6・「あれは、拷問です」
次話、投稿します。
この作品で出てくるエ○ゲエ○本については、全てフィクションです。
お気をつけください。
「う、うわぁぁぁ!」
誰かが、叫び声を上げた。
剣を捨て我先に逃げようとする者、抵抗を試みようとする者、ただ叫び声のみをあげる者。
それらすべてが、地面をのたうち這い回る赤茶色の触手……ばんぺん君で足を払われ、武器を絡みとられ、次々に無力化されている。
抵抗を試みる者には敢えて弱めの力で触手を展開、幾ら抵抗しても絶対に敵わない絶望を味わうまで、執拗に攻め立てている。
抵抗を最初に諦めた者は触手の肉波に飲まれ、その水面下で暴力の洗礼を受けている。
見た目的には、陸に突如できた、赤茶色の池の中で溺れる哀れな子羊と言ったところか。 それを触手に絡みとられ強制的に見せられている者は、目に見えない場所で起こっている蹂躙を音によってのみ知覚し恐怖を募らせるしか無いだろう。
もはやパニック映画もかくやと言わんばかりに、彼らは今の状況に恐慌し絶叫を上げているのだ。
叫び声が聞こえる間隔が徐々に広くなり、しゅるしゅると言う肉の触手が蠢く音のほうが大きくなってきた頃。
己が勝利を疑いもせず近寄ってきた盗賊たちは、突然の事態になす術もなく肉波に飲まれ沈黙しつつある。
ちなみに、第二波として登場した盗賊たちは、一人として殺しちゃいない。
気が触れた者も或いは居るかもしれないが。
事態が収束しつつある中、俺はまだ自由に動かせない自分の身体をゆっくりと動かしつつ、一人の男の前に立った。
ただ一人、盗賊のリーダーらしき男が、触手に囚われながらも油断なくこちらを睨みつけ、様子をうかがっている。
盗賊たちは人数にして、9名。
彼らは最終的に、傀儡状態でゆらり立つ俺の腕から繰られたばんぺん君によって両手足を絡めとられ、自由を奪われている。
殆どの盗賊たちがぶつぶつと祈りの言葉なのか、命乞いなのか、分からないくらいの大きさで呟いて、中空を見つめている。
ああ、もう。 叫び声がうるさいな。 時折聞こえる、思い出したような絶叫にイラつきを覚える。
そう感じると、速やかにばんぺん君が小うるさい男の口にその触手を突っ込んでいく。
どうもこの異界に俺の意識を移しての触手駆動状態では、俺の感情とか、欲求がダイレクトに反映されてしまうらしい。
それでも、賊共を縊り殺していないだけ、まだ俺の自重心が保たれている、と思いたい。
今更に人を殺す覚悟だとかで躊躇するわけではないのだが、ナチュラルに触手で行われる、主にグロな方向での蹂躙劇はなるべくなら遠慮したい。
どうせなら、エロ的な向きで使用したいところではあるが、女となった今では何故かそういう欲求は、妄想こそあれど実行するまでの心の熱量が上がってこないのが悩ましい。
俺だって、何が楽しくて男の凌辱劇を見なくてはいけないのか。 あ、無性に腹立ってきた。
盗賊のリーダーがものすごい勢いで吹っ飛んだ。
いかんいかん。自重しなくては。
そう考えて絶賛吹っ飛び中のリーダーの片足を絡め取り、もう一度、俺の手前に引き戻した。
さて。
仲間の一人が口から触手を突っ込まれて、鼻で息すりゃいいのに、パニくって白目向いてびくんびくんしているのを見てから、仲間たちは随分とおとなしくなっている。
リーダーも吹っ飛ばされて意識こそ失わなかったが顔を真っ青にして、俺の前で膝を屈しばんぺん君によって取り押さえられている。
状況終了か?
こちらの護衛騎士たち5名と相討ちとなった襲撃組であったろう30名にも上る盗賊たちの死体にちらと視線を向けて、やってみたいことを思いついたので、ニコリと笑ってみる。
ま、ばんぺん君の上位種、みえない君で表情筋を無理やり動かしているので、外面でどう見えているかに少し自信が無いんだが、ちゃんと笑えているだろう。
おい、何人かが泡吹いて気絶したぞ。
それ、失礼じゃないか?
まあ良い。 こういう時は手短に要件を話すべきだろう。
「お前ら、不死の肉体が欲しくないか?」
実は触手で駆動している今の状態では、あんまり、長いセンテンスがしゃべれないんだよね。
こいつらが使ったのか、はたまた仕込みだったのか、可能性はいくつか考えられるが、現在、カレン、エーリカ、ユーフェミアは強制睡眠中、より正確に言うならば俺の肉体もだが。
で、ヴィンガストは毒を食らったのか、はたまた、痺れ薬だったのか、辛うじて息はあるものの意識を失っている状態。
こちらの味方が全て使い物にならないから、それじゃ説明になってない、とか、意味が分からない、とかそんな顔をされても自業自得だろと思うんだが。
「な、何を……」
リーダーが辛うじてありったけの勇気を振り絞って、掠れた声で意味を問う。
「こういうことサ!」
その瞬間。
息を引き取った、明らかに死んでいたと思われる騎士、盗賊合わせて35名の死体が、ロボットダンスよろしく、不可思議な軌道を辿って立ち上がる。
もちろん、死んじゃった後なので知性など無い。
あー、とか、おー、とかうめき声のように聞こえる音は、実際には人体の構成を無視した動きで内臓が圧迫されて出てくる空気が弛緩した気道や声帯を通ることから出てくる空気漏れの音だ。
はい、ゾンビーとか、リビングデッドとか言われる、この世界初の生ける死体型の魔物ですっ!
「あばばばば」
あ、リーダーも泡吹いて気絶した。
種を明かすと、今回に限って言えば、リオーマンで魔物を作成したような王魔の種によるものでは無い。
ただ単に、ばんぺん君の長期稼働小型モデル、とびつきさんを文字通り寄生させて、意志に関係なく動かしているだけだ。
……日本人としては死者への冒涜と感じなくも無い。
俺たちの為に必死に戦ってくれた騎士たちはどこか落ち着いたところで纏めて、埋葬しよう。
この世界では、土葬なのか火葬なのか主流がどこにあるか分からないが、体は後で土葬する。 燃やしている暇は無いだろう。 自分たちで墓穴を掘って自ら入る様はきっとホラー以外の何物ではないのだがしょうがない。
鎧下に認識票みたいなの持ってないかなーと思ったが、そんなものは無さそうだ。 死体をとびつきさんで持って探らせてみたががそんなものは無かった。 罪悪感を覚えつつも、騎士たちはそれぞれ剣の意匠が違うし凝っているようなので、それを形見として持ち帰ることにしよう。
この辺りで人を殺す覚悟よりも、自分の為に死んでしまった人に対する罪悪感と贖罪の気持ちに整理を付けた。
そうして向き直ったのは、虜囚の身となった盗賊たちである。
本来、このとびつきさん。 いわゆる"とびっ○"と呼ばれる無線リモコン式ピンク○ーター的な使い方の出来る存在だ。
あ、もちろん、「ヴィーナス・プリズン~美姫虜囚~」(クアッドテイルスタジオ作・2009年)の作中ではね。
比較的早くに使用条件の解放が出来るので、ゲーム中では使用頻度が高い触手なのだが、まさか、それをなんちゃってゾンビ作成の為に使用するするなど開発者は夢にも思わんて。
ざっと30を超すゾンビたちに囲まれた盗賊たちは、今やばんぺん君の束縛から解放されても逃げる気配が無い。
というより、全員腰砕けになって、立てないようだ。 そりゃそうか、怪談や物語で聞く存在が、目の前に居るのだ。
今まで聞くチャンスが無かったが、居る居ないは別として幽霊とか祟りとかは、きっとこの世界にもあるだろう。 人の理解の範疇を超えた現象は、まずは見えない"何か"のせいにされるのだから。
さて、もう一度、問おう。
「ほら、仲間が寂しいって言ってるよ?」
言い切ってから、そういえば、と見渡せば既に全員が気を失っていた。
ちょっと演出過多だったかな。 やりすぎちゃった、てへ。
□■□■□■□■
所変わって、ここは盗賊のアジト。
襲撃された丘陵地帯から、街道を外れ半日ほど行ったところにある森林の中にそれはあった。
あの後、気を失っていた盗賊たち9名を集めて、全員一緒仲良く魔物へと落とした。
今回は今後のことを考えて、人の姿を取っていて欲しかったので、結果、魔物らしい魔物になってしまう王魔の種は使用しなかった。
その代わり、リビングデッド系恋愛シミュレーション「らすとらぶ おぶ ざ でっど」(EHREN作・2011年)で主人公が使用したネクロマンサーの秘術をそのまま再現させていただいた。
"突如勃発した第三次世界大戦により崩壊した日本で、通っていた学園で好きだった娘たちを祖先伝来のネクロマンシーを駆使して甦らせる、終わりゆく世界で最後に体験する奇跡の愛の物語!"
そんなキャッチフレーズで業界に衝撃を与えた、学園物のエロゲだ。
主人公を除くほとんどの登場人物が死人返りの上、メインヒロインの人物紹介では「あなたの新鮮な○○が欲しいの!」だった。 ○○はもちろん、血肉、じゃなくって、とある体液だった。 エロゲだしね。
ゲーム自体は、ライトなノリのギャグテイストなエロゲなのだが……意識ある不死者となったむさい盗賊どもに囲まれていると、どんな罰ゲームだよと思ってしまう。
あのゲーム、設定はぶっ飛んでいたものの、ヒロインたちはちょっと色白程度で描かれていた。
あれがスプラッタな描写だったりしてたら、間違いなく伝説のゲームとなっていただろう。
まあ、最終的に主人公も滅びゆく世界で自らを不死者の王へと作り変える前に、文字通り人間として最後にして永遠の愛を誓うエンディングは、廃墟と化した学校の屋上で夕日を背にしたグラフィックも相まって、退廃的な美しさを持っていたが……
等と、現実逃避をしてみるものの、やっぱり隣に居るのは、むさい盗賊どもだ。盗賊オブ・ザ・デッドだ。
完全に意識の無いゾンビとなった盗賊30名は途中の森で待機してもらっている。
カレンたちは、そのまま放置して置くわけにも行かず、虜囚の身としてアジトまで運ばせた。
あと数時間もすれば、眠りから覚めるだろう。
ヴィンガストもどうやら痺れ薬の類だったらしく、恐らく同じくらいの時間に効果が切れるらしい。
それで俺は一人、盗賊のリーダーの前に引き立てられている。
「それで、そいつらが、件のエルフか?」
「ああ、他の奴らは薬が効きすぎてまだ目が覚めてないが、こいつだけ妙に活きが良くてな、拘束と魔法封じをして連れてきた」
「ほう、さすが聖女として崇められるだけのことはある。美しいな」
リーダーだと思っていた盗賊は、リーダーではなかった。
どっちかっつーとサブリーダー的な存在で、今、この盗賊のアジトで偉そうに椅子に座っているのが本当のリーダーらしい。
ただ、アジトの規模的にどうも、ここは本拠地では無いっぽい。
広さとしては100名の詰められれば御の字という程度の、辛うじて雨露がしのげて、生活が維持できるような廃墟。
森の中にある廃棄された砦跡、それをアジトに彼らは活動をしているのだ。
しかし、サブリーダー曰く、リーダーは本隊と会合のようなものを開くべく、時折、このアジトを離れることがある。
リーダーは多くを話さないが、その会合後に別のアジトに拠点を変えたり、明らかに窃盗目的とは違う仕事を指示されたりすることがあると言う。
ちなみに、今回の仕事も明らかに窃盗目的ではない、とサブリーダーは言っていた。
例え誘拐目的であっても、騎士が護衛に付くような一行は、リスクが高すぎて本来、目標としないそうだ。
「美しいと思うのでしたら、貴方の物にしてしまえば良いでしょうに」
俺の言葉を受けて、リーダーが目を見開く。
ごくりとつばを飲み込む音が聞こえた。
しかし、何度かの瞬きほどの逡巡の後に、不意に目を逸らす。
「へっ。
お前を売って、言いなりになりそうな女を買いでもするさ。
俺ぁ、気の強そうな女は苦手でね」
「あら。
気の強い女を手練手管を尽くして、落とすのも楽しいですのに。
でも……野心の高い男は嫌いではないですよ。
貴方に、強欲の祝福を」
そう言って月明かりの下、リーダーの頬をその手でなぞってやる。
なすがままのリーダーは、我に帰ると、サブリーダーに牢へ繋いでおけ、と一言残して、部屋を後にした。
「いやぁ。
中々に純情な男じゃないか」
「うちのリーダー捕まえて、純情は無いでしょうに。
それより、これからはいかがしますか? ケイ様」
そう言ってサブリーダーが俺に跪く。
「お前の王は、俺じゃないぞ?
そうだな、その内、あのリーダーがお前達の王に相応しい姿になるだろうよ」
「御意に」
「ちなみに、このアジトには後、何人ぐらいが居て、俺達以外に囚われの身になっているものはどれくらい居る?」
「50名ほどが詰めております。
また、ケイ様のお仲間以外には、一人、先日攫ってきた湖エルフの少年が居ます」
「そうか」
そう言うと、俺は部屋を後にするべく踵を返した。
砦に着いた時点で、ヴィンガストは地下室に備えられた牢、カレンはサブリーダーの部屋、エーリカとユーフェミアは盗んできたという財貨の納められた部屋の牢へ振り分けてある。
あの時。
あの不自然な眠気に襲われたのが、誰の仕業によるものかが分からない以上、会った順番で選り分けてその行動を疑わなくてはいけない。
即ち、ヴィンガストか、エーリカ、もしくはユーフェミアのどちらか。
「誰が敵だか分からんからなぁ。
とりあえず、ヴィンガストの元に行くか」
最悪、どちらかがこの誘拐劇を誘導した可能性だってあるのだ。
とはいえ、御者であったり、死んだ騎士の一人であったり、或いは、この場に居ない誰かが仕組んだことである可能性だって残ってはいる。
俺に従順なカレンは別だが、あ、カレンがヤンデレだったら、という可能性も……と考えて、リオーマンからこちらずっとべったりだったカレンには謀り事を巡らせている時間など無かっただろうと思い直した。
精々、刺されたり家を燃やされたりしないようにだけ気をつけようと心に誓う。
「ご案内します」
部屋を出てすぐに、不死者になった9人の盗賊の内の一人が現れる。
彼らは不死者ではあるが、吸血鬼のような存在では無い。 彼らはあくまで意思のある死者であり、その活動の原動力として生き物の血肉が、そのうち必要になってくるだろう。
彼らは、人族の生活活動から大きく離れ、寿命ある存在では無くなったが為にこれから自身の存在について、考える時間がそれこそ、腐るほどあるのだ。
同族を増やすために進化するのも良し、肉を捨て去ってただ思考する存在となるも良し。
盗賊など野卑た存在に身をやつした彼らではあるが、こうして人としての煩わしさから解放してやれば、驚くほど哲学的に、紳士的に、彼らは変貌した。
なんて格好の良いことを言ってみたが、簡単なことだ。
シミュレーションゲームで、"ターンを飛ばす"。
その概念を意識だけに向けて使ってやっただけだ。
彼らは、肉体はそのままで、意識だけ既に数百年過ごしている。 数百年分時間を経過させただけで、人はこれだけ紳士的になれるのだなぁ、と思う。
「あれは、拷問です」
俺の考えを読んでか、サブリーダーがぽつりと呟いた。
俺はそれを無視して、ヴィンガストが収監された地下室まで足を進めた。
ちなみに、スプラッタ、ホラー映画は大の苦手です。
誤字脱字誤用ご指摘、お待ちしております。
あと、感想もお待ちしております。
1週間に一度の更新で申し訳ありません。
来週もよろしくお願いいたします。




