落石注意
人に、何か不思議な力があるらしい、とわかり始めて早数百年。
今では、簡単な検査で、どんな能力があるのかがすぐ分かるようになっていて、ちょっと高額な『イニシエーション』さえ経れば誰でもそんな能力を使えるようになっているから、僕が不思議な能力を持っています、とカミングアウトしても、さほど驚かれることはない。
もちろん、検査二百クレジット、イニシエーションは一万クレジット、サラリーマンの平均年収に近いコストがかかるわけなので、『能力持ちカミングアウト』はすなわち『ちょっとしたお金持ちカミングアウト』にも等しい、という意味では、僕が能力を明かすと驚かれるのは確かだ。
と言っても、僕はまだ、人前で能力を見せたことが無い。
だって、危ないから。
「――でさ、親父にねだって、イニシエーションしたんだ」
そう語るのは、最近できた友達、荻野。下の名前は忘れた。
「へえ、すごいじゃん。やって見せてよ」
相槌を打っているのは、姫路。下の名前は、やっぱり忘れた。
「いいか、ここ見てろよ――んんんっ」
荻野が気合を入れると、彼が左手に持っていた白い紙の中央が次第にこげ茶色に変わり、最後には、ぽっ、と火がつき、瞬く間に紙は燃えて消えてしまった。
「うわあ、ほんとに燃えた!」
姫路は目をまん丸にしている。彼女は彼女で何か能力を持っているらしいんだけれど、イニシエーションはしていないとのこと。
「何でも燃やす的な? 正確には、見つめたものの温度をどんどん上げられる、って能力らしいんだ」
「いいなーいいなー。あたしもイニシエーションしたーい」
「姫路の能力って何なんだよ、結局」
「うーん……イニシエーションしたら突然使って驚かそうと思ってたんだけど……」
荻野の問いに対して、姫路は体をくねくねしながら出し惜しみ。
「なんだよー」
「亡くなった人と、話せるの」
なんと。そんな能力は初めて聞いた。
荻野も同じように驚き、口を半開きのまま何も言えないようだ。
「荻野君さ、前に、亡くなったお母さんともう一度話したいって言ってたじゃん。だからさ、がんばってお金貯めて、いつか、お話させてあげたいな、って……」
この二人、別に付き合っているわけじゃないんだけれど、まあ、ほっとけばくっつくだろうな、と誰もが思っている。姫路は、そのほのかな気持ちを隠しているつもりなんだろう、でも、そんな風に言っちゃったら告白したも同然なんだけど、分かってるのかな。
「い。いや、いいって、そんなだったら、そのさ、俺がお金貯めて、お前のイニシエーション費用出すからさ、待ってろ、絶対待ってろよ!」
あーはいはい、ご馳走様。
「野依さんは、能力、あるの?」
昔の友達には何度かカミングアウトしたことあるけれど、最近できたこの二人の友達には、確かに話したことがなかった。
「ああ、あるよ、能力」
「え、使えるの!? 水臭いなあ、教えてよ」
姫路のきらきらとした期待の目を見ると、つい教えたくなる。今までの友達も、こんな風にねだられたからついつい教えちゃったけど。
「えーと、石を、落とせるんだ」
「……?」
そりゃ、そうだよねえ。石を落とす能力なんて。何の役に立つんだっつー話だよね。
「どこにでも、か?」
荻野が興味を示す。
「うーん、たぶん、どこにでも」
「たぶんって」
「やって見せてよー」
困ったなあ。
「危ないんだよね、これ」
「やってみなくちゃわかんねーだろ」
そうは言ってもなあ。ある程度、危なさは分かってるから。
「僕もうまく落ちる場所を調整できるわけじゃないからさ、絶対大丈夫、ってときじゃないと」
「でも石が当たったくらいじゃ人は死なないから」
「打ち所ってものがあるよ。生き物って案外もろいんだから」
僕はつい表情が暗くなる。
「昔、さ、落とした石で、生き物を殺しちゃったことがあって。そのことをまだ後悔してるんだ」
「はあ、相変わらず、お前さんはお優しいことで。後悔してるってことは、反省もしてるってことだ」
「そうよ、ちゃんと悔いているんなら、きっと、許してもらえるよ」
「……ありがとう」
こんな風に僕の罪の意識を受け入れてくれるなんて。
「でもなあ、せっかく大金かけてイニシエーションしたってのに、使ってみればいいのに」
「ごめんよ。今度見せるから」
荻野は、しょーがねーな、と苦笑いしている。姫路は、そんな彼を見てにこにこしている。
僕の能力を打ち明けられるようになっただけで、僕の気持ちはだいぶ楽になる。こんな風に話せる世界になるなんて思いもよらなかったから。
だから、この世界で僕の能力を使うことは当分ないだろうな。
6500万年前につい試しに落としちゃったときは、恐竜がごっそり絶滅しちゃったもんな。