9・「恥じらいと露出の快感を」
遅くなりました。
次話、投稿いたします。
湖エルフが長老、かつてはハイエルフの末であったフレイドフレイダ婆さんが長老と呼ばれるにおよそ似つかわしくない艶のある口唇を開く。
「改めて、自己紹介とするかの。
婆は、この湖エルフを束ねる長老にして、ハイエルフの末に名を連ねる血統、フレイダの末、フレイドだの」
「フレイダ婆さん、で良いのか?」
「フレイ、でも構わんの。
かつて、ハイエルフは血統も名前も分かりやすいように、愛称を決めたものだ。
血のダであろうと、個のドであろうと、フレイはフレイ……ふふ、懐かしいものだの」
「長老様をフレイと呼ぶ許可が得られる者など、少数でしょうに」
カレンが口元を隠しながら、この……どう見ても30台後半にしか見えない、熟した妖艶さを湛える長老エルフに突っ込みを入れる。
添えられた手に隠された口元は笑っているのか、引き攣っているか。
年齢不詳すぎる婆さん……フレイ婆さんは、食えない笑みを浮かべて、先を続けた。
「まずは……そうだの。
ハイエルフが生きた1000年前の昔話を少しだけ話そうかの」
ばばが喋ると、昔話も長ったらしくなるでの。
そう前置きされた、フレイ婆さんの昔話は、あっさりするほど簡単で。
逆に肩透かしを食らったような内容だった。
昔々、人族は地にあり、エルフ族は森に、ドワーフ族は山にあった。
『規律の時代』と呼ばれていた時代のことだ。
どの種族よりも長命で、どの種族よりも理性的であった種族のエルフ、その中で世界創造の時代から命脈を紡いできたとされるハイエルフの一族は全ての種族に国という概念をもたらした。
ハイエルフの12氏族が柱となり、皇帝を頂点に抱く今は名前すら失われた古代の大帝国。
それは、現在の南大陸に確かに存在していた。
そしてその中心には、今は失われた『世界樹』と呼ばれた巨大な樹が在ったという。
ファンタジー来た!と期待するも、"在った"というだけあって、1000年前、規律の時代の終わりに、それは失われた。
さて、そのハイエルフが治めた大帝国。
人族もドワーフ族も、もちろん、エルフ族も全て平等であり、統一の貨幣を流通させ共通の言語を使用していた。
住む領域は違えど、彼らは互いに互いを尊重し、交易し、清らかであったと口伝が残っているという。
フレイ婆さんの話に、「それくらいならカレンでも聞いたことあります!」と鼻息荒く胸を張ったカレン。
俺は無言で物理的にカレンの腰を折る。
「おおお……」と声にならない呻きを漏らすカレンを傍目に、フレイ婆さんに続きを促した。
その、『規律の時代』が終わる1000年前。
『魔王』の誕生により、それは終止符を打たれた。
ハイエルフの大帝国が名前を失伝しているのとは、別の理由で、この時代の最後に誕生した魔王の名前は現在まで伝わっていない。
その名前が禁忌とされているからだ。あれだ、名前を口に出すのもはばかれる『あの方』扱いで、何時の間にか、本当に名前まで失伝したというところか。
魔王がどこから来て、どう滅んだのか、それすら分からない今では、幾つかの説があるものの、その真偽は闇の中にあるままだ。
一つ、フレイドフレイダ……フレイ婆さんが語った最も有力な説としてあるのは、大帝国最後の皇帝が英傑召喚で喚び出したとされる黄昏の魔女、それが魔王だったのではないか、というものだった。
ハイエルフには、いつかカレンから聞き及んだように、英傑召喚という固有の魔法が存在する。
黄昏の魔女がそうなのか、そもそも魔女と呼ばれる存在が、ハイエルフにとって"英傑"なのか、それは今となっては分からない。
1000年とも、1万年とも憶測される、歴史ある古代の大帝国は、一晩で、中心であった世界樹を焼失させ、灰燼に帰したという。
それだけが事実として、残っているのだ。
「じゃあ、フレイ婆さんでは英傑召喚は使えない、というのか?」
「そうだの。
わしが生まれたのは、およそ950年前。
その頃には、いかな力を有したハイエルフとて、英傑召喚を使える者は居なかったよ」
「じゃあ、フレイ婆さんは、950さ」
「乙女に歳を聞くのは無粋じゃの。
ほほ。続けようかの。
世界樹が失われて、ハイエルフは徐々に力を失い、世界中に散っていった。
わしは生まれて幾許も無いうちに、父様と母様に連れられて、流浪の旅にでたよ。
50年に渡る旅の末、ここバレンダン湖に落ち着いて、それから900年……」
乙女かよ……そう思いつつも、フレイ婆さんの目が900年という膨大な時間の流れを思い出しているのだろう、すっと細められたその先を思い浮かべて、俺は黙って頷いた。
「わしの子も、旅の仲間の子らも、ここで生まれ、そして死んでいった。
この里の子は全て、わしの、わしらの子も同然。
キリエ、今は、カレンかの。カレンもわしにとっては、大切な姫御だの。
ハイエルフに名を与えられ、新たなエルフの脈となった今でも、の」
そう言って、ぽんぽんとカレンの頭を叩いて、にこにこと笑うフレイ婆さん。
俺以外に頭をぽんぽんされて、うーっと唸るカレンは中々にかわいいものがあるが、気をつけろ。
そいつは、重度の変態だ、フレイ婆さん。
「ケイ、と言ったかの。
お主は、かなり特殊な境遇のようだの。
ハイエルフはの、死ぬ直前まで殆ど肉体の衰えを見せぬ。
湖エルフの、唯一残ったハイエルフのわしですら、ほれ。この通り。
人族の言葉で言えば、いけるじゃろ?」
そういって、しなを作るフレイ婆さんは、確かに熟しきった果実の持つ濃密な甘さ香りを、思わず想像してしまうくらい、綺麗ではある。
言葉の端々がばばくさくなければ、だが。
これがロリだったら、噂に聞くのじゃロリかと感嘆もしたんだが。
「いける、て。
しかも、語尾にじゃろとつけば、台無し感が半端ないんだが。
さておき、だ。
フレイ婆さんの肉体の話と、俺の境遇がどう繋がるんだ?」
「ハイエルフの寿命は1000年程度、世界樹があった時代には、もっと長かったと言われておる。
そして、世界樹を失い、各地に散らばったハイエルフから、ついぞ今日までハイエルフが生まれたことは無い。
……それが、どういうことか、分かるかの?
今の、ケイ、ぬしの年齢容姿を持つべきハイエルフは、本来、在り得ない存在だの」
「えっと……」
めずらしくカレンがうろたえる。
フレイ婆さんの目は真剣。故にカレンはそこに割って入る言葉を持たないのだろう。
「はぁ」
ため息一つ。
「フレイ婆さんも、そのなんだ、見えてるんだろう?
そもそも、俺自身はこの肉体にあるべき存在じゃない。
だから、この肉体の出自について、語るべき知識も無いし、由縁も無い」
「長老様っ、お姉様はけして!」
「よいよい。
湖エルフは魂を色で見るものよの。
わかっておるよ、ケイは紛い物の魂なんかじゃあ無い、複雑だの、だが澄んだ色」
そう言って、フレイ婆さんは俺の頭を撫でて、続いてカレンにその慈愛ある目で見遣る。
「カレンは昔から、他の里人よりもそれを見ておったの。
だから、かの、この里に蔓延した澱んだものまで見て、それで、里を出たのだの?」
「長老様……」
カレンは声を上げず、小さく鼻をすすり、ただ俯いたまま一粒の涙を落とすばかりだった。
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深夜。
俺は、再びこの世界に来ていた。
すなわち、もう一人の俺が見ている、いや、見ていた世界。
凄惨な陵辱の末の死という結末で終わった前回に比べて、今回はとても穏やかだ。
きっとこの夢見る本人のこれまでの思い出が、たち替わり入れ替わり、さながら走馬灯のように……
「走馬灯じゃねぇかっ!」
俺がそう叫ぶと、何時の間にか隣に立っていたもう一人の俺がびっくぅと肩を揺らした。
「ひぅっ!」
と可愛い声を上げると、しまったと言わんばかりに口に手を当てる俺。
ややこしいな。
「おい」
「……」
「ごまかせると思ったか」
「……」
「……」
「てへ?」
無言の圧力に遂に屈した彼女が、おどおどとしつつも、舌を覗かせてばちこんとウィンクを、出来てないけど、ウィンクをした。
「てへぺろになってないぞ」
「うぅ」
隣に立っていた涙目の彼女に正対し、彼女の名前を呼ぶ。
「ケイ」
「…はい」
やはり。
不幸にも、俺の憑代となってしまった肉体の元の持ち主、その名前もケイと言うのだろう。
どこかで、その予感はあった。
俺が俺自身の名を告げたとき、現れたあの魔法陣。今でこそ何となく分かるが、あれは契約魔法のようなものだったと思う。
俺は彼女の名と自分の名を重ねて、この世界に召喚されたのだ。
あのエリオースがそこまで予測していたか今となっては分からないが、それがあいつにとって誤算だったのは確かだろう。
まあ、変態の真意を幾ら想像しようとも今は何も分からないので、とりあえず置いといて、だ。
「ケイ、お前、時々見てるだろう?」
「はい……」
「表の、俺にとって代わることは出来るのか?」
「いえ」
「代わりたいか?」
「……いえ」
「……」
「……」
ふぃふぃ、吹けない口笛を吹く、ケイ。
俺は無言で、その頭上にチョップを見舞う。
あ、俺も俺で、ケイの身体のままなんだ。チョップで見えた俺の、白魚のような手とあと手を振るった衝撃でふるんと揺れる、そのあれだ、二つの重量物で気付く。
「痛い……」
「余計なことを考えるな。もっとしたいこと、やりたいことを言っていいんだぞ?」
おずおずと俺を見上げるケイ、というか、同じ身体なので身長差はゼロ。それでも見上げているという印象を与えることが出来るのは、さすがと言わざるを得ない。
これが、生まれついての女の子という奴かっ!
「それ……」
「あ?」
「陛下にも言われました。
もっとわがままを言っても良いと、でも、私、それでお外に連れて行っていただいて、それで……」
あ、これ。トラウマスイッチ的な、地雷的な奴だ。
「あー、すまん!……そうだな、こうしよう」
突然大声を出した俺にびっくりしながらも、不思議そうな顔でケイは俺を見る。
「俺、東井 慶は誓う。ケイ、君をこれからずっと守ることを。俺の名にかけて、ね」
「!……はいっ!」
こうして、笑顔で頷いた彼女と俺とを柔らかな光と風が包んでいるような気がした。
「ところで」
「はい!慶様!」
「様て」
彼女の育ちの良さなのか、かしこまった呼ばれ方に頬を掻きつつ、俺は突っ込まざるを得なかった。
「まずは、隠そうよ。今は自分の身体だし、もう何度も見ちゃったから今更だけどさ」
「え!」
びっくりして、自分の身体を見遣るケイ、しかし、それでも彼女の態度は変わらない。
「裸くらいでしたら、別に恥ずかしくありませんよ?」
満面の笑顔である。
「恥じらいくらい持とうよっ!」
対して俺は、空間全てに響くくらいの大声で叫んで、頭を抱えるのだった。
……
…………
鳥の囀る声のする、爽やかな朝である。
ちっさいベッドに俺、隣に裸のカレン、あと何故かフレイ。
当然、婆さんも裸。というか、婆さん、すげーな。美熟女とかそんなレベルを超越してんぞ。
昨晩は遅くまで思い出話を語り、エルフのお酒を頂戴し、なんとなくフレイの寝室でごろ寝となった、そこまでは良いんだが。
「この世界で羞恥プレイや露出プレイは夢のまた、夢なのか……」
惜しげもなく晒された3人のエルフの肉体に、俺はこの世界の恥じらいという文化の無さに危機感を覚える。
い、いや、俺は今、女だし、同性だし、日本でも下着を穿くようになったのは比較的近代になってからだし……
昨日の同族に、しかも異性に惜しげもなく、裸体を晒していたエルフの娘たちのこともあるし……
ということで。
一度試してみたかった、アレを行ってみる。
そう。概念召喚、その大規模実行……つまり、元の世界の、概念をこちらに持ち込めるか、だ。
ただし、エロ限定だけど。
やってやる、やってやるぞ!と雑魚兵士のような台詞を自分に言い聞かせる。
若干、寝起きだったり、寝不足だったりで、頭が回ってないかもしれない今なら、後でてへぺろしても許されるだろう、等と意味不明な供述を繰り返している自分を思い浮かべるまでがワンセットである。
込める魔力は目一杯!この世界に来て、魔力を知って、制御を覚えて、それでも尚、まだ、行ったことのない領域。
「この世界に、恥じらいと露出の快感をっ!」
後に確実に黒歴史となるであろう、馬鹿な台詞を、肺一杯に貯めた空気を全て吐き出す勢いで言ったった!
と、我ながら清清しい笑顔(推定)で、やりきった感を出していると、何時の間にか起きていたフレイが、胸元をブランケットで隠しつつ、頬を赤らめて言った。
「なにをしておるんだの?」
と。
フレイのその様子を見て、今の概念召喚が何となく上手く行ったことを確信しながら、俺は急速に熱が冷めていく感覚に囚われながら、気絶するのだった。
ああ、これが魔力切れっていうのか、と思いつつ……
……
「お姉様は馬鹿です! 大馬鹿ですっ!」
顔を真っ赤にしてぷんすかと怒るカレン。
是非も無い、結局俺はまるっと一日、気を失っていたらしい。
そうして、気がついて、目を真っ赤に腫らしたカレンに言った最初の一言が「お腹減った」だから、救いようが無い。
フレイが苦笑いをしながらもカレンを宥め、俺もいそいそと何時ものスク水を着込む。
着込むといっても、自分の身体に合わせて、着用状態で召喚出来るので、ほんの数秒だ。
ぐすぐすと鼻を啜るカレンの頭を撫でつつ、フレイが告げる。
「さて、ケイや。
お主が一昨日行使したという英傑召喚、だがの。
婆では、それについて詳しく教えることは出来ん。
そも、婆の歳では既に使えなくなったおった秘術だからの。
かつて、世界樹があったという南大陸のエルフの古都エイルヴァーンへ行くのが一番確実。だが、かの都市は秘された古都、誰も踏み入らぬ幻の都。
……この首飾りを持って行くが良いの。
既に道も失われていよう。だから、これが汝の道となるだの」
そうして、フレイが手ずから首飾りを俺の首にかける。
かなりの年代を経ているであろうその質感に、心なしか、見た目以上の重量を感じる。
「おい、フレイ、これ……」
「母様の形見だの。ケイが南大陸に向かうのなら、婆の形見になるかもの」
そう言って、お茶目にウィンクをするフレイの眼差しは、夢に出てきたケイの失敗したウィンクより数倍も魅力的で、優しくあった。
俺は、ただ、「ありがとう」というしか出来なかった。
定期的に投稿したいと思いつつ、会社の引越しと年末進行で書けず、
報告も出来ずでお待たせしてしまいました。
1週間以上空く場合は、活動報告で出来るだけ近況報告するようにいたします。
誤字脱字誤用のご指摘、ご感想、お待ちしております。




