5・「このくそったれな世界に」
次話、投稿いたします。
さて、一夜明けて早朝。
ケルビンたちへの昨晩の質問は答えを保留とさせた。
聞いておいてなんだけど。
まあ、こちらもあの質問の意図とか何をするかとか提示していないしね。
いくら彼らが昨晩の襲撃者と同属で、問答無用で殺されても仕方ない立場と言え、情報を制限して一つしかない選択肢を強制させるのは昔の自分を思い出してつらい。
やり方の上手い上司や取引先が良く使う手なんだけど、さ。
取り合えず、まずはこいつらからだ。
「うっ」
ケルビンが顔を顰める。
ミーニャがマギーの目をそっと塞いだ。
色々な体液にまみれたアヘ顔晒した襲撃者三人である。
ぎりぎりダブルピースはしていない。
「おい」
声を掛ける。
掛けるなり彼らはさっと土下座のポーズをする。
うん。
再教育完了?
んなわけあるか。
まあ、深夜の襲撃から6時間はたっぷりと目の前で大切な者の陵辱劇を見せられたんだ。
心を壊さないようにする為に適度に触手の魔力で精神を弄ったのは結構疲れたけれど。
「女王様!」
三人が三人、完璧なタイミングで揃って言う。
こいつらもう一度、あっちの世界に送り込んでやろうかと思ったが自分でも無意識に魔力が噴き出ていたのだろう。
ひたすらぶるぶる震える者、失禁をする者、ヘブン状態になっている者、っておい、なんか一人だけ扉を開いただろ。
「まあ、良い。
今後、俺を女王様呼ばわりをするな。
それで、問う。
今回の顛末を詳しく教えろ」
「はい!」
それから30分ほど、彼らから事情を聴取した。
そこで分かってきたのはこの国の内情であった。
この国、リオーマンには現在3人の王子と1人の王女が居るそうだ。
その内、第一王子と第二王子はそれぞれ18歳と16歳で王位を争っている。
争っていると言ってもほぼ第一王子が王位を継ぐことで内定はしているそうだ。
リオーマンには建国時からエルフを聖女に迎え、その力を借りて外敵を退けてきた歴史がある。
現在3代目となる聖女の体調が思わしくないこともあり、4代目候補となるエルフを国策として捜索させていた。
まあ、そこに飛び込んできたのが俺たち。
正確に言えば、俺だ。
こんな時代であっても、というのは失礼か。
各国で情報戦というのは行われているらしく、ヴァレネイ国に現れたという異教徒「城砦崩しの魔女」、すなわち俺がいるという報告が流れてきたらしい。
これを確保、保護すべし!という王様の命令が下ったわけだ。
それに対し、何も無ければ現聖女を引き継いで王座に上がれる第一王子派と、なんとしても手元に聖女というカードを持ちたい第二王子派で思惑が交差した。
その結果、王命を遂行すべく活動する部隊の中に、エルフを殺すべしという密命を帯びたグループが出来たという。
うん。
まあここまではテンプレだ。
それは良いが、リオーマンには、特に首都ネジェイデスには絶対行きたくない。
そう誓っているので、両王子は勝手に争っていてくれとしか言いようが無いんだよなぁ。
ちなみにここまで知っていたのは、件のヘブン状態になっていた男一人であった。
貴族に席を連ね、この部隊の隊長なんだそうだ。
密命を受けただけの末端部隊のはずなのに、ドヤ顔で事情を暴露する彼の態度を見る限り大きく推測は外れていないんだろう。
そういえば、確か彼の大切な人は、娘だったな。
お、追加情報だ。
ふむふむ。
どうやら貴族の血脈とやらを強化すべく魔力を持った孤児を引き取り、大切に育ててきたそうだ。
娘への愛情と女としての愛情に板挟みになっていたところ、あの陵辱劇と俺の姿が在りし日の片思いの相手に重なって、マゾに目覚めたらしい。
知るか。
どうでも良いわ。
「いいか。
これから俺たちはヴァレビナンを目指す。
だから、そうだな。
お前達は俺たちがガリオンの峠から北方に逃げたとガセ情報を流せ。
それから……お前達に植え付けた卵には逆らうな、"狼煙"が上がればお前達は自由だ、大切に思う者のみを守って北か南に逃げろ?」
「はいっ」
良い返事だなぁ、と思いつつ俺はしっしっと手を振った。
それに応じ、踵を返す三人組。
「あ、あと"隊長"、お前の契約兵士は二人、俺の護衛に付けるぞ。
不具合があるなら、なんとかしろ、良いな?」
そう言うと隊長は土下座のままで這いずって俺の足をなめようと、っておおい!
げしっと蹴りあげると、さっさと行けと睨む。
なんでこいつはヘブン状態なのか。
この一連の流れを見ていたマギーとミーニャはいつものことだと諦観していた。
しかし、ケルビンはぼけっと口を開けていただけだった。
あ、バークレイは「若奥様はエルフ!1~3」を4巡目の鑑賞に入っていたよ。
ぶれないな、こいつ。
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ここで今一度、俺の目標を整理しておこうと思う。
目標は元の世界に帰ること。
元の世界に比べ不便極まりないこの世界は日本人なら見なくて良い世界の、というより人間の暗部が見えて仕方が無い。
別に元の世界には俺はまだ存在し続けているので年老いた父母や友達などの心配はいらない。
が、こちらの世界に来た俺だけ、取り残されているのは何となく嫌だ。
あ、新しいエロ本やエロゲが手に入らないというのもあるな。
この世界では本というのは大変に貴重なものらしい。
元の世界に帰る手段としては南大陸にあるというエルフの国を頼り資料を調べるしかないだろう。
エリオースがどうなったのかは保留にするしか今のところ手段が無いからな……
生存を確かめる為にヴァレネイに戻るなんてリスクが大きすぎるし。
もし。
もしも、元の世界に帰れないとするならば。
第一に生存すること。
これは帰れる、帰れないに関わらず、だな。
自暴自棄になった時もあったけど、エリオースに繋いでもらった命だ。
うん。俺は生きる、生き抜かなきゃいけない。
そして、当たり前だけど、この世界で生き抜くための力を磨くこと。
その次に、とりあえず男に戻りたい。
男に戻ってあれこれしたい。
そんなことをつらつらと考えていた。
ゆっくりと馬の歩を進める。
実はミーニャにこっそりとエルフやドワーフの女の子情報を聞き出していた。
意外な事にとっても純情なミーニャが言うところ、ドワーフは結婚して髭を伸ばし始めると生理が始まるらしい。
結婚しなくても髭を伸ばし始めて15日間で生理が始まるのだが、ドワーフは男女関わらず筋力にそんなに差が無いからこその髭由来の違いなんだそうだ。
まあ、ホルモン的ななにかが髭によって分泌、それが15日間で条件を満たすんだろ、良く分からんが。
で、肝心のエルフ。
エルフは人の寿命より10倍以上違うそうで。
600歳~1000歳のエルフなんてのも居るらしい。
その内、140歳を超えたエルフは、5年に一度発情期を迎えるらしい。
ここのあたりはドワーフであるミーニャには良く分からないらしく、らしいとしか言えないそうだ。
発情期なんてとんでもない!
俺は理性ある現代男子だぞ!と言いたくもなるも、まあ、人間はこちらの世界でも向こうの世界でもいわば、年中発情期みたいなもんだからなぁ。
さておき。
いわゆる男→女になるような性転換物のエロゲやエロ本は召喚出来るものの、不可逆なのか女から男になる術は無かった。
エロ本やエロゲの召喚に続いて、技能の再現、概念の再現、最終的に主人公の召喚が出来るなら、男ならハーレムを目指すのもありだろう。
だが、それも俺が男だったらの前提だ。
女である今の自分と、男である俺とで色々と感覚であったり、感情の部分がどうも乖離してしっくり来ない。
小便や何かの拍子に、女の子の身体を確かめてみてはいるものの、感覚器の違和感に慣れないからか、最後まで致していないのだ。
まあ、同行者の目があることも一つの理由だけど……
「あの」
マギーがおずおずと声を掛けてきた。
「どうした?マギー」
「昨日からケイさん、だんまりが多いですけど……
ひょっとして、私達の為にリオーマン国に身を差し出そうとしていないですか!?」
「ケイはそんなこと、考えないだろー」
おい、ミーニャ、それはどういう意味だ。
「ケイならとんでもない方法でなんとかするよう考えてるよ、きっとな!」
だはは、と大口を開けて笑うミーニャ、ハードル上げんな。
「いや、正直何も考えてないけど?」
「ええー」
ミーニャが失望の声を上げるがマギーと一緒に表情は笑っている。
まあ、こんな感じで南大陸を目指していければいいなぁとぼんやりと考えていた。
「むがーむがー」
バークレイが奇声を上げる。
あ、そういえば二人とも拘束したままだったわ。
しかもバークレイに至っては亀甲縛りのままだ。
良くそれで馬の歩に合わせてついてこれたなあ。
「ほい。
これでしゃべれるだろ」
バークレイの拘束を腕のみにする。
「エ、エルフ様っ。
この聖書に書かれている獣の耳を持つ少女はなんなのですか!?」
「いや、お前ら俺の名前くらい分かってるだろ?
ていうか、聖書?」
そういえば、ケルビンもバークレイも頑なに俺たちを名前で呼ばないよなと思いつつ、まずは最大の疑問点を投げてみる。
「はいっ!
この本は素晴らしい物です。
我が聖書と呼ぶにふさわしい内容です!」
いや、それ、人間の旦那さんとエルフの奥さんのひたすらいちゃラブものじゃねーか。
途中、挿話で旦那の元仲間で獣人カップルが出てくる話があるけどさぁ。
「これこそ愛!
人とエルフが交わるばかりでなく、人外とも共存しているなんてっ!」
「人外って……
おい、ケルビン、獣人、あー、人と獣のあいのこみたいなものは居ないのか?」
「エルフやドワーフは絵にも描かれたりするから目にする機会はあるけど、そういうのは見たことない」
そういうのとは獣人のことだろう。
しかし昨晩の質問をずっと考えているのか、ケルビンの言葉数が異常に少なくて、ちょっと前の彼の軽さからして少しさびしくも感じる。
「まあ良いや。
それは獣人と呼ばれる存在だ。
獣の力と人の賢さを兼ね備えた誇り高き血族のことさ」
うん。
ざっくばらんだけどこんなとことで良いだろう。
事実、バークレイは関心したように頷いている。
「それって、精霊族なのか??
ドワーフでもそんな存在聞いたことないんだが」
ミーニャは首を傾げている。
マギーは分かっているのか分かっていないのかにこにこしているだけだ。
「おしっ!」
ケルビンとバークレイを見遣る。
「お前らの処遇を改めて伝えよう!
お前ら、獣人になれ。
名前も新しくやろう!」
そう言うと、ケルビンもバークレイも何言ってんのこの人、と言わんばかりに目を見開いて呆けた口でこちらを見ていた。
「なれって、あんた……」
「わが身、捧げます!」
いや、ケルビンの反応が普通だと思うんだが。
「ケルビン、バークレイ。
お前ら、本名じゃないだろ?」
「ま、まあ」
本名じゃないのは分かる。
あの状況、捜索対象のエルフが居たわけだから直接接触するのに本名名乗るほど平和な頭じゃないだろう。
と、それっぽいことを考えてみる。
「本名は?」
これは聞けても聞けなくても良い。
「……」
予想通りケルビンもバークレイも沈黙する。
「はい、だったら右足を一回踏み鳴らせ。
いいえだったら沈黙で良い」
二人とも右足を上げ、地面を蹴る。
「お前ら、契約兵士っていったけど、契約で名前を奪われたんだろ?」
地面を蹴る。
「んで、相手の名前も呼べないよな。
それは、お前が契約している内容に含まれている、そういうことだろ?」
地面を蹴る。
「再度聞くぞ。
お前らを、本来の名前を持つべき存在から別の存在に作り変える。
俺が名前を与えてやる。
お前らはこの地上で唯一の種族になり、あらゆるくびきから解き放たれて新しい人生を歩むことになる。
後悔が残るような……思い人や家族、残してきた人が居るなら、今、はいと答えろ。
でなければ、ただ静かに右手を握って胸の上に置け。
これは命令じゃない、はいと答えても殺しはしない」
ばんぺん君は既に腕に無く。
ケルビンとバークレイは静かに右手を胸の上に置いた。
「よし。
このくそったれな世界に反撃の狼煙をあげようぜ!
人族だけが我が物顔して歩くこの世界にさ」
そういえば、くそったれってファッキンとかこの世界の言い回しにあるのかなぁと思いつつ、俺は満面の笑顔で言ってやった。
ここに、人族による他種族蹂躙が行われていたこの世界に、初めての反抗の宣言がなされたのである。
脳内で一人ナレーションを流しながらも、これって絶対俺の黒歴史になるよなぁ、と思い浮かべた。
誤字誤用脱字ご指摘、感想お待ちしております。
次回は土日に上げたいと思います。