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怪人出現

 新入社員、芝原、緑。

 同じく新入社員、都留、ピンク。


 赤、青、黒は、先輩社員の足立、安倍、球磨川の三人が務めている。


 改めて、研修完了時に手渡された緑色のケースを前に、芝原は大きくため息をつく。

 モチーフは、『樹木』らしい。


 とすれば、緑のコードカラーをもつ芝原こそがエースなのではないか、と思わないでもないが、やっぱりそこは暗黙の了解で、赤である足立がエースなのだ。


 つまり彼らは、それぞれにコードカラーを持つ『樹木』をモチーフにしたヒーロー戦隊。


 ちなみに、赤は『椿』、青は『ブルーローズ』(架空!?)、黒は『黒斑病』(え? 病気?)、緑は『杉』、ピンクはもちろん『桜』。


 モチーフを雑に選ぶからこうなるんだ、なんてことを心の中でつぶやいている時点で、彼はすっかり戦隊ヒーローという存在を疑うというところからずいぶん遠くに来てしまったようだ。


 松原総合警備、その真の姿は、世界征服を狙う悪の組織から世界を守る地球防衛隊なのだった。


 今日は、その新人歓迎会。

 もちろん全員が、芝原が持っているのと同じ『変身ケース』を携行している。いわゆるスーツケース、旅行に行くほどの大きさではないが、普段から持ち歩くのはちょっと恥ずかしい大きさ。


 出動命令があるとき以外は開けるな、と厳命されていたため、その中に何が入っているのかはまだ分からない。

 ……が、なんとなく、想像が付く。


「じゃ、緑とピンクの加入を祝って、かんぱーい!」


 球磨川が三回目になる乾杯の音頭をとる。


「うっせーよ、独りでやってろ」


 赤を拝命している割にクールな足立。


「だって女子だぜ、女子! この戦隊にもついに女子が!」


 いい大人が女子女子叫ぶのもどうかと思う。


「いいんですか、その、いつ出動かも分からないのに」


 芝原がおずおずと尋ねると、


「ふふん、素面で戦隊ヒーローなんてやれないよ」


 青=安倍が、半笑いで答える。


 その瞬間、彼らが左腕に装着していた腕時計型受信機が鳴る。


「っとぉ、ほーら、新人君がおかしなこと言うから、来なすったよぉ!」


 球磨川が懐から携帯電話を取り出し、短縮ダイヤル四番に発信する。その通話先は、松原総合警備保守センターだ。


「もしもし、モクレンジャーブラックです。お疲れ様です。呼び出しがありまして……はい、はい、怪人、はい、……明日じゃダメですか? ――なるはやで。戦闘場所は……あ、これから押さえるんですね、了解です、じゃ先方様にもよろしくお伝えください、はーい、失礼しまーす」


 折りたたみ携帯電話をパチンとたたんで、球磨川は胸ポケットに戻す。

 突然ビジネスマン然とした電話応答を見せた彼の姿に、芝原はぽかーんと彼を見ている。


「ん、ああ、そうか、新人君は怪人は初めてか。悪の組織の怪人がね、出るんだよ。それをやっつけに行くのが俺らの仕事」


「あ、はい、まあそれはなんとなく知ってますけど……ケータイで連絡するんですね」


「そりゃそうよ、昔は大変だったらしいよ? これがピーピー鳴るたびに公衆電話探してさ」


 ああ、なんか、そういうの、聞いたことがある。ポケベルとか言ったかな。


「で、場所は」


 足立が尋ねると、


「ああ、折り返し待ち」


「そうか、いつも悪いな、俺もそろそろ携帯持とう」


 携帯も持ってないヒーローかあ。いや、むしろヒーローには携帯なんて持ってて欲しくない、なんて思わないでもない芝原。


 そして再開する酒盛り。


 怪人が出たんじゃないの? と心の中で突っ込みながら、絶対口に出して突っ込まないぞ、と意志を固める。なんかもう、いろいろと、そういうアレなんだろうな、と。


「こんどは何怪人かなー」


「楽しみにしてるのお前くらいだよ、球磨川」


「だって毎回趣向を凝らしてさあ。あちらさんにもなかなかセンスのいいヤツがいるってことだぜ?」


「ふふっ、私もあのノリは嫌いじゃないですよ?」


 安部がまたも薄笑いで肯定すると、足立はあからさまに頬を膨らます。


「いや、気持ち悪いだろ、普通に。こないだは『枯葉剤男』だぞ? しかも、それのどこをどう擬人化したらあんな美少女戦士風になるんだ?」


「こっちがむさい男ばかりだから気を使ったんだろ」


「脛毛の生えた男がミニスカートハイソックスで。おえっ」


 居酒屋のオープンスペースの彼らの席は、周りから丸見えの場所。そんな場所で『怪人が』とか大声で話している時点で、もう秘密結社とかなんとか、どうでもよくなってるし。

 だが周りも、彼らのことなんて気にしていない。

 そもそも居酒屋とはそんな場所だ。隣のグループが大声で何を叫んでも、それを言葉として認識しないという暗黙の了解のある聖地。

 ビジネスマンが本音で語り合える聖地なのだ。

 ヒーロー戦隊がビジネスマンなのかどうかはともかく。


 まもなく、ブラックこと球磨川の携帯電話が鳴る。


「はい球磨川――モクレンジャーブラックです。お疲れ様です。あ、はい、分かりました、駅前公園ですね。先方様の到着は――あ、もういらっしゃる。分かりましたすぐ向かいます」


「駅前公園ですかね」


 相変わらず、腑抜けた笑いを漏らしている安倍だが、きっちりと球磨川の会話を聞いていたようだ。


「そうだな。よし、じゃあ行くか」


「じゃあ会計やっとこうか、先に着替えてて」


 足立が伝票を持って立ち上がり、球磨川と伝票の奪い合いを六秒ほど繰り広げてからそのまま会計に向かった。どうやら、足立と球磨川が一番の古参らしい。


「新人君、えーと、芝原君と都留さんだったかな、初出動がこんなどたばたで悪いけど、早速、頼むよ」


「あ、はい」


「着替えるって聞こえましたけど」


 ずっと黙っていた都留がようやく口を開いた。


「ああ、もちろん、そのスーツケースの中身は、文字通り、モクレンジャーのスーツだ。着替えるときは、『モクレンジャー、プラント・イン!』と叫んで好きなポーズを。俺が先にやって見せるから……ああ、都留さんは女子トイレだから見せられないか、うん、好きにしていいよ。『モクレンジャー、プラント・イン!』だからね」


「トイレで着替え……」


「会社にいたら更衣室があるんだけどね、悪いね」


 あまりのことにぽかーんとしている芝原と都留を横目に、先に阿部が青いスーツケースを抱えてトイレに入っていく。


「あと、先ほど、『先方様がもう』って聞こえましたけど、どなたかお待たせしてるんじゃないんですか?」


 と、再び都留。


「あ、そうそう、怪人のほうはもう公園についてるらしいから。あまりお待たせしないようにしないと。名刺も忘れないでね」


 大丈夫か、悪の組織。

 大丈夫か、地球防衛隊。


 心の中でつぶやきながら、モクレンジャー、プラント・イン! の掛け声で、芝原はスーツケースから取り出した緑色の全身タイツ風バトルスーツの腰のベルトをきゅっ、と締めた。


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