたオムライスに心奪われた。


 香ばしく炒まったガーリックライスをつめ込んで、ぷっくり膨らんだ卵の衣。同じ皿上でレタスやポテトサラダに囲まれ鎮座するその様子は、まさに黄金の宝石である。

 ゆらゆらと湯気を立てるその身の上にはケチャップで、マスコットキャラのような猫の顔が描かれていた。


「先輩の分のライス、少し多めに入れちゃったんですけど良かったですか?」


 尋ねながら、朽咲(くちさき)真殊(まこと)はチェック柄のエプロンを外し、涼介とめいりが座る向かい側に腰を下ろした。

 こうして涼介と顔を合わせて座っていると、まるで高校生と小学生のような様相である。


「うん、ありがとう。でも……なんかごめんな。いつもご飯作ってもらっちゃって」


「い、いえいえ、私こそいつもお邪魔しちゃってますし、そのお礼ですっ。それに料理を作るのは好きですので……っ」


 慌てたように胸の前で両手を振る真殊。


 幼い顔に、両耳の後ろで結ったおさげは小犬の尻尾のよう。

 だがそのちんまい見た目に反して、彼女もまた涼介と同じ、星凪高校に通う一年生なのである。


「お姉ちゃんっ! いただきますよっ! 速やかにいただきますするのよ……!」


「そ、そうだね。熱いうちにいただきましょう?」


「よし。じゃあ……いただきますっ」


「「いただきまーす」」


 今にもヨダレを垂らしそうな顔のめいりに促され、みんなで食事前の挨拶。

 そうして三人そろって手を合わせあと、黙々とオムライスを崩しにかかった。



 ……あの日。

 星凪高校文化祭当日、その日の夕暮れ時。


 めいりとの間にあった問題がひとつの解決を見せた時、真殊にもめいりの姿が視えるようになっていた。


 本来なら、めいりの姿は依り代である涼介にしか視えない。

 でも、今ではたしかに真殊にもめいりが視えている。

 白い髪を腰まで流した、真っ白なワンピース姿の少女の霊の姿。


 それはあの日の邂逅(かいこう)の影響、その残滓か。

 それとも涼介とめいりの絆、真殊とめいりの絆……そして涼介と真殊の絆が深まった結果か。

 ……あるいはその両方か。はたまた全く別の理由か。

 本当のところを真殊には知ることはできない。


 でも、ひとつ言えるのは、今こうして再びめいりと会えることがとても幸せだ、ということだった。


 また、それと同じタイミングで、真殊は涼介に弟子入りを申し込んでいた。

 理由はひとつ。

 涼介のように一人きりでもクールに生きていける強さを身につけたいから。


 そうして念願叶った今では、こうして頻繁に涼介の部屋に通っている。

 “めいりは涼介から一定距離以上離れられない”ということもあって、こうして真殊の方から会いにきている……という理由もある。

 だが、それ以外にも、“涼介の生き様を盗む”という確固たる目的があってのことだった。


「うお~! 美味い! このオムライス、美味い!」


「ズゾゾ……! ズゾゾゾゾ……!」


 目の前でオムライスをかき込む先輩兼師匠と妹を眺め、つい顔が綻んでしまう。

 掃除、洗濯、そして食事。

 ここに来るようになってから、タダでお邪魔するのは悪いと思って始めたことだが、やっぱりこうして喜んでもらえるのは素直に嬉しい。

 こうして三人で過ごす時間が、真殊にとって大切な習慣となるのも、そう時間はかからなかった。

 二人と同じようにスプーンを口に運びつつ、しみじみと思う。



 ――これ、なんか違うぞ……? と。



 たしかに、今のこの日常も楽しい。

 ……楽しいのだが、真殊の本来の目的である“涼介の生き様を盗む”が全然果たせていないのだ。


 部屋にお邪魔して、わいわい遊んで、お礼として手料理を振る舞う。身の周りの世話をする。

 これって、全然弟子らしくなんじゃ……?

 今のこの状態って、むしろただの通い妻……。


「かかかか、通い妻……っ!!」


「おわっ! ビックリしたぁ! ……く、朽咲さん、どうかした?」


「ひ、ひぃ! な、なんでもないですっ、ごめんなさいぃ……」


 つい興奮してしまった……。

 我ながら阿呆な例えを出してしまったと、真殊はちょっと後悔。

 もっと、こう……お節介な後輩とか。あれ、そのまんまかな? ……ともかく、他にも色んな例えがあったはずなのに……。


 誤魔化すように再びオムライスをつっつきながら、真殊は再び思考する。


(うん……。でもやっぱり、せっかく弟子にしてもらえたんだ。しっかり弟子の本分を果たさないと)


 早く独り立ちしないと、あの日勇気を振り絞って志願した意味がなくなってしまう。

 そして自分自身、一人でもクールに生きていける強い大人になりたいのだ。


 なら、そうなるためにまず、どうすればいいのか。

 スプーンを口に咥えながらちらりと涼介の様子を窺う。


「涼介、ケチャップとって」


「ん? お前の目の前にあるだろ?」


「あ。……ふふ、涼介のくせに(たばか)ったわね」


「いやいや、完全に自滅じゃねーか」


 世間一般の男の子の中ではわりと中性的な顔立ち。

 反して、その口から出る声は意外に低く男らしい。

 長らく独自に調査(※ストーキングともいう)してきて感じた先輩の印象は、静かで、ぶっきらぼうで、一匹狼。

 集団の色にはけして染まらず、ひたすら一人我が道を行く。

 その姿はまさにクールガイ。

 まさに真殊の憧れの具現そのものである。


「おーい……朽咲さーん? どうしたんだー?」


「お姉ちゃん、どうしたの? オムライス冷めるよ?」


 真殊は興奮のあまり、咥えたままのスプーンをもむもむと(かじ)り続ける。

 すっかりトリップしてしまった彼女の耳には、もはや涼介たちの声は届いていなかった。


 そうだ……。

 先輩の生き様を習得するためには、まずは先輩の行動を真似てみるのがいいかもしれない。

 『学び』という言葉には、見たことや教わったことを真似(まね)ぶという意味もあるくらいだし。

 まずは先輩の普段の言動を真似て生活を送ってみよう。うん、やってみよう!

 そうと決まれば、早速明日から修行開始だ!

 頑張るぞ、真殊!


「……完全に聞こえてないな。どうしたんだ一体……」


「わからない。でも、なんだか目がギラギラしてる」


 そうして真殊は、涼介の弟子としての一歩を踏み出す決意を決めたのだった。



 ……その記念すべき第一歩は、冷め切ったオムライスを片付けることから始まった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ