10・「世界の半分を差し上げましょう」
次話投稿します。
今、俺はこの世界に来て初めてオークを目の前にしていた。
「くっ、殺すならさっさと殺せ!」
思わず呟く。
隣に立つアーテがはぁ?みたいな顔をしている。
対して、俺の正面に立つ男……いや、人族なんだろうけどさ、もうオークにしか見えないこの男には聞こえなかったらしい。
まあ、取り巻きどもが流石王子様!殿下!と褒めちぎっているからな。
「我が名はミケッロ、この国の第一王子にして、正統なる、聖女様の威光を継承するものである」
オークというのは当たり前だが比喩だ。
王との謁見の前に控室のようなところで、側仕えの近衛として選ばれたアーテと共にちょこんとソファに座っていたところ、こいつらが謁見の前に一目お目通りをと入ってきた。
この国の第一王子ミケッロ。
俺の中ではオークで決定しているのだが、オークキングとかハイオークと呼んでもよいかもしれない。
そう言っても過言ではない彼の体格は縦にも横にも大きくて尊大な態度。
アンジェロ譲り、おっと、こいつの方が年上だったか、アンジェロと同じ青い髪の毛がちりじりの天然パーマでその上薄い。
アンジェロ王子の10%でも聡明さがあればもうちょっと違ったんだろうけどと思いつつ取り巻きに視線を移す。
スーデン宰相筆頭に如何にも文官らしき痩せぎすで神経質そうな男が2人、後は衣服と首輪からして女の奴隷3名。
なんでこういう場まで奴隷を引き連れて来るんだろう?
あれか、見た目だけじゃなくて性欲もオークさんなのか。
「此度、新たなる聖女候補としてこうしてエルフ様をお迎えできたこと、大変に嬉しく思う」
取ってつけたような台詞ではあるが、こちらを値踏みするようにねっとりと見るのは止めて欲しい。
その台詞、お前の視線で全て台無しだよ!
誰か彼に教えてやれよ、と心の中で毒付くも、笑顔は崩さない。
そして、まともに答えもしない。
ミケッロとスーデンのダブル汗染みがやおら強烈な臭いをはなっているのでさっさとこの挨拶を終わらせたいのだ。
「貴様!
如何にエルフ様といえど、わが国の第一王子殿下にその態度はなんだ!」
神経質そうな男がやたら高い声で喚く。
「大変申し訳御座いません。
エルフ様はこちらに来るまでに中央のヴァレネイに虜囚の身でありましたゆえ、人族がまだ怖いのです」
アーテがナイスフォローを入れる。
「聞いておるぞ、アーテミシア。
かのヴァレネイよりエルフ様をお救いしたドワーフの娘と人の娘には後ほど、然るべき褒賞を取らせねばな」
スーデンがにたりと口角を上げる。
うーんこの豚殴りたい。
そう思いつつも、表情を崩さずに流した甲斐があって、ミケッロご一行様はさっさと退室してくれた。
ほっと一息つく間も無く次の来訪者を告げるノック。
先触れの一声があり、続いて次のご一行が入ってきた。
今、俺はこの世界に来て初めてゴブリンを目の前にしていた。
「もう同じ台詞は言ってあげないんだからぁ!」
ちょっと涙目で俺は噴出す。
何故、涙目か?
それは相手が余りにゴブリンそのものだからだ。
おかしいだろ、オークといい、ゴブリンといい。
この世界に居ないと思ったら、ここでフラグ回収かよ!
「気でも触れておるのか?
まあ良い、我輩はファボエロ、この国の第二王子である」
そう告げた第二王子、ファボエロはミケッロより背が低く、猫背気味、自信なさそうな目線は常にうろうろとあちこちを見ている。
その癖、吊り上った口角は、鷲鼻も相まって絶対によからぬことをたくらんでるだろと突っ込みどころ満載の容姿だ。
髪の毛はもちろん青色のストレート、おかっぱ。
その髪形はないわーと思いつつ、周りの取り巻きを見てみる。
ファボエロはミケッロとは逆に武官らしき筋骨隆々な男が二人、あとは貴族だろうか、優男2名に化粧の濃い女が3人。
「しかし父上も兄上も迂闊であるな。
このような出自も分からぬエルフを聖女様に据えるなどと……」
だからと言って、見つけ次第殺せなんて命令を下すお前も国益を考えていないだろ、と思うが昨晩のあの風景が思い出されて胸を詰まらせる。
アンジェロは彼女、あの痩せこけた辛うじて生きているだけのエルフの女の子に纏わる詳細は殆ど知らなかった。
これから謁見の間で何が行われるかはわからないが、この国の王とその世継ぎのみに知らされている真実というものが別にあるのだろう。
「まあ、ファボエロ様。
エルフ様にばかり目を向けていないで私の方を向いてくださいな」
「ずるいですわ、ファボエロ様の寵愛を頂くのは今度こそ私です」
女の戦いが始まっているが何とも醜い。
チャラ男君に群がる化粧の厚い汚ギャルを見て羨ましいとは思わない、そんな心境だ。
「おい、お前、ファボエロ殿下がお声をかけてくだすっているのだぞ!
何か返したらどうか!」
うん、取り巻きが怒るまではもはやテンプレだな。
アーテが先ほどと同じ返答で対応。
脳筋は納得していないようだったが、俺はただニコニコと笑うだけである。
俺が笑顔を振りまくスマイルマシーンとなり我慢する事で、この場では何も策を弄することが出来ないのだろう。
ファボエロご一行様もさっさと退室していった。
さて、一息。
アーテが入れてくれたお茶を飲み、器を置く。
まるで見計らっていたかのようなタイミングで謁見の準備が整ったことを告げる騎士が入室してきたのだった。
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控えの部屋から謁見の間に続く廊下を歩く。
横にはアーテ、廊下の両サイドには多くの騎士たちが並んでいた。
うん、ケルビン、バークレイと共に捕えて再調教したあの隊長君がいるね。
隊長君はこちらを見るなり、すぐに犬っぽい表情を見せ寄ってこようとしたがぐっと堪えたらしい。
アーテあたりはそれに気付いていたが他はそんな些細な変化に気付きもせずに壁のように直立したまま。
だがあと数歩で謁見の間の扉というところで、俺は歩を止めた。
マギーとミーニャだ。
屈強な鎧騎士に付き添われ廊下の終わりに立っていた。
立たされていた、というのが正しいだろうか。
恐らくは喋るなとでも言われているのだろう、ぐっと何かを堪えているように見えた。
マギーの目は涙目になっていて。
ミーニャは悔しそうに唇を噛んでいた。
扉の両隣に立った騎士が俺の来訪を告げ仰々しくも大きな音を立てて開く扉をくぐるその時。
「アーテ、二人を頼む」
俺の後ろに続こうとしたアーテにそっと耳打ちをした。
アーテは、謁見の間まで来ようとしていたがそれを阻まれ、俺の願いを聞いてはっきり分かるよう一度だけ首を縦に振った。
謁見の間。
謁見の間の中央まで歩み出ると再び大きな音を立て扉が閉まる。
玉座には王らしき男が一人。
それだけである。
あれ、こういう時で普通両サイドに大臣とか将軍とかいるんじゃないの?
俺と二人きりって、エルフなんてか弱い種族舐めプてこと?
等と考え、やりはしないが一応、念のためばんぺん君を喚び出してみる。
一瞬の魔力行使の気配。
だが、かきけされてしまった!
魔法を無効化しているのか。
久しぶりに何も寄る辺無い心細さを覚える。
「エルフ様」
にたりと、両息子にそっくりな厭らしい笑顔を浮かべ、王が口を開く。
「記録では145年ぶりとなりますかな。
我が代で新たな聖女様をお迎えできることが出来、とても嬉しく思いますよ」
それは、俺が今味わっている心細さを理解しているかのような、勝ち誇った顔だった。
いや、理解しているのだろう。
相手の魔力は感じられるのだから。
恐らくは謁見の間でのみ、王様無敵モードみたいなことなんだろう。
仕上げに外には人質。
「聖女様。
この国の第四代目の聖女様には聖女様にふさわしい名を与えます。
我がレオーリオ・ファロン・リオーマンの名に於いて名付ける、リオーマンが第四代聖女「カートロット」と」
その瞬間、謁見の間の光量が一段落ちたかと思うと俺を中心に魔法陣が形成された。
これは。
そう呟く間もなく魔法陣を形成した光が脈動の如く幾何学模様の上を通り抜けるとごうっと音を立てて風が吹きすさんだ。
風が止む。
「は、は。
素晴らしい!
見よ、この魔力量!
我らが悲願を達成することすら夢物語で無くなるこの圧倒的な力!」
王が興奮して玉座より立ち上がった。
契約は為されたのだ。
「さて。
聖女様。
古の契約に基づき、我々は貴方に名を与え、その代わりに貴方の、エルフ様の持つ膨大な魔力をこの玉座に集めさせていただきました。
しかしながら遥か古の契約ゆえ、これで終わりではございません。
貴方の意思も、心も我が王国に捧げていただかなくてはいけませんのでね」
こほん、そう咳払いをして王は仰々しく茫然とたたずむ俺を追い越して扉の前に立ち。
「大切なお仲間が、命を救ってくれたお友達が、この国で憂いなく保護されて生きていく、そんな褒美を。
取らせようと思っているのですよ、我は」
そうして玉座の方、つまりは俺の前まで戻ってきた王が俺の両手を取る。
「貴方の望みを聞きましょう」
ぽんぽんと取った手を優しく叩く王。
分かっていますよね?
そんな表情だ。
「我が国が一方的な享受を受けるのみに非ず。
かのエルフの望みを叶えよ、それがこの契約魔法、王家の秘の言い伝えなのです」
ここはあれか。
仲間の命だけは助けてくれ。
それを望みとするように仕向けている、そんな策謀で俺を魔力タンクにするのが目的なんだな、と頭の中で整理をつけた。
だから、俺は精一杯、清純派ですっ☆的なアイドルチックな笑顔を作ってこう言ってやった。
「私の望みは一つです。
王様、貴方に世界の半分を差し上げましょう。
それを拒否なされるのであれば」
王は意味を飲み込めずに呆けた目を向けた。
「もう二度と貴方に、この国に栄光が無きよう、呪いを与えましょう」
王が喉仏を鳴らす。
「私の望みは一つ。
貴方が。
世界の半分か、破滅の呪いか。
どちらかしかありません。
私の与える力を受け入れて、どちらかを選ぶこと、それだけが私の望みです」
まるで邪悪そのものを見るような王。
失礼な。
ちゃんと清純派を演じて上げただろう?
そう言って小首を傾げると王は熱にのぼせた様な顔でこう言った。
「我は、我が国は世界の半分を望む!」と。
前半にだいぶ時間が掛かってしまいました。
遅くなりすみません。
今回は推敲が十分でないため、細かく改稿するかもですが、
誤字脱字誤用ご指摘、感想お待ちしております。




