8・「覚悟しておくが良い」
次話、投稿します。
ディオネーズが顔を真っ赤にしている。
「な、な、ななな……」
テンプレな反応だなぁと心の中に思いつつ、ここにスマホかなにかがあれば、きっと写真を撮って昔の友達に送っていただろうなというディオネーズの顔を真正面に捉える。
「お前に問答無用で捕まってから、丸一日以上だぞ?
エリオースの召喚に巻き込まれただけの俺の身にもなってくれ。
とりあえず、ペッ……壷でも瓶でもいいから、何かくれよ」
一瞬、ペットボトルと言い掛けて思いとどまる。
この世界にペットボトルなど無いだろう。
ていうか、尿意を我慢しすぎて少しテンションがおかしい自分が居る。
あれかな、これが女の子の身体と、男の意識の差なのかな。
普段まだいけるだろうという自分のレベルまで我慢が追いつきそうに無かった。
「は、破廉恥な!
ええい、ついて来い!」
そう言ってディオネーズがこちらに手を伸ばす。
そうすると堅牢と思われたこの鉄の檻がすいっと……ディオネーズの手だけを受け入れ、俺の手を取る。
華奢な体から想像つかないような強い力でぐっと立ち上げられると、予想していた鉄の檻の抵抗がまるで無いかのように扉が開く。
「どうした?
ああ、これは法術の一つだ。
拘束するのに組まれた相手の魔力や魔法を封じる術式は法術を行使できる者に最大の利便を図るようになっている、ヴァレネイ独自の技術だ」
うわー、法術万能だなぁと思いつつ、ヴォレネーシアス教の主神となっている神は大変に人族贔屓ですね、と舌打ちをしておく。
まあ、一神教かどうかすら分からないけれど。
「こっちに来い。
不浄くらい、兵の使う洗浄壷を使わせてやる。
その、なんだ。
女子が小べ……んだのなんだの声を大にして言うものではない!」
ディオネーズは恐らく今頃顔を真っ赤にしているのだろう、こちらをちらとも振り向きもせず俺をぐいぐいと引っ張っていった。
マギーとエリオースを見遣ると特に起きたり……エリオースにいたってはまあ、鉄の棺おけのままだよね、としか言いようが無いのだが、変化が無いのでまずはこの流れに乗ってみようと思う。
馬車を降りる際、バランスを崩しそうだったので、ただ引かれていただけの手をこちらから握り返す。
こうやって自分の足で動くのは実は初めてなんじゃないかと思わなくも無いが、エリオースの襟首を捕まえて襲撃に備えたときに少し動いたか。
その時にも思ったけれど、女の子の体っていうのは随分と力の入り方が違う。
筋力の差なのだろうけれど……あれか、TS物で幼馴染の男友達に犯される時に、「ぜんぜん抵抗できないっ」みたいな台詞はこういうことか!と実感する。
待て。
実感する場面がテンプレと違いすぎるだろと自分に突っ込みを入れた。
こんな事でなければ、女体の神秘とやらを自らの手で探求していたかもしれないのにっ!
くやしい、こんなに感じるなんてっ!とか、絶対ぜんぜん違う場面でそう感じるんだろうなぁとふと思った。
微妙にフラグっぽいので、頭の中から掻き消そうとぶんぶん左右に振る。
ふわふわと俺の銀色の髪が揺れた。
というか、先ほどからディオネーズの歩幅が広い。
どんどん先に行こうとしている。
「ディオネーズ、お前デートの一つもしたこと無いのか?
それとも女性を伴って社交界に出たことも無いのか?
少しは一緒に歩く人のことを考えろよ」
思わず突っ込む。
元々時間も人も足りない無い無いづくしな業界で働いていた俺だ。
人が足りないなんて理由が成立しない、イベント本番前2日間完徹で、当日ゲネプロでステージサイドを縦横無尽に走り回っていたら寝不足と栄養不足で足をつるなんてことは恒例だった。
自分の都合で歩を早めたいのは良く分かるが、随伴する人のことを考えないと本番中にクライアントを向かえてホストとして案内することなんて出来ないぞ☆
と意味も無く向こうでの……こちらからすれば異世界か、あの地獄のようながら平和であった生活を思い出す。
「あ、逢引などと!
我々聖騎士は教団の意思を守り、教徒の安全を守る最先鋒である!
あ、あ、逢引などに現を抜かすしている場合ではない!」
ここはデートと逢引が相互補完されていたのだろうか??
どうもエリオースのかけた翻訳術式なるものが一見万能に見えて穴があるようで、やり取りに自信が無くなって来る。
ともかくも言葉と裏腹にぎゅっと手を握り返してきたディオネーズが可笑しくてからかってやりたくなる衝動を抑える。
「で、どこまで行くんだ?」
多分、あの板の衝立のあるところがトイレなのだろう。
その割には独特の……匂いがしないのは不思議だが、トイレでなければあれは何なんだと言わんばかりのぶっちゃけ仮設トイレっぽいサイズの物体を前にディオネーズの手を引っ張り止める。
「あ、ああ。
あれだ。あの中に、洗浄法術のかけられた壷がある。
お前の枷は外してやれないが、大した抵抗もできまい。
ほら、ここからは一人で行ってくるが良い」
お人よしだなぁとか思いつつもまあ、逃げられないだろうなとも思い直し、素直にトイレに向かう。
入り口らしき幕をくぐるとそこには小さな穴とその底に壷が一つ、その両サイドに座れる高さの石造りの椅子?壁?
匂いはやはりしない。
教団の使う法術とやらが生活全般に役立つものなのか、或いはそれが『魔法』であってもそうなのか、量りかねながらその壷の前で……あれ?そっか、立つんじゃなくてこれは座るのかと思い気付く。
女の子ってどうやって小便するんだ???
……
…………
ええ、出来ましたよ、出来ましたとも。
昔一度だけ見たス○トロ系、盗○系のビデオが役に立ちましたとも。
まあ、見たのは本当に一度きりで背徳感に興奮する前に、なんていうかあの空間の匂いを想像してどうも受け付けなかったんですー、スカ○ロは。
○撮も延々と個室トイレで行為を映しているだけだからなぁ……まあ、企画物となるとまた違うんだけど。
なんていうか、ニッチすぎてぜんぜん嵌らなかったという記憶しか無い。
さておき。
変態王を目指すためには、食わず嫌いは駄目かなって。
死んだばあちゃんも食わず嫌いは止めなさいって言ってたし。
と言い訳をぐるぐると自分の中で無限ループさせてトイレから出てきたら、ディオネーズが苛立たしそうに腕を組み待っていた。
「遅いっ!
どれだけ待たせるの……」
言い終わる前に口を挟む。
「なら、見てれば良いだろうが」
「なっ!」
おーおー、顔が真っ赤やのう。
ディオネーズは噂に違わず?初心らしい。
まあ、その初心なハートに従って軍規を締めてくれるので、俺の貞操も守られているのだが。
「さ。
用も済んだし、さっさとさっきの檻に戻してくれよ」
ちょっとからかい過ぎたかと思い、真っ赤になりすぎて煙が出てない?と思わんばかりのディオネーズにおちょくるようにごめんなちゃいと言わんばかりにペロッと下を出して笑顔を向けた。
なんていうか、ディオネーズのこの反応が面白いから、もし今もまだ男だったら絶対やらねーよという仕草が次々思い浮かぶ。
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「お前は……あの背教者……エリオース司教に召喚されただけの者と聞く」
「は?」
あれ、このあたりの事情ってきちんと伝わっているんだっけ?と首をかしげる。
さきほどは早口にそのあたりを言った気もするが、当事者の言葉などいちいち信じるわけもないだろう。
「エリオース司教が私室に残していた資料から、今回の忌わしい実験召喚のレポートが在った。
エリオース司教が異教徒を召喚した事実は変わらないし、異端審問はもはや逃れられぬ道ではあるが……その」
エリオースが立ち止まる。
もう間もなく檻のある馬車だ。
「お前がもし、エリオースの悪意に巻き込まれただけの者、であるなら、最悪異教徒審判による処刑が無いよう、配慮しよう。
我々は異教徒を排除、この世界の隅々まで、ヴァレネーシアスの威光を届かせねばならぬ定めを、背負っている。
で、あるが、異教徒たる亜人は全て改宗をさせた上で、奴隷として保護し、しかるべき教育を施した後に、故郷まで送ることもやぶさかではない」
尊大な上から目線に加え一生懸命慣れないのであろう言葉を選びながら、その癖こちらをちらとも見ずに顔を真っ赤にしていうエリオースの言葉をじっと聞く。
え、つまりあれかい、奴隷になれば、なんか教育を施して故郷まで送ってやるよ!てこと?
故郷って元の世界のこと……じゃないわな。
「故郷ってどこか知っているのか?」
「エルフが築く大国家はここよりはるか南の大陸にあるミリノ大森林の中にあると聞く。
南の大陸は未だヴァレネーシアスの威光届かぬ未開地ではあるが、人の国家もあるし、獣人やドワーフどもの国もあると聞く。
ヴァレネイがこの中央大陸の覇権を握れば、南への足掛かりも出来よう。
そこまでは私の元にて保護してやろう、だから……」
この頭の固いお坊ちゃんが性奴隷なんてものを欲しがっているかはわからないが、多分、そういうつもりの奴隷では無いだろう。
どういうつもりで言っているのか意図を図りかねる為に俺の答えは一つだ。
と口を開こうとしたところで、人影が一つ。
「ディネーズ、こんなところに居たのか」
身長190cmくらいだろうか。
金髪碧眼の爽やかイケメンがこちらに近づいて来る。
「兄様!」
うわお、美男子兄弟ですか。
なんて勝ち組なんだ、あれか、両親も美男美女なんですねわかります。
と言わんばかりの二人が肩を並べる。
「ディオネーズ、異教徒にも紳士に振る舞うのは美徳ではあるが、お前は我がグリンファリオン家の一員なのだ。
例え異教徒で無くとも、女性にそのような顔を晒すものではないよ」
「兄様、しかし!」
「この場では、ディゲネオス師団長と呼びなさい。
もちろん、私的な場では兄様と呼んで構わないのだが……」
しかもあれだ。
きっとブラコンだこれ。
あれ?兄→弟ってブラコンは適用されるのかな?
などと呑気に考える。
先ほどから、ディオネーズに気付かれないよう、このディゲネオスお兄様がこちらに殺気のこもった視線を飛ばしてくるのですが。
「ディゲネオス師団長、しかしそれでは神の名の元にすべからく公正であれとする……」
ディゲネオスはなおも言い募ろうとするディオネーズの肩にそっと手を置いた。
とりあえず写真撮っといて、後でこの背景に薔薇とか合成したら売れそうな気がする。そんな光景だ。
「ディゲネオス師だっ」
「今日はもう遅い。
君の隊には明日、先方を頼みたいのだ。
もう天幕に戻りなさい」
尚も言い募ろうとするディオネーズを静かに威圧しながらもディゲネオスが優しく囁く。
「わ、分かりました……」
ディオネーズが何か言いたそうにこちらを一瞥したが、ディゲネオスの前ではこれ以上なにも出来ないだろう。
やがて、馬車とは反対の方向を向いて、早足でこの場を離れていった。
「さて……」
いよいよ、殺気というか不機嫌を隠さずにディゲネオスが口を開きながら、ディオネーズを見送ってその後ろ姿を見ていた顔をこちらに向ける。
その刹那、暢気に美男子兄弟のやり取りとニヨニヨと見ていた俺の頬を剣閃が走る。
左頬に感じる温かい液体は恐らく血なのだろう。
「いいか、亜人の雌よ。
ディオネーズがなんと言おうと、我々ヴァレネイに穢れた亜人を迎え入れはせん。
あまつさえ、ディオネーズに色目を使い誑かそうなど、断頭刑でも生ぬるい……が、この場で切り捨てては色々とまずいのでな。
お前の命は明後日の砦到着までと覚悟しておくが良い」
メスとか来たわ。
36のおっさんに何を、と思ったが今は相当に若い外見をしているのか。
しばし呆然としていたが、頬を流れ唇に触れようとした血をぺろりと舐める。
エルフとなった自分の血は、変わらず鉄の味がした。
「はいはい、ディゲネオスお兄様ん♪」
そう言って、にこりと笑ってやると相手の言葉を待たずに俺は馬車へと顔を向けた。
後ろでディゲネオスがなにやらわめいていたが、どうやら本当にここでは手を出してこないようなのでそのまま馬車へ向かい檻に戻った。
檻は先ほど出た時と変わらず、扉が開いたままで。
俺を受け入れると音もなく自動で扉を閉めたのだった。
基本、見直してから予約投稿していますが、ちょっとずつ予約投稿する時間をずらしてみようかなと思っています。
とは言うものの、自分も読み手だったこともあり、毎日定時に上がってくるのが楽しみだったという思いもあるので、試行錯誤に悩みます。
感想、誤字誤用ご指摘お待ちしております。