6・「堕落したか、エリオース」
次話、投稿いたします。
檻の中には大量のエロ本、エロゲ。
その下から染み出るようにしてじわりじわり広がる血溜り。
それを見つめる黒い影。
場面転換。
人型に線を引かれて、キープアウトのテープが貼られる、そんなオープニングを想像してほしい。
もちろんその犯人は俺だ。
「うん、良くある推理ドラマのオープニングパターンだな」
俺はそう呟いた。
けして、現実逃避ではない。
な、ないんだからっ。
……ここに来て、俺の現実逃避率の高さに少し戦慄はするものの。
今は見えないけれど、きっとこのエロ本、エロゲの山の向こうにいるであろう、変態に声をかける。
案外、うらやましいと思えるものでもないな、エロ本に埋もれるって。など、つらつらと考えながら。
「良いから、続きを喋れよ」
本に埋もれた変態、エリオースを促す。
エリオースは相変わらず、悶えて……ていうか、良くそこまで拘束されて悶えるとか、リアクションを返せるよね、と突っ込みたい。
なんか、エロ本、エロゲの山がくねくね、もぞもぞしているのだ。
「あ、ありがとうございます!」
何のお礼なんだ、と突っ込みを忘れて俺は自分の目を疑った。
そこには、大量の本とソフトが、光の粒子と化して消えていくそんな光景が展開していたからだ。
「うおっ、消えた!?」
ファンタジーな光景だ。
普通こういうのって、異世界行きましたー、ギルドに登録しましたー、初めて魔物を倒したら光となって消えましたー、とかそういうテンプレで感じるべきシーンじゃないのかい?
そして、本とソフトが消えて現れる、変態。
拘束具は千々に破れ、久しぶりのエリオース(全景)が見えた。
「ふう。ようやく解放されました。
奥義『心眼』は、どのような状態であれ見る嗅ぐ喋るを自在にする代わり、魔力を消費するんですよね」
ことも無く言うエリオース。
え、心眼てもっとかっこいい場面で使うものじゃね?とか思うものの、続きをせかすよう、顔を向ける。
「それで、そうそう。ケイさんの今の状況でしたね。
ケイさんは私が長年研究を尽くし悲願を込めて、こちらの世界に召喚した……そのエルフの肉体に最も親和性の高い異世界の魂です。
異世界に存在しているケイさんはそのままに、召喚時点でのケイさんを完全複製、こちらに喚びだし、肉体に定着させるべく術を行使いたしました。
こほん、ここまでで質問は?」
「それは、つまり向こうの、こちらから言えば異世界の『俺』はそのままで、帰る心配は特に必要ない、ということだろ」
ほぼ断定形で言い放つ。
「はい。察しがよくて助かります。
で、ケイさんが先ほどから使われている召喚術、ええと、本などを呼び出している術ですね。
それは、エルフとしての特殊魔法『英傑召喚』の一種だと思います」
「英傑召喚?」
「はい、色々と面倒なので説明は省きますが、この世界の種族には魔力を行使するのにあたり、種族特性とも呼べる術や、技を持っています。
エルフという種族にはその長寿という特性を活かしその長い歴史に存在した英傑を呼び出し、力を行使することが可能となる召喚術を持っているのです。
あ、もちろん、呼び出せるのはエルフの英傑のみ、ですが」
そんな説明を聞きつつ、タオルケットから出した右腕で、エロ本やらエロゲを生み出していた。
エロ本、エロゲにいたっては原則、所持したことのあるもの限定のようだ。
買ってから中古として売ったものは大丈夫らしい。
ただし、俺が所持を覚えているものに限るのだが。
あと、所持だと認識できないもの…例えば、お金を払わないもの、まあ有体に言えば、体験版などは含まれないっぽい。
ああ、いわゆるファイル共有で手に入れたものは残念ながら俺の手元にはひとつも無かった。
イベントを創る会社に勤めていた者としては、製作者の努力の成果である作品をコピーして所持することは、製作者への侮辱以外の何者でもない。
また、創作者にとっても今後の創作を著しく阻害するものであることを強く意識していたからだ。
さておき、初めて買ったエロ本……あの頃は作者単体の単行本ではなく、雑誌であったが……それを呼び出した頃である。
「ケイさんが先ほどから行っているのは『英傑召喚』の内、初期の段階である『英雄譚召喚』、まあ書物の召喚ですね」
「初期ってことはいくつかの段階があるってことか?」
「はい。そのとおりです。
英雄譚召喚が出来るようになり、数多くの英雄譚を召喚して経験を得れば次に『技能召喚』を覚えます。
まあ、字の如く英雄の使った技、奥義、魔法を使用する術ですね」
「ふーん」
次は初めて買ったエロゲから、次々に購入履歴を辿るよう喚びだしてみる。
今までに食べたパンの数は覚えていないけれど、今までに購入したエロ本、エロゲは意外と覚えているものだ。
なんてことを思う。
今は無きソフトハウスのそれも98で動いていたソフトが出てきてちょっとだけ鼻がつんとなる。
「技能召喚に慣れると次に『概念召喚』、全てを修めると最後に『英傑召喚』となります。
駆け足で説明してみましたが、何か質問は」
言いかけたところで、俺はエリオースに向かってそっと腕を上げる。
一本指を立てて、静かに、というジェスチャーをする。
こちらの世界でもそういうジェスチャーが通じたのか、エリオースが口を噤んだ。
俺たちが収監されているこの仄暗い馬車まで、誰かが近づいてきていたからだ。
それも飛びっきり、嫌な予感のするそんな人物だ。
鳥肌の立った肩を揺すりながら、その対面を待った。
□■□■□■□■
「ほう。珍しいものが捕まったと聞いてきたら、エルフか」
魔力によるであろう威圧を隠しもせずに、言い放つ甲冑の男。
幌を開け、太陽の光を背に男が厭らしい笑みを浮かべる。
あ、これ、嫌な敵のパターンや。
そんな風に思いつつ、その甲冑の端々に華美な装飾がされているのを確認する。
恐らくかなり上の身分に居るか、組織でも上位の実力を持った男。そんな印象を受けると共に先ほどのマギーの怖がり具合はこういうことだったかと実感する。
「俺の法力を受けてもまだ平然としているか。
どうだ?俺の性奴隷になれば、裁判を"軽減"できるよう便宜を図ってやってもいい」
「へえ、それでも"軽減"程度なんだ?」
思いっきり侮蔑を込めて軽口を叩いてみる。
別に平然としているわけではない。
こういう上から目線の輩に一度で良いから、言い返してやりたかったんだよね。
普段は、上から目線の大会社のクライアントを前にへこへこするしか無かったからね!
調子に乗って追撃。
「ていうか、性奴隷て。
童貞じゃあるまいし、がっつくなよ、おっさん。
もしくは、本当に童貞か?」
ここは性奴隷がフィクションではない、こちらの世界の常識にびびるところではあろう。
それを差し置いても、性奴隷を手に入れなければ欲望が満たせないのは想像力の欠如としか言いようが無い。
「……」
ここまで言われる経験が無いかと高を括っていたが、意外と冷静なおっさんである。
青筋が立っているかなとも思ったが、何も言わないところを見ると何を言っても無駄だと理解したのだろう。
などと暢気に思っていたら、おっさんの目はすでに俺に向いていなかった。
「……」
同じく先ほどの流暢な喋りとは打って変わって静かな威圧を持って、俺の後ろに居た変態……エリオースとにらみ合っていたのである。
「貴様ほどの男が堕落したか、エリオース」
「エルフの性奴隷を求める貴方ほどではありませんよ、カレンドロ性騎士様」
おい、今、漢字が違わなかったか?
あれ、日本語的文字入れ替えのギャグが通じるの!?
などと思わなくもない。
俺はまさか敵の目の前で魔法を使うわけにはいかねーしなーと思ったものの、すでに先ほど喚びだしたままの『性騎士リリオーネ』(フラットファースト著・1996年)を読んでいた。
まあ、書物を読む分にはなにも言われまいに。
変態と性騎士の白熱する視線での戦いを頭上に、気楽に考えていた。