4・「やっぱりお前はド変態じゃねーか」
遅れました。
次話、投稿いたします。
夢などちらとも見なかった。
異世界最初の睡眠の感想だ。
そして、目が覚めて最初にみたのはゆらゆら揺れる馬の尻尾だ。
知らない天井だ、など呟けるほど生易しいものではなかった。
現在、俺は手足を縛られて、猿轡をされて馬上の人となっている。
いや、荷物よろしく載せられている、という方が正しいだろう。
先ほどの聖騎士と名乗ったディオネーズ率いる騎士達であろう、数騎がどうやら並走しているようだ。
複数聞こえる馬の蹄音と、金属の擦れる音がしている。
石造りのあの仄暗い部屋からは出れたのだが、残念ながら今は夜だ。
相も変わらず真っ暗なので、ファンタジーのこの世界で外に出れた感慨も無い。
しかし、それ以上に気付くこともあって、実は気分はそんなに落ち込んでいない。
まずは、自分の境遇を整理しよう。
俺の名前は東井 慶。
この世界のネーミングのルールがまだわからないので、取りあえずケイとだけ名乗っている。
そして、ここは異世界。
それを判断するのは、自分が何故か日本に居た時の"男"ではなく、こちらでは"女"になっていてしかも、エルフなんていう架空であるはずの種族になっているからだ。
まあ、白スク水を着たエルフなんてのは、過去日本にはきっと数多生み出されていただろうがな。無論、二次元で。
女エルフで髪の毛は、恐らく銀色。蝋燭の火に照らされていたり、月光に照らされているのでいまいち自信は無いのだが。
そして身体は、向こうの俺なら土下座しても頼み込みたいレベル。何を?とは聞くな。
さておき、エルフであるということを自覚すると、絶対自分のものでは無いとわかる感覚……今、顕著に感じているこの聴覚の良さに気付いた。
まだ、それを理解することは出来ないが、人ならぬものの声というか気配すら耳と肌で感じている。
オカルトではないなら、エルフに親和性の高い精霊とかそういう類の気配なんじゃないだろうか。
そんなことを年甲斐も無くわくわくと思索に走っていると、本人達はひそひそと秘密の話をしているつもりであろう会話もつぶさにこの耳が拾ってくれる。
「エルフなんて初めて見たぜ」
「こりゃ、お楽しみが増えて…」
「馬鹿、ディオネーズ隊長の下でそんなことをすればその場で切り落とされるぞ」
「そうはいっても…」
「止めとけ、噂は全部本当だぜ」
とか。
下衆な話だがまあ、テンプレだよな。
俺も好きだぜ、女騎士物と女エルフ物。
だけど、おかずとして陵辱物は楽しむものであって、本当にやるものじゃないだろ。
こいつらには、浪漫がないのか、浪漫が。
まあ、俺はマッハ堕ちでも、じっくりでも最終的に堕ちていてくれればOK派なんだが。
等と、まあ、このあたりは、現実逃避だったりする。
これからどうなるのかなぁ…とうつぶせに寝させられているので、遠い星空も月も見上げることが出来ず、ぼーっとこれからのことを考えていた。
そういえば、この世界でも馬は馬だ。馬と呼ばれていないかもしれないが。
「ディオネーズ隊長、もう間もなく、魔女狩りの本隊と合流します」
「そうか、分かった」
この部隊は別働隊だったのだろうか、どうやら別の本隊とやらと合流するらしい。
くそっ、余計逃げにくくなるのか。
まあ、今の状態ですら逃げやすいとは全く言えるものではないのだけれど。
「分かっているとは思うが、異教徒は全て審判にかける。
それまでに手を出すもの、或いは、良からぬことを考えるものは全て背教の意思ありとして、切り捨てよ」
「はっ!」
おお、怖い、怖い。
まあ、そのおかげで、俺の操は守られそうなんだけど。
ていうか、エルフイコール異教徒とか、随分と過激な宗教なんだなぁ…
亜人とか言ってたからきっと亜人差別がひどい世界なんだろうなぁ…と人事のように考えていた。
□■□■□■□■
所変わって、今は檻の中。
どうやら本隊と合流したらしい。
結構な人数がいるっぽい、ベースキャンプのようなところに到着したからだ。
そこで俺たちは、馬から人の肩に担ぎ直されて、檻に放り込まれた。
隣を歩く銀色の鎧を着込んだ騎士がもう一人、多分、あの変態だろうエリオースっぽいのを担いでいた。
もちろんこの間は、奥義『寝た振り』だ。
そして、檻の中にはもう一人、少女と呼んでもいいだろう、若い女の子。
こちらは、人間のようだ。
まあ人間のようで、実は魔族でしたー、とか、少女に見えて実は小人族でしたー、とか言われたら俺の推測はまったく間違いになるのだけれど。
さておき、ご丁寧に大きな檻じゃなくて、ペットか、といわんばかりの狭い檻に無造作に放り込まれ、その際にぶっつけまくって赤くなっているであろう節々をさすっていたその時だ。
「貴方も、魔女の嫌疑をかけられて捕まったの?」
と、少女が口を開いた。
「中世暗黒時代かっ!」
思わず、突っ込み。
地球上には想像上は別として史実、エルフがいたことはないだろうから間違いなくここは別世界なんだろうけど、魔女裁判て。
異種族差別に魔女裁判、もしかしたら錬金術とか魔術とか思いっきり冷遇されてる世界なのかもしれん。
「?何を言っているの?」
そりゃ、わからんだろうね。
なんて一人ごちていたら、少し肌寒い風が吹き抜けた。
檻が並べられたこの場所、恐らくは護送用だろう大きな幌馬車の入り口となるテント布が風ではためく。
肌寒さを感じて、少し苛立ちを覚える。
「ひっ」
短い悲鳴が聞こえるとと同時に月明かりが差し込んだ為にようやくと俺は少女の姿を垣間見ることが出来た。
「エ、エルフ…」
どうやら、相手も俺の姿を見ることが出来たらしい。
エルフが怖いのかなー、と思って少し無表情を繕って小首をかしげてみる。
少女はそれだけで狭い檻の中、少しでも俺から距離を取ろうと後ずさる。
ガシャン。
あ、背中が檻にぶつかった。
でも、彼女への視線は外さない。
暗闇に紛れて様子が見えないため無表情はキープ。
「ひっ、ひっ…」
声にならない悲鳴とでもいうのか、過呼吸でも起こしかねなかったので、無表情から一点、にこっと笑ってみる。
「それじゃあ、余計に怖がられますよ、ケイさん」
俺の後ろの檻にいれらていたのか、背後からエリオースの声が聞こえた。
「いや、ちゃんと笑みを返していただろうに」
そう言って彼女へ向けていた視線を後ろに向ける。
「笑みを向けようが何しようが、思いっきり殺る気まんまんで、魔力を迸らせていましたよね?」
「魔力なんて扱い方がわからんっつーの」
「ええー」
なんてのんきな嘆息を聞きながら、俺は声のした方、エリオースがいるであろう檻側に向き直る。
「いやぁ、油断しちゃいました。
まさか、突入の時点から睡眠法術の土台を整えてくるとは」
あ、法術なるものはあるのね。
なんて考えつつ、自分の中で殺る気とか、敵愾心みたいなものを落ち着けるように、自らの呼吸を均す。
ひっひっふー。
あ、違う。
とにかく、意外と冷静なつもりで、少し気が高ぶっている自分に気がついた。
それをとにかくも、落ち着かせなくてはこの後、どう状況が動こうともまともに動けまい。
などと、落ち着いている自分かっこいい、みたいな妄想を描いて少しずつ少しずつクールダウンしていく。
「にしても、さきほどの魔力の威圧といい、私より先に法術から目覚めたことといい、ケイさんの魔力は規格外ですねぇ」
異世界テンプレ、主人公の魔力は規格外キターとか。
まあ、命が助かれば、それも後々堪能できよう。
が。
「何故にお前はそこまで拘束されている?」
エリオースはアイマスクに猿轡、ベルトでがっちがちに締められた拘束衣で見た限りほとんど身体の自由がないだろう状態で転がされていた。
「まあ、私の実力を知っていたらこれくらいはされて当然かと」
まあ、こいつのことだ。きっとこれもご褒美だろう。
「些細なことだが、猿轡をされていて何故にしゃべれる?」
「私の48の得意技のひとつです!
そして、」
「そして、お前は『この状態も気持ちいいものなのです』と言う!」
「この状態も気持ちいいものなのです、はっ!な、何故に私の言うことが!」
いっぺんやってみたかったのよね、このやり取り。
まあ、さておき、思いっきりもう一人いる若い女の子をほったらかしにした会話ではあるが、こちらにきてずっとやり取りしてきた変わらない会話に少しだけほっとする。
「やっぱり、お前はド変態じゃねーか」
ちょっとだけ口元が、張り詰めた頬が緩まるのを感じると同時に俺は変態にご褒美を与えたのだった。