10・「カレンドロ、お前は敗者だ」
遅くなりました。
次話、投稿いたします。
カレンドロの今の姿勢を説明しよう。
手のひらを合わせ地面に這いつくばり、こちらを睨む。
典型的な敗者の姿勢だ。
だから、言ってやった。
「カレンドロ、お前は敗者だ。
今から、そして、これからずっと未来永劫に、だ」
そうして俺はこの世界で初の自由を手に入れた。
……
さて、目の前には金属を叩くような、軽く、重く、鈍い、様々な音が悲鳴と共に展開されている。
この状況を作り出したのは確かに俺ではあったが、少しやりすぎたと反省している。
そうして先ほどまでのやり取りを思い出すように軽く目を閉じた。
…………
俺は、カレンドロがふざけた最後通牒を突き付けてきたために、思いっきり皮肉を込めてにこりと笑ってやった。
それを見たカレンドロは自分の思い通りになったと思ったのだろう、俺に合わせて厭らしい笑みをその顔に張り付けた。
カレンドロが俺を受け入れる為手を広げようとするその直前、俺は奴の地面に突き立てた立派な剣に組み置かれた両手の上に自分の手を重ねる。
正確に言えば、手を重ねたわけではなく自分の手を拘束している手枷の板だ。
手枷は一枚板でできていた。
2つ目につけられた物々しいそれは金属製なのだが、素材はまあどうでもいいだろう。
手と手の間にある板をカレンドロの両手の上に乗せて、上を見るようにあごをしゃくり上げる。
俺が笑ったから気が抜けていたのか、脇が甘いよなぁと思う。
ぼっ。
何かが音速を突破した音だ。
瞬間、空から落ちてきた一冊の本が狙い通りの位置で金属に当たる。
跳ね返る間も無くそれは光の粒子となって消えた。
全くの希望的観測であったが狙い通りに俺の手枷は真っ二つに割れていた。
当然、手枷を真っ二つに割るほどの衝撃をその下で組み置いていたカレンドロの手と剣がどうなったかなど知ったことではない。
まあ、何が起きたのかまったく把握できずに喚き散らしているので、取り敢えず血まみれになっている手を片足で踏んでもう一度本を落とす。
足枷を繋いでいた鉄の鎖もあっけなく割れた。
そうして冒頭の台詞である。
目の前で起きた突然の出来事に他の騎士たちは呆然としている。
唯一、ディゲネオスだけが剣を抜き去り、こちらに向かおうとしている。
結構向こうにいるんだが見るからに重そうな鎧を着たまま、頑張って走ってくるんだろうなと心底同情する。
なぜならば!
ごあんっ。
金属の鈍い音がした。
同時に直近にいた騎士が白目を剥いて倒れる。
隣の騎士がびっくりしてその様子を見遣るが、金属の音がまるで雨漏りを金属のボウルが受け止めているかの如くあちこちから流れ出す。
そう、エロ本が次々に空から落ちてきているのだ。
エリオースの入ったアイアンメイデンもどきの鉄の拘束箱に出来るかなーと思って本を召喚、上から落とし続けてみたのだが精度も速度もことのほか思い通りに行くのでとりあえずこの作戦を思いついたわけだ。
まあ、カレンドロの手を使って手枷足枷を外したのは単なる偶然だけど。
ここまでカレンドロが馬鹿だとは思わなかったが、今までわがままし放題だったんだろうな。
良かったな、人生初の挫折だぞっと。
さておき、おれのわざエロほんメテオレインのこうかはばつぐんだ!な今の内に次の手を打とう。
ディゲネオスがようやくとその剣が俺に届く位置までに届きそうだからな。
「ディゲネオス、お前、ディオネーズは大切な弟なんじゃないのか?」
いきなりの台詞にぴたりと歩を止めるディゲネオス。
「ほら」
上空を指差す。
ぼっ。
ぼぼぼぼっ。
音の壁を超える音がする。
それも幾つも、だ。
「早く行かないと」
続いて城砦を指差す。
と同時に着弾音。
砦の城壁がもの凄い勢いで破壊された。
「運悪くディオネーズが崩れてくる壁の下敷きにならないとも限らないぞ?」
ディオネーズがこの場に居ないことは理解していた。
ディゲネオスによって先行する隊にされていただろうこと、後はディオネーズの目が届かなくなったことで不穏なことを考える下衆な奴らが色々と噂話をしていたからだ。
未だ騎士たちに降り注ぐエロ本メテオレインの勢いは衰えず。
加えて、幾つもの威力を上げたエロ本が砦の城壁を蹂躙する。
まあ、崩れゆく城壁の石礫に当たって二次被害も出ているかもしれないがそれは知ったことではない。
ディゲネオスは俺への敵愾心より、ディオネーズの安全を選んだようだ。
一瞬、ディゲネオスの後頭部に本を当ててやろうかと思ったが動く標的の一点を狙うのはとても難しい。
まあここでとどめをさせないのがこの技の残念なところではあるが、第一目標は達成した。
あとはマギーを連れて、馬車を奪ってここから逃げ去るだけだ!
「マギー!
手枷足枷は後でどうとでもなる!
逃げるぞ!」
悲鳴や衝突音で混沌とする中、俺はマギーへ大声を上げた。
ふってわいたような悪夢のようなこの光景……文字通り降って湧いているわけだが、呆然とそれを見つめるマギーの手を引っ張る。
同時にマギーと同じく呆けたように口をあける背は低いけれど肉体美溢れるお姉さん、仮にタカさんとしておこう、彼女の肩を叩く。
「あんたも来るか?」
タカさん(仮)はこくこくと首を縦に振る。
目の前の光景にまだ言葉を出せるほどではないらしい。
そうして向かうは整然と並べられた馬車の一台。
俺たちが乗せられてきたそれには、まだエリオースの入っているであろう鉄の拘束箱が残されていた。
先に運ばれていたらどうしようとも思っていたが助かった。
鉄の拘束箱にも先ほどの城壁を破った一撃と同時にエロ本を落としていた。
より大きい音にまぎれこませ、こちらの意図や逃げ先を先に確保されないようにするというわりと行き当たりばったりの作戦だったがうまくいったようだ。
よくよく考えれば、大きい音がしたのに音に敏感な馬たちが非常におとなしくしている。
ここまでちゃんと馬が落ち着いているのは、この馬たちが軍用に調教されているからなのか理由は分からない。が、それも幸いした。
マギーの手を引き、荷台に上がる。
大きくひしゃげた棺桶のふたを同じく千々に敗れた幌と格子と共に蹴り落とそうとする。
「痛い……」
思いのほか俺の今の体はひ弱らしい。
「恰好つかねぇな?」
そういってにやりと笑うとタカさん(仮)がショルダータックルをかます。
蹴り落とすなんてちゃちなものじゃなく、大きな鉄の拘束箱のふたが馬車幌の木材を巻き込んで吹っ飛ぶ。
「すまん!
マギー、馬は操れるか?」
マギーが首肯する。
俺はエリオースを箱の中から助け出すと、もう一度タカさん(仮)に向かって合図を送る。
合点承知と言わんばかりに彼女がぶちかましをすると、残りの鉄塊もあっけなく吹っ飛んでいく。
少しづつ秩序を取り戻そうとしていた騎士たちの、いわゆる追っ手たちを巻き込んで鉄塊が飛び去って行くのを確認するとマギーが御者台から声を張り上げた。
「動きます!
つかまってくださいっ」
こうして俺たちは教会とその騎士たちからようやくと逃げ出すことが出来たのだった。
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「もう物語だったらここでおしまい、でよくないか?」
そう呟いて、エリオースの体、所々残る痛々しい傷跡に巻きつけた手ぬぐいをきゅっと締める。
「17時だよっエロゲ部全員集合!」(ドエロフターズ作・2007年)の初回特典エロゲ部デフォルメキャラ入りの手ぬぐいだ。
エリオースの状態はひどいものだった。
あのアイアンメイデンもどきはもどきであったけれども一部は同じ、体の一部を固定するようふた側に鉄杭がつけられていたのだ。
それを法術で死なないよう軽めの自動回復をかけながらもじわりじわり体力と血を奪っていく鬼畜仕様だったわけだ。
タカさん(仮)が箱の残骸を追っ手にぶん投げている時にそう聞いた。
「あ、ありがとうございます……」
やっとの体で声を出すエリオース。
「消耗してるんだから、しばらく黙ってろ」
現在、馬車はすごい勢いでガリオンの峠を走り抜けている。
ガリオンの峠は左右に小高い岩山を有しておりその峠を抜けようとするものがヴァレネイにあだなす者である場合、容易に挟撃できるようになっている。
当然、先の断頭者の丘での出来事を聞いていたのだろう、峠に詰めている弓兵が待ち構えていたためにまたもエロ本メテオレインで適当に当たりをつけて掃除をしておいた。
当然馬車が通り過ぎたら岩山そのものを崩して後から来る追っ手を少しでも少なくするよう道を悪くしておく。
高威力のはエロ本メテオストライクとでも言おうか。
しかし、まあ、ご無体な技というか魔法というか。
きっと、過去英傑召喚を試みたエルフたちは、最初の英雄譚召喚をこんな風に使おうとは思わなかっただろう。
俺もこりゃねーよって思うもの。
殺傷能力は低いけれどあれだけ混乱した場で昏倒でもして倒れたら二次人災で踏み拉かれて死ぬなんてこともあるだろう。
ああ、あとはたまに操作を誤って、音速越えのが当たった奴もいたかもしれない、などと思いつつ、光速突破も出来るのかなとふと思う。
だがしかし、光速でうんこをしたら……で有名な某匿名巨大掲示板のコピペを思い出し、あれが本当かどうか分からないが、取り合えず試すのは止めておこうと決意した。
さておき、舌を噛みそうな勢いで走っていた馬車がガリオンの峠を少し過ぎ薄暗い林の中に入ったあたりでその速度を落とした。
これ以上は馬を潰してしまいます!とはマギーの談だ。
このあたりで落ち着いて自己紹介でもどうかと思い、改めてタカさん(仮)に向き合う。
「あんな場所だったから何も聞かずに連れてきちゃったけど。
ここらで自己紹介をしよう」
「ああ、良いぜ。まずは……」
そう言おうとしたタカさん(仮)を制して口火を切る。
自分から名乗るのは礼儀だよな?
「俺の名前はケイ、見ての通り、泣く子も黙るらしい異教徒のエルフだ。
で、御者をしてもらっているのがマーガレット。
この満身創痍の変態がエリオースだ」
「すまねえな。
あたしの名前はミニャコラダ・ハイランドオネ、見ての通り、山ドワーフさ」
「山ドワーフ?」
というか見ての通りというのが良く分からん。
見て分かるものなのか?
「おや、森の精霊種ともあろうエルフが随分と世間知らずなんだねぇ」
「マギー。
マギーは分かったのか?」
「彼女の見た目で、年相応の背の高さではなかったのでもしかしたら、程度にしか……」
マギーからの返答をもらってもう一度ミニャコラダを見る。
うむ、ひょっとしたら俺より背が低いんじゃないだろうか?
その割には、マッシブだ。
そりゃ見た瞬間にタカさんと名付けたくなるくらいマッシブだよ。
エロゲのタカさんは背は高かったな、なんてふと思い出したが。
「すまんな、タカさん、故あって俺はこの変態に召喚された身なんでね。
常識に疎いんだ」
「タ、タカさん?
妙な呼び方をするね。まあ仲間からはミーニャって呼ばれてたがそんな呼び方は初めてだよ。
しかし、ふーん、さっきその色男を世話していたからケイの良い人かと思ったんだが、なんか事情があるみたいだね」
そう言ってにかっと笑うタカさん、もとい、ミーニャさん。
「まあね。
あとこいつはさっきから言っているけど良い男でじゃなくてただの変態だ。
それで、ミーニャさんのどこを見たら山ドワーフだなんて判断が出来るんだ?」
「ああ、ほら、あたしの両腕に文様が入ってるだろ?
これは精霊種にしか読めない言葉、みたいなもんでね。
ハイランドオネ、つまりハイランド鉱脈を受け継ぐもの、または、その子らって意味なのさ。
大抵のエルフにはその意味が分かるだろうから、山ドワーフって分かるだろって思ってさ」
「俺は召喚されたばかりだからな。
言葉は分かるようだが、読む文字にいたってはまったくといって分からん」
「そうだったね。
まあ、あたしが山ドワーフである証拠っていうのなら……
そうだね……」
待ってな、と言って後ろを向くミーニャ。
ごそごそと股座のあたりで何かを探っていたかと思うと「んっ」とハスキーな色っぽい声を上げる。
「ほら。
この棒さ。
これもドワーフに伝わる一品でさ」
「おい、それについて詳しく聞く前に、その棒は今どこから出した」
ミーニャがその右手に持っている小指ほどの長さの棒。
彼女は捕らえられていた時からほとんど裸同然の格好だったはずなんだが。
「女が大切な物を隠すって言ったら、分かるだろ?」
どこのくのいちだよっ!
と思わず突っ込みそうになる。
「わ、分かったから、続きを話してくれ」
マギーは、ん?という顔をしている。
分かってないのか? 初心な奴め、ははは。ってキャラがぶれてるな。
「続きってもね、ああそっか。
こっちも説明が必要なんだね。
この棒は」
ミーニャの右腕から可視できるほどに眩しく魔力が立ち上る。
立ち上る魔力は拡散するでなく、彼女の取り出した棒へ吸収されていく。
そうかと思うと、彼女が持っていた棒があっという間に形を変えて、立派な形の手斧になっていた。
「あたしの大切な武器でね。
こういう魔力によって形を変えたり力を発揮する道具を作る一族、それが山ドワーフってことさ」
そうしてにかっと笑うミーニャに俺は、苦笑を返すしか無かったのだった。
予約投稿を間違ってしまい大変失礼いたしました。
感想誤字誤用ご指摘お待ちしております。