8・「ハイエルフの、姫」
次話、投稿します。
なお、本日、第一章第一話を改稿しました。
大筋は変わっておりませんが、今の書いているノリとか文体とかで
書き直しをしました。よろしくお願いいたします。
エデイエーテル・ベルペリア・クル・バレンダイン。
今、俺たちの前に立ち、リルに尋問じみた問いかけをしている女エルフの名前だ。
どうも彼女は、というか、彼女を含む湖エルフたちは、リルと人族が一緒に居ることが気に食わないらしい。
気に食わない、という非常に子供じみた言葉で表現してよいのかは別として。
「ですから!
私の手落ちとはいえ、賊に囚われた私を救い出してくれた方と、その連れの方々を我々の目の届く安全なところへお連れしようと!」
「同志リールトリリールよ。
生きて戻ってこれたのだ。 一族で最も水を扱うに長けた術師であるお前が。
お前にほんのかすり傷さえ負わせられぬような腕前の弱き同胞には、このエデイエーテル、誰一人として不名誉な噂を口立てさせるような真似はさせんよ。
だがな」
エデイエーテルはその短く切り揃えられた髪の毛を少しだけ震わせて、何かを耐えるようにぐっと下を向き、意を決したように口を開く。
「我らの住処を焼き払い、汚し、それなお、我侭に大地を闊歩する人族と共にあることは、決して認めぬ!
村に入れぬことは当たり前、ここより先の立ち入りすら、お断りだ!」
「エデール……」
「しかもっ!
150年も前に村を捨て、あまつさえも人族の王家に聖女などと崇められ、随分とまあ、人臭くなった、そこな、女とっ!」
この時の、俺?
いや、俺はなんていうか、痴話喧嘩だなー、とか、エルフの人嫌いってどの世界でも宿命みたいなもんなのかなー、とかぼけっと考えながら、小指を耳に入れてこりこり掃除してたよ。
以前、鼻をほじってたら、「お姉様はそんなことしちゃいけませんっ!」とか言いながら、カレンのビンタを受けて、大変な目にあったからね。
ずぼっとさ。
血がさ。 どばどば出たさ。
まあ、そんなことを考えながらも、早く終わらねーかなー、って。 ちょっとイラっとしてたんだよね。
「何?」
ん?と首をかしげながら、俺は腰を抜かしでもしたのか、ぱくぱくと口を開け閉めしながら、地面にこんにちわしているお尻をずりながら必死に遠くに行こうとするエデイエーテルを見る。
「うちの、カレンに、何か……
文句ある?」
その後、盛大に鼻血を噴出させながら、俺にダンプカーもかくやな勢いのタックルを見せたカレンが、見事なジャイアントスイングを受けて吹っ飛んだのだった。
あ、いや、飛びついてきたその腕をさくっとみえない君でホールドしてね? そのまま、「どっせーいっ」と。 ちゃんとカレンには謝りましたよ?
というか、カレンの復活速度がどんどん速くなっているんだけど、スキル「復活」とか手に入れてないよね、と思いました、まる。
「うぅ、ひどいです、お姉様」
とりあえず、うやむやの内に、バレンダン湖の北の畔にあるという湖エルフの集落まで案内されることになった俺たち。
人族である、ヴィンガストとエーリカ、ユーフェミアもめでたく一緒にだ。
まあ、四方八方をエルフに囲まれて、やたら堅固な警備、もとい、監視付きではあるけれど。
「あのさ」
「はい、お姉様」
「ちょっと聞きたいんだけど」
「?」
カレンが小首を傾げる。
何時もなら、歯切れ良く質問をしているのだが、ちょっと言いづらい。
「湖エルフってさ、下着を着けないもんなの?」
「お姉様、下着を着けるのは、人族の貴族くらいのものですよ?
エルフの、人族で言う月のものが来る周期は10年単位ですから、特に必要も無いですし」
聞かなきゃ良かった、異世界エルフ事情。
いやぁ、確かにさ、湖上都市ヴァレビナンでお風呂屋に行ったときもなんとなーく気付いてはいたけどさ。
中世レベルだからなのか、それとも、汚れを水に漬けて「浄化」する魔法が存在するからなのか、下着というは余り広がっている風習ではないらしい。
王女マールレーンがコルセット的なものをつけて、胸の形を整えてたくらいか。 後は基本、ノーブラノーパンだ。
貴族の間では、胸の形を保つために、着用する矯正下着みたいなものなんだろう。
で、だ。
先ほど腰を抜かしながらも、静かに怒りを発する俺から、逃げようと試みたエデイエーテル、めんどくさい、エデールもなんつーか、見事にみえちゃってたわけで。
俺が女性になってしまっているからか、向こうの世界だったら、うひょー、と言いながら心のシャッターを切っているくらいのシーンなのに、妙に冷静に、あれ?と思うわけで。
なんというか、男だった時分に興奮を感じていたシチュエーションに何も感じなくなると凄い喪失感ていうのかな。
俺のアイデンティティみたいなものをさ、ふふ。 凄い勢いで無くなっちゃっているんじゃないかなって思うんですよ。
「お姉様、どうして泣いているのですか?」
「これは、心の雨だよ」
そうして、俺たちはバレンダン湖の南の畔にたどり着いたのだった。
「ここからは、我々湖エルフの術で道を作る。
キリエ……今は、カレンと言ったか、それとそこの正体不明のエルフ、その二人は問題ないだろうが、人族3人については、保証はせんぞ」
一睨み。
顔を青くしつつも、エデールが仲間達と湖面に向かい、手を掲げて何かを呟く。
途端。
十戒のシーンもかくやと言わんばかりに、湖面がさざなみだったかと思うと、一本の道を作り出した。
どうも、湖底に道のような隆起した場所があるらしく、そこまでの水面が、避けられて道になっているようだ。
「さあ、進むが良い」
ドヤ顔で言うエデール。
残念ながら、ヴィンガストは何時もの鉄面皮のまま、エーリカはふんすと鼻息荒く胸を張って一歩を踏み出す。
ユーフェミアは恐る恐るながらも、一歩一歩踏みしめるように歩を運ぶのだが、エーリカは腰に添えた手にぎゅっと力を入れているのか、実は少し緊張しているらしい。
主に、人族に恐れおののいて欲しかったのか、エーリカの強がりにも気付かず、エデールが舌打ちをした。
俺? 俺は、何とはなしに湖エルフの魔法が模倣できたから、水の操作とエロゲディスクの召喚を合わせて簡易な足場を瞬間的に作り、ぴょんぴょん湖面を跳ねていましたがなにか?
ていうか、俺の腰にぴったりと身を寄せたカレンは、元は湖エルフの癖に何故にきゃーきゃー言いますか。 そして、道を歩いているリル、どんだけ驚いた顔してんだっつーの。
湖面を走るという普通では体験できない、ちょっとした運動をした俺は少しだけ上機嫌で、バレンダン湖の北、湖エルフの集落に辿りついた。
「ここが、湖エルフの集落か」
「うぅ、お姉様、非常識すぎます……」
そんなこんなで、俺たちを迎えたのは、海女さんみたいな格好をしながらも、惜しげもなく上半身を晒した湖エルフの女性たちだった。
「おいっ、隠せよっ」
「あやー、こりゃ、綺麗な娘っ子だなあ。
おお、キーリエリリーン嬢ちゃんかい、200年も見んと随分、日焼けしてまってぇ」
「いや、聞けよ、男共も来るだろ!」
「あたしら、一向に気にしやしないよー」
「気にしろよっ!」
多分、漁でもしてたんだろう。
銛や籠を持ち、先ほどまで潜っていたのか水滴落としながら、生活感を漂わせる彼女たちは、言葉こそ地方のおばちゃんぽいけれど、皆、若いんだよ、少なくとも容姿は。
エルフは長寿だけど、あれか。 おじいちゃんおばあちゃんみたいにならないのかね。
俺の突っ込みを受けつつも、彼女たちはからからと笑っている。
追いついてきたエデール率いるエルフの戦士たちは、殆どが男だが、彼女たちを見ても何も気にしている様子はない。 まあ、ヴィンガストは反応がいまいち分からんけれども。
なんということだ。
俺は、異世界に来て、恥じらいの持つ大切な意味に気付いてしまったのだ!
恥じらいが、羞恥心が、下着が、それの持つ意味が無いと、野外露出って成立しないんじゃんっ!
俺は、再び泣いたのだった。
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「お姉様、さっき、凄くよこしまなことを考えていませんでしたか?」
「俺の好きなジャンルがまるごと一個、無くなったに等しいんだぞ。 それをよこしまなどと」
所変わって、ここは村の集会場。 会議場でもあり、村の長老の家でもあるここは、長老への面通しの前に待機させられるスペースでもあるらしい。
カレンの名は、キリエ、恐らく、キーリエリリーンというのだろう。 旧名を呼ばれ、少しだけ表情を暗くしたカレンは、「今はカレンです」とだけ答え、今、長老との面会に備えている。
面通し、とエデールが言ったように、カレンは村を無断で出奔した上、200年も音信不通、いや、少なくとも、どこでなにをしていたのかくらいは伝わっていたのだろう、立場で言えば招かざる他人という扱いになっていた。
外と、特に人族とは隔絶したように生きている湖エルフたちにとって、人に聖女と扱われ、今や、人族3人を連れてきた、一種の容疑者扱いだということも分かる。
俺は、彼女のなんていうか? 保護者っていうの? アンジェロの為にも守ってあげなきゃいけないからね。
都合よく俺も一緒に、ということだったので、この集会場で、カレンと一緒に座っていた。
「ジャンルってなんですか?」
「性癖だ」
即答である。 本当はそんなわけは無い。
「性癖ですか?」
「ああ。
そうだ。カレン。
今度、野外で調教してやろう」
「いやん、お姉様っ、今日は積極的ですね!
野外でも、屋内でもどこでもカレンは大歓迎ですっ!」
「そうじゃねーんだよっ!」
「えっ」
「野外と言われて、恥ずかしいと思う、それがなんていうか、興奮を引き立てる一つのエッセンスだろっ!」
「え、ちょ」
俺は今、二重の意味で、自分を見失っていた。
それは、そんな状況でも、かつて感じたほどの興奮を今、自分が感じることの出来ないもどかしさ。
野外露出ものとか露出調教ものとか、そういうジャンルが、羞恥の精神性が、この世界で通用しないという事実。
それらが、俺を、エロ本マイスターとして日々邁進していたはずの俺を、消し去ろうとしているようで、俺は一種の焦りを覚えていたのだ。
「痛いですっ」
気付かぬうちに食い込むほど握り締められていたカレンの肩を離す。
「す、すま」
言い終わる前に見たカレンの顔は恍惚としており……
「ぷっ」
俺は、悩んでいる自分が馬鹿らしくて、思わず笑ってしまった。
「ひどいです!お姉様っ」
カレンはぷくーと頬を膨らませて抗議をするけれど、それはけして本心では無いだろう。
カレンの心中と同じような穏やかな気持ちで、俺は、もう一度、カレンの肩をそっと抱いた。
「ありがとうな、カレン」
「はい!」
俺は、少なくとも、この世界から、元の世界に帰る方法を探していたはずだ。
そして、南の大陸のエルフに会いに船に乗ろうとして、リオーマンに捕われの身となった。
そこで偶然にも、エルフであるカレンと出会い、彼女を救うため、あと、俺を追うヴァレネイに歯止めを掛けるために、リオーマンのいけ好かない王と王子たちのその願いの代償として、魔物へと変えてやった。
この世界には無かった存在である魔物に。
そこから、海を渡り、南に行かなきゃいけないところ、何故か北の島国エベンデリスに渡って、今は湖エルフの居留地に居る。
湖エルフから召喚魔法について聞きだすことが出来れば……1000年も前に歴史の途絶えたハイエルフの魔法である召喚術がどれだけ伝わっているかは分からないが、人族であるエリオースが俺を召喚出来たのだ。 どこかで文献なり、口伝なりが残っているはずなんだ。
「カレン、ならびに、カレンを連れてきた少女よ」
やがて、見た目は40歳になるかならないかの、男エルフが俺たちを呼んだ。
「長老がお会いになられる。
ついてまいれ」
そうして、俺たちは、湖エルフの長老の待つ部屋へ案内をされた。
果たして、部屋で待っていたのは、白い着物のようなものを着た白髪の女エルフ。
長老っていうから、しわくちゃな爺婆を想像していたのだが、先ほどのエルフと同じく40台……もしくは30台後半の、すっごい色気を漂わせた女性が待っていた。
「よう参った。
バレンダインが長、フレイドフレイダ、湖エルフが一枝を任された、ハイエルフの末である」
「長よ、私は表に詰めていよう。
客人よ、分かっているかと思うが、妙な真似はせぬように」
フレイドフレイダと名乗った長老である女エルフが自己紹介をすると、俺たちを案内した男エルフがすっと身を引いて、扉の外に出る。
幾らなんでも、無用心じゃないか?
「さ、堅苦しいのは苦手であろ?
そこの椅子に座りなさい、一族の子、キリエよ、いえ、今はカレンかの。
それに……ハイエルフの、姫」
どくん、と。
心臓がはねる音が聞こえた。
応じるべき言葉を探していると、さっさと椅子に座ったカレンが俺の手を引いた。
「おばば様は昔から、若い女の子をお姫様呼ばわりするんです、最初だけっ!」
「ほほ、カレンや。 里の次代を担う子供は皆、王子に姫、だの」
「おばば様、変わってないっ!」
結局何も喋れず、俺は勧められるまま、椅子に座る。
「いやはや。
里を捨て、外の世界に出たキリエ、んん、カレンが、こうして戻ってきて。
今は血の絶えた、ハイエルフの、それもとびっきり若い娘御を連れてくる。
長生きはするもんだの」
「あ、いや、俺は」
「良い良い。
横の、カレンほど結びついてはおらんけれど、このフレイ、かつてはハイエルフの末席に連なっておったのだ。
だから、嬢ちゃんがハイエルフでありながら、別の色が混じっておるのも分かる。
まあ、里の者では、もはやハイエルフの魂がどんな色をしとったかなど覚えとるものは殆どいないがの」
そうして、歳に似つかぬほど、若い動作でウィンクをすると、長老フレイは、こう言った。
「かつては、世界中に新たな安住の地を求めて散らばったエルフ族。
終の棲家を決めて営みを重ねれば重ねるほど、しがらみが生まれ、里を出たカレンを裏切り者と呼ばねばならぬが、それでも、全てのエルフは、祖を同じくする、同志だの。
嬢ちゃんも、事情があろう、このフレイ婆、無粋なことはせんよ。
さ、聞きたいこともあろうに、緊張を解きんなさい」
「はい。
ありがとうございます、長老様……」
こうして、安息と共に俺は長老に話を聞くべく、口を開いたのだった。
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