固有武装
「いやあ、前回は歓迎会の途中で怪人が出てきて、まいったね」
怪人退治の翌日、芝原と都留の座るデスクに球磨川がやってきた。
はあ、と小さく相槌を打つ二人。
二人が勤めているのは松原綜合警備という会社。
新入社員として異例の入社劇を経て入ったこの会社、警備会社とは世を欺く仮の姿、その実は、悪の組織から地球を守る地球警備隊なのだった!
いろいろ疑うところはあるものの、実際に怪人は出てきちゃったしなあ、と芝原はため息をつく。
飲み会の途中で連絡を受けたヒーロー五人、人呼んで『モクレンジャー』は、駅前公園に現れた『アカゲラ男』と対峙した。
ひとまず名刺交換をし、相手が、キツツキの『アカゲラ』をモチーフとした怪人であることを確認する。
次いで、まずは下っ端の戦闘員を相手にするのだが、これがまた弱い弱い。
弱いというよりも、芝原たちが圧倒的に強かった。
最初の相手を殴り倒した直後、芝原は思い余って『なんだこのスーツ!?』と叫んだくらいだ。
要するに、どう見ても雑なコスプレ衣装にしか見えなかった『モクレンジャースーツ』は、何やら怪しげな技術を凝らされた本物のパワードスーツであって、一方、敵方戦闘員の着ている真っ黒なスーツは文字通り全身タイツでしかなかった。その差は圧倒的だった。
全部で十五人ほどの戦闘員を相手に、殴り蹴り投げ飛ばし、業務中の戦闘で怪我をしたことを証明するための『討伐証明書』というペラペラの紙を発行してサインして渡すまでがワンセットだ。
どこかでこの感じ覚えがあるなあ、と思っていたが、あれだ、鉄道の遅延証明書だ、と思いついてからは、改札の駅員になった気分だった。
そして、アカゲラ男との戦闘。実のところスーツ以外の武装が無いため、これが大苦戦だった。殴っても蹴ってもふかふかとした体、全くダメージが入ってないことが分かる。
やがて、『お前らの実力はこんなものか』的な捨て台詞を吐いて、それから戦闘録(議事録か?)と次回の打ち合わせ予定日を確認し、今回決着がつかなかった点につきましては持ち帰り検討させていただきます、と挨拶をして帰ってきたわけだ。
「あれ、勝てるんですかね。っていうか、勝たなきゃだめっすかね」
「うん、あのくらいの怪人なら普通は勝てるんだよ、武器さえあれば。俺らはそれぞれ固有の必殺武器を持ってるんだ」
「武器……ですか。物騒ですね」
都留が眉をひそめるが、球磨川は意に介さない。
「一応世界征服をたくらむ悪の組織だからね、容赦はしちゃいけない。憎めないやつ、なんて思っちゃいけないよ。私情とビジネスを混同しないようにね」
諭すように都留に向けて言葉を返す。
「さて、では俺らの固有武装を説明しておこうか。まず、レッド、足立の武器だが、ツバキカッターっていう剣だ。リーダーはやっぱり剣だな」
「何か特殊効果があるんですか」
「おっ、鋭いねえ芝原くん。これで斬るとね、相手の身に食い込んだところで、刀身がぱかっと花が咲くように開いて、相手はバラバラ」
都留が小声で、えぐっ、とつぶやく。
「次にブルー安倍の、夢想幻影発破消滅陣。これは説明するのが難しいんだけど、特に形の無い概念兵器で、念じた相手の存在確率を極端に小さくして、最初から宇宙に存在しなかったかのように消し去ってしまう武器なんだ」
えっ、そんなのあったらほかに武器要りますか、と心の中で芝原は突っ込みを入れる。
「それから、ブラックの俺。ブラックスモッグ。よくある農薬散布機みたいなやつでね、黒い微粒子をぶちまけるのさ。感染したらあっという間に真っ黒にただれて溶けちゃうよ☆ 風下に立たないでね☆」
要するに毒ガスね、と都留。
「そして、じゃじゃーん! 君たちにも固有武装を。まず芝原君、グリーンの君には、『杉の花咲く山より降りし粉霧』、黄色っぽい粉を撒いてね、吸い込んだ相手は五感、主に視覚と嗅覚を奪われ、徐々に命を失う。風上で使わないでね☆」
「五人中二人が毒ガス系ってどうなんすかね」
ついに心の中で突っ込むに抑えられず、芝原が口を開く。
「まあ、杉っつったら、花粉症だからねえ。俺も今さら武器変えられないし。まあ、面を制圧するのにガス系は便利だって博士が言ってたよ」
ああ、博士とかいう謎キャラが今後出るのか。めんどくさいなあ。
「それから都留君。君には、『チェリーブロッサムタトゥー』。これも概念兵器の一種なんだけど、一旦時間を巻き戻して『君が扮していた遊び人』がその敵の悪事や弱点を盗み見ていたことにしてしまって、決戦の時に悪事を暴いて敵を狼狽させたり弱点を突くことができるんだ」
いよっ、名奉行。
「そんなわけで、明後日にはアカゲラ男と再戦だからさ、武器の使い方練習しといてね」
何をどう練習すれば。
***
戦闘後にちょっとしたサプライズがあったものの、五人は無事にアカゲラ男を倒した。
結局、ヒーローモノにありがちな『ぶははははそれは俺様には効かんのだ』の法則でレッド以外の武器が無効化され、最後はツバキカッターが一閃するという流れ。
それからちょっとした面倒事があったものの、無事怪人の根を断ち、五人は再び居酒屋の人となった。
「じゃ、じゃあじゃあ、歓迎会のやり直しってことで! かんぱーい!」
球磨川は六回目の乾杯を一人でやった。芝原は一応先輩だし、とポーズだけ付き合う。都留はと言うと、すでにガン無視だ。
たった五人の宴会は、ほぼ球磨川の独壇場。一人で盛り上げ一人でぼけてセルフ突っ込み、たまに芝原か安倍が突っ込みを入れてやる程度だ。
やがて、なかなか打ち解けない都留をどうにかしてやろうと球磨川があれこれと手を尽くす二人組みと、ぼそぼそと話す足立、安倍、芝原の三人組に分かれていた。
「でも、あの怪人も気の毒ですね」
「ふふ、仕事の話かい? 芝原君、真面目だねえ」
安倍が酒でにやける顔を隠そうともせず返す。
「結局僕らはあの怪人をやっつけて、お給料をもらってるわけじゃないですか。お金のために倒されているようなものです」
「カネのため、か、まあそうでも思ってなきゃやってらんねーわな」
足立はいつものクールヤサグレモードだ。
「しかしその金というものさ、問題は。ねえ、芝原君、お金ってのは、一体なんだろうね?」
曲がりなりにも経済学部を卒業してきた芝原にとって、それは愚問だ。
「広い定義で言えば、信用のある発行主体が、モノやサービスと交換できることを保証して発行する形のあるもの。その他いろいろな付随的な価値だとか違う形態だとかはありますけれど、原則はそんなものでしょう」
安倍は、その答えに、口を両手で押さえて女の子のようにくふふっ、と笑う。
「学問上はそうかもね、でも、お金って、結局のところはさ、食べ物を買ったり衣服を買ったり住居を買ったり、娯楽品を買ったとしても、売った側は受け取ったお金をまた衣食住に回して。どこかで結局ね、『生きる』ために使われてるんだよ」
確かにそうかもしれないな、と思って、芝原は、はあ、と相槌をうった。
「もともとは生きるための必需品の物々交換の面倒な手続きをする代わりにお金っていう手形を作ったわけじゃないか。私はね、行き着くところは命なんだと思うよ。お金ってのは命」
安倍の講釈に、まーた始まったか、と言うような顔をして足立はグラスを煽る。
「娯楽や利殖のために命以上のお金を生み出してしまっただけでさ、お金なんて命の水割りさ」
芝原にはようやく安倍の言わんとするところが理解できた。
「つまり、僕らがお金を受け取って怪人の命を奪うのも、結局は命のやり取りをしている一環に過ぎない、ということですか」
「そーんなところだね。ま、私の固有武装みたいに命さえなかったことにするようなのはさすがにどうかと思うけどね」
そう言って、グラスを九十度以上に傾けて焼酎を喉に流し込んでいる安倍を見て、芝原は思う。
たしかに、あんな固有武装持ってるあんたが言うことじゃねーよ、と。




