2・「湖底の最奥よりもなお暗く」
次話、投稿します。
王の御前で抜刀でどうなのかなーって。
もうちょっと、冷静に考えてみてはいかがかなーって。
「て、てへ?」
カレンとオーネイと呼ばれた男の間に険悪な空気が流れる中、俺は一縷の望みを掛けて、精一杯誤魔化そうと他人から見れば可愛いであろう仕草を取ってみる。
手は親指以外を指先で合わせ、三角形を作るようにして胸の前で合わせる。
口からちょっとだけ舌先を覗かせるのがポイントだ。
所謂てへぺろって奴、ってうぉぉぉぉ。
オーネイが青筋立てて剣を振り上げてきやがった。
か弱い女エルフに最上段からの振り下ろしかよっ!
そんなことを思う間も無く俺はすいと身体をオーネイに近付けて。
振り下ろされる剣を持つその腕を振り下ろされる途中で受け止め、流れるように腕を絡める。
そのまま、女エルフ故の身軽さを利用して体重を全て腕と剣に掛かるように乗っかり、ぐりん。
と回る。
ぺきん。
そんな冗談のような音を立てて、オーネイの剣が折れた。
「は……」
茫然とするオーネイ。
なんとなく達人じゃね?的な動きが出来たので俺はご満悦だった。
ふふん、とスク水に包まれた胸を張って、どうだと言わんばかりのドヤ顔を決めてみる。
てか、決めちゃだめだ。
「ごめんなっさーい!」
再びのてへぺろ。あ、これも失敗だ、と思った俺は即座に一連の動作の種明かしとなる、不可視の触手を再び発動させた。
ばんぺん君から連なる魔手シリーズ最終段階の一つ、魔王の見えざる魔手、みえない君である。
未だ何が起きたのか理解していないオーネイの腕を足を口を、分からないよう自然に拘束していく。
もちろん不自然に見えないように、足を挟んで転倒させてからのー、マウントポジション!
これも武術っぽく見せてるけど、みえない君の力技だ。
みえない君、「テンタクルキング~勇壮なる王女を触手の生贄に~」に登場するこの触手には随分とお世話になった。
捕まえたヒロイン達の羞恥パラメータを上げるため、見えない触手をまさしく"装備"させて、万人の視線に晒す、羞恥調教って奴だ。
今回は俺の身体能力をばんぺん君でサポートしつつ、相手の腕や剣に見えない触手を絡みつかせて、力技で折った。
うん、なんか武術的な動きで誤魔化してみたけど、ぶっちゃけ、力技も良いところでした!
しかもこれ、俺が敵の初動を捉えてようが無かろうが、自動で反応する凶悪性能だ。
そんな種明かしを知る由も無くあっという間に拘束されたオーネイ君は非難の声を上げようにも絶賛拘束中である。
声にならない声を上げているように見える彼だが、か弱く見えるはずのエルフに乗っかられ、は傍から見ればみっともなく見えたのだろう。
ようやくと事態に気付いて彼を抑える同僚達に引き摺られ、ご退場。
目の前にはガートフェンザー王と、俺の後ろにカレン、俺が男のままだったら三角関係ぽい構図だよなーと思いつつ、ガートフェンザーの言葉を待った。
「あー……」
彼も落としどころに迷っているらしい。
すぱすぱと物言いをしてきたこれまでの彼と違い、少し歯切れが悪い。
少しの沈黙、すわ放送事故かくらい、10秒も経っていなかったろうくらいに最近ようやくと肉がついてきたカレンが俺を庇うようにして前に出た。
「お姉様が欲しいのならば、この私を倒すことですわっ!」
油に火を注いだぞ! カレン。 あれ? 火に油を注ぐ、だっけ。
ともかくも、落としどころを探って沈静化しつつあったこの状況に、どうして煽りを入れるのだろうか、この娘は!
「ていっ」
ふんすっと胸を張って王と俺の前に立ったカレンの後頭部にチョップを入れて俺は再び、カレンを俺の後ろに隠す。
「王よ、エルフにとって手の甲は神聖なもの、先代の聖女であった彼女の行動も私を慮ってのものなのです……
どうか、お許しを」
はい! 100%デタラメですっ。
よく会社の先輩から「次から次にデタラメが出てくるな、お前」って怒られたこともありますが、これぐらいしか思い浮かばなんだ。
これでガートフェンザー王がエルフ研究家とかだったら詰みだわ、こりゃ。
痛たた、と後頭部をさするカレンを後ろに、俺はそーっとガートフェンザーの表情を窺い見る。
「は、ははは!
それは、失礼なことをした! すまん、すまんっ。
お詫びに、我が許嫁殿とその義弟殿と共に我が王宮に招かれてくれないか?」
……まあ、落としどころかな、と思いつつも、これって上手く立ち回れば、そのまま、逃走できたかな? と思わなくも無い自分の短慮ぶりに少し落ち込んだ。
そんな一悶着もありつつ、俺たちはガートフェンザー率いる北の島国エベンデリスへ渡る護衛船団に乗せられることになったのだった。
□■□■□■□■
さて、ここはエベンデリスに渡る船の上。
出航して既に3日が経った。
明日にはエベンデリスの港も見えてこよう、その晩。
月が海面を照らし、波穏やかな落ち着いた空気に包まれた夜の甲板である。
「はっ」
「えいっ」
先ほどから、アンジェロが一生懸命に"聖剣"となった王家の宝剣を手に素振りをしている。
その指導をするのはオーネイ。
船に乗りたての頃は、射殺さんとするほどの目線で俺を見ていたものの、アンジェロの真っ直ぐな目と態度に、庇護欲を刺激されたのか師匠、弟子と呼び合うまでになり四六時中、修行と称して稽古をしている。
昼はここにカレンとマールレーンがその様子を尻目にティーパーティー等をしているのだが、今は夜。
月の明かりを頼りにでも、一秒でも惜しいかの如く、戦う術を学ぶアンジェロの様子にちくりと胸が痛んだ。
それにしても。
「カレン?」
「はぁい。 お姉様?」
「お前も寝ていいんだぞ?」
「お姉様が居ないのに?」
「ハハハ、ウイヤツメー」
我ながら棒読みである。
カレンは、俺に助け出されてからしばらくは歩くのもままならないほどの虚弱ぶりだったのが、今では日常生活では問題ないくらいまで回復を見せた。
しかし、夜更かしはまだ辛いらしく、日が落ちるとまぶたが自然に落ちてきて、数刻持たずに寝入ってしまう。
子供かっ、と思わんでもないが、やはり灯りが貴重な異世界か、アンジェロやマールレーンも同様に夜は早めに寝てしまう。
一度、魔法でぱあっと灯りをつければ良いんじゃないか? と聞いたことがあったが、さっくり否定された。
この異世界で、唯一異世界らしい魔法という技術はそこまで万能では無いらしい。
火の玉をものすごい勢いで放出したり、水の力で癒したり、風で空を飛んだりなんて夢物語なのだそうだ。
異世界にときめいた俺の純情を返せ、と一人の変態の顔を思い浮かべたが、もっと魔法が万能だったならば最初の召喚時に詰んでるわ、と思い直す。
魔法とは、曰くこの自分の身に干渉する術だそうだ。
正確に言うと他人を含む肉体に、ではあるがとりあえずそれは置いておく。
例えば、清潔を保つ、消毒をする、身体を活性化させて尋常ならざる力を発揮する、身体が自然に持つ回復力を補助する。
過去、経験として蓄積された人類が認識している現象を手助けするのが魔法、ということらしい。
そこに特殊な鉱石と魔力を掛け合わせて、お湯を沸かしたり、冷やしたりする魔道具的な使い方が加わってこの世界の技術レベルはとてもちぐはぐだったりするのだ。
実はここにヴァレネーシアス教が大躍進を遂げている理由の一端があったりする。
ヴァレネーシアス教は魔法を法術と呼び換え、更にはありえないと考えられていた他人に干渉する魔法を開発したのだ。
俺が召喚時に使用されたという睡眠法術なんかは良い例だ。
他人を眠らせたり、自然治癒に任せられない損傷や病を治癒したり、果ては上級の法術使いの中には魔法で遠距離の敵を傷付けたりできる者が居るのだという。
それを聞いたとき、俺はディオネーズが放ったあの一条の閃光をとっさに思い浮かべた。
あれは魔法だったと当時の俺は疑いもせずに居たのだが、果たしてそれは本当にとんでもない一撃だったらしい。
ヴァレネーシアス教と言えど、そこまでの威力を持つ閃光を放てるのは、10人も居ないのではないか、とアーテミシアが語ってくれたことを思い出していた。
波の音に包まれて静かに揺れる甲板で今までのことを考えていた俺をじっと覗き見るカレンの目線に気付く。
「どうした? カレン。今日は随分とおとなしいな」
「カレンはいつも良い子にしていますっ!」
嘘をつけ嘘をと、数日前の騒動を思い出してじと目を向ける。
あかん、カレンさんはこれもご褒美にしていらっしゃるようだ。
くねくねと身を捩りながら、濡れた目を向けるカレンだったが、こほんと一息つくと、俺に向き直り決心をしたかのように口を開いた。
「今日は、お姉様にお伝えしなくてはいけないことがございます」
「カレン?」
「カレンはお姉様にお救い頂いた湖エルフです。
……今は、お姉様に名付けていただいたカレンという名と、ダークエルフという種になっていますが」
「……」
「あっ、べ、別にそれを恨んでいるわけでは無いのです。
あのままでは、私はもう少しも生きていられることが出来なかったのですから」
アンジェロとオーネイの稽古は続いている。
アンジェロの気迫のこもった掛け声が、しかし、その間隔を徐々に伸ばしているのは稽古の終わりが近いからだろうか。
「お姉様も、最初は私と同じ湖エルフか、或いはエベンデリスの北の孤島に住む海エルフかと思っていました。
ですが、この間の、私も知らないエルフの習わし、そしてお姉様の使う不思議な術」
えっ、あれ適当にデタラメ並べただけなんだけど、と思い抗議の声を上げようとカレンを見遣る。
カレンは分かっていますといわんばかりに、首を振る。いや、分かってないよね!?
「お姉様の使う術、召喚術は元々、エルフの中でも最も高貴で神聖な血を引くと言われるハイエルフのみに伝わる術なのです」
「ハ、ハイエルフ?」
「はい。お姉様はハイエルフなのです」
「イ、イヤァ、俺は普通のエルフだよ?」
適当にもほどがある。返答しておきながら我ながらそう思った。
普通のエルフてなんだ。俺は冷や汗を掻きながら必死に次の言葉を探そうとした。
そんな俺の様子をニコニコと見つめるカレン。
ていうか、カレンは俺をハイエルフだと断じているが、俺が動揺していることに疑問を持たないのだろうか。
俺が、ハイエルフだとして。高貴だか、神聖だかの血脈に連なる種だとして。
その事実を全く知らないということが可笑しいと感じないのだろうか。
「……カレンは、お姉様の作られた異界で、お姉様に蹂躙され身も心も完璧に作り変えられ……はぁぁぁん」
そこで、あのめくるめく快楽の世界を思い出したのか、色っぽい吐息を吐くカレン。
「こほん、話が逸れましたね。
あの世界でカレンは、お姉様の心とも触れ合いました」
「え、と???」
カレンの意図が読めない。
確かに俺が作り出した異界はエロゲの中の心象世界を模したものだし、それが実際、物理的にはどこにあるのかと聞かれれば、説明が出来ないのも事実だ。
だからとて、俺が本当はこの美しいエルフの娘そのものの存在ではなく、36歳を過ぎた冴えないおっさんだと分かるものなのだろうか。
否、異界で俺が顕現する時も、この姿であったはずだ。真っ裸ではあるけど。
「湖エルフは、清らかな水と共にあり……魂のかたちを見ることが出来る種族でもあります」
カレンが居住まいを直し、表情を引き締める。
「お姉様は……最初は二つの魂が別々にあるような、複雑でいて儚くもろいそんなように見えていたのですが」
「待て」
「しかし、あの異界を通じて、それは一つの魂として見えるようになりました。
あの国を抜けて以来、その魂のかたちは以前よりずっと大きく見えます」
「それ以上、」
「ですが、お姉様。
何故、お姉様の魂は大きくとも深い深い悲しい色をしているのですか?
夜の湖底の最奥よりもなお暗く、深い、それがカレンには悲しく思います」
喋らないでくれ。
それを言う前にカレンから告げられた俺の、俺には分からない、事実。
俺は何かを言おうとおぼつかない足元で椅子から立ち上がると、カレンの、言うべくして言わざるを得なかったとでもいう悲しそうな笑顔に向き。
そうして、何も言うことなく意識を失ったのだった。
感想、誤字脱字誤用ご指摘お待ちしております。