7・「これからも一緒に来てくれないかな?」
次話、投稿します。
翌日。
早朝である。
一晩のお勤めを終えて、当番の騎士団隊員さんにぺこりと礼をする。
お風呂屋から直に連行されてきたため、騎士団から頂いた服を着ているのだがこのままくれるらしい。
この世界に来てローブ以外に初めてまともな服を着た……感動もひとしおだ。
貫頭衣っぽいものを着ていて下着の支給が無かったのだが、どうやら一般民はあまり下着をつけるという文化が無いらしい。
さて、目の前のアーテである。
一晩一緒に牢屋に入っていたわけだが、今は送り出す方に回っている。
きっちりと鎧を着こんで疲れもみせない素振りで、もう厄介になるんじゃないぞ、とお決まりの台詞を言った。
この世界でもそう言うんだ、と思いつつも同じく礼をする。
ミーニャもたははと笑いながら、アーテと握手を交わしていた。
礼、ってそういえば通じるのかなぁ。
「さて、どうする?」
「とりあえず、マギーと合流しようか」
そんな折である。
「お前達、今日は警邏が特に厳しくなる予定だ。
もう、騒ぎは起こすんじゃないぞ?」
アーテが少し言い辛そうに切り出した。
まあ、警邏が厳しくなるなんて要人が来るとか、前もって何かの犯罪情報が得られたとか本来秘匿すべき理由しかないから、言い辛い、というか言っちゃいけないことだろう。
俺たちだってそんなほいほい騒動を起こしているわけじゃないんだが……いや、ここはまあアーテがある程度俺たちを信じてくれていると思おう。
こちらだって、望んで騒動に頭を突っ込んで行きたいわけじゃない。
「ではな」
そういって、騎士団の詰め所を後にする。
向かうは結局泊まれなかった、マギーが待っているであろう宿屋。
ここでお約束ならマギーが別のトラブルに巻き込まれてたりするんだよなぁと思いつつも頭を振ってその考えを否定する。
自分でフラグを立ててどうするんだ。
さても、件の宿屋である。
マギーは果たして無事に俺たちを待っていた。
心配は尽きなかったらしい。
目の下に隈を作り、憔悴した様子だったが俺たちが無事戻るとふんわりと笑みを見せた。
いわく何度も様子を見に行こう、詰め所まで行こうと思ったそうなのだが、一度、宿屋の女将さんに女の子の夜の出歩きは危ないとの忠告を受けておとなしくしていたらしい。
女将さんグッジョブである。
こういう時に無駄に行動力あると、出歩きからの誘拐なんてこともあっただろうがマギーもなかなかにこの世界なりの良識があるのだろう。
ともかくも皆無事で合流できたわけで、俺たちは宿で朝食を頂くとこの先の計画を話し合った。
湖上都市ヴァレビナン。
ビエンナント湖の上に建てられたこの都市は湖を挟んだちょうど対岸に姉妹都市ヴァレリエンがある。
ヴァレリエンには南大陸と交易を持つための港があり、湖のみならず外洋とも繋がっている。
どうやらビエンナント湖は汽水湖だそうだ。
ヴァレビナンははヴァレリエンに南大陸から陸揚げされた物資や魚などが内陸に移送される中継都市でもある。
ちなみにヴァレというのは"湖の"とか、"水の"とかそういう言葉につくらしい。
ということで南大陸に渡るにはここからヴァレリエンに渡り、船に乗り込む算段を付けなくてはいけない。
マギーを今後どうするのか、お金は足りるのか、色々と考えなきゃいけないことはあるがまずはヴァレリエンに渡る方法だ。
まずは港に行ってヴァレリエン行きの船を探そうということになり、俺たちは宿を後にした。
色々な屋台や店の軒先に置かれた品々を冷やかしつつ、通りを歩く。
時折、マギーが珍しいもの、面白いものを見つけてはミーニャや俺に見せてくるので、俺はそれは何なのか質問を繰り返し、ミーニャははいはい、と言いながらもマギーの元気な様子に微笑んでいた。
そうして港が近いのだろう、道幅が広くなり、所々に木箱や樽などが並べられている風景が増えてくると人の流れが落ち着いてくる。
既に荷揚げや漁の出発は終わっている頃なのかもしれない、活気も一段落しているようでひょっとすると今日出る便は捕まらないかもしれないと思い始めていたときだった。
俺たちを先導するように歩いていたマギーがくるりと振り向く。
「ねえ、ケイさん、ミーニャさん、私……私が一緒に行けるのは次の街くらいですかね?」
泣き笑いのような表情でマギーが精一杯の問いかけをした。
「私、村から出るのも初めてで、最初はもうだめだって思ってて……
ケイさんと一緒になってからも、覚悟は出来たはずなのにって、でもケイさんとの会話が楽しくてこのまま生きていけたらって思っちゃって。
助かってから、ずっと聖騎士の人たちに追われる身だし、毎日、開拓村よりもぎりぎりの生活で大変だったんですけど……
それでも、ずっと楽しくって、私、あまり役に立てないから皆を危険に巻き込んじゃうかのですけどっ!」
マギーはずっと震えていた。
次々に出てくる言葉はまとまっちゃいないし、嗚咽をこらえて所々詰まったりもしていたけど。
俺はマギーのけなげさに随分と助けられていたことを思い知った。
「なんだよ、マギーも一緒に来るもんだと思ってたよ。
役に立てない?馬鹿いうんじゃないよ、あたしなんて騒動起こしてばっかりじゃないか!
なあ、ケイ!」
ミーニャががははと笑いながらマギーの肩を抱いた。
こいつも能天気に見えて、しょっちゅう笑ってるように見えて、実は繊細なところがある。
震えるマギーの肩を抱いて、こちらを見る眼差しはいつもより水分が大目で今にもそれがこぼれそうでもある。
「マギー、そのさ。
実はエリオースと一緒に捕まって以来、初めて出来た友達がマギーなんだ。
だから、その、俺のわがままなんだけどさ。
これからも一緒に来てくれないかな?」
言い終わって、言ったことは無いけれど、プロポーズのようだと思い赤面するのを自覚する。
こんなプロポーズもたいがいだわな、と思いつつ、答えを聞かずにそっとミーニャとマギーの肩を抱いた。
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時間にして半刻ほどだったろうか、俺たちは誰とも無く頷きあって再び港を目指した。
マギーは上機嫌で、「えへへ、友達ー」とか呟きながら俺と手を繋いでいる。
女の子って女の子同士でよく手を繋ぐよね?
男だったときは付き合い始めても手を繋ぐのに半月掛かったんだけど!
と思いつつも、されるがままに手を繋いで歩いていた。
目の前には海かと言わんばかりの水平線と穏やかな水面。
水平線のかなたには霞のように対岸らしきものが見える。
エルフの視力を持ってしても、と思ったがこうして街という人工物の塊に入ると森の中にいたような精霊の声はほとんど聞こえないことに気付いた。
視力もひょっとしたら落ちている、というより恩恵が受けられていないようにも思う。
同じ自然でも、森と水ではまた違うのだろうかと思いミーニャに聞いてみた。
「なあ、ミーニャ。
ミーニャは山ドワーフだって自分のことを言ったけどさ。
それって種類があるのか?
あるとするならエルフにも種類が?」
エルフと口に出すと途端に周りの多くは無い人夫たちがこちらを注視する。
フードをかぶっているので分からないだろうが、エルフという単語には気をつけなくてはいけない。
「ああ、ドワーフには、山、丘、谷、闇って氏族が別れててね。
どれも鉱山や鉱脈に属する集団がほとんどなんだが、丘ドワーフはどっちかっつーと細工や鍛冶が専門でさ。
闇ドワーフなんかは地脈に沿った洞窟暮らしで一切日の下に出てこないなんて珍しい種族のことさ。
エル……」
そう言って言葉を繋げようとするミーニャをそっと目で制して、目線で周りを一舐めする。
その目線につられて周りを見回したミーニャも分かったとばかりに頷く。
「で、だ。
森は居るけど、あとは、湖と水、闇ってのも居るなんてのは一族の長老から聞いたことはあるぜ?」
あれか、闇ってのはダークエルフってことか!
「その、闇ってのは嫌われてたりするものなのか?」
「え?
いや?
闇ドワーフなんかはめったに遭遇しないけど、会うと秘蔵のお酒を振舞ってくれる気の良い奴らだって言うし……
そっちのも、別に闇なんて言っても悪い噂や敵対行動をしてくるなんて、聞いたこと無いなぁ」
あっけらかんと言うミーニャに少し肩透かしを食らった気分になった。
ともかくもこの世界にはたくさんの種族が居て、まだ見ぬ大陸がこの向こうにあるんだ。
人族が覇権を争い、特にヴァレネイのように亜人を人として扱わない国家があるこの大陸からはさっさと出よう。
改めてそう決意した。
そうして、港にたどり着いたのでミーニャやマギーを頼りにヴァレリエンに渡る便があるか聞き込みをしてもらうことになった。
俺はローブにフードを目深にかぶって如何にも怪しい風体なのでここで皆の集合場所モニュメントと化していた。
湖から来る風にフードが飛ばされないよう押さえつつも、俺は水平線の向こうをじーっと見ていた。
船はまばらで、停泊しているものも本当に一人でするような漁に使われるサイズだ。
これでは、今日のヴァレリエン行きはないかなぁと思いつつも、今日こそはゆっくりとベッドで寝たいとも思う。
さすがに敵対国家であるヴァレネイから堂々とこの街に追っ手が来ることはないだろうから、どうにかエルフとばれないようにして明日、ここから出発しようと暢気に考えていた。
気を抜くとうつらうつらとしそうになる日差しの中。
「見て見て!
大きい水溜りだよ!
ここに世界の水が全て集まってるんじゃないのかな!」
ボーイソプラノの弾んだ声が聞こえた。
「アンジェロ様!
走ってはなりませぬ!
アンジェロ様っ!」
続いて、年老いた女性の声。
「アンジェロ様!
振り向いてはなりませぬ、前を見ていないとっ」
ああっ、という声と同時に背中に衝撃。
最後の声は、聞き覚えのある……アーテの声だった。
まーた厄介ごとかなぁと思いつつも後ろから追突された衝撃をなんとか耐え切るように踏ん張る。
「痛ったぁ、って……
ああっ、ごめんなさいっ!」
そう言ってとっさにローブを掴まれた反動でさらに揺れの幅を大きくし。
幼い手とその握力では掴み切れなかったのであろう、幼い男の子の顔を見ながら、まるでスローモーションのように俺は魚の入った樽に頭から突っ込む羽目になった。
「うぇぇぇぇ」
魚くささに顔を顰めながら、服の中に入り込んだお魚さんを丁寧に取っては樽に戻す。
何匹か逃げてしまったけれど、漁師さんごめんなさい、だ。
「す、すまない……旅の人。
って、ケイ、か?」
アーテが近寄ってきたのだろう、服で顔を拭いているとアーテの声が近くで聞こえた。
「エ、エルフ様?」
老女の声。
あれ、ローブは?
と思い、顔を上げるとローブを握り締めた男の子と目が合った。
「アーテミシア、余は、余は初めてエルフ様をお見かけしたぞ!
湖というのは本当に珍しいもの、貴重なものであふれているんだね!」
感心するように声を上げる男の子に、おろおろするアーテ、侍女。
余っていうの初めて聞いたわ、とか思いつつ、どうしようか考えていたら周りで作業をしていた人夫たちが何事かと集まってくる。
「エルフ様だ」
「聖女だ」
「エルフ様!」
「おっぱい!」
と不穏な声も混ざりつつ声が次第に大きくなり。
気がつけば、先ほどの男の子とアーテ以外皆、俺を拝むようにして膝をつき、「聖女様!」コールに囲まれていた。
水に濡れてべったりと張り付いた服とその胸元が注視されていることに気付き、俺は取り合えず胸元をそっと手をクロスさせて隠すしか出来なかった。
「へくちっ」
そうして、くしゃみを一つすると、アーテと同じ所属の騎士達が向こうからやってくるのを眺めて、ああ、これやっちゃったんじゃないかな?と他人事のように思うのだった。
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