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採用面接

 若者が椅子の横に立つ。

 その向かいに、長机。そして、スーツ姿の男が三人。

 それは、面接会場。


「葛城経済大学所属、芝原勝義です」


 若者、芝原はそう言って、深々と頭を下げる。


「ありがとう、かけて」


「失礼します」


 面接室のドアのノックから始まるルーチンワーク化した就職面接のイニシャライゼーションフローを終え、ようやく芝原は席に着いた。


「こんにちは、松原総合警備の人事部採用課、太田です」


 真ん中のもっとも若そうなスーツ男が笑顔で挨拶する。


「こちらが課長の前田、こちらが部長の迫谷」


 続けて、左右の少し歳をとった二人を彼が紹介する。


「では、早速」


 そう言って太田は手元の芝原の履歴書に視線を落とす。


「えー、ゼミは、国際経済。高尚そうな感じですね、どんなことを?」


「はい、現在の経済はグローバル化していて、一国の市場を分析するだけでは十分ではありません。しかし、全世界を一つの市場として分析するには法制、税制の違いなどあまりに多くの障害があります。それを、適当な境界条件を用いた有限要素法による数値解析的なアプローチで解決しようというのが私の研究テーマです」


「なるほど、それは、どんなことに役に立ちますか?」


「世界の紛争などはほとんどが経済的な格差に根ざしています。その格差の生じる理由を客観的に分析し解決策を提示することで、無用な紛争を防ぐことに繋がるかと考えております」


「つまり、君の研究は、世界平和のため、ということですね」


「そこまでのものとはおこがましくて言い切れる自信がありませんが、そのような形で役に立てればと思います」


「ふむ」


 大田は、左右の上司に二回視線を送る。上司はいずれも軽く目を伏せて視線に応答する。


「ともかく君自身は、君の行動が世界平和に繋がればと思っている」


「あ、はい、もしそうなら、とは思います」


「……さて、では、弊社を志望した理由は?」


 国際経済の研究などをやっている芝原が警備会社の採用試験を受ける理由など、一つしかない。ほどほどの条件でほどほどに安定した滑り止め。あくまで本命の巨大商社で滑ったときの保険として用意した数十社の一つに過ぎない。


「御社は総合警備事業者として民間にあまり知られた会社ではありませんが、特に企業顧客から高い信頼を得た日本経済の縁の下の力持ち的な存在です。さらには世界六カ国に拠点を広げそれぞれの対地から得たノウハウを活用することでさらに警備の質の向上を目指す、国際俯瞰的事業拡大を行っており、そのような事業に私の国際的な知見が一助にでもなればと思い志望いたしました」


 芝原は当然本音などマントルより深く秘匿し、事前に用意してあった志望動機をすらすらと諳んじる。


「なるほど。確かに弊社も、弊社の持つ国際的な知見により、世界経済の縁の下の力持ちとなり、すべての人々に平等な治安を、ということを社是として掲げています。それでは、仮の話として――」


 さあ、いよいよ、採用面接名物、トンチ問答の始まりだ、と芝原は身構える。


「世界が悪の組織に征服されようとしています。その時、あなたは何をしますか?」


 あまりにとっぴな設問に、芝原はしばらく言葉と思考を失った。

 ……世界征服?

 いや、治安を守ると豪語する警備会社ならではのトンチ問題なのに違いない。


「――失礼、質問を変えましょう」


 芝原の雰囲気を見てそうしたのか、あらかじめそのつもりだったのか、太田は言葉を続けた。


「こんな妄想をしませんでしたか? あなたの通う学校、その教室にテロリストが乱入したとき。あなたは、その妄想の中でどんな行動をとりましたか?」


 その言葉を聞いて、芝原は赤面するのを感じる。

 誰もがそんな妄想をしていると分かっていても、面と向かってそうと指摘されると恥ずかしいものだ。

 そして、妄想の中の自分の行動を思い出す。


「えーと、そうですね、まずは身を守るために机の下に身を隠して……クラスメイトの一人が人質に取られるんです。他の誰かが、やめろとか何とか叫んでいて……でも彼は何もできない。私は机の隙間をひっそりと這っていき、気付かれないようにテロリストの立つ教壇の真下に到達するんです。そして、ほんのわずかにテロリストが余所見をした隙をついて飛び出し、銃を持つ手に組み付いてもぎ取ります。その行動に、他のクラスメイトも立ち上がり、一斉にテロリストに襲い掛かって制圧するんです」


「なるほど、なかなか模範的な推移ですね」


「もちろん、そうでない妄想も時には。たとえば、失敗して自分が撃たれることもありましたし、クラスの誰かが撃たれてしまうことも」


「それでも、つまり銃で撃たれる未来を予見したとしても、君は毎回、行動を起こしたのですね?」


「――ええ、そうですね」


 危険と分かっていても行動を起こせるか? 警備会社のトンチ問題としては、実に気が利いているな、と芝原は思う。


「では、先ほどの質問に立ち戻りましょう。悪の組織に世界が征服されようとしています。あなたは、どうしますか?」


「そうですね、御社の一員として、それを防ぐ、無駄かもしれなくても抗う、ということになると思います」


 これが合格点の答えだろう、と、芝原は心中でほくそ笑む。

 滑り止め一社目は、ひとまずゲットだ。


「では、弊社からの質問は以上です。他に質問はありますか?」


「そうですね……危険な業務も多いかと思いますが、保険や手当てはどのようになっていますか?」


 入社して危険を冒す意思くらい見せておこう。


「業務の危険度を十段階でクラス分けし、クラスごとに手当てが出ます。また、クラスごとに危険業務従事ポイントが累積し、定められたポイントを超えるごとに人事上の適切な対応がとられることになっています。生命保険は任意ですが、提携保険会社であれば年齢審査のみで加入できる生命保険が用意されていて、八割が会社負担となります」


 こりゃまたずいぶんすばらしい待遇の会社だ。

 もしほかがダメなら、しばらくこの会社で国際経験をつむのも悪くない。


「ありがとうございます。質問は以上で結構です」


「分かりました。……待合室で十分ほどお待ちください。即座に採否判断してお知らせします。もちろん入社は芝原さんの任意ですが、国際平和のために身を投じるというあなたの理念に期待させていただきます」


 十分で採否?

 さすがに、そんな会社は聞いたことが無い。

 けれどもたとえば、警備会社では普通のことなのか?


 いろいろと訝るところもあったが、芝原は素直に待合室で待機する。


 やがて、彼の前に現れたのは、先ほど一言もしゃべらなかった部長の迫谷だ。


「お待たせしました芝原さん。端的に申しますと、合格です」


「あ、は、はい、ありがとうございます」


 内定とはこんなにあっさりともらってよいものなのだろうか。というくらいに、あっさりとした合格通知だった。


「さて、どのような業務への従事を期待させていただいているかを説明する前に……ここで、気変わりしてお帰りいただいても結構なのですが」


 確かに、そもそもが危険業務なのかもしれないと分かっているのだから、ここで帰っても良いという彼の言葉はもっともだ。

 それでも、せっかく得た滑り止めの内定を何も聞かずに蹴ることもあるまい。


「いえ、伺います」


「そうか、では説明しよう」


 とたんに、待合室の周囲の窓に分厚いシャッターが下りる。入り口も鉄製の二重扉が覆う。

 部屋が一瞬真っ暗になる。

 しかし次の瞬間、明転した待合室は、あちこちに赤青緑の光が瞬く巨大な壁面モニターと、何に使うのか分からないレバーがたくさんついた操作パネルとその他もろもろの陳腐な機械で埋め尽くされていた。


 ぽかーんとしている芝原の前にいる迫谷部長は、いつの間に着替えたのか、白を基調として赤、青のラインの入った全身タイツのような服の上にごついベルトや金色のマントをまとった悪趣味な格好に変貌していた。


「ようこそ、地球防衛隊へ。松原総合警備とは表の姿、我々こそ、世界征服をもくろむ悪の組織から地球を守る、地球防衛隊なのだ。私のことは、隊長と呼びたまえ」


「あ、あの、いや、えっと?」


「世界は悪の組織に狙われている! 過去にも何度もそのようなことがあり、そのたびごとに、われわれは決死の覚悟でそれを防ぎ、悪の組織の総裁を粉砕してきた。今世界を狙っている組織も一筋縄ではいくまい。一人でも優秀な人材が欲しかったのだ」


「あ、あの、ちょっと、あれ?」


「君がこの秘密組織に属してくれることを了承してくれて、本当に助かるよ。我々には、今、ヒーロー人材が足りないのだ。前の五人組も社内規定でローテーション異動してしまってね、今は三人でやっていたが、君と、あと今日の午後に来るもう一人で、再び五人の戦隊としての活動が成立しそうだ。期待しているよ」


「いや、そんな、そんなつもりじゃなくて、あ、やっぱり辞退します!」


「すまんがこの秘密を知って辞退はできん。最近は悪の組織もスパイを使うのでな。先ほど最終確認をさせてもらったつもりだが?」


 あああ、あれが最終確認だったんですね、と芝原はうなだれる。

 総合商社への道が。

 ……戦隊ヒーローに変わってしまった。


 せめて。


「面接の続き、もう一つだけ質問、というか、お願い、いいですか」


「言ってみたまえ」


「年収は、最終的に一千万円以上を希望します」


 その辺だけ釣り合いが取れてれば、とりあえずいいか、と思って。


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