8・「余と裸の付き合いをしてくれる?」
遅くなってしまいました。
次話、投稿します。
からから、ぽっくぽっくと乾いた音を立てて走る馬車。
見たからに豪華なそれは、否応にも乗せている人物が高い身分に居る事を誇示している。
「エルフ様っ、お城に着いたら国王陛下にご紹介いたしますねっ!」
「ええ、楽しみにしておりますわ」
本当に無邪気に言葉をかけてくるこの青い毛の幼い男の子は目をきらっきらさせている。
異世界じゃなきゃコスプレだと断じていただろう、マリンブルーの髪の毛はまだらも無く不自然さが感じられない上、着ているものも見た目に上質だ。
こちらはなんとか逃げ出そうと思うものの、さすがに敵意を向けてこないこの対応に無下にも出来ず余所行きの言葉使いで対応している。
「ねえ、ばあや、エルフ様のお言葉は本当に上品なんだね!」
そういって対面した状態でこの馬車の座席にちょこんと腰掛け、床に着かない足をぶらぶらさせている様は大変に愛くるしい。
ばあやと呼ばれたのは先ほど彼を追っかけていた老女だ。
侍女なのだろうが、あらあらそうですねぇと言って慈愛の目で男の子を見ている。
おばあちゃんと孫みたいな世界であるが、その二人の対面、俺の横に座っている騎士様、アーテミシアは先ほどから腕を組んで沈黙を貫いている。
「アンジェロ王子様。
王子様もお言葉は大変にお上手ですが、この国の王族たる王子様は王族以外に誰に対しても様を付けなくとも良いのですよ」
小さく喋ってはいるがエルフの耳には丸聞こえである。
王子様と来たかーと予想を下方修正した。
面倒事メーターがどんどん上がっていく。
これが第一王子や第二王子に見つからなかっただけましか、とも思うが城に連れて行かれる事態には代わりが無く。
国策に巻き込まれることばりばりで連行されようものならまだしも、丁寧にご招待という形で全く悪意が無いのが非常に厄介だ。
「おい、アーテ。
ミーニャたちは大丈夫なんだろうな?」
ばあやの優しい国語教室が始まっている間隙を縫ってこっそりアーテに耳打ちをする。
「大丈夫だ。
彼女たちは何もされぬよう、我が隊のものに言い含めてある。
あと、私はいま公務中だ。
あまり話しかけてくれるな」
「なになに!
アーテミシアとエルフ様はどこかで会ったことがあるのかな!?」
舌打ちの一つも聞こえてきそうな勢いでアーテが俺を睨む。
が、それも一瞬、すぐに仏頂面と腕組みに戻り沈黙する。
返答を考えているのかもしれない。
「ええ、アーテ様とは裸の付き合いと一晩共にした仲ですからー」
棒読み気味に言ってから、ホホ。とお上品に笑っておく。
「えー、いいなー。
ねえ、ねえ、アーテミシアはアーテと呼ばれているのかな?
余もそう呼んで良い?良いよね?
あと、裸の付き合いってどんなことなのかな?」
打ち解けてきたのか或いはばあやの国語教室が終わったからなのか中々に口調が砕けてきたアンジェロ王子を微笑ましく見つつもアーテの答えを待つ。
「あ、その」
アーテも随分とテンパっているようだ。
よし、助け舟を出してやろう。
「裸の付き合いというのは、ふむぐっ」
アーテがものすごい勢いで俺の口をふさぐ。
「アア、アンジェロ様?
裸の付き合いというのは、ただ単に一緒にお風呂に入っただけでして、庶民には一部そのように表現をする習慣があり、その」
落ち着け、アーテ。
あと、鼻も塞ぐな。
「そうなんだ!
じゃあ、アーテもエルフ様もお城に戻ったら、余と裸の付き合いをしてくれる?
いつもはばあやや侍女に洗ってもらっているのだけど、たまには余も他の人を洗ってあげたいと思っていたんだよ。
だって、人に洗ってもらうのってとても気持ちいいものだもの!」
はふぅ、と感嘆の吐息を付け加えながらアンジェロ王子が目を細めた。
なんて、破廉恥な。
あと、息が苦しい。
「な、ななな、そ、のような畏れ多いっ」
いい加減、アーテが茹で上がって煙でも出てるんじゃないかなと思う。
まあ、俺の顔もきっと今真っ青だ。
きゅうー、と言わんばかりに俺は気を失った。
「エルフ様っ?
エルフ様ーーーー」
アンジェロ王子やばあやが慌てふためく声を聞きながら俺の意識は暗転していくのであった。
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その城はまさに、西洋のお城という感じだった。
まあ、西洋のお城っつっても、千葉にある東京なパークの、灰かぶりなお姫様のお城しかしらないんだけど。
一時期、壁紙に旅情を求めて西洋のかっこいい建物シリーズの写真を使っていたことがあるのでその記憶もちょこっと混じっている。
幾重かに張り巡らされた石壁と、石造りの建物、それを過ぎると尖塔を数本抱く立派な建物、塔がその向こうに2本。
塔の一つは物見を兼ねているのだろうが、もう一つは小さい窓がいくつかあるだけの白亜の塔だ。
そんな建物を馬車から眺めつつ、俺は結局、リオーマンの首都ネジェイデスに連れて来られてしまった展開にため息をついた。
「大きいでしょ!
余が住んでいるのはあのあたりなんだよ!」
と、ため息を別のものに汲み取っていただいたアンジェロ王子より幾つかの情報をいただきつつも、これからのことを考えていた。
ミーニャやマギーが上手くアーテの所属するヴァレビナン白鳥騎士団によって保護されていれば良いのだが、それもどこまで信用できるものか分かりはしない。
そもヴァレネイに加え、リオーマンからも追われるようなことになれば、ミーニャたちと合流することはもちろんこの国から逃げ出すことは難しくなるだろう。
かと言って、この国で聖女と崇めたてられ、戦争の旗印や宗教的な象徴とされるのも嫌だ。
あー、いっそこの国が滅びてくれねーかなー、と思わず現実逃避をする。
「よくぞ、参った。
次代の聖女候補殿」
脂ぎった顔に汗を滴らせて出迎えたのは如何にも貴族ですと自己主張をしている服を着た中年のおっさんだった。
脂さんだよ。
いや、汗さんだよ。
どっちだよ。
「スーデン宰相殿」
アーテが彼の代わりに他己紹介をしてくれた。
俺はその声に合わせて、おぼろげに覚えていたカーテシーを行う。
スカートは無いから、片足をすっと後ろに下げて。
もう一方の足の膝を軽く折るも、背筋は伸ばしたままで。
精一杯の笑みを浮かべておこう。
我ながら引き攣った笑顔だろうとは思うのだが、だってこの脂アンド汗さん、ちょっと臭い。
「おお、おお。
エルフ殿はさすがに優雅な挨拶をなさる」
そう言って感嘆するも、おっさん……スーデンの視線は女を値定めするような目だ。
うーん、女性になると男のこういう視線って気になるものなのな。
「スーデン、ここなエルフ様はヴァレビナンより馬車で駆け付けたばかり。
まずは、貴賓室へご案内の後、然るべき歓待の準備を整えよ。
余は、お父上にこのことを報告に参る。
なお、兄上たちには余から伝える故、しかと心得よ」
アンジェロ王子が幼い舌足らずながらもボーイソプラノな声で凛然とスーデンに告げる。
おお、さすが王族、アンジェロ王子かっこかわいい。
「では、アンジェロ王子。
ヴァレビナン白鳥騎士団が所属、アーテミシア・ヴァルロネイ第2分隊隊長以下、護衛の任に着かせていただきました騎士4名はこれにて……」
「ああ、アーテ!
アーテはここに残ってよ!
エルフ様に失礼がないようにアーテに居てほしいんだ!」
スーデンが汗を拭きながら、王子の命令に従うべく侍従たちに下命している時だ。
アーテは、ここまでの護衛が本来の目的だったのだろう、任務の終了を告げようとした。
そこにかぶさったのがアンジェロ王子の一声だった。
アーテ以外の護衛騎士たちが顔を見合わせている。
アーテも困った顔をしていたが、アンジェロはニコニコ顔のまま、ばあやにアーテも含めた部屋の案内を促している。
アーテが俺を見る。
安心しろ、お前ももはや一蓮托生だっ。
そう言う代わりに心からの微笑を君にあげよう、アーテ。
今度はアーテの笑顔が引き攣る番だった。
俺と、アーテにあてがわれた部屋は先ほど見えた白亜の塔の地階部分だった。
王族と同じところもやだなと思っていたが、この塔も随分と嫌な感じがする。
まあ、こういう時は勘が当たるものだと思いつつ、部屋をうろうろとしているアーテに声を掛けた。
「落ち着けよ、アーテ。
俺はともかく、お前は別にあせる必要は無いだろうに」
「落ち着いていられるか!
街には遣り残してきた仕事が山とあるし、君の友人の件だって、自分の目で確かめなければ約束を守っていると言えんだろう!」
随分と仕事人間なこと。
ミーニャやマギーのことを任せた責任感はとても嬉しいのだけど。
ただ、まあ、俺だったら、ようやく捕まえたエルフ様の首根っこを捕まえるのに人質は欲しいと思うだろうから……と色々考えながらも、テーブルに置かれた果物を口にする。
AR表示がされているわけじゃないが、エルフの勘とやらか、木の実、草に危険があるか無いかは何となく分かっていた。
「お、おいしい」
林檎のような食感、味も林檎だ。
見た目は洋ナシだけど。
「あらあら。
エルフ様は果物がお気に召したようね?」
唐突に声を掛けられて、びくっとしながらも入り口を見遣る。
「エルフ様!
余はね、ゴーレンの実が好きなんだよ!」
そう言って駆け寄ってくるアンジェロ王子。
あらあら、と言いながらアンジェロを見守るのは先ほど声を掛けてきたマギーと同じくらいの年の少女。
マギーよりちょっと年が上かな。
こちらはアンジェロと比べてより深い青、光が当たらなければ黒と見間違えてしまうばかりの長い髪。
目を細めて、お淑やかに佇む姿はいかにもお姫様。
「アンジェロ王子の御姉様でしょうか?」
これがゴーレンの実なの!と言って葡萄に似た果物を手渡してきたアンジェロ王子にお礼を言いながら、その少女に声を掛けた。
「そうだよ!
マールレーンお姉様!」
「申し遅れましたわ。
エルフ様、私はリオーマン第一王女、マールレーンと申します」
そういって俺の付け焼刃のカーテシーよりも優雅に華麗に挨拶をする、マールレーン王女。
嫌だなぁ、アンジェロ王子もマールレーン王女も隙が無くて、悪意が無い。
「この度は、我が弟アンジェロの急な招待に応じていただき誠に有難う御座いました。
エルフ様にはこの聖女の塔で一晩、旅の疲れを落としてくださいませ。
我が父、リオーマン国、エングランデ王には明日謁見の運びとなりますゆえ。
そこなアーテミシアをエルフ様の護衛兼側仕えといたします。
ご不便などありましたらアーテミシアにお申し付けくださいね?」
そう言ってにこりと笑うマールレーン王女。
「アーテミシア、そなたは本日を持ってヴァレビナン白鳥騎士団の隊長の任を解き、リオーマン近衛騎士の任に着くことを命じます。
現地での引き継ぎはこちらで手配をしておきましょう。
分かりましたか?」
アーテは直立不動で、はっ、と勢いよく返事を返しただ頭を下げた。
「私の可愛いアンジェロ。
これで良いかしら?」
清楚な笑みを湛えたまま、マールレーンはアンジェロに向けてそう言った。
先ほどのスーデンとのやり取りも然り、マールレーンの手配も然り、アンジェロは聡い子であることが良く分かる。
そして、このマールレーンも恐らくそうなのだろう。
「はい、マールレーンお姉様!
ありがとうございます。
えへへ、これでエルフ様もアーテと一緒で寂しくないよね?」
そう言って天使の微笑みを向けてくるアンジェロにこちらも笑顔で返す。
アンジェロの笑顔は本物だ。
そしてこちらに向けてくる感情も真っ直ぐであることが良く分かる。
しかしこの王城で無邪気な子供であるためにはそれだけでは駄目なのだということも何となく理解できた。
「アンジェロ王子様。
お気遣い、ありがたく頂戴いたします」
こうして一日の猶予をもらったことに安堵し。
告げられた明日行われるという王様との謁見に、この二人の態度と言動からどんな伏魔殿が待ち構えているのやらと嫌な想像を掻き立てていったのだった。
ストーリーが動いていないようなそうでないような。
今日のアップが出来るようちょっと慌ててしまいました。
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