11・「希望など一かけらも残ってはいない」
次話投稿します。
「この世界の半分を望む!」
今一度、決意を込めて王が宣言をした。
フラグなんて概念は無いんだろうけど。
「おまえに世界の半分をやろう」をリアルに口に出して言っている本人、つまり俺は非常に恥ずかしいのだが、そんな夢物語をリアルに言われている本人、つまり王様は大変にご機嫌のようだ。
お前良く考えろ?
望みをかなえてやろう、なんて人質まで取って誘導した奴が唐突に、逆に望みをかなえよう、だぞ?
質問に質問で返すなと教わらなかったか?では無いが、苦し紛れだったこのやり取りもなんとかなったわけだ。
「これにて契約は交わされた。
王よ。
私の力、受け取るが良い」
取り繕って、尊大に出来るだけ儀式めいたものを感じていただけるように言葉を選んだ。
契約が成されたことで俺の魔力が吸い取られているのだろう。
この感覚に少しだけ顔をしかめつつも、俺は王の手に自分の手を重ねた。
俺の手に握られるは以前、試しにと召喚魔法で作った種だ。
時間が勝負となるので、少なくとも30日ほどは何事もなく過ぎてほしいところだが。
体内にしみ込んでいく種に気付きもせずに王は破顔した。
「聖女カートロットよ。
お主のような膨大な魔力を持つ者を聖女に迎えることが出来た我はこの国、いやこの世界に名を残す覇王となれるであろう。
苦し紛れにか我に投げかけた問いも最早意味はあるまい!
我の望みは最初からこの大陸の覇権だからの」
その笑みがますます下衆じみてくる。
「この契約の成立により聖女の魔力は殆どがこの玉座に流れ、我が国はその膨大な魔力をいかようにも使役することが出来る。
お主は契約により、そうさの。
半日ほどの自由から徐々に体を蝕まれ、2カ月の後には夜明けより正午程度の時間ぐらいしか意識を保つことは出来なくなるはずだ。
200年もすれば、やがて生きることすら意識できなくなるくらいまでになる」
恐らくは、思い出したのだろう、もう一人の聖女。
王は一拍、言葉を止めると狂気に満ちた目を向けた。
「先代が使い物にならなくなる前にお主が捕まって我は心躍ったよ。
2カ月後には第4代目聖女のお披露目式を行おう。
これからは大いに国威発揚の旗印となってくれたまえよ」
契約が終わったのか、魔法陣が今一度光を放つとその放出と共に文様が消え去っていく。
満足げに頷く王を見つめながら、呟いた。
「発芽はしたぞ。
王よ、自分の手で開いた箱の底、希望など一かけらも残ってはいないからな?」
そう言って俺は意識を手放した。
「**!
**!」
俺を呼ぶ声がした。
だが、それがどんな発音であるのかが認識できない。
放送禁止用語のようにバキューンとかズキューンとかかぶせてくれれば面白かったのに。
そう思いながら瞼をあけた。
目の前に心配そうにするアーテ、明らかにほっとした顔をしたマギー、ミーニャ。
マギーとミーニャのそれぞれ後ろには騎士が立っている。
まあ、見知った顔の騎士なのだが。
「**!
大丈夫か!?」
アーテが呼ぶその名前が聞き取れない。
これが契約魔法の影響か。
ケルビンやバークレイはこのようにして名を奪われたのか、と一息吐いた。
「私の名はカートロット。
この国の第4代目の聖女です」
そう言ってから、唖然とした空気になった周りを見渡し、アーテたち以外には誰もいないことを確認すると俺はニコっと笑う。
「こんな名前になっちまったが、俺は俺だ。
心配かけたな」
そう言うや否や、いの一番にマギーが抱き着きて来て胸元でぐすぐす泣いた。
よしよし、と頭を撫でつつも俺はアーテに向かい頭を下げた。
「二人に、こいつらを付けてくれたんだろ?
すまなかった」
契約魔法により俺は人の名前を口に出すことが出来なくなっている影響で身振り手振りを入れながら話すしかなかった。
「女王様!」
感極まったように件の隊長君が言う。
空気読めよ。
彼を手で制し、俺はアーテに続けて言う。
「2カ月だ。
2カ月後に聖女としてお披露目があるらしい」
アーテが下唇を噛む。
「で、まあ、俺はやっかいな約束事がある上に、二人も守りたいと来た。
それでだ、そこの隊長君には頼みたいことがあるんだ。
難しいことじゃない、簡単な仕事さ」
やっかいな約束事とはアンジェロとの約束のことだ。
たしか、ここにいる連中にはそれは知らされていないはずだ。
等と心の内で考えながらも、這いつくばろうとする隊長君以下2名の騎士をそのままの体勢に押しとどめつつこれからのことを指示した。
王様を筆頭にこの国には既にいくつかの"種"を仕込んである。
後は結果を待つだけなんだが、アンジェロはどうすっかなーと思案する。
アーテも、アンジェロも、その姉も巻き込むにはちと忍びないし、出来れば初めての同族ちゃんも助けたい!
いやー、贅沢な悩みだなーと思いつつ、そういう意味じゃないかと考え直した。
「あのさ。
もし、この先俺と別々になっても、俺は必ず南大陸を目指す。
だからさ、その南大陸で、待っててくれないかな?」
そう言って、二人……マギーとミーニャを見つめる。
二人は静かに頷くと、いつものようににっこりと笑ってくれた。
本当は何事もなくこうやって笑いあって過ごせる日々が続けば良いのに。
祈りにも似た俺の思いはしかし、俺が今後、この国でしでかそうとしていることを思えば吹き飛んでしまいそうなくらいの小さな物だった。
□■□■□■□■
俺が入れられたのは、白亜の塔。
その最上階、第三代目聖女様が幽閉されている部屋の一つ下の部屋だった。
1カ月後には第三代目と一緒の部屋になるとのことだ。
アーテがそう独りごちた。
「いやぁ、三食昼寝付、音も静か、仕事は座っているだけ、これって超ホワイトだよなぁ」
「ホワイト?」
「優良ってことさ」
意味が通じず首を傾げるアーテを見ながら、俺は今後のスケジュールを思い浮かべる。
王様から言い渡された期限は2カ月。
1カ月後には同族ちゃんと一緒の部屋に入れられるので、同族ちゃんをなんとかするのはそこからだろう。
そこから、1カ月で人形みたいになったエルフを契約魔法の呪縛から救い、お披露目の時までにこの国から脱出する算段を付けておかねばならない。
マギーとミーニャは賓客として軟禁されているそうだ。
まあ、その二人にはあと2週間もすれば仕上がる屈強の騎士様にでもお任せするとして。
アーテや、アンジェロ、その姉マールレーンにはこの際だから、ちょっとした役を付けちゃおう。
そうすると、残る王子たちにも何か役を上げないとすねちゃうかなーと考える。
こういうことはイベント制作と一緒だ。
然るべき日、まあこの場合はお披露目の日だな。
それに合わせて、キャンペーンと称して色々な小っちゃいイベントを仕掛けつつ、お披露目の日を否が応でも盛り上がるイベントにする。
まあ、音響照明特殊効果は魔法があるし?
出演者には事欠かないし?
しかも制作側のあごあしまくら、すなわち食事、移動手段、宿泊は完璧!
国家だから予算も潤沢とくれば、何も怖い物なんてないさ。
制作陣が一名しかいないってのがネックだけれども。
今後のことをつらつらと思い浮かべていると先触れの兵士が入ってきた。
そうして第一王子の来訪を告げる。
「第一王子ミケッロ様である!」
張りのある声を上げた兵士が扉を開く。
登場するのはあいも変わらぬオークぶりを体現していらっしゃるミケッロ王子。
「ふん。
かようなか弱き女子一人にこのような鉄格子など要らぬだろうに」
俺の目の前には、鉄格子。
どうも謁見の間にあったような魔法封じの同系統の術が施されているようで、吸い出され続ける魔力をかき集めてばんぺん君やエロ本を叩きつけてもびくともしない。
この部屋自体がそのような空間になっているようで、遠距離の召喚……それこそ、ヴァレネイの砦を落としたようなエロ本メテオストライクは不可能だった。
近距離ならその首くらいばんぺん君で捻り切ることは出来るんだけどなぁと思いながら、ミケッロににこりと笑ってやる。
「まあ良い。
聖女カートロットよ、いずれうぬの身柄はこの正統なる王位継承者たる我に引き継がれるのだ。
その暁にはその身も我のものになるのだ。
もう少し近うよれ。
先払いである」
なにを勘違いしたのか、好色な視線を向けてオークがぶひぶひ笑った。
ああ、もう。
俺の中でもうお前はオークで決定しちゃったじゃないか。
「王子様?
私は国に捧げた身なれば、今この鉄格子の向こうにはいけませぬ。
ですが、王子様。
お手を差し出していただければ、ほんの数瞬なれど触れ合うこともできましょう?
王子様。
ささ、お手をこちらに」
鼻息をいよいよ荒くして鉄格子にようやく差し入れたその右手をそっと包み込み。
「王子様には、暴食の祝福を」
腕の太さから手首以上にこちらに差し入れらないその右手に王様にも渡した"種"を植え込むと、俺はひらひらと手を振った。
もちろん、エルフのスマイル0円付だ。
熱にうなされるように惚けたままミケッロが踵を返す。
大きくなれよ!と緑なジャイアント風に見送ると、時を待たずして次の先触れがやってくる。
「第二王子ファボエロ様である!」
お前ら実は仲がいいだろうと思わず噴き出しそうなタイミングだがまあ、実際に図っているのだろう。
第一王子に遅れるわけにはいかないもんなぁ。
そうして訪れたファボエロは予想通り、不機嫌そうで。
八つ当たりとばかりに扉を乱雑に閉めるとつかつかと靴の音高く鉄格子まで近づいてきた。
「あらあら。
賢く気高い可哀そうな王子様。
あなたが望むのは何ですか?」
心底同情しながらそう言ってやったのに、ファボエロはそのか細い腕を不躾にも鉄格子に突っ込み俺の髪の毛を引っ張る。
「王子様は悪戯好きなのですね」
「言え!小娘!
たとい聖女と言えどこのファボエロ、容赦はせぬ。
兄とどのような密約を交わしたのだ!」
てか、痛いよ。
抜けたらお前、ぶっ殺すぞ。
と、元の世界の俺なら瞬間湯沸かし器のように怒っていただろう。
しかしこの世界では見目麗しい妙齢のエルフさ。
イケメン喧嘩せずと言うが見た目は大切だよね、としみじみ思う今日この頃だ。
「お兄様には暴食の祝福を与えました。
王子様にも祝福を捧げましょう」
小首を傾げて、ね?と問いかける。
そういえば、見た目妙齢でもこのエルフの身体は実際幾つくらいなんだろう。
この、ね?の動作がヤダー、BBAがなんかやってるーって言われるような年だったらショックだわ。
「王子様には、嫉妬の祝福を」
そう言って、髪の毛を握りしめたその腕をそっと握り、兄と同じく陶然となったその目を見つめながら、同じく"種"を植え込んだ。
期せずしてこの馬鹿息子二人にもこのイベントの舞台に上がっていただく段取りがついたのだ。
上機嫌にもなろうというもの。
よろよろと後ずさるファボエロに投げキッスをしてやるとさっさと行けとばかりにひらひら手を振った。
つか、投げキッスて。
俺の加齢臭溢れる行為に、しかしファボエロはふらふらと足運びもおぼろげに退室していった。
「おい。
**、いや、カートロット、か。
お前先ほどから何をしているんだ」
アーテがこめかみを抑えつつ、口を開いた。
「え?」
「エルフは長寿であると聞く。
であるならば、その年若い様子も本当は我々人族よりもっと年上であろう?
10やそこらの小娘じゃあるまいに、恥を知れ恥を」
ちょっ!
恥ずかしいっ。
アーテに言われたことで素に戻った俺は急速に顔が真っ赤になるのを感じた。
アーテはそんな俺の様子を見て、にやりと笑った。
「まあ、内緒にしておくよ。
それより、私も側仕えと言いながらもいつまでも同室が許されている身ではないからな。
何かあったら、その机に置いてある呼び鈴をならすと良い」
そうしてアーテは思い出したようにくつくつと笑うと、扉をくぐる。
ちくしょう。
くっころ要員にしちゃうぞ!
いや、本当にしないけど。
そんなささやかな復讐方法を思い浮かべていると窓の外の夕日が徐々に姿を消す。
日の光が失われていくのと同時に俺は、意識を失うようにベッドに倒れこんでいくのだった。
誤字脱字誤用ご指摘、ご感想、お待ちしております。